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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("水上機母艦"編)

2014/04/03 20:29 投稿

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艦これ第6弾、前回の第5弾にも登場した千歳と千代田の2人と2015年4月28日に追加された秋津洲のみ、日産のGT-RとZ33のバリエーション違いとR390ロードカーを楽しみながら閲覧しよう!

・戦艦→こちら
・航空戦艦→こちら
・正規空母→こちら
・装甲空母→こちら
・軽空母→こちら
・水上機母艦→ここ
・揚陸艦→こちら
・重巡洋艦→こちら
・航空巡洋艦→こちら
・軽巡洋艦→こちら
・重雷装巡洋艦→こちら
・駆逐艦→こちら
・潜水艦→こちら
・潜水空母→こちら
・期間限定艦→こちら
・敵艦→こちら
・海外艦→こちら
・NPC娘→こちら

※パクリは厳禁。及び画像は無断使用を禁じます。
※車両説明は同じクルマ(S2000やGTO、NA型・NB型ロードスター等)を除き、完全版+オリジナルの解説(分かんない人のために艦隊の歴史等を艦これWikiから一部引用)のみ記載します。
※画像は「グランツーリスモ6(GT6)」となります。

■千歳
●日産/フェアレディZ Version S(Z33)'07

・パフォーマンスポイント(PP):507
「Z33型フェアレディZの最終形態」
 日産伝統のスポーツカーであるフェアレディZが、ラインナップから姿を消したのは2000年夏。しかしその存在の重さに痛感していたカルロス・ゴーン社長は、水面下で次期モデルの開発にゴーサインを出しており、2002年7月、Z33型となる新生フェアレディZが誕生した。
 基本骨格は、V35型スカイラインが先駆けて採用したFMプラットフォーム。搭載されるエンジンもスカイラインと共用の3.5LのVQ35DE型だったが、280PS、37.0kgfmというスペックと6速MTを組み合わせたのは、このフェアレディZが最初だった。
 「常に進化し続ける」という開発責任者の言葉通り、Zには毎年絶え間ない改良の手が加えられた。中でも大変革を遂げたのは2007年1月のマイナーチェンジ。エンジンを次世代型のQV35HRへと換装して出力を313PSまで強化、吸気マニフォールドは全面新設計され、エンジン内部のフリクションも低減。さらにクランクシャフトまわりを強化することによって、回転フィーリングが大きく向上。スポーツカーらしいパワフルかつ、繊細なパワーフィールを楽しむことができようになった。エキゾーストノートは野太くチューニングされており、その迫力はもっと大排気量のV8エンジンであるかのようだ。エンジンフードは、この変更を誇るかのように中央部が盛り上げられている。
 同時にサスペンションセッティングも大幅に変更され、路面からの入力に対する吸収性が大きく進歩し、ボディはフラットに保たれるようになった。その効果もあり、ハンドリングは素直な特性が得られている。
