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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("正規空母"編)

2014/02/23 19:05 投稿

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今回はホンダとトヨタとマツダのスーパースポーツカーを揃えた正規空母。仲間は戦闘機・・・じゃなくて援護部隊だろうな。

・戦艦→こちら
・航空戦艦→こちら
・正規空母→ここ
・装甲空母→こちら
・軽空母→こちら
・水上機母艦→こちら
・揚陸艦→こちら
・重巡洋艦→こちら
・航空巡洋艦→こちら
・軽巡洋艦→こちら
・重雷装巡洋艦→こちら
・駆逐艦→こちら
・潜水艦→こちら
・潜水空母→こちら
・期間限定艦→こちら
・敵艦→こちら

※パクリは厳禁。及び画像は無断使用を禁じます。
※車両説明は同じクルマ(S2000やGTO、NA型・NB型ロードスター等)を除き、完全版+オリジナルの解説(分かんない人のために艦隊の歴史等を艦これWikiから一部引用)のみ記載します。
※画像は「グランツーリスモ6(GT6)」となります。

赤城
●トヨタ/スープラ RZ'97

・パフォーマンスポイント(PP):487
「トヨタが見せた、最強の化け物」
 1993年5月、トヨタはGTカーであるスープラが新型へと生まれ変わった。
 マッチョでパワフル、いかにもアメリカンだった初代に対し、ストイックでスパルタンな印象を強めたスタイルであった。全体のフォルムは伸びやかなロングノーズからグラマラスな筋肉質へと変身。全幅が120mm広がった反面、全長が100mm縮められ、よりスポーツカーとしての理想的なプロポーションを手に入れたのである。
 インテリアは黒で統一されたストイックなもの。メーターは独立の5眼式で、時計もそれに合わせてアナログ化されている。
 エンジンラインナップはシンプルで、2JZ型3L直6DOHCのツインターボとNAという2種類。ツインターボは280PS、NAは225PSを発揮した。ツインターボの2JZ-GTE型はチューニングベースとしても使われ、400PS、500PSという仕様が数多く作られた。
 ギアボックスでは5速MTと4速ATに加えて、6速MTもラインナップされた。これはドイツ・ゲトラグ社とトヨタが共同開発したもので、SZ-R、RZ、RZ-Sというスパルタンなグレードに、ビルシュタインの足まわりとセットで搭載された。
 サスペンションは先代と同じ4輪ダブルウィッシュボーンだが、そのジオメトリーなどは完全な新設計。各部の剛性アップや、ダンパー、プッシュ類のチューニングもあって、操縦性は大幅に向上していた。
 トヨタはスポーツモデルを担って9年間生産が続けられたスープラは、全日本GT選手権のベース車などとしても活躍したが、2002年をもってその市販車の生産を終えてしまった。新型の復活が待ち望まれるクルマである。
 この全世界の走り屋を虜にしたJapanFRスポーツカーを持つのは、栄光の第一航空戦隊旗艦である「赤城」。表のリーダー連合艦隊旗艦長門が殆ど戦っていないのに対し、こっちは実行部隊を率いていた裏のリーダーと言ったところ。元々快速・高火力の「天城型巡洋戦艦」の二番艦として設計・建造されたが、ワシントン条約締結の流れ弾的なのを受けて空母に事実上改装された。要は(本来なら)重巡に近い存在だった為、命名もそれに準じている。こちらも頭文字Dで有名になり、高橋兄弟のホームコースである群馬県内の「赤城山」が名前の由来。すでに完成していた船体を無理やり改装したツケか、不具合が至る所に出てきてしまい大変だったそうです。ちなみに姉(になるはずだった)天城は"関東大震災"で竜骨を破損し、廃艦となっている。戦艦だった加賀が空母に改装されたのはその代打役であった。天城が無事だった場合、加賀は解体されていた。彼女の改装時のゴタゴタを考えるに、海軍にとっては天城が無事だったほうがまだマシだったんでは……。