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『たこの居る風景』カパミクさんの不思議な日常 第2話

2020/10/31 19:18 投稿

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 エルフの里の工房での作業が、一斉に開始された。水槽でかぼちゃの洗浄、続いて大釜での煮込み。ほくほくに茹で上がったかぼちゃは半分に切って種をくり抜き、皮を剥く。さらにざっくり刻んで、熱いうちにつぶす。粗熱をとってから壺詰めして、時止庫で保管する。
 人海戦術の流れ作業、あたしの担当は種のくり抜きだ。


 あたしの正面で、ひと月前のジャムやマーマレード作りの原因を作った柑橘類の精霊のマンダリンが、茹でたてのかぼちゃを半分に割ったのを、まだ熱々のやつを引き取って匙でほじくる。
 マンダリンの隣にいるソラさんは、あたしから流れてきたそれの皮を手早く剥いている。それを悪魔っこの折岸みつことみっちゃんがナイフを両刀にして、すぐ隣で不気味なくらい楽しそうにかぼちゃを切り刻む。なんか、けひゃけひゃって声が聞こえてくるんだけど、大丈夫かなあ。
 さらには鬼族の鬼塚槐が巨大な鉢を金棒でついて、ペースト状になるまでなめらかにつぶしてゆく。金棒はこのひと自前の得物だが、事前にルシリア様が浄化の魔法をかけているから衛生面でも安心だ。
 のん気に喋っている暇はない。何しろ、農園からどんどん追加のかぼちゃの荷車が運ばれてくるのだ。茹で上がるかぼちゃを息つく間もなく捌くのみ。出入りのメカたこたちが空の壺を持ってきて、代わりにペーストが詰まった壺を引き取って工房を出るのが何度も繰り返される。
 途中、一回の小休憩をはさんでひたすら格闘しているうちに、お昼の教会の鐘が鳴った。あー、すでに良く働いた気分だわ。
「みんなー、ご苦労様。区切りのいいところでご飯食べてきて。残業なんかしちゃだめよ、私が休みづらくなるから、ね?」
 農園と工房を交互に監督していたルシリア様が追い出しをかけてくる。大釜の茹でかぼちゃもひとまずなくなったので、うーんと背伸びしてから命令に従って外へ出る。
 秋晴れの収穫日和、実に気持ちいい陽気だ。このまま弁当持って外で食べたくなる。
「お腹すいたわねえ、ミク。今日の献立はなにかな」
 ソラさんも笑って背中を叩く。閑散期は裏門から一度城内に戻って工房付属の食堂で食べるんだが、今はひとが多いので、臨時で農園の倉庫内にテーブルと椅子を並べた食堂がオープンしている。もちろん、こちらもタダだ。
 ふたりで行くと、臨時食堂はすでに大勢でごった返していた。休み時間は一時間。このままだと、席を確保して食べるだけで休憩が終わりそうだった。
「こりゃあ、大変だ。いったい何人徴用したんだよ」
「見慣れない顔も多いし、里帰り要員が手伝いに入ってるのでしょうね。この分だと工房の食堂も似た状況でしょうし、お弁当包んでもらいましょうか」
「あたしもそのつもりだったわ。今日は絶対に外で食った方がいいって、ソラさん」
 食堂の入口で賄い担当に外へ持っていくことを告げると、トレーの代わりに清潔な布を敷いた籐製のバスケットが手渡される。パンなどはそのまま、スープや汁物は樽ジョッキに注いでもらう。肉料理は薄切りパンの上に乗せて供される。飲み物を受け取って、最後にデザート。城下の公設食堂では出てこないケーキが日替わりで選べるのは、働く者のささやかな特権だ。
 あたしとソラさんで料理が詰まったバスケットを持って、農園のあずまやへ行く。屋根つきのテーブルはすでに埋まっていたが、陽射しをさえぎるものがない露天の席はまだ空いていたので、そこへ座る。湖が一望できて、気持ちよい風が吹き抜けるところで、さっそく弁当を広げた。
 あたしは牛肉の香草包み焼きの薄切りと野菜をはさんだサンドイッチと、香辛料と香草をまぶした揚げたてじゃがいも。それと、きのこと野菜のポタージュ。デザートにはオレンジのタルトを選んだ。
 ソラさんはというと、樽ジョッキに入ったほうれんそうパスタのきのこトマトソースに、薄切りパンに乗せた蒸し鶏の冷製と焼き野菜サラダ、おまけにチョコレートケーキ。
 飲み物は炭酸で割ってレモンを浮かべた蜂蜜酒。ゴブレットに氷を入れて注ぐと甘い香りが立ち上る。
 仕事中に酒? と疑問を抱かないでもなかろうが、あたしら上位種族は“酔う”やり方で飲まないとどんなにアルコールを摂取しても素面のままだ。酔わなきゃ食後のコーヒー紅茶と変わらないので、工房の食堂では無料で供されているし、なんなら子供も普通に飲んでいる。こいつで勝手に酔っぱらって午後の作業に支障をきたす不心得者は、後でルシリア様からお目玉をちょうだいするはめになるが。