 ロンドン条約による空母保有数の制約を念頭に、無条約時代での軽空母改装を念頭に置いて建造された。給油艦としての機能も備えており、それ由来の台詞も多い。余談だが、提督にお酒(燃料)を勧めるのもそういったことが由来だと思われる。艦名は初代(笠置型巡洋艦2番艦)の襲名である。空母千歳は2代目。初代千歳の艦名の由来は不明であるが、地名由来ではなく、千年、永遠を意味する抽象名詞であると思われる。艦内神社は、千歳川の別名を持つ筑後川の流域の2社(久留米水天宮・高良大社)から分祀を受けた。艦内神社の分祀元は艦名に因んで選ばれることが多いため、「千歳の艦名の由来は筑後川」といわれることがある。しかし久留米図書館に所蔵された当時の資料により、筑後川は千歳の祭神を決める際に、千歳という艦名に縁があるとして焦点があてられたことが明らかになった。筑後川から千歳、ではなく千歳から筑後川という流れであったと言える。なお、3代目は海自の護衛艦「ちとせ」であり、こちらは北海道の石狩川支流の千歳川に由来する。ひびきと同じで本当は3代目じゃない。
 本人は「日本では初めての水上機母艦」と言っているが、正しくは「日本初の水上機母艦として建造・竣工された艦」である。日本初の水上機母艦は貨物船を改造した「若宮」であり、他に千歳型以前の改造水上機母艦として「能登呂」「神威」がある。第一形態として給油機能を備えた水上機母艦、第二形態として快速化と甲標的運用能力を付加した戦時仕様という計画だったが、条約の期限満了期と完成がブッキングしたため初っ端から後者に近い状態(甲標的運用機能未搭載、ぶっちゃけ改の状態)で進水。ミッドウェー海戦での南雲機動部隊壊滅の影響を受け、ソロモン方面の作戦に従事した後、千代田共々軽空母へ改装された。ということで、実は甲標的そのものを装備したことがない。
 給油艦機能も備えることから、主機には燃費の良いディーゼルエンジンを採用……するはずだったが、ディーゼルのみでは出力不足が予想され、結局後から蒸気タービンも追加された。異なるに方式の主機を混載したため駆動系はかなり複雑な構成だったそうである。主機ごとに煙突も2つあり艦前部の煙突が蒸気タービンのボイラー用、後ろの構造物と一体化している排気筒がディーゼルのもの。流石に構造が複雑過ぎたのか、準同型艦の瑞穂や基本設計が同じ日進はディーゼル一本化された。他艦種から航空母艦へ改装される場合、艦名を航空母艦の命名基準に沿った物へ更されるのだが、千歳型は水上機母艦時代のままである。これは、水上機母艦時代の戦功を考慮した上で改名の可否を乗員全員で投票・意見集約した結果、変更不可の意見が圧倒的多数であったためによる。その他の空母改装予定艦は「あるぜんちな丸」「ぶらじる丸」「シャルンホルスト号」の3隻。彼女が自慢している「新型の二座水上偵察機」とは瑞雲のことなのだが、彼女が登場時に持ってくるのは零式三座水偵だったりする。史実でも彼女が瑞雲を運用した実績はない。艦これでの瑞雲がそもそも自慢できるほどの性能かというと…まあ、人によるであろう。零式三座水偵の搭乗員には、戦争末期に夜襲特化の航空機部隊。「芙蓉部隊」を作った美濃部正がいた。
 艦長には後の「比叡(スバル・インプレッサ セダン WRX STI スペック C タイプ RA'05)」艦長西田正雄、その同期で後の「瑞鶴(ホンダ・NSX TypeR'92)艦長野元為輝、ルンガ沖夜戦で名を馳せた田中頼三、戦後蒋介石に招聘された山本親雄などがいる。千代田の艦長たちとは、優秀さのベクトルが随分違う気がする。
 標準型であり、Z33では最終型でもあるZ33型フェアレディZ。安定的な姿勢は出来ないものの、コーナー出口でおつりを貰う状態ですか、彼女のテクニックなら問題ないだろう。そしてエアロで武装したボディのおかけで、エアロダイナミクスを稼げる利点を持つ。パワーは金剛や翔鶴などと同じ350PSクラスだが、スーパーカーに分類される日産・GT-R SpecV'09やトミーカイラ・ZZⅡ'00ですら相手に出来る程、コーナリング重視に置かれたチューニングがされている。鈴鹿サーキット等のテクニカルコースなら目に見えているはず。

