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『たこの居る風景』カパミクさんの不思議な日常 第3話

2020/11/03 20:49 投稿

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 閉店後のたこルカフェであたしが扉を開けると、いたのは三女たこ種族のれんたこと、次女たこ種族のれむルカだった。
「れんたこちゃん、来たよー」
「待ってたのよー、ねこミクちゃん。カパミクさんもお疲れさまなのよー」
「あらあ、お風呂に入ってきたのねえ、とってもいい香りだわあ」
 れむルカは今日だけでも何度も会っているから省略するとして、れんたこはれむルカと同じくレア様の使役のたこルカだ。
 レア様の館にあるたこ部屋住まいのたこルカたちは、役目が謎の個体ばかりだが、れんたこはカフェの経営という分かりやすい仕事を持っている。たこルカフェは彼女と同じ三女たこ一族の独占企業で、彼女はここと、クリーチャー商店街の2店舗のオーナーをやっている。
 私はカフェ経営という意味ではダメたこなのよー、向こうのお店はどっとちゃんたちが頑張ってて、こちらも半官半民だからどうにか成り立っているのよー。と笑っているが、この一族は経営手腕がもっとも重要な評価基準らしい。のほほんとしているように見えて、たこの世界も大変だな。
「どこにご飯食べに行こうか」
「これからまた外へ出るのも面倒なのよー。近所の和食店でいいかにゃあ。ああ、でもちょっと待ってなのよー。商店街のカフェとのやり取りと、外への発注をすぐに終わらせるのよー」
「あたしはかまわないよ、みんなは?」
「あたしもカパミクちゃんと同じでいいよ」
「じゃあ、決まりですわあ」
 れんたこちゃんは、モニターの前で何やら集中している。メールの文言らしき言葉がならぶが、それに接続しているはずのコードやケーブル類は一切ついていない。


 里で普及している数少ない電化製品のひとつ、それがモニターやディスプレイなどの映像受信装置だった。かつて水面や鏡でやり取りしていた遠くの人物やものを写し出す魔法が進化して、今では外の世界とつないで通信販売を頼むのがさかんだ。鏡を通じても通販はできるが、これらの文明の機器の方がより画像があざやかに映るので人気が高い。
 能力で映し出すため電力は必要なく、中身が壊れていても支障がないため、何世代も前の、それこそブラウン管のテレビやテレビデオといった骨董品が、大部屋の共同備品としてぽんと置いてあったりするのが面白い。
 エルフの里の通信販売だが、どうやって構築したのか謎だがクリーチャーが独自のプロバイダを持っていて、そちら経由で買ったものをメカたこが里まで運んでくる。
 品物は人間社会で流通しているものからクリーチャー村の不思議アイテムまでさまざまだが、食料品は嗜好品以外全般的に統制がかかっている。特に生鮮食品は厳重な検査をえた献上品や、薬草園産などの許諾ずみのものをのぞいて、内部に持ち込めない決まりがある。
 商店街で買ったスイーツも生のフルーツが入っているものはだめで、里の門前での検疫で中身が禁制品と分かれば没収されてしまう。
 建前上は里で栽培している作物との交雑を防ぐためだが、実際のところは里の自給自足体制の保持に他ならないそうな。以前、なんでそこまで里での完結にこだわる必要があるのか訊いてみたところ、これまでの教訓上、有事の際に外との交流が困難になった時のためだとルシリア様はおっしゃる。
 一見、なまけ者の天国に見える三食がタダなのは、これを目当てに移住してくる者を増やすのと、住民らに農園や牧場で安定して生産できるものだけで慣れてもらう必要があるからだと。
 電気やガスが商店街までは通っていても、里はまだなのも同様だった。便利とわかっていても、自前の技術のみで賄うには不安定な部分があるため、未だ導入に踏み切れていない――。
 ……そんな上の思惑はともかく、我が家にもモニターはあって、欲しいものがあればねこミクが能力でつないで、食べたいおやつや気になる趣味の小物などの取り寄せに役立っている。問題はあたしのように超能力の類がいっさいなくて、かつ何のコネもない者たちだが、城下だとわずかな手数料で竜の館が通販代行サービスを請け負っている。
 なお、ソラさんはあたしの家に遊びにやって来たついでに通販でお取り寄せをやっていて、これはねこミクちゃんへのご褒美ね、といって、うちへの手間賃代わりに菓子折りをひとつ上乗せで注文してくれる。まだ、缶入りのおかきが我が家に残っていたな。しけないうちに食べきらなきゃ。
