「Senriさん、アトランタジャズのスポンサーのパーテイーで横に座った元市長の奥さまが『彼は今何て言ったの?』って訊ねてきたの。Senriさんが ’Fried Green Tomato’って歌のタイトルを言った時だった。Rが2つ混じってるでしょ? 単純に聞き取れなかったんだと思う。不本意かもしれないけれど、実際に口から発音しているサウンドと頭で思ってるサウンドに差があるんじゃないかな。失礼じゃなかったらRとLの発音矯正もう一度やったほうがいいんじゃない?」
中西部やアトランタジャズを牽引してくれているプロデユーサーが、僕にそう耳打ちした。
アメリカへ来て10年。毎日英語で仕事をし、暮らしているのでそれなりにアメリカ人に通じていればまあいいじゃないかという軽い気持ちでいるものの、実のところ「あ、ここがもっとクリアになればな。伝わってないな。どうすりゃいいんだろう? この発音」という悩みが常にあった。なまじっか歳も重ねてプライドばかり大きくなって「もう片言のおじちゃん英語でいいやっ」て居直ってみたり。
英語に関しては、どこまでいっても我々日本人には難しいものがある。アメリカで生まれない限り「ペラペラ」はあり得ないのである。Mother tongue (母国語)じゃない上に、日本語の母音の数とアメリカのそれとではまったく数が違う。それを正確に発声できないと、結果「通じていない」ことになる。さらに言葉の後ろにある歴史や習慣、背景などを意識して会話をしないと、薄っぺらい中身のないものになってしまう。そう考えると、英語をしゃべるときに使う脳は、日本語のそれとは全く違う脳だと言えるかもしれない。英語的ストラクチュア。これは、自分の中で無意識に笑いのタイミングやオチへの畳み掛けのスピードを標準語のそれとはっきり区別し喋るときの関西弁に近いものがある。言葉とは摩訶不思議なもの。何はともあれ、早速、友人の勧める発音矯正のレッスンを受けてみることにした。
この際、カミングアウトしてしまおう。僕はうるさいクラブなどでバーテンダーにワインを頼むとき必ず直面するプロトタイプなシーンがある。
「赤ワインをグラスでもらえるかな?」
「わかったよ。はいどうぞ」
必ず白ワインが目の前に用意されるのだ。自己分析ではRを中学校の最初の英語の先生に教わった口の形で忠実に発音すると、大概が失敗しているように思う。とくに、耳で何度聞いてもどう発声されているのか、舌の形がどうなっているのか、がわからない。逆に白ワインの場合、キスをせがむ時に女子が口をとんがらせるあのひし形で「うわいとうー」というと、間違いなく100%白ワインが出る。
問題はRだ。
一切合切尋ねてみよう。
先生は30を少し過ぎた青年で、大学で日本語を教えているアンディ。彼は17の時に日本に留学しているので、耳や口が固まる手前に滑り込むように日本語をマスターしている。そんな彼が英語でこう言う。「そうね。確かに日本人には難しい発音。でも、今 Senri が僕に何度も赤ワインと白ワインを発音してくれたけれど、アメリカ人の僕の耳には100%理解できるわけだから問題はそこじゃない。ううむ。原因はなんだろうか」と首を捻った。
「NYは世界中からやってくる移民が多いから、自分のせいじゃなくて相手が発音できてない場合も多いからね。聞く側にそれ相応の語彙力や発音力がないと、いくらこちらが正確にやってても通じない。だけど、あ、ちょっと待って。今、その ’Fried Green Tomato’って言った時のSenriの発音」
何気ないそんなに難しくなさそうな3つの単語の連なりなのだが、アンディはそこに鋭く食いついた。
先生は30を少し過ぎた青年で、大学で日本語を教えているアンディ。彼は17の時に日本に留学しているので、耳や口が固まる手前に滑り込むように日本語をマスターしている。そんな彼が英語でこう言う。「そうね。確かに日本人には難しい発音。でも、今 Senri が僕に何度も赤ワインと白ワインを発音してくれたけれど、アメリカ人の僕の耳には100%理解できるわけだから問題はそこじゃない。ううむ。原因はなんだろうか」と首を捻った。
「NYは世界中からやってくる移民が多いから、自分のせいじゃなくて相手が発音できてない場合も多いからね。聞く側にそれ相応の語彙力や発音力がないと、いくらこちらが正確にやってても通じない。だけど、あ、ちょっと待って。今、その ’Fried Green Tomato’って言った時のSenriの発音」
何気ないそんなに難しくなさそうな3つの単語の連なりなのだが、アンディはそこに鋭く食いついた。
「もうひとつ言うと’Tomato’。Senriはトメイトーって発声したよね? それはどちらかと言うとブリテッシュアクセント(イギリス英語)なんだよね。アメリカ人ってトメイトーって言ってないのわからない? 僕たちはトメイトーではなくてトメイドーって言ってる。’to’ が ‘do’ なんだよ」
あ? そう言われてみると思い当たる節がある。a Bottle of wineとワインのボトルを頼む時、無意識に「ボドーオブワイン」と言ってる自分がいる。耳から聞き慣れた音をなぞって。Tomatoの発音はTomado(トメイドー)Bottle はBoddle (ボドー)なのだ。また気づきのウロコがポロポロポロポロ。