さんたく!!!朗読部『羊たちの標本』
ショートストーリーを
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第四話『
二つ星の灯』
(作:古樹佳夜)

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お屋敷の一階、広間の隣にある小さな食堂は
朝と夕になると生徒で賑わう。
焼きたてのパンの香ばしい香りがしてきた。
俺は早足で廊下を歩く。
早くしないと朝食の時間に間に合わない。

入り口手前に差し掛かると、
中の会話が聞こえてきた。

『瑠璃、早く座りなよ』

『わかってる。
でもフォークが足りないんだ』

『僕スープもらってきますね。
瑠璃君も食べますよね?』

『うん、ありがとう』

「あ、サーシャ君。
おはようございます」

「おはよ」

俺に気づいた羊が挨拶する。

「おはよう」

にこりと微笑む瑠璃と、

「……」

気にくわなさそうに顔をしかめる紫郎。
(これから食事を摂るってのに
相変わらず瑠璃の横に
べったりくっついている。)

いつも通りの光景だ。
俺は紫郎の睨みを
気にせず羊の隣に座った。
朝の光が部屋中を白く染め上げて、
眩しいくらいだ。
食堂の南側の壁は大きなガラス窓になっていて、
まるで温室のようになっている。
部屋の中央には使い込まれた長い木のテーブルと、
七脚の椅子。
生徒の人数に対して十分すぎる……。

「あれ? 透は?」

食堂にはまだ
瑠璃、紫郎、羊、俺の
四人しか集まっていなかった。

「死んだよ」

紫郎が冷たく言い放つ。
すかさず瑠璃が『悪い冗談だ』とたしなめる。

「多分寝坊じゃないかな。
さっき部屋の前を通ったら
バタバタ音がしていたし……」

「ふぁ~……」

言ったそばから透が食堂に入ってきた。

「うわっ。髪ボサボサじゃん」

「シャツのボタンも掛け違えています」

「あっ……本当だ」

透は口ではそう言うけど、
全く気にした様子もなく、
平然と俺の向かいに座った。
胸元のリボンも解けている。
全員から色々指摘を受けても直す気配がない。

「まあまあ。
とりあえず飯を食わないと……」

透は大雑把だしマイペースだ。
皆知っているからやれやれって顔をして
食事の準備を再開する。
朝食は作り置きしてあるから
各自好きな時間に摂って
教室に行けばいいんだけど、
俺たちは大体同じ時間に食堂に集まってしまう。
そして、お互いの世話を焼いたり、
要るものを取りに行ったりと忙しい。

あらかた準備が整ったところで、
瑠璃が咳払いした。

「それじゃあ、お祈りして」

瑠璃が声をかけると皆一斉に目を閉じ、
沈黙する。
お祈りは夢ノ淵院の朝の日課だ。
ここには、生徒だけの信仰がある。
神様は少年たちを見守り、導いて、
最期の時に助けてくれる……
そう信じられてきた。お祈りの習慣は
ずっと昔から、脈々と続いているらしい。

「いただきます」

お祈りが終わると皆思い思いに食べ始める。
お祈りの時いつもオオカミは居ない。
この習慣を毛嫌いしているみたいだし、
わざと俺たちと食事の時間を
ずらしているみたいだ。

「げっ……そんなに食べるの?」

紫郎は透に向かって言う。
テーブルの中央には
籠に盛られたパンが置かれている。
パンは白くて大人の掌くらいの大きさだ。
各自好きなだけ取って
食べていい事になっている。
透は皿に五つ乗せていた。
その中の一つを豪快に割って
ジャムとバターを雑に挟んで頰張る。

「これくらい食べないと
昼まで保たないんだもん」

「透君はたくさん食べますよね」

「そう?」

「そんなガッついてみっともない」

「紫郎……」

「よく太らないな。普通じゃないよ」

「紫郎!」

瑠璃がいつものように
『それ以上言うな』と嗜めても、
紫郎の嫌味は止まらない。
これもいつも通りだ。

「ん~……俺は普通だった試しがないから
普通がよくわからん」

透はあっけらかんと答えた。
紫郎の言葉にはいちいち棘がある。
俺は無視してるけど、
正直気持ち良くない。
けれどそんなことはどこ吹く風で、
透はパンを食べ続ける。
既に一つ目のパンは消えて、
二つ目のパンを手で割っていた。
透はおおらかな性格だから
何か言われてもほとんど怒らない。
大概の事は聞き流している。