「洋風すいとん、なんだかお気に入りなのよね。これがメニューで入っていると、ついつい食べちゃう」
 ソラさんはペロリと舌を出して、ジョッキをスプーンでつつく。パスタはほうれんそう入りの楕円形のニョッキで、すいとんも同様に小麦粉で練っているから、解釈としては間違ってないのだろう……たぶん。
 ああ、里でパスタというと、たいていニョッキのことだ。人間の世界の細長いやつやショートパスタも食べられるが、料理名でパスタとだけ書かれているものは、まずこの洋風すいとんが出てくると思っていい。
 里のメシの最大の特徴は、香草の種類が豊富でほとんどの料理に使われているのと、同じくらいきのこ類がふんだんに入っていることだ。あずまや周辺もさまざまな種類の香草が栽培されているし、肉や魚を大きなサイズの香草で包んで蒸し焼きにする調理法は里の定番だ。
 きのこは立派な栽培小屋が農園内に何棟もあって、用途も食用から薬用、毒薬まで幅広い。きのこ料理もたくさんある。
 香草は癖があるんで、エルフの里料理の評価は個体によってはっきり分かれると思う。味はおおむねうまいし、あたしは慣れたけどそれでもなるべくなら自炊したい方かな。夜はなるべく家で飯を作ってるから、貴重な1割以下の自炊派の分類ってやつだ。
 ソラさんと里の流行や世間話などで盛り上がって、つつがなく昼飯は終わった。さあて、午後も頑張って肉体労働するかあ。バスケットを返却しに食堂へ立ち寄るため、農園のあぜ道をとぼとぼ歩く。


 ああ、朝も会ったれむルカが今度はニァサ様と一緒で、農園でふわふわ浮かんでいるな。ニァサ様は水色髪を束ねた一見小さい子供のようだが、ルシリア様よりも上の姉にあたる。とんがり耳の純正エルフの3番目で、エルフの館の統括のおひとりだ。氷を操らせたら最強の水属性らしい。この方もなかなか活動的で、れむルカを伴って里の中を闊歩しているお姿をよく見かける。
 そうそう、エルフの里の農園最大の特徴は、露地栽培にしろ温室にしろ、通常の葉物野菜や根菜、果樹などの畑にまじって、椰子の実みたいなのがたわわに実った木がいたるところに植えられていることだ。
 これらは魔法の木と呼ばれている。エルフの里だけではなく他の上位種族やクリーチャー村でも身近な植物で、これの栽培が主産業である種族や村もあるそうだ。種類によって高さはさまざまで色も多彩。痩せた土地でもよく育って、極寒の地でないかぎり気候を選ばないし、森林限界の影響も受けない。
 魔力を当てることで品種改良が容易なのが最大の特徴で、それを利用して狭い土地でも本来広い作付面積を要する穀物や、気候風土などの理由で栽培に向かない作物が収穫できる。自給自足がモットーの里では魔法の木は絶対に欠かせないものだ。
 太古の昔、それこそ地上にぺんぺん草どころか生物の気配すらなかった時代は、食料すべてをこれでまかなっていたそうで、それらは私が生まれるずっと前の話だけど、そういう意味ではかつて菜食主義だったわね、とルシリア様は笑っておられた。
 魔法の木そのものは挿し木で増やすが、中身自体は年代が立つにつれて変化していて、太古は実をくり抜いた中身を煮たり焼いたりして食べるだけの単純なものだったのが、そのうち中に何かを閉じ込めての栽培が可能になり、やがて別品種のタネを生み出すことまでやってのけるようになったそうな。
 おかげで、熟した身を割って中身がもみ殻つきの麦とか、豆がぎっしり入っているのはまあいいとして、前述したマグロの木とか、そのまま使える精製不要の白砂糖や植物油や蜂蜜とか、果ては、この農園で栽培しているわけじゃないとはいえ、クリスマスツリーだの門松の種なんて冗談みたいなものまで現れた。
 今年は薬草園がハロウィン向けに、ジャック・オブ・ランタンを開発したらしいな。メカたこたちが山ほど荷車に乗せて運んできたのを見た。薬草園の住民は変わり者ばかりだと評判だけど、マッドサイエンティストぶりもたいがいすぎるだろう。
 ああ、薬草園ってのはレア様の結界から微妙に外れた、里から出て徒歩3、40分くらいの距離にある研究施設だ。世界中から、あるいはすでに絶滅している貴重な植物やきのこを育てて品種改良して、食料や薬の開発をするのが主な仕事らしい。ここで実験を繰り返して生み出された植物が農園で栽培されて、やがてはあたしたちの食卓に上ることになる。
 そういう意味では、エルフの里で栽培されている作物は人間の世界のそれとは違う。同じりんごやトマトもたとえ味や食感は変わらなくとも、進化過程の異なる別種で、ゆえに外の世界へは、とくに加工していない生のものは門外不出だ。勝手に外へ持ち出せば厳しく罰せられる。
 薬草園はユークレース様という、純正エルフの方が住み込みで統括しているが、めったに里へはお出ましにならず、ひたすら研究に没頭しているそうな。体が弱いとかで、たまにエルフの館に療養しにいらっしゃることはあるようだが、もちろんそんな時に外へ顔を出すはずもない。