●グランツーリスモ/アミューズ&オペラパフォーマンス グランツーリスモ 350Z RS

・パフォーマンスポイント(PP):499
「アミューズとオペラパフォーマンスの合作350Z」
 グランツーリスモ350Z RSは、Z33型フェアレディZの持つスポーツカーとしての資質を存分に引き出した、いわば「夢のZ33」である。まず目を引くのは、フォーミュラ・マシンのようなデザインのフロントバンパー。ノーマルのバンパーに比べてプラス110mmのロングノーズ化を図ることで、リフトの削除に貢献している。加えてディフューザーと一体型のリアバンパーや大型リアスポイラーなどにより、超高速域での優れた安定性を生み出す空力性能も実現する。
 いっぽう、ボディ本体にも興味深いチューニングが施されている。ぱっと見ではわからないが、実はZ33を一度ホワイトボディまでバラし、フロントセクションの銅板を2重に張り合わせるという処置を実施しているのだ。その上、ホワイトボディの状態で、銅板に合成ゴム塗料を塗布している。これらの処置により、ノーマルを大きく上まわるボディ剛性を確保すると同時に、振動減衰特性も向上させている。これらのレーシングマシンのボディワークに造詣の深いオペラ・パフォーマンスが手がけたスペシャルメニューである。
 また、NAとは思えないほどの馬力を感じさせるパワーユニットおよびサスペンションセッティングはパワーハウス・アミューズが担当。前述のボディワークとの組み合わせにより、アミューズが最も得意とするサーキットレベルでの速さはもちろんのこと、ストリートカーとしての快適性を非常に高いレベルで両立している。Z33が持つポテンシャルを存分に引き出した一台である。
 改仕様。さらにパワーアップされたZ350、その非常に優しいバランス性能が良くなり、安定性を手に入れた。

●アミューズ/ニスモ 380RS スーパー レジェーラ

・パフォーマンスポイント(PP):510
「ニスモのZ33をアミューズが追加チューニングを施した超軽量化仕様」
日産のファクトリーチームとしてモータースポーツ活動を支えてきたNISMOが、レーシングテクノロジーを盛り込んで製作したZ33型フェアレディZベースのコンプリートカー、Version NISMO Type 380RS。
 300台のみの限定生産となるこのマシンは、ボディの剛性アップやブレーキの強化、サスペンションまわりのさらなるチューンナップ、前後のエアロバンパーやリアスポイラーを装着。そしてレース専用の3.8Lまで排気量を上げられたVQ35HRユニットを公道向けにディチューンした350PS/7,200rpm、40.5/4,800rpmのエンジンを搭載した、ワークス純正チューンのストリートカーだった。
 このクルマをベースにパワーハウス・アミューズがさらにチューンナップを施したのが、アミューズ ニスモ 380RS スーパー レジェーラである。パワーユニットを圧縮比の変更や吸排気系などに手を入れることで386PS/7,100rpm、41.8kgfm/4,860rpmまで引き上げたのもさることながら、白眉といえるのはイタリア語で「超軽量」を意味する「スーパー レジェーラ」の名前どおり、車重をベース車より140kg軽い1,370kgまで軽量化を図ったこと。ルーフパネルをはじめボディパーツの多くをカーボン化し、さらに排気系などの金属パーツをチタン化することで成し遂げた数値である。
 使用されているボディパーツ各部はただ軽さと見た目の迫力を追うだけのものではなく、それぞれ冷却効率や空力効果などの重要な機能を持たされている。
 なお、このマシンは2008年1月の東京オートサロンに展示され、「グランツーリスモ」シリーズプロデューサー・山内一典が選考を務める「グランツーリスモ・アワード」を受賞している。
 甲仕様。これ以上ないチューニングが盛られたフェアレディZ。ニスモ 380RSを無理なく運用できるようにモディファイが施されている。