……でも言われっぱなしはやっぱりモヤモヤする。

少なくとも、俺は。

「外で暮らしてる健康な少年なら、
透くらい食べるのは当たり前だと思う」

一斉に皆が俺を見る。
普段余計なことを喋らないからか、
何か言うと注目されやすい。
でも、透が言い返さないから
俺が言い返しただけだ。
それに賛同するように、瑠璃も頷く。

「そうだよ。透は気にせずたくさん食べて。
なんなら僕の分も……」

瑠璃が自分の皿から手つかずのパンを
差し出そうとしたので、
全員で止めた。

「瑠璃は他人の事に構いすぎ。
これ以上食が細くなったら
そっちの方が問題だっての」

透は苦笑いしながら匙でスープを掬った。

向かいの透と目が合う。
こっそり俺にだけわかるように
『ありがと』と口を動かした。
それでわかった。
透は意識して年下の紫郎の言葉を流している。
できるだけ波風立てない為に。

「ふふ」

「?」

ふと隣を見ると、羊は微笑んでいる。
何が楽しいのか俺には良くわからない。
変な奴だ。
羊は皆と一緒にいる時、
だいたいこの顔をしている。

「あれ? 
サーシャのペンダントの紐、切れそうだな」

「え……嘘……」

「ここ、首のところ」

「あ、本当ですね。
今にも千切れそうです」

「その紐古かったもんな。どれ……」

透は匙を置く。
そして向かい側から俺の首元に手を伸ばした。
首筋に指が触れて俺は思わず身を竦ませるけど、
透は全く気づいてない。
(こういうところが大雑把なんだ)
透は紐を爪で摘んで力を込める。

「あ……」

紐は簡単に切れてしまった。
星の飾りが透の手の中に
ポトリと落ちる。

「直しといてやるよ」

俺は軽く頷き、
そのままペンダントを託す。

「……よろしく」

「了解」

透はニカリと笑って答えた。

「それ、直せるの? 
透って手先が器用なんだね。
知らなかった」

瑠璃が感心した様子で
透に話しかける。

「器用ってほどでもないでしょ。
紐通すだけだし」

「いや、透は器用だよ。
そのピアスも自分で作ってた」

「へ~そうなんですか?」

羊が驚いているので、俺は頷いた。
ずいぶん前に部屋で
作っているのを目撃していたし、
間違いない。

「こんなの簡単だ。
太い針で穴開けて針金通すだけだよ」

「太い針で……?」

「うん。プスッとね」

羊と瑠璃は感心して声をあげる。

「ついでに耳のピアスホールも
その時、プスッと……」

「そういうグロい話やめてよっ」

紫郎が怒鳴った。
羊と瑠璃も怯んだ顔をしている。
透が気づいて『ごめん』と口にした。
(今回ばかりは透の方が悪い)

−−あの時のことは今でも忘れない。
俺の制止も聞かないで、
透は研究員の薬品棚から
消毒薬を勝手に持ってきた。
そして『大丈夫、大丈夫~』と
笑いながらピアスホールを開けた。
挙句『あんまり痛くなかった』
と平然としていた。−−

透は常識的に見えて、
頭のネジが何本か外れてそうだな、
と俺は思った。
羊と瑠璃の二人は
気をとりなおして透に質問をする。
興味津々だ。

「材料はどうしてるの?」

「過去の生徒が持ち込んだやつとか、
研究員が使わなくなったガラクタとか……」

「そんなのどこにあるの?」

「納屋に放り込んであるよ。
暇な時に漁ってる」

透は星の飾りを掌に乗せて説明した。

「ピアスの飾りを見つけた時、この、
サーシャのペンダントの星も見つけたんだよね」

あの日、俺がピアスが
出来上がるのを眺めていたら、
透は『ついでに』と言って、
あっという間に星のペンダントを
作ってしまった。
そして、それを気前よく俺にくれたのだ。
誰かに贈り物をもらうなんて
初めての経験だったから、
俺は本当に嬉しくて、
それから毎日身につけて宝物にしている。

「首飾りとか、女みたい」

水を差したのはやっぱり紫郎だった。

「紫郎! どうしてそんな風に言うんだ」

「だってそうでしょ? 
全然似合ってないし……」

「……!」

俺の宝物を侮辱するひどい言葉だった。
怒りでカッと身体が火照る。
俺はすぐに言い返そうとした。
けれど何と言って良いものか
咄嗟に言葉に詰まった。

すると、怯んだ一瞬の隙に
意識が暗がりに突き飛ばされた。