 助手をしているクラン・ハイル様も、まれに里までやってくることはあるが、用事をすませたら逃げるように薬草園に戻るそうで、あたしに言わせりゃあ、あそこのメンバーは四元素の神々並みのレアキャラだ。
 ああ、これらは人伝いに聞いた話も多い。あたしは薬草園へは行ったことがないし、そもそも、必要ないやつは結界に阻まれて園内へは入れない。中の方々との交流も取り立ててなく、たまに薬草園まで打ち合わせに出かけるルシリア様も、様子はほとんど話されない。同僚の槐は荷物の運搬でたまに薬草園へ行くそうだが、とても良い方たちですよと口をにごすだけ。
 いろいろ機密が多いのだろうが、とにかく薬草園はあたしたち庶民には謎に包まれた存在だ。
 さあ、本日も後半戦、張り切ってお仕事しましょうかね。うず高く積まれているかぼちゃの山にちょっと心が萎えそうになりながらも、作業をこなす。種取りをやってた午前中と違って、午後のあたしの担当はかぼちゃの洗浄だ。水槽に放り込まれたそれを、食物繊維のような荒布でもみくちゃに拭きながら汚れを洗い落とす。
 そうこう格闘しているうちに、ルシリア様が巨大な盆というよりも板に飲み物や菓子、果物などを満載したものを場内に運んできた。いや、運ぶというよりも飛ばす、だ。それらを工房の隅に休憩用に置かれているテーブルへ魔法のように一瞬で配置すると、板をかき消して笑顔で呼びかける。
「みんな、手が空いた者からお茶にしてちょうだい。そろそろ疲れてきたでしょう」
 手を止めてテーブルにぞろぞろと向かう。席に着くと、銅のポットから素焼きのゴブレットへ熱い香草茶が人数分注がれる。水晶の水差しには氷とレモンを涼しげに浮かべたフレーバーウォーター。ルシリア様がニコニコしながらあたしにお茶を手渡してくれた。
 今日のおやつはりんごのケーキ。籠には梨とぶどうが盛られている。ケーキは製菓工房からの直送品で、果物はいうまでもなくここの農園で採れたものだ。里の住民は酒もそうだが、だいたい甘いものが大好きで、いかつい顔したお兄さんたちが手づかみで喜んでほおばっている。
 お偉い責任者がおやつ配膳係というのもあれだが、以前あたしたちが恐縮して手伝おうとすると、ルシリア様は笑ってこう言ったものだ。
「これくらいは私にやらせてちょうだい。こんなことで貴重な人手をとられるのはもったいないわ、あたしひとりでもできるから大丈夫」
 いやいや、何をおっしゃるのやら。ルシリア様はあたしらがおやつの手配をしている間に、本日の加工工房での作業すべてをおひとりで完了させられる能力をお持ちなのに。
 現に、どうしても定時までにその日のノルマが終わらず、かといって後伸ばしにもできない作業は、後は私にまかせておいてとみんなを帰らせてから、ルシリア様自らでその後の工程を仕上げているのを、あたしは知っている。仕事が終わっていったん引き上げてから、忘れ物に気づいたあたしが工房に戻った時に、緑のオーラを輝かせた彼女があらゆる道具を念動であやつって、次々と完成品を生み出すお姿を拝見した時は、思わず腰を抜かしそうになったわ。
 驚かせてごめんね、でも、明日以降のことを考えるとどうしてもやっておきたかったから、と舌を出すルシリア様に、何かお手伝いしましょうか、とおそるおそる訊いてみたところ、もうすぐ終わるから大丈夫、できればこのことは内緒にしておいてもらいたいのだけど、いいかな? と、念動の手は止めずにやんわり釘を刺してきた。
 まあ、このことが広く知られると、適当に手を抜いてもルシリア様が全部片づけてくれるから平気、とサボるやつがでてくるからな。
 あたしはできないが、モノを浮かすのは超能力の基本みたいなもので、ちょっとした念動が使えるやつは里でも結構いる。現に今回の作業中も、能力持ちはかぼちゃを移動させる係に専念していて、木箱ごと浮かせたかぼちゃを水槽や大釜に落としたり引き上げたりと、持てる力で大活躍だ。
 ただ、純正エルフの、特に地属性が使う念動はケタが違う。重力を操れるとかで、まるで息をするように重たい釜だろうが熱湯などの液体だろうが自在に、しかもいっぺんに飛ばす。
先の念動使いたちは能力を一日中使ったら、翌日は休息を入れないと体調に差しさわるくらい疲労するのに対して、ルシリア様は朝起きてから夜寝るまで、なんなら24時間一年中工房全体を稼働させるような大作業を継続しても全然苦にならないよ、と平然と言ってのけるから恐れ入る。さすがは純正エルフでもナンバー2の実力だなあ。
 昔はこの農園はオルティス様が統括してたらしいけど、あの方もこうやっておやつを配って歩いていたのだろうか、それともルシリア様に代替わりしてからの習慣か。