 れんたこちゃんの用事も終わったので、カフェの戸締りをしてみんなで外へ出る。あたしみたいな出身地が極東の人外が増えているせいか、中世欧州風のファンタジー世界にも、ちゃんとした和食を食べさせてくれるお店があるのだ。
 たこルカフェを出て徒歩1分、外に紫紺ののれんがかけられた木の扉を開けると、醤油のお出汁のいい匂いとともに、レンガ造りに小上がりの座敷がある、和洋折衷の店内があらわれた。
「いらっしゃいませー、」
 手に盆を持って、鳥の羽をつけたエプロン姿の女が出迎えた。彼女は鳥畑鈴音。本性はスズメで、見た目も実年齢もあたしと同年代より、やや上のお姉さんだ。
「あら、れむルカじゃないの、今日はカパミクさんたちと一緒なのね」
「ああ、鈴音ちゃん席空いてるかい?」
「ちょうど奥の座敷が空いたところよ。白露、急いで片づけて」
「はいよ!」
 呼ばれた生意気ざかりの男の子がてきぱきと前の客のどんぶりを盆に乗せて、厨房へ持っていく。稲荷白露、名前からも見てのとおり狐の子だ。幼くして里へやってきてレア様の館で養育されていたのが、和食店の夫婦に養子にもらわれてお店を手伝っている。
「さあ、どうぞ」
 靴を脱いで座敷へ上がった。やっぱり着替えて風呂に入ってきてよかったな。汗だくになった農園帰りの靴下なんて、いろいろヤバすぎるわ。
 薄めの座布団に座ると、ねこミクが肩からすべり降りてあたしの膝の上に収まった。家であたしがくつろいでいる時は、ここがこの子の指定席だ。
「あらー、ねこミクちゃん相変わらず甘えん坊なのよー」
「だって、カパミクちゃんのお膝の上気持ちいいんだもん」
 ねこミクはたこルカたちの冷やかしにも動じることなくのろけてみせる。いやいや、単に天然なだけだな。
 鈴音ちゃんが大きな土瓶と湯呑を人数分持ってきた。注ぐと煎茶がほのかに香る。椅子とテーブルもいいが、畳敷きの座布団の上ですするお茶はホッとするねえ。
「今日のおすすめはなんだい?」
「きのこの土瓶蒸しと、うちのお兄ちゃん特製の粕汁かな。酒蔵から出た酒粕を譲ってもらえるようになって、いろいろ試行錯誤してみた末の自信作なの。酒の肴にぴったりだし、外も寒くなってきたから温まるわよ」
 悪くはないが、今は酒よりも腹がへって仕方がない。
「つまみより飯の気分だな。ざる蕎麦に出汁巻きつけてくれ、ねこミクはどうする?」
「あたしはカパミクちゃんと同じでいいよ!」
「じゃあ鈴音ちゃん、蕎麦大盛りね。後で蕎麦湯も頼むわ」
「はーい、れむルカとれんたこちゃんは?」
「親子丼にしますわあ」
「私は山菜蕎麦にするのよー。天かすとトロロを追加なのよー」
「かしこまりました、ちょっと待っててね。お兄ちゃん、注文入るわよー」
 鈴音ちゃんが厨房へ注文を伝えに行く。
 お兄ちゃん、というのは鈴音ちゃんの旦那だ。本性はコウノトリで、幸野雅雪という。鈴音ちゃんが物心つくかどうかの前の雛鳥の時分に、ご主人に拾われて育てられ、妻の座に収まった後もそのままの呼び方だそうだ。
 雅雪さんもそうだが、彼の教育のおかげか鈴音ちゃん、鳥なのに普通に鶏肉料理が食べられるそうで、親子丼はもちろん、焼き鳥や鴨南蛮もここのメニューにある。さすがにスズメ料理は出てこないがね。
 お兄ちゃん本当に亭主関白なんですよ、と鈴音ちゃんはデレているが、あたしに言わせりゃあどう見たって彼女が旦那を尻に敷いている。里での下馬評もおおむねそんなものだ。
 先に出汁巻きがやってきた。朝食で食べそこねたので、ここへ来たなら頼みたかった一品だ。
 箸の先でプルプルと震える出汁のうまみと、上品な甘さ。ねこミクも満足そうにはぐはぐと頬張っている。
 里は他の業種はともかく、飲食店はかなり健闘している。なにしろ、すぐ外には競合店がいっぱいあるんだから、美味くなければすぐに閑古鳥が鳴く。
 嗜好品をのぞいて食料品の流入を制限している里だが、常設の飯屋にかぎってはレア様の許可を取れば外部からの輸入が認められているため、店がはやらないと調達コストが高い分、抱え込む赤字がしゃれにならなくなるそうだ。
 里でも品種開発が急ピッチで進んでいるものの、味噌と醤油、清酒や豆腐はようやく店で使えるレベルに達したそうだが、かつおぶし、昆布、みりんといった調味料や練り物など、まだまだ外に頼らざるを得ない材料があるそうな。というか、それら全部和食の基本じゃねえか。この店は外と取り引きすればいいが、神社の飯はいったい何で出汁を引いているんだ? ひょっとしてあたしもお取り寄せしている、めんつゆやダシの素かよ?
