理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.6】
『父の最後の笑顔が私に教えてくたこと』
今でこそ、歯科衛生士であることを誇りに思い、使命を全うしようと日々奮闘していますが、私が歯科衛生士になろうと思ったのは、資格があれば就職しやすいという理由と、姉が看護師だった影響を受けてでした。しかし、看護師は夜勤もあることと3年制だったことから歯科衛生士を選びました。(当時、歯科衛生士は2年制)キッカケはそんなありきたりな理由で、実は大きな志を持って歯科衛生士になったわけではありませんでした。
さらに、当時の世間の歯科衛生士という職業は、『歯医者にいる看護師さん』という認識が強かったように感じます。また、病人を生活者に看病していける看護師の方が有能な職業のように扱われていました。姉との比較もあり、歯科衛生士と言う職業に劣等感を感じていました。
しかし、(Vol.2,3,4にも書きましたが)身近な人の口腔内からの健康を考えたことや、患者さんとそのご家族からの感謝の言葉が、私を歯科衛生士としての成長させ、ミッションを見出すことができました。
そして、私が感じていた劣等感を払拭させ、人生のミッションに変えてくれたのは、父の死でした。
父は大腸癌と糖尿病で2度の手術と入退院を繰り返し、75歳でこの世を去りました。入退中は、看護師だった姉が毎日父の世話をしに病院に通っていました。同じ医療人であっても、姉のように介護が出来ない自分に不甲斐なさを感じていました。
2003年8月、ついに父との別れが訪れたました。人工呼吸器を外された父に、担当看護師と一緒に姉が父の身体を清拭し始めました。私は父に何もできず、母と兄と一緒に親族控室で待つだけでした。しばらくして控室の内線がなりました。相手は姉からで『父の入れ歯を口の中に入れて欲しい』と。亡くなってまもない父の口腔内はまだ暖かく、柔らかかったです。私は、父の最後の暖かさを感じながら、上下に義歯を入れました。そして、私が父にしてあげられる最後の口腔内清掃と思いながら、口腔粘膜と口唇を整えました。
数日後、親しい方々に囲まれ葬儀を行われました。棺の中で安らかに眠る父の顔を見ながら、参列者の方々が父に語りかけていました。その第一声のほとんどは『柴田さん、いい顔している』でした。父の顔は口角が上がった満遍な微笑みだったのです。
私は、参列していただいた方々からのこの言葉と父の微笑みから、悲しいはずなのに、なぜか嬉し涙が溢れ出したのです。
父の最後の微笑みが、「歯科衛生士は、その人の人生最後の瞬間を笑顔で送り出すことができる素晴らしい職業なのだ」と教えてくれたのです。
日本では火葬なので、人は死ぬと焼かれ無くなります。でも、その人との思い出は心に残ります。死者が見送る人たち, 最愛者に贈る最後の思い出は『幸せだったと微笑む顔』なのです。
この経験をキッカケに、患者さんに真剣に向かい合うようになりました。時に私は、本気で患者さんを叱ります。真剣だからこそ、ご家族の心配を裏切るような行為を叱るのです。そして良い変化は褒め、患者さんの嬉しい報告は一緒に喜ぶのです。
口腔は全身の健康の始まり。口腔ケアは歯を守るだけではありません。健康も守ります。そして何より、あなたの幸せと、あなたの家族の幸せを守るのです。
~素敵な私たちでありますように~
長岐 祐子
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