 とにかく、休憩が終わって再び作業に戻る。本日の作業時間、残り2時間を切った。ルシリア様との一件以来、あたしは少々かったるくても仕事に手を抜こうとは思わなくなった。
 あたしたちがお茶を飲んでお喋りしながら休憩していた間、農園の方のおやつの世話をするために席を外していたルシリア様が戻ってきて、食後のテーブルが魔法のごとく能力できれいに片づけられる。それが終わると更衣室の階段を上がっていった。上階にあるのは彼女専用の執務室で、場内が一望できる。今日はこのままあたしたちの仕事ぶりを見守りつつ、書類仕事に専念するのだろう。
 おやつ中に一回かぼちゃの追加搬入があって、今日はこれが最後と通達があった。よかった、なんとか定時までに作業を終えられそうだ。
 そうだ、ねこミクの迎えは商店街の方だっけ。……ってことは、一度里を出ないといけない。お風呂どうしようかな、一度家に戻って、軽くシャワー浴びてからねこミクを引き取ってきた帰りに入りに行こうか。かぼちゃをつけた水槽の水じゃあ、あたしの体はきれいにならないもんな。
 あれだけあったかぼちゃが、すべてペーストに加工されて時止庫へ運ばれていった。釜や道具を洗い、場内を掃除しているうちに、作業終了の鐘が鳴る。やったあ、今日の仕事終わりっ。時刻は16時30分、すでに日が傾きかけている。急いでいけば17時の約束にまにあう。
 そうそう、里の時間の数え方は外の人間社会と同じだ。単位も同じくメートル法を採用している。昔はエルフの里独自の太陽暦や単位が存在したが、混沌の時代を終えてまもなく、人間と暦や度量衡をあわせることにしたそうだ。
 電気が通っていない里だが、時計は結構普及している類かもしれない。目覚まし時計は便利さもあって一般家庭でも広く愛用されているし、我が家も寝室に置いてある。カネがある洒落者の間では、手巻きや自動巻きのブランド品の腕時計も人気だ。
 時計そのものは里でも細々と製造されているが、ガラスのようにどこかの王侯貴族の宮殿にでも置くような、一点物のアンティークめいた高価な工芸品ばかり。よって、庶民はほとんどが外で買い求めることになる。
 一応、主だった広場には時計が設置されているのと、朝7時から夜8時までは30分おきに、時刻を知らせる鐘を教会が鳴らしてくれるので、おおまかな時間はそれで分かる。
 あたしは工房から走って家に戻ると、すぐにシャワーをあびて着替えた。シャツにジーンズの軽装から、ミニスカートにブラウスとネクタイを締め、オーバーニーの靴下を履いて、ジャケットをはおる。
 ちょっとはマシな格好になったかな。別にデートに出かけるわけじゃないけど、商店街は一種の観光地だから、あんまり小汚い服でうろうろしてるのもねえ。
 再び家を出て、外へ通じる門へ向かって歩く。すでに外は薄暗く、魔法の炎や光石を灯した優しい明かりが路地を照らしている。通りにはハロウィン飾りが目立ち始め、今朝は何もなかった城下の広場に櫓と仮設トイレが組まれていた。明日の作業に使うとみられる建材が隅っこに置かれて、布をかぶせて紐で固定してある。
 里の天候は結界主のレア様の思いのままだから、必要がなければ雨は降らないので野ざらしでも問題ない。おそらく、お祭りが終了するまでは里は晴れが続く。夏祭りだと花火とぼんぼりと夜店を楽しむために、日没を早めるなんてことまでやってのけるし、今回の秋祭りも日中はずっと、橙から紫のグラデーションが美しい黄昏空になるのだろう。
 里の秋祭りは、まあ、はたからみてもカオスだぞ、あれは。何しろ、ハロウィンとオクトーバーフェストと盆踊りをごちゃ混ぜにした、楽しいこと最優先の伝統もへったくれもない世界が出現するんだから。
 ハロウィンにちなんだ装束をお召しの純正エルフたちが、爪弾く竪琴と横笛の陽気な音楽をバックに盆踊りの輪が広がり、その横で浴衣姿の天使と悪魔が、屋台で買ったビールとソーセージで仲良く一杯やってるかたわらで、泥酔した連中が喧嘩騒ぎを起こしては警備隊に連行されて、詰所で保護されたり下手すりゃ街牢に放り込まれるってのが毎度のお約束だ。
 以前に、エルフ族伝統の祭りはないのかとルシリア様に訊いたことがあるが、いわく、エルフの泉での祭祀の他は、レア様の誕生祭と月に1度身内で開催される兄弟姉妹たちの誕生祝い、それから狩りに出かけて野営した夜に、火を囲んでその日の獲物を飲み食いしながら、楽器を奏でて歌ったり踊ったりして過ごす、その程度らしい。
 たまにはみんなを楽しませてあげなくっちゃね、とは彼女の言だが、それにしても人間社会から隔絶して暮らしているくせに、その俗世間に影響されすぎだろう。
 おかげで、祭り後半から明けた初日あたりまで、農園への出勤率が著しく低下する。飲み疲れの二日酔いで寝込むやつが続出するためで、この時ばかりは仕事が回らないので朝からルシリア様が現場作業に介入してくる。ついでに、ちゃんと出てきたみんなにはご褒美ね、とおやつの時間にはアレクシス様手作りのお菓子や、ニァサ様謹製のアイスクリームやシャーベットがテーブルに並べられる。