 蕎麦や丼物が運ばれてきた。持ってきた白露が、どうせなら兄ちゃん自慢の稲荷寿司も追加で頼めばいいのにもったいねえ、とこぼして、鈴音ちゃんに余計なこと言うんじゃありませんと怒られてる。やり取りにクスリとしながらあたしは蕎麦を一口すすった。
 雅雪さんの手打ち蕎麦は喉ごしも気持ちよく、つゆもかつおと昆布の合わせ出汁に醤油の風味が蕎麦をうまく引き立てている。香草も悪くないんだが、山葵と葱のツンと鼻にくる香りがたまらない。
 あああ、生きてて良かったと思える味だ。ねこミクも蕎麦を一本ずつ器用にすすっている。
「おいしいね」
「ああ、今日はここへきて正解だったな」
「ふふふっ、カパミクさんのお口にあったようで良かったわ」
 蕎麦湯を持ってきた鈴音ちゃんが笑う。
「親子丼もおいしいですわあ、半熟とろとろの卵が最高ですのよお」
「ありがとうございます、お兄ちゃんも喜びますわ」
 そうそう、油揚げといえば狐の好物として名高いが、この里でも例にもれず、雅雪さん手作り油揚げが数多の妖狐たちをとりこにしているそうで、今もキツネ耳の客がちらほらと目立つ。彼、彼女らはもれなくきつねうどんやそば、稲荷寿司を注文していて、油揚げを卵でとじた木の葉丼も人気だそうだ。
 キツネは里でも結構存在しているので、彼らの胃袋をつかんだ時点でこの店も安泰だな。あたしとしても食べたい時にきちんとした和食のご飯にありつけるのはありがたい。どうか末永くごひいきにしてもらいたいものだ。
 蕎麦ちょこに蕎麦湯を注いでつゆの味を楽しんでいると、店のドアが開く。面積が広そうな体を横によじるように入ってきた。出たよ、狩衣姿の義手ニート大明神。
「おや、白緑じゃねえか。よく会うな」
「カパミクさんも今日は外食ですか」
「まあね、よく働いて疲れたからさ」
「そうですか、わたしも一日重労働に従事して喉が渇いたところですよ」
 続いてさっきまであたしと一緒に働いていた槐が入ってきた。それから、警備隊所属のセシリオ。今朝、仕事に向かう最中に城壁で見た白虎のお姐さんの弟だ。こちらも立派な黒い翼を持っている。それと……。
「あら、オルティス様にアエル様、それにジャスティン様も」
「今日のおすすめは何かな、鈴音」
 うわあっ、また出たよ。揃いも揃って王子様軍団が。


 オルティス様はもう言うまでもないな。アエル様は金髪と青い眼の水属性の純正エルフだ。まるで中学生くらいの少年だが、ルシリア様のすぐ上のお兄さんって時点で年は察しろだし、ちょっと地味目なチャラ男のジャスティン様は火属性でこちらは下から3番目、男の純正エルフでは末弟にあたるそうだが、それでも御年15万ほどだそうで……年齢インフレもたいがいにしやがれってんだ。
 ああ、祭りの設営で男エルフの方々が陣頭指揮をとっていたんだな。で、本日の作業が終了したので、いつもの飲み仲間を誘ってやってきたわけだ。
 支配階級の純正エルフたちがカネに困っているはずもなく、白緑も徴用の日当をもらってほくほくだし、さっき商店街で会った果実の精霊たちにしろ、この手の遊び人たちは宵越しのカネは持たない性質だから金遣いも派手だ。
「オルティス様たち、一杯やるついでに兄ちゃんを誘いに来たんだよ、うち明日は定休日だからさ」
 鈴音ちゃんが彼らの接客をしている間、空の器を下げてついでに土瓶のお茶を取り換えに来た白露が、にやにやしながらささやいた。なるほど、板前である雅雪さんは翌日の仕事に差し支えない休前日だけ、店がはねた後で仲間と呑みに行けるわけだ。
 確か、和食店の営業時間は午後10時まで。だが、近所にある酒場は開店時刻が遅い分、午前4時までやっている。仮に店の片づけで一時間取られても、11時には気の置けない仲間と乾杯できる。
「たまのご褒美だからいいんだけどさ、ほら、うちの兄ちゃんあんまり酒癖いいとは言えないからなあ」
 ああ、雅雪さんもだがこのメンツ、言っちゃなんだがあんまり素行が良いとはいえないんだよなあ。正しくは素面の時は品行方正でも酒が入ったら、なんだけど。よそにはちょっかいを出さないが、内輪ではじけたあげくに自滅するパターンってやつ。
 あたしが知るかぎり雅雪さん、三回は乱闘騒ぎやらに巻き込まれて鉄格子のお世話になっているし、そりゃあ鈴音ちゃんに頭が上がらなくなるわ。子供にまで心配されて、少しは自重しろっての。
 他のメンツも大体似たようなもので、純正の皆様も例外じゃない。というか、里暮らしがそこそこ長いやつらは、だいたい街牢かレア様の館の地下牢でお過ごしの経験があるそうで、その話が持ち上がった時に隣にいたソラさんもふふふって笑っていたが、お姉さん過去にいったい何をやらかしたんだよ?