■千代田
●日産/GT-R BlackEdition'12

・パフォーマンスポイント(PP):---
「ハイスペック化した日産・GT-Rのラスボス化」
 2007年の年末に発売開始されてからも、絶えず開発が続いているR35型日産GT-R。2010年秋には、タービンや吸排気系のチューンで530PSへとパワーアップすると同時に空力性能を高めた2011年モデルへと進化。そして2011年秋、それを上回る改良の手が入った2012年モデルが発表された。
 最大のトピックは、デビュー後初めて行なわれたエンジン内部のチューンナップだ。混合比を薄くしつつカムのタイミングを変更し、パーツ間の結合部を高精度化。さらに排気バルブの素材変更、吸排気の効率向上などが施された。その結果、2011年モデルより最高出力で+20PSの550PS/6,400rpm、最大トルクで+2.0kgfmの64.5kgfm/3200-5,800rpmへと大幅にパワーアップ。それにあわせ、フロントのスカットル周辺の剛性を強化し、ステアリングレスポンスと限界領域でのコーナリング特性も向上させている。
 特筆すべきは右ハンドル仕様のサスペンション。構造上やや右側に動的荷重が寄ってしまっていたため、それを最適化するために、左側のスプリングを固めると同時にアームの取付角を変えるなど、左右非対称セッティングとしたのだ。コーナーでの安定感はさらに高まり、乗り心地がしなやかに、ステアリングフィールも滑らかさを増すなど、開発陣のこだわりが見事に実現している。
 ちなみに0-100km/h加速は3秒を切る2.8秒、ニュルブルクリンクのラップタイムは7分20秒を切るなど、パフォーマンスも大幅に向上した。
 なお、従来のSpec Vは廃止となり、代わりにスパルタンな仕様へと変更できるFor TRACK PACKがカスタマイズオプションとして設定された。
 艦名は地名由来ではなく抽象名詞である。「千世代にわたって耕される田」のことで、末永い繁栄を意味する。千代田という艦名は3代目である。3代目以外は同型艦なし。初代は江戸幕府が幕末に建造した初の国産蒸気砲艦で、戊辰戦争で新政府に拿捕され帝国海軍籍に入った。
量産が予定されていたため千代田「形」とされていたが、結局一隻しか建造されなかったため、そのまま「千代田形」が艦名になった。「形」までが艦名。ココ重要。2代目は謎の亡失を遂げた巡洋艦「畝傍」の保険金で建造された日本初の装甲巡洋艦で、日清・日露戦争に参加した。艦名は江戸城の別名である千代田城に由来する。4代目は海自の潜水艦救難母艦「ちよだ」で、艦名の由来は2代目(巡洋艦)と同じとなる。
 ともども現実での進水時は改状態に近く、この改造なし状態では進水すらしていない。
なお、甲標的母艦改装をすっ飛ばして空母となった姉と違って、ちゃんと甲標的母艦改装を受けていたりする。開戦時の艦長は、潜水艦を専攻し甲標的構想に関わった原田覚。
 戦歴自体は姉と大体一緒であり、最期も揃ってレイテ沖海戦、エンガノ岬沖。千歳の轟沈時台詞も虚しく、後を追うように大破炎上し航行不能ののち行方不明となる。行方不明になった千代田の救援に、五十鈴や駆逐艦初月(未実装)などが向かったがついに発見できなかった。「五十鈴」元甲板士官の手記を読むと、先に行方不明になったのではなく、敵襲のため「千代田」を救援し損ね、気がつくと離れ離れになっていたっぽい。アメリカ側記録によると、その後米巡洋艦部隊に捕捉され、高角砲で反撃したが多勢に無勢でついに沈没している、生存者なし。この米艦隊を撃破すべく、日向伊勢・軽巡大淀といった小沢艦隊の生き残り達が南下したが、ついに捉えることが出来ず、仇討ちは果たせなかった。だからアメリカ軍が敵艦のモデルに・・・ゲフンゲフン。
艦長には、後に空母「飛龍」艦長になった加来止男がいる。ほかにもナチス嫌いだった横井忠雄、神風特攻を構想した城英一郎など。原田といい何だか先鋭的な匂いがするが、戦いのニッチを突こうとしたこの船に相応しい人々だったのかもしれない。あまり目立たないが、真っ昼間でも居眠りする艦娘の一人。なお、千歳お姉がピンチになる夢をよく見ているようで。
 標準仕様であり、2012年に追加されたグレードの一つ。そのパワーアップは、2007年型を所有している伊勢でも越えられない695PSを誇る着工した武器を存分に振り回す。少々アンダーステアがチラホラ見えているのだが、4WDという最大の武器を活用し、強引に消し飛ばす。トルクも伊勢より倍以上で、グイグイ持ち上げられている。そして最大の特徴が耐久力。耐久レースに出たこともあり、それなりに使える利点を持ち合わしているのだ。