 工房で焼き上げたお菓子もおいしいが、純正エルフでも料理の腕は一、二を争うという、火属性のアレクシス様のそれは比喩でなく頬っぺたが落ちるほどうまい。焼き立てアップルパイのバニラアイス添えなんて出てきたら、残りものをめぐって争奪戦になるくらいだ。さすがに持ち帰りはできないが、一度くらいねこミクにも食べさせてあげたいねえ。
 路地を歩いている者たちだが、女の住民が目立つ。農園で働いているのも、重労働にもかかわらず女の方が数多い。実際に里の男女比は3,5対6,5、少数ながら無性の者もいる。
 あたしみたいに元の出自があるやつはともかく、魔族など最初から高位の人外の種族は男女構成がほぼ半分ずつなのは案外少ないそうで、純正エルフも3対7、現時点での生き残りにかぎれば2対8まで比率がかたよる。俗に男族、女族と呼ばれるそうだが、エルフ族は間違いなく女族だ。
 ようやく門前まで来た。ここでも歩哨の警備隊員がふたりつめている。里でも戦闘能力の高い精鋭25名が、城壁に囲まれたあたしたちの居場所を守っているのだ。
「おや、カパミクさん、これからお出かけかい?」
 あたしに話しかけてきたのは、亜麻色の翼を持った深紅の眼をした、ちょっと生意気そうな少年だった。もちろん、見た目と実年齢は違う。
「ああ、カフェにねこミクを迎えにね。あんたたちもこれから祭りで大変だろう」
「まあ、ごちそうとうまい酒が飲めるのは俺たちも同じなんでね、騒ぎも含めて楽しむことにしているよ」
 もうひとり、茶色い翼を生やした青年がにやりと笑った。こちらも以下同文の年寄りなのは言うまでもない。
「僕たちがしょっ引かれないといいんだけどね、ただでさえ充足率低いんだから、我が部隊は」
「おいおい、コル。縁起でもないこと言うなよ」
「テルムだって花祭りの時は任務中じゃないのに詰所で寝てて、レイに介抱されてたじゃないか」
「コルも俺のことは言えんだろう? この前の夏祭りの時は二日酔いで何日休んだのかねえ」
「じゃ、じゃあ、急いでいるから行くわ。通っていいよな?」
 あたしそっちのけで自虐漫才始めたこのふたり、いたって気安い関係だが、聞けば同族で兄弟同然に育った又従兄弟である上に、警備隊の官舎に一緒に住んでいるそうだ。大丈夫かなあ、この後喧嘩になってやしないだろうか。
 城壁に何か所か設けられている警備隊詰所は文字どおりの役割の他に、人間社会でいうトラ箱の機能も果たしている。
 職務上、ある程度は負傷者の応急手当の訓練を受けているのと、泥酔者が暴れても能力と腕力でねじ伏せられるからだが、職業柄荒くれ者が多いゆえに、当事者たる警備隊員がかかわる事案も結構あって、警備隊長の頭痛のタネになっているとは以前ルシリア様に聞いたことがある。
 あたしの話の出どころは何でもルシリア様だな。あたしは上の方々とそんなに親交持ってるわけじゃないんで、噂話レベルならともかくある程度信用できる情報となると、どうしても上司の彼女経由になっちまう。
 なんたって、警備隊長のヴァルター様は風属性の純正エルフで、ルシリア様の妹にあたる。仕事の愚痴のひとつやふたつ、直接聞かされたことがあるのだろう。
 部下たちは万事この調子だが、ヴァルター隊長自身はいたって堅物だそうだ。酒もやらないというか、酔う飲み方は決してしないらしい。エルフの館にも広い部屋を持っているが、普段は隊員らと同じ官舎に住んで同じ釜の飯を食い、部下たちの訓練にも進んでつきあい、二日酔いなどで当直に欠員が出れば、時間を問わず自ら穴埋めで歩哨に立つとのことだそうな。もちろん、隊員たちからは絶大な人望と信頼がある。
 門を出て直線に道が続く森を抜けると、急に視界が開けてきた。近代からモダンな現代風のかわいらしい建築物が両側に並び、季節柄ハロウィンの飾りつけで華やかだ。
煌々と灯っている照明は、魔法もあるが大半は電力によるもの。そう、ここには電気が通っている。
 そして、通行人たち。普通の寿命ある人間たちが闊歩しているが、なによりも多いのはクリーチャーだ。メカたこ運輸の営業所と、その向かいにはたこルカの遊女たちが愛らしくもあでやかなたこ遊郭、ハニーリリィが経営する小粋なレストランに、まるくなるのネコカフェ。他にもさまざまな飲食店や雑貨屋、ブティックや土産物店、遊戯施設にホテルなどが軒を連ねる。軽食や菓子、飲み物の楽しい屋台もある。店番をしているのはクリーチャーや、アルバイトの人間、果ては上位種族の人外まで幅広い。