 テーブルに熱燗や肴が並べられて、お騒がせのご一行が乾杯をしている横で、あたしらは会計をすませた。いつもお世話になっているので、あたしがたこルカたちの分を含めて財布を持ち、ねこミクを肩に乗せて外へ出る。
 まだ夜半だし、家に帰って例のおかきをボリボリ食べながら通販を頼もうかな。料理にかかせない調味料、めんつゆとか中華スープの素がそろそろ切れそうだが、この辺はさすがに外の商店街でも売っていないから、注文しておかなければ。それと緑茶も。お茶屋は商店街にあるが、売り物はきれいな化粧缶入りの観光地価格なので、普段使いにはお徳用パックで十分だ。
 たこルカたちと別れて、あたしはねこミクを肩に乗せて薬屋兼務雑貨屋へ入った。季節商品、今はハロウィン関連のもので棚がにぎやかだ。薬草園で育てたかぼちゃのオブジェや、奥にはきれいなクリスタルの小瓶や壺、使ったら消える魔法の巻物や、使用用途も謎の怪しげな素材がずらりと並ぶ。
 店番をしているのは、からくり人形の魔女みたいな妙齢の女性で、リュンヌという。あたしもそうだが、見た目10代から20代の非常に若々しい連中ばかりで構成されている里では、彼女のような年かさは珍しい。
 部屋を飾る小さなジャック・オブ・ランタン、それからキズ薬や胃薬など、あたしが選んだのは一番効用がおだやかな汎用品だ。町医者も兼ねているリュンヌが適切な使い方を教えてくれる。
 あたしら人外は薬も毒もほとんど効かない体質になってしまってるから、外の市販品ではまったく意味がない。ハロウィングッズは外でも買えるけど、特別な調合で魔力を宿した魔法薬はここじゃないと手に入らないんだ。能力が強い方々はここで取り扱うものでも効かなくて、薬草園に特注かけて調合してもらうそうだけど、どんな劇薬なんだろうか。
 買った薬を布袋に入れてもらって店を出た。目抜き通りを抜けて住宅街へ差し掛かるところまで歩いて、にぎやかにやってくる一行に出くわした。
「あら、カパミクじゃない」
 ソラさんの声に思わず振り向いて、そして絶句した。
「ねえねえ、あなたも私たちとこれから一緒に呑みにいかない?」
 ルシリア様にニァサ様、それから鍾季様に、アレクシス様。それと、さっき別れたはずのたこルカ2匹に、悪魔っこのみっちゃん、それに警備隊の悪魔のミクさんこと、つみミクさんかあ。ずいぶん大所帯だな。知り合いに片っ端から声掛けしている感じか?