●日産/GT-R プロト'05

・パフォーマンスポイント(PP):535
「2001年のコンセプトカーを更に具現化に近づいたR35のプロトタイプ」
 2001年東京モーターショーに突如登場し、話題を集めたGT-R コンセプト。これを市販ベース車として一段と具体的にしたものが、このGT-R プロトである。発表は2005年の東京モーターショー。スペックなどのアナウンスは一切なく、「ほぼこの形で2007年に登場する」とだけ発表された。
 そのエクステリアデザインは、過去のGT-Rに共通する無骨さを持っていた。当時の世界中のスーパースポーツがクラシカルな方向性を与えられていたのとは対照的で、それがGT-Rの強い個性をアピールしていた。
 スペックが公開されなかったことで多くの憶測をよんだ。パワーユニットはV6ツインターボが正解だったわけだが、アメリカ市場を意識した大排気量のV8というものや、重くなる4WDではなく、FRという予想もあった。あまりに高性能ゆえに日本での組み立ては難しく、イギリスのレーシングファクトリーで完成するというウワサもあった。
 それまで公道やニュルブルクリンクでテストされる開発車両は、V35スカイラインクーペをベースにしたものだったが、このGT-Rプロトが公開されたのをキッカケに、擬装を施した新型ボディのモデルがテストされるようになった。
 市販モデルとの違いは、ヘッドライト、フロントマスク、そしてエアロダイナミクスからの要求だろうと想像するルーフラインの修正など。当時公開された写真の中にはサーキットでの走行シーンもあり、単なるコンセプトカーではなく、全開で走らせられるレベルに達していることが明らかになった。
 改仕様。特筆するべき点は見れないが、このGT-Rコンセプトカーが改を施した千代田なのかもしれない。

●日産/GT-R ニスモ GT3 ベースモデル'13

・パフォーマンスポイント(PP):617
「GT-R・N24シュルツモーターズのベースモデル、それを千代田がアレンジしたオリジナルモデル」
 このモデルはカラーリングやゼッケンの選択などを楽しむためのベースとなるマシンである。以下に元となったモデルを紹介しよう。
 2012年、GTカーレースの主役となったGT3カテゴリーに、日産はGT-R NISMO GT3を送り込んだ。このGT3マシンでドイツのADAC GTマスターズに参戦したのが、地元プライベートチームのシュルツ・モータースポーツだ。
 翌2013年、「グランツーリスモ」シリーズ・プロデューサー山内一典はシュルツ・モータースポーツと協力し、4度目のニュルブルクリンク24時間レースに挑むことになった。GT-R NISMO GT3は2013年仕様にアップデート、さらにポリフォニー・デジタルが「グランツーリスモ」のシミュレーション技術を用いてセットアップを行ない、ニュルブルクリンク専用マシンへと仕上げた。ドライバーに名を連なるのは、山内を加えてトビアス&ミハエルのシュルツ兄弟、プロフェッショナルドライバーであるミハエル・クルム選手という4人である。
 このGT3マシン、一見市販GT-Rのようだが、FIA GT3規定に基づき後輪駆動となっている。フェンダーは拡幅してワイドタイヤの装着を可能にし、車重は1,300kgまで軽量化済み。アップデートによりエンジン出力が向上し、ブレーキ性能やエアロダイナミクスも進化している。
 2013年の24時間レース。ゼッケン123を付けたこのマシンは予選で一時トップに立ち、日本車として初めてランキングボードの頂点に名を刻んだ。決勝では中断やトラブルに見舞われ、真価を発揮できなかったが、このマシンの走行データは「グランツーリスモ」のシミュレーションエンジンに新たな飛躍をもたらしたのである。
 甲仕様。今度はFIA-GT3で疾風を巻き起こすGT-Rが手に入る。運動性能と基本性能が一緒に向上しており、遠征などの頼もしいマシンになるかも。