 クリーチャーら不思議な生き物たちの店舗が集まることから、この手の通りは俗にクリーチャー商店街と呼ばれている。上位種族の根城付近にはつきもので、付近を捜すとクリーチャー村があることも少なくない。クリーチャーの棲み処である村と異なり、ここへは人間も入れることが多い。たいてい人里離れた辺鄙なところにあるが、手軽に異世界気分を味わえるとあって、知る人ぞ知る穴場のリゾート地だ。
 見慣れたピンクの看板が見えてきた。人間の街でもおなじみのたこルカフェ、ねこミクはここでヒト型に変身してアルバイトをして、うちの生計を手助けしている。
 別にあんたが働かなくてもいいんだよ、あたしの稼ぎだけで十分食っていけるから、と当初はなだめたものの、考えてみればあたしが農園に出ている間に、あの子だけ留守番させても日中退屈でしょうがないだろうし、里の中はねこミクと友達になってくれそうなクリーチャーは数少ない。いても使役として仕えていて役目に忙しいため、遊び相手にはならないだろう。
 へたに孤独にさせるくらいなら、とバイトに出してみたらお客にも好評で、里ではカパミクの使役というよりも、あたしがねこミクちゃんの主と呼ばれた方が通りやすいなんて話もあるそうだ。
 カフェのドアを開けると、いらっしゃいませと挨拶してきたのは、ハロウィンの魔女帽子を被った、ツインテの青と緑がまざったような色あいが絶妙な初音ミクだった。カフェもハロウィンらしく装飾している。
「あら、カパミクさん。ねこミクちゃんを迎えにいらしたのですか?」
「ああV3ちゃんか、あの子は?」
「あー、カパミクちゃん、お帰りなさい! お家で着替えてきたの?」
 お客が帰った後のテーブルを拭いていたねこミク(美少女)が、手を振った。相変わらずあの子は元気いっぱいだ。
 だけど、そろそろ休ませてあげないと。どんなに変身がうまくても、ねこミクはクリーチャー。ずっとヒト型を保つのは体に負担がかかってしまう。
 一応、エルフの里ではクリーチャーもヒト型でいなければならないって決まりなんだけど、そうすると早晩力を使い果たして倒れてしまうから、ほどほどで元の姿に戻っていいことになってる。あのれむルカなんか変身したらうっとりするくらいの美女だが、ほぼ一日中たこの姿で泳いでいるし。
「あの子のキリがいいところまで待たせてもらうよ。空いてる席座っていいかな」
「お好きな席へどうぞ、ご注文はなさいますか?」
「そうだな、ブレンドコーヒーをもらおうか」
「お支払いはエルフ族の通貨でよろしいでしょうか」
「ああ、それで頼む」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
 あたしが入口付近の窓際の席を確保してV3ちゃんが厨房へ消えると、入れ違いにハニーちゃんと呼ばれる短めツインテで蝶の髪飾りをつけた、これまた初音ミクが水とおしぼりを持ってきた。
 手を拭いてガラスのコップの水を一口含んでいる間に、V3ちゃんがコーヒーを運んでくる。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「ああ、ありがとう」
「ねこミクちゃんはもう少々お待ちくださいね。カパミクさんがコーヒーをお召し上がりになっている間に、支度が終わると思いますわ」
 会計伝票をテーブルに置き、ウインクしてから立ち去った。
 ああ、あたしが急いでコーヒーを飲み干さなくてもいいように、気を使ってくれたのか。じゃあ、お言葉に甘えて、10分くらいのんびりしていよう。
 奥から出てきたねこミクは、他のお客さんの注文をさばきながら料理を運んでいる。時間的にはお茶と、少し早めの夕飯をとる客でにぎやかだ。
 ここのたこルカフェは茶菓もさることながら、軽食が人気だ。ふわふわパンケーキに、ローストビーフのサンドイッチ、焼き立てナンつきの本格バターチキンなどなど、名物も多い。
 会計キャッシャー前に立っているのは、青赤のオッドアイが特徴的な、いかにもロックな感じで通称もロッキンちゃん。この娘も初音ミクだ。うちのねこミク含めてツインテだらけの店内に、なんだかたこルカフェというよりも初音ミクカフェと呼んだ方がふさわしいが、ここがクリーチャー商店街であるのを忘れちゃいけない。
 うちのねこミクをのぞいて、彼女たちは全員シテヤンヨという、たくましい脚が特徴的なクリーチャーだ。たこルカフェはオーナーこそたこルカの、それも三女たこと呼ばれる一種族に限定されているが、それ以外が働いてはいけない決まりはないので、どっと式姉妹と呼ばれる彼女たちがヒト型に化けてオーナーに委託されて、店長格であるV3ちゃんを中心にエルフの里門前クリーチャー商店街支店を切り盛りしている。
「おまたせ、カパミクちゃん」
 ねこミクが満面の笑みであたしの前に立った。ちょうど残り一口、最後のコーヒーを飲み干して、ナプキンで口を拭ってからあたしは席を立った。