「ニァサ様とルシリア様が飲み代出してくれるって。ねえねえ一緒に行こうよ、数は多い方が絶対に楽しいよ」
 みっちゃんが蝙蝠羽をばさばさと揺らしながら、あたしの手を取る。あれだけ仕事やったのにやけに元気だが、悪魔は夜こそが本領発揮だもんね。というか、みっちゃん、明日は完全に農園さぼるつもりだろ。
 ていうか、なにソラさんまで捕まっているんだよ、あたしが断りにくいじゃねえか。
「では、行きましょうか。みんな、アーネの酒場でいいわね」
 ちょっと、待て。あたしまだ返事してないんだけど。
 とにかく、ルシリア様の一声で、皆に引きずられるようにあたしは元の道を戻っていった。
 アーネの酒場は里でもっともにぎやかな一角にある。長テーブルに背もたれのない丸椅子、卓上で灯される燭台の火、樽ジョッキで供される蜂蜜酒やビールにワイン、名物の骨つき肉を豪快に手づかみでかぶりつく、絵に描いたようなファンタジー世界にありがちの社交場だ。小さいが余興を演じられる舞台もある。酒が進むとここで客たちが演武を見せたり、演奏したり歌ったりと、いっそう店内がにぎやかになる。
 まだ宵のうちだが、里帰りの者たちも大勢なだれ込んできて、盛り上がりを見せていた。開店まもないのに、座席はすでに半分以上埋まっていた。
 ここでも、ハロウィンの飾りつけがされていて、店内は実に華やかだ。
「いらっしゃーい」
 スリットが入った服を着て、長い銀髪を編んだ妖艶なエルフ耳のお姉さんが、胸をゆさゆさ揺らしながらあたしたちのテーブルに注文を取りに来た。ソラさんをのぞいて、つつましやかなお胸の一行のひとりであるあたしから見ても、あれは肩が凝りそうだ。
「料理はてきとうに持ってきてくれ。あたしのおごりだから、遠慮はいらないよ」
「飲み物は蜂蜜酒でいいかしら、ニァサ姉さま」
「アーネに任せるわ」
「じゃあ、乾杯用に炭酸で割ったのにたっぷりライムと洋梨を入れたのでいい?」
「いいねえ」
「アーネちゃん、こっちも酒の追加頼むわ」
「はいはい、ちょっと待っててね」
 他から酒の追加が飛んできて、すぐ持ってくるからと言い残して彼女は席を離れた。その後も、次々注文が入って大忙しだ。
 アーネさんはその名を冠するほどの、酒場の看板娘だ。れっきとした純正エルフだが、ハーフエルフの娘さんとふたりで城下に暮らす未亡人。旦那だったお方は元警備隊員で、混沌の時代に戦死されたと聞いている。酒場では彼女を様づけで呼ぶのは禁句で、うっかり口にするとご本人から怒られる。
 彼女を雇っている酒場のオーナー兼調理師の親方も、以前は警備隊で務めていたが、平和な時代になってから職を辞して、この酒場を始めたそうだ。アーネさんの夫とは親友同士だったらしい。
 あたしはもちろんその当時のことを知らないが、二千年経ってもいろいろ爪痕が残っているんだな。
 ともかく、たっぷり果実が入った大きなジョッキと、香ばしく炒った木の実が入った木皿が回ってくる。乾杯して、にぎやかに酒宴は始まった。
 チーズや厚切りのハム、酢漬けのオリーブの実に茹でた腸詰などから始まって、香草と燻製肉、チーズを乗せて焼いたピザに、熱した灰の中で蒸し焼きにしてから燻製にした卵と新鮮な野菜のサラダ、じっくりすね肉を煮込んだきのこと香味野菜の壺入りシチュー、裏手の湖で水揚げされた魚をまるごと一匹香草に包み、塩釜をかぶせて焼いたものなど、次々うまそうな料理が出てくる。
 最初のうちはあたしも遠慮がちだったが、酒が入ると気が大きくなってくるようで、純正エルフの方々の気取らない人柄もあって、面白おかしい話がどんどん進んでいく。
「そうなんですよ、この娘ボカロだから絶対に歌がうまいはずなのに、私にも聞かせてくれないんです。そりゃあ、商売だからってのは分かるけど、じゃあおカネ払ったらいいのかって言うとやめてくれって」
 ソラさんがかつて、あたしに歌を求めて断られた話をしだした。いや、歌ってもいいんだけど、この里だとあたしなんか足元にすら及ばないくらいすごいのが結構いて、半ば自信喪失状態なんだわ。
 純正エルフの方でいうと、断然歌唱力が高いのがエーデル様だ。風属性の彼女はあの痩せた小さな体のどこから声が出るんだというくらい、ものすごい声量をお持ちで、イベント時になるとオルティス様と組んでメインステージで歌劇を演じられる。その評判は他の上位種族にも名が響き渡るくらいで、十年に一度の会合時も名指しで呼ばれては、そうそうたる神々相手に見事な美声を披露して喝采を浴びているそうな。
 エルフの里に来てまもなく、あたしはエーデル様とオルティス様のステージを拝聴して、あ、これはあたしなんか全然だめだわ、と半ば歌を封印して現在にいたっている状態だ。