■秋津洲
●日産/R390 GT1 ロードカー'98

・パフォーマンスポイント(PP):563
「世界に一台しかいない、日産が制作したGT1のロードカー」
 1997年5月、日産は超高性能スポーツカーを発表した。R390と名付けられたこのクルマは、レース参戦の規則を満たすために開発・市販された特別なモデルだ。
 当時、ル・マン24時間レースは、レースの主役が特殊なレース専用マシンにならないよう、参加車は一般乗用車でなければならないとする規則を定めていた。
 ところがこの規則には、特殊なレーシングカーであっても、公道走行のための最低限の保安基準装備を施し、市販すれば一般乗用車として認める抜け道があった。そのため、多くのレーシングカーが形式だけの市販乗用車として開発され、サーキットへ送り込まれた。このR390 ロードカーも、そうした経緯で生まれた1台である。
 R390の車両開発は、日産とTWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)が共同で行なった。専用に設計されたカーボンコンポジット製モノコック、ツインターボを取り付けた3.5LのV型8気筒エンジンはレーシングカーそのものだが、ロードカーでは巨大なリアウィングが取り外され、ノーズ形状もレースカーより軽快なデザインに変更された。インテリアにはレザーをおごり豪華なGTカー風の演出が施されている。エンジン出力はレースカーが600PS以上であったのに対し、ロードカーは350PS程度といわれた。98年モデルではレースカーに準じて空力に手が加えられ、フロントマスクやリアエンドが変更されている。
 R390はイギリス国内で登録ナンバーを取得し、ル・マン24時間テストデーのパドックで公開された。その価格は当時1億円以上といわれたが、実際に市販された記録はない。
 2015年4月28日のアップデートで新規に実装。ボスラッシュのE-6突破で入手可能。
 秋月天津風島風らと同じく自身の装備に「大艇ちゃん」と愛称を付けている。なお、愛称をつける艦娘は全てしずま艦。ちょっとわかりにくいが、ノーズアートのようなお顔が側面にある。中破するとわかりやすい。航空力学って何だっけ?
 ちとちよと異なり大発動艇甲標的 甲を搭載できない代わりに、大型飛行艇を唯一搭載可能となる。ただし二式大艇を持ってくるのは改装後となる。また、二式大艇の特殊効果も不明。
 水母だが、低速
よって5-4北ルート周回によるレベリング時は渦潮を覚悟しないといけないので注意。火力も低く雷装もないためキラ付けにも苦労するかもしれない。1スロット1機とはいえ通常の水上爆撃機を搭載できるのがせめてもの救いか。本人曰く非常に戦闘は苦手ということで、ちとちよとは全然違う使い方になる。レベリングには演習が一番手っ取り早いだろう。Lv35と少し長いが1ヶ月あれば終わるだろう。
 5500t型軽巡よりも小柄なはずなのに、その倍に当たる50という燃料消費が目を引く。自身が使う重油だけでなく、飛行艇に補給する航空ガソリンまで計上されているのだろうか?その割に弾薬は控えめの10現状、燃料を消費せず弾薬のみ消費する遠征が無いため、千歳型水上機母艦の代わりに遠征を務めさせるには難があるか。
 秋津洲型水上機母艦の1番艦。実質は飛行艇母艦であり、艦これでの役割もそうなっている。……その割に艦種アイコンは”水母”。どっちなのか。ただし、艦種としては水上機母艦で飛行艇母艦はその中の狭義でしか無いので、書類等では水上機母艦で記されていた。おそらくこれを元にされていると思われる。ちなみに水上機と飛行艇との違いは、水上に降りた時、浮力をフロートで得るか胴体で得るかの違いである。余談だが、似たような話に空母がある、艦これでは正規空母・軽空母・装甲空母と分かれているが、実際は航空母艦でまとめられており、書類等では〇〇型航空母艦と記されている。その中に正規空母・改装空母・特設空母と細かく分類されていた。この辺りは雑学の「正規空母」の項を参照されたし。
