さんたく!!!朗読部『羊たちの標本』
ショートストーリーを
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第九話『エデンの箱庭』


(作:古樹佳夜)


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僕は、風の匂いのする草はらに体を横たえて


いつも通り、うたた寝をしていたようです。



 

「と……さん」



 

サクサクと草を踏む、小さな足音のおかげで


僕はゆっくり目を覚ましていました。


けれど、小さく温かな手が僕の体を優しく揺するので、


僕はなんだか嬉しくなって、


ほんのちょっとのいたずら心で


少しの間目を瞑っていることにしました。



 

「ねえ、寝たふりしないでよ、ねえ」


「……ふふ」



 

しまった。


思わず吹き出してしまいました。



 

「……お父さん!」



 

ゆっくり瞼を開けると、


大きな金色の瞳と目が合いました。


ずい、と小さな顔が近づいてきて、


仰向けの僕を覗き込みます。



 

「……君も一緒にお昼寝しませんか?」


「いやだ」



 

眉根を寄せる癖は相変わらずです。


白い頬の横で烏羽色の髪が


きらきらと揺れています。


僕は、まだ夢のつづきを見ている気分になって、


思わず彼の髪を掬い取りました。



 

「綺麗ですね……」



 

この、仕上げに嵌めた琥珀色も、


細い糸のような和毛も、


彼の全てが、この世にある形の中で


一番の出来なのです。


頬を無遠慮に撫でるのが気に食わないのか、


白い頬はぷくりと膨らみました。


そして仕返しとばかりに、


彼は僕のツノを引っ張りました。



 

「あ、はは、ちょっと止めて……オオカミ君ったら」



 

名前を呼ばれて、彼は笑みをこぼしました。



 

「羊は寝坊助だ。いつも寝てるじゃないか」


「……すみません。つい……」


「羊が寝てる間、俺はひとりぼっちなんだ」



 

そう呟いたオオカミ君の目に


うっすらと涙が溜まっているような気がしました。


オオカミ君は僕の首にギュッと縋り付いてきました。



 

「ねえ、お腹が空いたよ。何か食べたい」


「そうですね。じゃあ、何か野原で摘みましょう。


確か……


野苺がいっぱい生っていましたよ」



 

オオカミ君は嬉しそうに飛び跳ねて、


微睡の淵から僕を引き揚げてくれました。


彼はまだ小さく、僕の肩にようやく頭が届くくらいです。


それなのになんて力強い腕でしょう。



 

「オオカミ君、そんなに急がなくても


野苺は逃げないですよ」


「誰かが先に取っちゃうかもしれない」


「誰に? ここには僕らだけじゃないですか」


「え……あ、そうか」



 

オオカミ君は少し戸惑って、その場に立ち止まりました。


数歩先を行く彼に追いつき、小さな頭を撫でました。



 

「野苺はジャムにして、パンに乗せますか?」


「うん。蜂蜜も塗って食べよう」


「じゃあ、家から籠を取って、それから出かけましょう」



 

僕らはいつものように手を繋ぎ、家路を辿ります。


目指すは丘の上。そこには木造の小さな家が建っています。



 

道すがら、オオカミ君が一本の木を指差しました。



 

「ねえ、あの赤い実も取っていこう」


「ああ、あれはダメですよ」


「どうして?」


「君と、ずっと一緒にいたいからです」



 

オオカミ君が首を傾げた時、


草はらの上を風が駆け抜けていきました。



 

「さあ、もう家に着きますよ」