 ここのカフェに限らず、クリーチャー村は各種族の貨幣が使えることが多い。メニュー表も人間用のそれから、クリーチャーの汎用通貨、主要な上位種族のローカルなおカネまで対応している。
 あたしは銀貨を一枚出して会計を通して、ねこミクを伴ってV3ちゃんに見送られながら店を出た。
 これからが宵の口、タダメシの里でもたまには気分転換に外食へ出かける者も多く、農園で働いている果実の精霊たちが歩いてきたので手をふると、あちらも軽く返しながらステーキハウスへ入っていった。
 あの娘たち、おしとやかそうにみえて結構肉食なんだよな。と思えば、自ら生み出した果実のお菓子をうまそうに食べ、ワインも平気でジョッキで開けてるし。
 以前、共食いにならないのかって聞いてみたら、熟しすぎて腐り落ちた実も自ら落とした葉も、土に返って分解された末に養分として美味しく吸収している植物が、どうしてそんな概念を持ち得るのかって、キョトンとしてたわ。そりゃあ、血も滴るステーキだっておいしくいただくだろうね。生きとし生ける者、ゆくゆくはすべてお仲間の養分になるんだから雑食にもなろうものか。
 そうそう、人間社会だとあまり禁忌にならない鶏肉だけど、里では食えない住民が結構多い。そういうやつらはだいたい出自が鳥類かそのお仲間だ。そのため、鶏肉料理は必ず使用が明記されている。牛や豚、羊でも同様だが、住民の数としての鳥さんたちは結構な勢力だ。
 なお、卵はそうでもないことが多く、焼き鳥はだめでも卵をふんだんに使ったスイーツはあいつら笑顔で食っていたりする。その辺の小鳥たち、卵入りのパンくずや甘いお菓子の欠片とか喜んでついばんでいるもんね。
「ねえねえ、カパミクちゃん、あのね」
 ねこミクがあたしに会えた喜びを、全身で表現して抱き着いてくる。本当にこの子は昔からそうだ。純粋でまっすぐで。あたしが拾った頃と変わらない。
「あー、あんたそろそろ変身解いた方がよくない? そろそろ疲れただろう」
「うん、じゃあ、商店街抜けてからね」
 そうだな、ここは里の中と違って人間の目がある。能力が強い者は印象操作とやらで、周囲に見えなくするすべをもっているが、あたしたちでは難しい。
商店街一番端っこのメカたこ運輸の営業所を通り過ぎると、森に囲まれた狭めの道に入る。人間、それどころかレア様の祝福を受けていない、ようするに里の住民以外にこの道は見えず、深い森のただの行き止まりになっているが、ここが門への入り口だった。
「カパミクちゃん、もういいかな」
 周囲をキョロキョロと見まわして、ねこミクが言った。
「ああ、大丈夫だよ」
 そういうと美少女はにこりと笑って魔法を解いて、もとのかわいらしいクリーチャーに戻る。あたしはねこミクを抱っこして肩に乗せた。この子自身も歩いたり飛んだりできるが、一緒に外を移動中はあたしの肩の上が定位置だ。
「あのね、カパミクちゃん。カパミクちゃんがいやじゃなかったら、今日の夕飯一緒に食べないかって、れんたこちゃんからお誘い受けたんだけど、どうかなあ」
「夕飯かあ」
 これからお風呂入って買い物してから、家でご飯を作ろうと思ってたところだが、特に献立を考えていたわけじゃなし、まあ、行ってもいいかな。
「待ち合わせはどこだい? 中のたこルカフェ?」
「うん、れんたこちゃん、お店閉めて片づけが終わるだいたい6時半ごろに来てねって」
「じゃあ、それまでにお風呂つかってこないと」
「今日はどこにする?」
「あと一時間しかないからな。途中の風呂で適当に浴びてこよう」
 門を抜けて城下へ戻ると、あたしとねこミクは、カフェまでの道のりの途中にある、竜の館の温浴施設に入った。ここは竜を意匠した文様をあしらった、幾何学模様が美しいタイル張りの浴場が特徴的だ。
 城下の広場前にある竜の館は、統括も務める主の青龍様の下、竜族たちが集まって住んでいる。竜族といっても伝説のドラゴンから恐竜の末裔、果ては巨大な蜥蜴と思わしき出自の者までさまざまだ。全体的には恐ろしく長寿の者が多くて、億単位も珍しくない。青龍様にいたっては長らくレア様の茶飲み友達で、あのオルティス様よりも長生きだそうな。あたしだったら気が遠くなりそうだ。
 館と名前がついているだけあって、ここは城下の出先行政機関を兼ねている。ちょっとした荷物の運搬やご近所トラブルの仲裁、果ては温浴施設や街牢の管理まで業務は多岐にわたる。
エルフの里は祭りをのぞけば、温泉が最大の娯楽と呼べるくらいあちこちに湧いていて、レア様の館やエルフの館でも多彩な浴場を開放しているし、城下にも何か所か温浴施設があって、どれも住民たちの憩いの場だ。他にも城壁沿いに簡素な塀で囲んだだけの、野趣あふれる露天風呂がいくつかもうけられている。
 これらの施設は飲食やマッサージなどのサービスをのぞけばすべて無料で、一日何度でも利用可能。温泉をはしごして酒とつまみを買って、付属の休憩室で寝そべりながら一日をすごす者も少なくない。