米国でも飛行艇母艦は水上機母艦と同じ「AV」が割当てられていた。もっとも運用していたPBYカタリナ飛行艇は比較的小型である。その他、同盟国ドイツにもブッサート級飛行艇母艦が存在する。こちらは秋津洲と違い飛行艇を最大3機搭載可能、カタパルトでの発艦も可能というバケモノ地味た船である(回収はクレーン)。乗せてる飛行艇は二式大艇より少し小さいものの三発機のDo24やBV138である。
 千歳型とは全く別の性格を持った艦である。千歳型が単発の小型水上機をカタパルトで撃ち出す、「航空母艦の仲間」であったのに対し、秋津洲はエンジンが4基で10人も乗れる「二式大艇」をはじめとする大型飛行艇をクレーンで吊り上げて甲板上で整備や補給を行うという、明石大鯨に近い性格の艦であった。二式大艇がクレーンに吊り下げられている写真は秋津洲の英語版Wikipediaに掲載されている。広く平たい甲板、飛行艇整備用の機材や工具、そして大型機を吊り上げられるパワフルなクレーンを備えているとあって、戦争後期には輸送艦や工作艦として、さらには沿岸の基地設営を手伝うクレーン船として活動することもあった。意外と多芸な艦だったのだ。そもそも大型飛行艇を搭載して動き回わるようなことはせず(できず)、基本的には泊地での飛行艇整備のための移動整備工場といっていい。潜水母艦の大鯨さんと立ち位置の似たフネである。二式大艇を搭載した姿の模型を見ると分かるが、巨大な大艇を載せたまま無理に航行すれば、操艦に相当な困難を来したことは想像に難くない。下手すると転覆するかも……。というか泊地での引き揚げ整備が前提であり、飛行艇を艦載したままの航行は全く考慮されてないため、この状態での航行は不可能だったとの資料もある。当然、カタパルトなんて備えておらず、艦から直接飛行艇を飛ばすことはできない。整備が終わったらまたクレーンで吊り上げて海面に降ろす。要するに固有の搭載機はなく、運用もできない。艦の大きさも全長:114.8m、基準排水量:4,650tと駆逐艦以上香取型練巡未満であり、空母改装を前提とした彼女たちよりも小柄であった。武装は、この手の艦艇ではもはや定番の感がある12.7cm連装高角砲25mm連装機銃を各2基。これまた言うまでもなく自衛用である。他に、補給用の航空燃料や各種爆弾、魚雷を搭載していた。
 有名な公試中の写真では盛大に波を蹴立てている……ように見えるがこれは速力を欺瞞するための迷彩である。第1次ソロモン海戦でツラギ方面に派遣された後、鳥海座乗の第八艦隊大西参謀長からこの偽艦首波とストライプを「厚化粧みたいにゴテゴテと塗ってきたな」と評されたのが図鑑ボイスの由来。れに発案者である黛艦長は「攻撃力がないから、昆虫のように保護色にしたんですよ」と返している。黛艦長は他にも、航空攻撃や潜水艦からの雷撃を避けるために奇抜な方法を実践している。大戦末期、連日のように空襲にあっていたショートランドで行動していた際に、航海士が爆撃の癖を掴み艦長に進言し、生み出されたのが有名な「秋津洲流戦闘航海術」である。これは、両舷の錨を右舷側に寄せて長く伸ばしておき、あるタイミングで前進一杯(機関の非常最大出力)を号令すると、さながらバウ・スラスター(サイド・スラスター)のように急速に右舷側に移動し爆撃を回避するものであった。余談だが、某宇宙戦艦が錨を使い回避等をしていたり、某潜水艦がサイド・スラスターを使い秋津洲と似たようなことをしている。さらには米帝の某戦艦も異星船からの攻撃を錨を使って回避している。いっぽう潜水艦避けには、座礁ぎりぎりの浅い沿岸を選んで航行するという手をとった。言うなればせりあ丸航海術。潜水艦が持つ最大のアドバンテージである「潜って隠れる」という戦法を封殺したわけだ。しかし、言うまでもなく秋津洲自身が座礁する危険がある、綱渡り的な手でもあった。
