さんたく!!!朗読部『羊たちの標本』
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第五話『合わせ鏡』
(作:古樹佳夜)
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「僕だって殺したくて殺すんじゃない……
愛するがゆえだ」
陶酔しきった甘い声音が
耳にこびりついている。
いつもどこか虚ろな瞳が
あの時ばかりは、
まっすぐと俺を見つめていた。
身体の内側からぞわぞわと
悪寒がこみ上げてくる。
−−全部、葛のせいだ。
不安のやり場を失って
怒りで狂ってしまいそうだ。
海月と月兎を部屋に送り届けて、
内側から鍵をかけさせた。
次は、どうしたらいい?
勢いよく前に踏み出す足すらも震えて、
俺は今どこに向かって歩いているのだろう?
廊下を踏みしめる度に怒りは冷えていった。
残ったのは底知れぬ恐怖だ。
「ねぇ鈴君! 待ってください!」
羊の声だ。
俺を説得するために
追いかけてきたのはわかっている。
「待って! 鈴君! お願いです!」
勢いよく服を引っ張られて思わずのけぞった。
仕方なく立ち止まり、振り返る。
「なんだ羊。お前も早く自分の部屋に帰れ。
でないと葛に……」
「話し合いましょう、ね?」
「何を話し合うことがある?
あいつは殺人鬼だ」
「誤解かもしれません。
だって、まだ十分に会話もしてない。
僕たち葛君に会ったばかりじゃないですか」
「人間を喰い殺すって言ってたぞ?
あの特徴は他人に害を……」
「ままならないことだってあるでしょ」
言葉に詰まった。『身に覚えがあるだろう』と、
その瞳が問いかけを発している。
『じゃあ、お前はどうなんだ』と。
−−俺は幼い頃から歌うことが好きだった。
変声前は透き通るような、
鈴を鳴らすがごとくの声だと
周囲に褒められて育った。
特に褒めてくれたのは母だった。
俺は母に好かれたい一心で歌い続けた。
大人に近づいて声が変わっても、
母は変わらず歌を聞いてくれた。
俺は幸福だった。
ある日、その状況は一変した。
母が首吊り自殺してしまったからだ。
突然のことに理解が及ばなかった。
初めて経験した『死』が、
最愛の母だなんて
悪夢と言う他ない。
それまで意識してこなかった人間の
終焉はあっけなく、その死に様が
あまりの惨めさであったことに、
俺は恐怖していた。
死の原因は判然としなかった。
誰も自殺を掘り起こそうとはしない。
けれど、残された遺書の最後の一文に、
理由は見え隠れしていた。
『息子の声が甘く爛れて聞こえてくる。
鈴の声は他人を狂わし、誘うのです。』
俺の歌を喜んでくれている
とばかり思っていたのに。
俺は、俺の声で大切な人の死を
招いてしまったんだ。−−
羊の言葉は正しい。
俺たちは、同じ穴の貉だ。
本当は葛をあんな風に
突き放すべきじゃない。
だけど、俺は……
「何故、あいつは俺だけに好かれようとするんだ」
「それは……わかりません。僕にも」
沈黙があり、羊は小さく息を吐く。
「でも、友達になりたかったのかもって……
僕は思いました」
「友達……?
それ以上を望んでいただろう。
俺を殺したいと……」
羊は頭を振る。
「葛君は『君の死』を
望んでないと思います」
羊の手を振り払って良いものか、
俺は躊躇いはじめていた。
「まずは理解しなくちゃ。
いきなり好きになれなくてもいいから」
「出来るかどうかわからない」
「君がいつもしていることですよ」
「俺はそれほど強くないんだ」
「でも、鈴君は優しいです」
羊の言葉が心に刃を突き立てる。
……いや、
心を抉っているのは言葉じゃない。
自分の醜さだ。
死ぬのはもちろん、
言うまでもなく怖かった。
けれど、それと同じく……いや、
それ以上に恐れていたのは
自分が持つ『他人に死をもたらした特徴』に
向き合わなければならないことだ。
葛の存在が俺の罪を炙り出している。
俺はこれ以上加害者になりたくない。
だから、『優しい人間』像に
しがみついているだけだ。
俺の優しさはまがい物だ。
『都合のいい関係でいて欲しいから』、
『一定の距離を取りたいから』、
『踏み込んでほしくないから』、
俺は他人に優しいだけ。
一枚剥けばこんなに醜く、
利己的なんだ。
だけど−−出来ることなら、
こんな自分を変えたかった。
自分の感情にようやく気付いた時、
胃の腑が泡立つような
罪悪感がこみ上げきた。
「……葛に謝るべきなんだろうか」
「いいえ。言葉を交わせばいいだけです」
羊の言葉に背を押されて、
俺は踵を返した。
「どこに行くんですか、鈴君!」
「葛の部屋だ」
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