 我が家もそうだが、里ではシャワーは家に標準で設置されているが、湯船はないのが普通だ。
 あたしが知っているかぎり城下で湯船を持っているご家庭は、神社と竜の館くらいだろう。神社は神事の前に沐浴する必要があるから自前で用意したと聞いている。竜の館は開放しているお風呂の他に、身内だけが入れる浴室があるそうだ。
 里の温泉は一糸まとわぬ裸になって入る、あたしには慣れたシステムだ。ねこミクと一緒に脱衣所で服を脱いで、手ぬぐい一枚だけ持って浴場へ入ると、手前には打たせ湯のようなお湯がつねに流れている洗い場が、奥には湯殿がある。
 ここのお風呂は残念ながら露天風呂はついていないが、代わりに湯殿が広めだ。飲み物の販売は最低限で、他の娯楽施設はついていない。いわゆる街の銭湯だな。一日遊ぶにはもの足りないが、軽くひとっ風呂浴びるには丁度いい規模だ。
 洗い場に備えつけの薬湯を体にふりかけて、よく洗い流してから浴槽に入る。焼き物の龍がこんこんと吐き出すお湯はかけ流しの源泉で、ここは少々熱めなのもいかにも公衆浴場らしい。
 あたしに抱かれたねこミクがきゃっきゃと喜んでいる。純正エルフであるレティシア様が人間の街を訪問された際に、お土産に買ってきたという黄色いアヒルがいくつも湯殿に浮かんでいて、最近はこれで遊ぶのが楽しみのひとつだ。なんでも女湯だけのサービスだそうで、どういういきさつなのか、男湯には絶対に置くなとレティシア様がきつく厳命したらしい。まあ、この子が楽しんでいるし、あたしも童心に帰って癒されているからいいけどね。
 風呂から上がって、髪を乾かしてから施設を出る。湯上りに心地よい夜風に吹かれながら、たこルカフェを目指して歩く。
 ――♪その一、いつもと違う髪型に気が付くこと♪――
 ついついあたしが口ずさむ歌に、肩乗りのねこミクも楽しそうに追随する。なりは小さくとも、この子もミクだ。
 ――♪その二、ちゃんと靴までみること、いいね?♪――
 かぼちゃのオブジェが怪しく光り、人外たちが行きかう通りをあたしたちは小声で歌いながら急ぐ。
 ――♪君にこころから思ってほしいの、かわいいって♪――
 ようやく里の目抜き通りに出た。生鮮食品や飲み物、軽食を扱う露店、大樽をテーブル代わりに使う立ち呑みの店、薬屋兼雑貨屋、花屋、質屋など、こじんまりした商店が並ぶ。
 買い求める客もそれなりにいるが、正直いって、洗練されたクリーチャー商店街に比べると見劣りするのは否めない。
 里はあまり競争原理が働いてないから、とはルシリア様のお言葉だ。店の賃料や仕入れは格安だが、限られた者たちだけの商いであり、おまけに営業時間や休日が厳格に定められていて、朝から晩まで開いている店は、その分従業員の確保が必要になる。衣食住の保証もあって赤字を被ってもただちに食い詰める心配はないが、あまり大儲けもできないそうだ。
 だから、野心ある者は外の商店街に活路を見出す。現にいくつか里の住民らの店舗があって、そちらで成功している者はなかなかの羽振りだ。
 あるいは祭りの期間中だけ屋台を出すといった働き方をする者もいる。毎月何らかの祭りがあるので徴用に引っかからずにすみ、里帰りしてきた仲間と組んで珍しい食べ物でも出せばそれなりに小遣いが稼げて、おまけに常設の店よりも休みが多く取れる。外の仲間はこれだけで労働力と献上品がいっぺんに提供できるとあって、ちゃっかり者たちに人気がある。
 祭りにともない、小さなステージが設置されているのをあたしは見つけた。住民たちが好きに上がってパフォーマンスをするための場だ。
 そういや、あたしはここに来てから一度も壇上に立ったことはなかった。
 初音ミクにふさわしい舞台が存在しないわけではない。レア様の館の特設ステージで、住民たちがレア様の御前でさまざまな芸を披露しては喝采を浴びて、にこにこと見守っていたレア様から直接お褒めの言葉を賜る。そんな光景をあたしは今まで何度も目にしてきた。
 だけど、あたしは一度もそれをやったことがなかった。声がかからなかったわけじゃない。誘いはあったが、ずっと断ってきた。
 ――♪…こっちのが危ないわよ♪――
 目抜き通りの一角にその中にたこルカフェはあった。居ぬき物件を利用しているため、見慣れたチェーン店のカフェとは違うレンガ造りの趣だ。クリーチャー商店街のカフェは結構遅くまで営業しているが、里の店は午後6時で閉まる。すでに閉店の看板がかかっていたが、中の明かりはついている。
 一曲歌い終わったあたしが扉を開けると、ベルの音がカランと鳴った。中にいたのは2匹のたこルカだった。

                       ――続く


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