 他に艦娘として実装済みの艦艇との縁としては、陽炎に燃料の補給をしたことがある。まさか補給用タンクの航空燃料ではないだろうし、自分用の燃料タンクから「おすそ分け」をしたのだろうか。ちなみに秋津洲はディーゼル機関のため、足は遅いが航続距離は長く、ちゃんと護衛してもらえれば少しだけ分けるぐらいなら足並みは揃えられる。また、大型艦艇から小型艦艇への給油は日常的に行われており、珍しくもない。戦艦達が給油艦とか陰口を叩かれる所以である。 しかしながらこの二隻、積める重油の量は大して変わらない。
なお、千歳水上機母艦は高速給油艦でもあるため、正規の給油設備を備えており、下駄履き運用と併せて本来業務である。「給油はいかが?」
 最期はフィリピンのコロン湾にて、米空母艦載機の攻撃を受け沈没した。比較的浅い場所のため、現在は伊良湖等とともにダイビングスポットとなっており、海底に沈む船体を観察することができる。ダイバーが撮影した映像があるので、興味のある方は是非。(こちら)
 秋津州(あきつしま)とは、あきつ丸の項で述べられているように日本の雅称のひとつ。島としては本州の意味になる。本艦は日本の海軍籍としては二代目。先代となる初代「秋津州」は、初めて日本国内のみで一貫建造された近代巡洋艦(防護巡洋艦)純国産艦第1号。扶桑(日本初の国産超弩級戦艦)、大和(いわずと知れた超戦艦)ほどではないにしても、当時の日本が先代・秋津州にかけた期待の程がうかがい知れる。戦後、2013年に竣工した海上保安庁の大型ヘリコプター搭載型巡視船(PLH-32)が「あきつしま」を継承した。同型のネームシップ「しきしま」(PLH-31)とともに、最近まで世界最大の巡視船だった。「あきつしま」「しきしま」ともに日本の雅称であり、この船級が背負っているものの大きさは下記も含めお察し。2015年4月に行われた、天皇皇后両陛下のパラオご訪問の際には、「あきつしま」が両陛下の御宿泊船に抜擢された。正式ではないが1940年以降途絶えていた「御召艦(船)」の大役を果たしたのであった。…が、実用一辺倒の武骨な船、罷り間違っても貴賓用ではない。頑健な海上保安官仕様の所、陛下の御為、大急ぎでバリアフリーに改修したとか。本級の本来のお仕事は携行重火器武装をしたテロリストから護衛対象(プルトニウム)を護りきることだった。護衛失敗は将来の大量虐殺に直結するため、警察機関が持つには分不相応な仕様を与えられた、軍用規格品と国家機密の塊である。言うなれば、大砲が無い重巡洋艦である。姉の「しきしま」の時に白くするか、灰色にして代目継がすか、国会内外でいろいろ揉め、結局白くなった。結局プルトニウム輸送護衛は姉のしきしまが就役直後に1度行ったきり。とはいえこの大型の船体は海賊対策で東南アジアに派遣する等の勝手が良かったようで、2番船のあきつしまが作られた。警察の飯の種は社会不安…姉のしきしまが海自と同型の対空電探を持っているのに対し、あきつしまは持っていないなど、いろいろオミットされてしまった代わりに額面30億円ほど安く付いた???「姉より優れた妹など存在しねぇ!」なお、姉の時のすったもんだと異なり、当時の国交相肝煎りなので、純血真っ白の海上保安官である。バブル明けで20年間審議が腫れ物で予算付かなかったとか言わない。
 海自のヘリ空母搭載護衛艦の「ひゅうが」「いせ」「いずも」と同郷のJMU(元IHIMU)横浜磯子工場である。ポンツーンとなった未成空母天城型1番艦天城もいる。
「千早」という名前の妹が計画されていたが、未成に終わっている。日本の海軍籍としては三代目。たぶん実装されない娘なので以下簡単に紹介。
初代「千早号」明治前期の輸送船。
二代目「千早」明治後期の通報艦。
四代目・五代目「ちはや」戦後に潜水艦救難艦を二代にわたり襲名。五代目が現役。同僚に潜水艦救難艦の四代目「ちよだ」が居る。
 ツアー・オブ・ジャパン(前作GT5までは「日本選手権」)では上位マシンとして登場する、スーパーカークラスのR390 GT1 ロードカー。世界に1台しか存在せず、現在日産座間記念車庫にて、R390 GT1'98と共に大切に保存されている。よくこんな希少なクルマを彼女が何故持っているかは謎である。

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