「なるほどねえ、私はひととおりの楽器は兄さまから教わったけれど全然モノにならなくて。歌もどうも調子外れになってしまうから、ボカロの人たちがうらやましいくらい」
「そりゃあねえ、ルシリア姉ちゃん。音は風に連なるものだから、正反対に位置する地属性だと厳しいものがあるさ。オルティス兄ちゃんが歌もうまけりゃ楽器の名手ってのが、そもそも規格外なんだって」
「そうそう、鍾季だって料理は一応食べられるものを作れるけど、アレクシスに頼んだ方が早いし美味しいからね。逆にアレクシスは針仕事がからっきしだから、代わりに裁縫は鍾季が引き受けてるんだ」
「アレクシスに縫い針なんて持たせたら、指に刺した血で生地が汚れて、あげくにべそべそ泣き出すのがオチだからねえ」
「当たり前だよニァサ姉ちゃん、あたしにとっての針は作るものであって、刺すものじゃないから」
 ……とまあ、内輪話がぽんぽん飛び出すわ。聞いてて面白いけどこれ、外部に向けて喋っていいことなのかなと、少々不安になってくる。
 楽しく宴会が進行しているうちに、いよいよ料理もメインディッシュ。こんがり焼けた骨つき肉と串焼きが板に乗せられて、じゅうじゅうと音を立てて運ばれてきた。ナイフで切れ目を入れると丁度いい焼き加減で、夕飯で蕎麦を食べたはずなのに、食欲をそそられる。指をなめながら脂のしたたる肉にかぶりつくのは最高だね。確かにこれなら酒もすすむってものだ。
 すでに蜂蜜酒のジョッキ3杯目のあたしは、勧められてワインに手を出した。銀のゴブレットに注がれて、かすかに乱反射するルビーの色が美しい。うん、これならこってりした肉料理にぴったりだ。柔らかくする効果がある香草と蜂蜜酒であらかじめ漬け込んでおいた塊肉が、びっくりするほど食べやすい。ねこミクも定位置のあたしの膝の上で満足そうに大口を開けて肉をかみちぎっている。かわいいな。
「あら、オルティス兄さまたち、ようやくお出ましなのね」
「雅雪を待ってたからな、我々も合流させてもらおう」
 うわあ、和食店で出くわしたほろ酔い加減の王子様ご一行が雅雪さんとあとふたり、あたしがたこルカフェまでねこミクを迎えに行った時に、門前で歩哨に立っていたコルとテルムを引き連れてお出ましときたよ。
 ということは、すでに時刻は早くとも10時をまわっているのか。楽しいと時がたつのを忘れがちだが、酒場に来てからすでに2時間ちょっとなんだよね。もう少し続きそうだが。
「本日はよくお会いしますねえ、カパミクさん」
 白緑がウインクしてあたしに挨拶してきた。いやいや、今日はもうあんたの顔はお腹いっぱいだから。
 思わず天井を見上げると、一筋の刀瑕が残っている。これは先の大乱闘の際にオルティス様がつけられたそうで、他の損害はすべて修復したものの、これだけは手を加えず残したままにしてあるそうな。
 警備隊にセシリアとセシリオという白虎の姉弟がいるんだが、というか、さっき来た中に弟の方がいるな。姉は今朝見かけたし。とにかく、このふたりが酒場で飲んでいる時にちょっとした姉弟喧嘩を起こして、それがきっかけで客たちの間で乱闘が始まって、いたるところで食器や燭台が宙を飛びかうわ、椅子はぶん投げられるわ、果ては壁に飾ってある刀を持ち出してのチャンバラ合戦と、まあ、目を覆いたくなるような大惨事になっちまってな。
 里では酒が過ぎての喧嘩沙汰は珍しくないんだけど、この時は身柄を拘束された者だけで男女総勢21名、里の男の1割強が関与する事件へと発展し、街牢は満員状態、レア様の館の地下牢まであわや埋めつくす事態に陥ったそうな。
 検挙された中にオルティス様含め純正のエルフ族3名、はい、あたしの目の前にいる男エルフのお三方がまざっていたとあって、レア様が相当お怒りとの噂も流れて、処分の行方で里中の話題沸騰だったっけ。ただ、どちらかというと悲観的ではなく、格好の酒席のネタとしてだが。
 事情通いわく、店内は大惨事に陥ったが人的被害はかすり傷程度、建物そのものの損傷も少ない。幸いなことに純正エルフが下手人に含まれているので、休業中の補償も含めてすみやかに救済が行われるだろう。よって、さほど大事にはいたらない、と。
 実際にそのとおりで、熱狂的な里中の耳目を集めたわりには、大半は十日間ほどで釈放され、査問の場へ引き出されたのは発端の姉弟ふたりだけ。それも一か月の禁錮刑が下されたのみで終わった。
 荒れた店内もオルティスの私財で新しい食器や家具、調度品が運び込まれ、割れた窓の水晶は速やかに取り換えられて、壁の損傷もきれいに修復された。あの天井を残して。
