ブルックリンでジャズを耕す

ブルックリン物語#34 Alone Together「アローン・トゥギャザー」

2016/12/30 11:00 投稿

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携帯に万歩計のアプリを入れてから一日に何歩歩いたかがわかる。これが面白くてどんどん歩くようになった。

11月の中頃からだから1ヶ月ちょっと毎朝毎晩。考えがまとまらない時は、歩くとどんどんアイデアが整理されていくのがわかる。小指の痺れ、肩のこり、腰の痛みなど体の不調が歩くことによって矯正されていくのもわかる。とくに朝の街は目覚めてゆく時間帯の変化を身体全体で感じて気持ちいい。少しずつ喧騒が大きくなり、人が増え始まっていく。

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夜遅く歩くのもこれがまたいい。飲んでいる人たちがバーの外でキャーキャーたむろしている。アパートの外に部屋着のままタバコを吸いに出てくる住人たち。犬の散歩をする女の子。酔っ払って道端で寝ているおじさん。月がさっきまで三日月だとタカをくくっていたらいつのまにかプックラ実った満月だったり。いちばん星がくっついてきたり。時の流れは早いなって自分の呼吸の音を聞きながら改めて実感する。

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No Cry, No Cry


 
その道は初めて通る道だった。早い朝だ。彼女はその角に立っていた。ヒスパニックのスカーフを巻いた小さな愛嬌のある目のおばあさん。

No Cry, No Cry

何を言ってるのか最初モゴモゴしていてわからなかったが、おそらく僕が泣いているので泣かないでと慰めている風だった。しかし僕は泣いてなどいない。少しだけいろいろあって考え事をしていた。うつむいて歩く姿が泣いているように見えたのかもしれない。答えのない堂々巡りを一人二役で自問自答しながら、いつもは通らないその道へたどり着いた。ピリッとした冬の朝の空気を吸い込むだけで癒された気分になり、ちょうどその角を左に曲がろうとして、彼女に会ったのだ。

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No Cry, No Cry


英語だった。そして片言でそのあとに「Punch punch, mouth, mouth……」と繰り返す。拳を握って前へ出し「Punch」、その拳を口に持って来て「Mouth」。どうやら解読するとそのようだ。

適当に「Good morning!」とにこやかに通り過ぎればよかったのだが、なぜか振り返って「何を言っているの?」と聞き返してしまった。

耳を寄せると「No Cry, No Cry」そして「Punch punch, mouth, mouth……」を繰り返す。僕はつられて彼女のグーパンチに自分のグーを合わせてしまった。グーとグーで「具合わせ」! そんなこと言ってる場合じゃない。何を言いたいのだろう? そしたら彼女、グーの僕の手を開いてその上に何かを置いた。

「キャンディ、キャンディ」

それは小さく捻られた黄色い飴だった。

僕にプレゼントしてくれるんですか?

「シーシー(そうそう、スペイン語)」

わ、ありがとうございます。

「キャンディ、キャンディ」

Punch punch, mouth, mouth…..


そしてにっこり笑って僕の腕を叩く。

No Cry, No Cry

いい日を。そう言って僕はキャンディの包みを広げてみる。黄色な包みから毒々しい茶色の棒状のキャンディが出て来た。舐めてみると懐かしい日本の駄菓子に近い甘ったるいニッキの味だった。顔がにやけてくる。不思議なことがあるもんだ。

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