 刀瑕はオルティス様が飛んできた椅子を弾き飛ばすために、つい力が入りすぎてついたものとは、酒場の被害状況を検分していたニァサ様のお言葉だが、どちらかというと巻き込まれたくちなのに十日間拘留されるわ、修理代すべて払わされるわ、こうやって黒歴史のモニュメントを残されるわで、考えてみればオルティス様も結構さんざんな目に遭ってるな。こういう時は身分ある方はつらいねえ。
 隣のテーブルに問題児集団一行もご着席になって、アーネさんにいろいろ注文している。早速運ばれてきたのはジョッキに入った、ストレートの蜂蜜酒に果実を漬け込んだものだ。うわ、あたしらは炭酸で割ったのに向こうは原液かよ。大乱闘第二段の前兆かな、これは。牢の中ってまともなご飯にありつけるんだろうか、寝床はちゃんと清潔かなあ。
 乾杯している横で、みっちゃんがしきりにつみミクさんにおねだりしていた。同じ悪魔同士ってこともあり、このふたりは仲良いんだよな。つみミクさんが非番の時は一緒に遊んでいるのをよく見かける。そんな時のみっちゃんはもちろん、自主的に農園を休む。その分あたしの仕事が増えるが、仕方ないね。
「みっちゃんの頼みだし、お酒が入って気分いいから、サービスしちゃおうかな」
 羽根をばさりと振って、つみミクさんが酒場のステージに上がった。すると、周囲の酔客からも歓声が上がる。
「いいぞー!」
「そうだ。ねえ、あなた」
 つみミクさんがあたしに向かって手招きしている。ん? もしや……。
「あなたも初音ミクでしょう? 私と一緒に歌わない?」
 え、いやいや、あたしなんぞこんなところでご披露できるものは持ち合わせてないから。
 尻込みしていると、つみミクさんはにっこり笑って舞台から降りて、あたしの目の前に立った。
「行きましょう、大丈夫よ」
 つみミクさんがあたしの手を取って立ち上がらせた。農園でそれなりに鍛えているはずのあたしがごく自然に、実際はそのまま怪力で引きずられるように舞台へ連れていかれた。まじかよ、さすが警備隊で長物振り回しているだけあるわ。ちょっと強引だけど。
「まずは一曲。どなたか伴奏して下さる方いらっしゃいませんか?」
「私が受け持とう」
 つみミクさんが微笑みかけると、笑って手を挙げたのはオルティス様だった。その手に木製の使いこんだ竪琴が現れる。試しに弦を爪弾いて音を確認してから、小さくうなずいた。
「いいだろう、いつでも始められるぞ」
「では、一曲お願いしますわね」
 オルティス様の指が紡ぎだす、竪琴の美しい調べが流れる。あれ、この曲は……。
「♪~光があふれる緑の大地 駆け巡るけものたち~♪」
 うわ、オルティス様もだけどつみミクさん、また難易度の高い曲を。あたしにもこれをやれってか。
「カパミクちゃんならできるよ。あたしも一緒に歌うから、ね? あたし、カパミクちゃんのお歌がとっても聞きたいの」
 振り向くと、ねこミク(美少女)が立っていた。つみミクさんにあわせて歌を乗せる。
「♪~迷い込んだ両の手に 包みこむ森の唄~♪」
「ほう、あの娘使役だけどやるじゃないの、さあ、あなたも」
 つみミクさんはあたしに手を差し伸べて、にっこり迫るように笑った。
 ええい、こうなりゃどうにでもなれってんだ。
「♪~数多の頂越え 永久の谷の向こう側~♪」
「やっぱりね、あなたちゃんと歌えるじゃない」
 そりゃあどうも。つみミクさん感心してるけど、あたしだって酔ってても初音ミクなんでね。
 ボカロとしての舞台は久々だった。もちろんノーギャラだろうが、本日の飲み食いはタダだから現物支給してもらったってことか。ちょっと酔いが回っているが高音も出せる。


 これなら、うまく歌えそうだ。
 一曲終わって酒場中から歓声と拍手が上がった。これこれ、この熱い高揚感。どうしてあたしは今まで、この感覚を封印していたのか。
「じゃあ、次行きましょう。まだまだやれるわね」
「当然だとも。ねこミクも行けるかい?」
「うん! 全然平気だよ! だってあたし、ずっとカパミクちゃんの歌聞きたかったんだもん」
 あたしはハッとした。
 そうか、ねこミクもずっとあたしが歌うのを待っていたのか。思えば、里に来てから歌のレッスンはやめてしまっても、曲はつねに口ずさんでいた。その時のねこミクは、いつも嬉しそうだった。どうして今まで気づかなかったのか。
「では、オルティス様。次の曲、お願いいたしますわね」
 つみミクさんがお願いすると、もの悲しくも力強いメロディが流れてきた。


 ――翌朝。
「カパミクちゃん、起きて。お仕事に遅れちゃうよ」
 目覚ましの音が鳴った気がするが、気づかなったみたいだ。美少女化してエプロンを締めたねこミクに揺り起こされて、あたしは半身を起こす。
 とたんに目の前がクラっときた。まずい、しっかり昨日の酒が残っている。
 記憶はちゃんとある。つみミクさんと、それから転化したねこミクや、果てはたこルカたちまで参戦して酒場でライブ状態だったのは覚えてる。酔客たちからも大好評で、秋祭りの時の特設舞台で歌ってくれないかと誘われたのも忘れちゃいない。その場で快諾して、後日打ち合わせをしようとニァサ様やオルティス様に呼ばれて――。
「大丈夫? お仕事行けそう?」
 ねこミクが心配そうに熱いコーヒーを盆に乗せて持ってきた。あたしはそれを受け取って無言ですする。
 さすがに仕事をさぼるわけにはいかないからなあ。いや、行かなくても原因は明白なんでルシリア様は笑って許してくれるだろうが、あたしにも意地がある。今日は這ってでも農園に行って、最後まできっちり仕事を務めあげてみせるさ。
 と、決意したものの、頭が痛いし胃も重い。誰だよ、上位種族は病気にならないなんて言ったのは。あくまでも感染症やウィルスの脅威がないだけで、それ以外は命までは取られないにしても、皆無じゃないとは聞いてるけどさ。
「ねこミク、すまないけど昨日あたしが買ってきた薬屋の包みと、それから冷たい水を持ってきて」
「うん、待っててね」
 つくづく昨日、薬屋に寄っておいてよかった。たまたま家で切らしていた、胃薬や頭痛薬という名の二日酔いの魔法薬。ねこミクが持ってきた小瓶をさっそく開けて、中の液体をあおった。鈍い光を放つとろりとした薬の苦さに思わず顔をしかめて、慌ててちゃんとしたガラス製品のコップの水を喉に流し込んだ。
 これですぐに症状が治まるわけじゃないが、少しはマシになるだろう。
「ちょっと酔い覚ましにシャワー浴びてくるわ。ああ、今日は神社も食堂も寄らずにこのまま農園に行くから。ねこミクはお腹すいてたらひとりでご飯食べてきていいよ」
 さすがに食欲がわかない。そうは言っても、何か固形物をとらないとお昼までもたないだろう。
「ううん、残り物のパンがあるから、それであたしもご飯すませちゃう」
「すまないね、時止庫の中にチーズと果物入っているから、それを切って食べな」
「うん、カパミクちゃんは朝ご飯どうするの?」
「あたしは……ソラさんからもらったおかきでいいかな。ああ、できれば熱いお茶淹れてほしい。まだほうじ茶が残っていただろう」
「分かった、用意しておくね」
 ねこミクが薬の瓶などを片づけるのを横目に、あたしは重たい体を引きずってシャワールームへ入った。夜着を脱いで温かい湯を浴びながら、かるく体を洗う。気分は最悪だが、心はさっぱりしていた。
 昨夜のうちに知り合いも増えたし、上の方々との距離が縮まった感がある。もちろん、それに甘えちゃいけないんだろうけどさ、胸の高鳴りが止まらない。
 永遠の16歳になってずいぶん経ったけど、初音ミクとして歌で認められるのは何よりも喜びだ。
 ……まずはその前に、本日のお仕事をやっつけないとな。
 シャワーから上がってツインテの髪を整えて服に着替えると、なんだか甘い香りがする。
「カパミクちゃんお茶淹れておいたよ、それとね、りんごを切って蜂蜜酒とメイプルシュガーで煮ておいたの。これなら食べられるかな?」
 缶入りのおかきと、それにあめ色のりんごが器に盛られて、ちゃぶ台に並んでいる。
「すまないね、これならたぶんいけるよ」
 あたしはフォークを手に取り、ねこミクが煮てくれたりんごを食べた。ひんやりした食感と、レモン汁も入っているのかほどよい酸味がしておいしい。
「よかった」
 ねこミクがにこにこ笑っている。健気でかわいくて、この子のためにもあたしはもっと頑張らなきゃね。
 それと、ボカロとしてのレッスンも。休みの日にどこか人気のないところで声出してこようかな。どうせ歌うならきちんと魅せたいし。
 ――なお、秋祭りでの公演は大成功のうちに終わった。
 ついでに、次の大規模イベントであるクリスマスでも、つみミクさんと組んでのコンサート開催が決定した。
 農園の仕事? もちろん続けてるよ。歌と農作業で忙しいけど、張り合いがあるのはいいな。
 あたしは今日もねこミクと一緒に家を出て作業に向かった。美少女のねこミクはたこルカフェへ、あたしは工房の一角を抜けて裏門へ急ぐ。結界の中の農園はいつもどおり温暖だが、湖の向こう岸はすでに真っ白な雪景色だ。
「いってらっしゃい」
 農園入口の門の前で、腕章をつけた歩哨中の警備隊員がにっこり笑った。
「ああ、お疲れ様……なんだ、つみミクさんか」
 悪魔のミクさんが魅惑的に微笑む。
「今夜のリハーサル、遅れないでね」
「あいよ」
 軽く敬礼して、あたしは魔法の木が生い茂る農園へと入っていった。


――終わり



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