天城は空母化された後は(空母命名基準確定していなかったこともあり)「迅鯨」に改名することも検討されていた。この伝に従えば赤城は「長鯨」を名乗ることになっていたかもしれない。ちなみに天城型巡洋戦艦の三・四番艦の名前は重巡洋艦(高雄、愛宕)に引き継がれている。この跡形もなく消えたかと思われた天城だが船体の一部が浮き桟橋となって現存している。横須賀で在日米軍に使われた後、今は民間造船所の傍らでひっそりと生きているのだ。この天城とは別に、「雲龍型空母2番艦“天城”」が後に建造された。ちなみに赤城は二代目で、先代の砲艦は日清・日露戦争に従軍した後民間に売却され、1951年まで現役だった。
 巡洋戦艦としての赤城は、全長252.4m、排水量41,000t、41cm主砲10門、最大速力30ノット(予定)。長門の215.8m、33,800t、41cm8門より遥かに巨大。巡洋戦艦を名乗るが装甲防御力も長門と同等以上、日本版アイオワ級とでも呼ぶべき怪物である。ちなみに、空母化した後の航空写真がWikipediaに有る。上が赤城で、下に並んでいるのが長門。こんなものを当座4隻、下手すると改良型含め12隻量産しようとしていたのだから、国庫破綻は必定なのだが反省していないのは大和型を見れば明らか。でも他国も傾向はそんなもんだった時代。やりすぎた列強各国で反省した結果「海軍休日」(ワシントン海軍軍縮条約)へ繋がった。
 空母の運用が定まっていない時代の艦艇だけあり、重巡も真っ青な20センチ砲6基6門、12センチ連装高角砲6基12門という大火力。これが反映された結果、火力上限が空母では加賀と並び最大。初期の艦載機は行動半径が100km程度。これでは航空機の行動できない夜に敵水雷戦隊に踏み込まれる公算が高かったので、敵を追い払う砲を用意した。結果的には全く役立たずのまま終わった。もっとも千代田やイギリスのグローリアス、アメリカのガンビア・ベイ(護衛空母だが)の様に水上艦に捕捉されて撃沈された例もあるので、当時としては無駄ともいいきれない面はある。
 トヨタが1990年代に生み出した、FRの究極系を持つスポーツカー、スープラ。国内では加賀のJZA70から2代目、北米などでは4代目となったJZA80型。キャッチコピーは「THE SPORTS OF TOYOTA」を掲げて、走りのパフォーマンスに磨きをかけた。しかも当時の3代目ソアラや初代アリスト等のプラットフォームを共通化し設計の自由度が制限された中で本モデルのパフォーマンスは充分評価に値する。
 搭載された心臓部は直列6気筒エンジン。ターボモデルで280PSと当時の国産車では最強のスペックである。日本には馬力の国内自主制限「280PS制限」があったのだが、北米仕様などではそういった規制はなく普通に330PSを超えていた。しかし、平成12年度の排気ガス規制により、スカイラインGT-R R34型やシルビアS15型、RX-7 FD3S型などと共に日本から抹殺された黒歴史が出来てしまった。現在トヨタに対して復活を求めるファンは世界中におり、幾つものスープラ、もしくはスープラの後継車となるであろうコンセプトカーをモーターショーやクルマ雑誌等に登場するも復活せず。今の所、グランツーリスモ6に収録された「FT-1」が復活の光となるのか期待が高まっている。
 よく艦娘の中では大食いキャラで定着した赤城型1番艦の赤城。彼女の持つこの赤いスープラは物凄く燃費が悪い仕様。艦娘の能力・性能なども反映しているのが原因だが…。ビックパワーを持つのかと思いきやパフォーマンスポイントはPP500に届かないPP487。その上ヘビーボディという事実。車重は1,500kgとアメリカ警察車両を持つパンパカパーン日本のハイパフォーマンスカーを持つ戦艦と違い、スポーツ走行に支障が無い。それでも重いと言ったら重い方。かつ後輪駆動であるFRの為、ドリフトしてしまう点も出てしまう。

加賀
●トヨタ/スープラ 2.5GT ツインターボ R'90

・パフォーマンスポイント(PP):468
「ターボ武装の70系スープラが秘めた、意地と力の融合」
 1986年2月にデビューしたトヨタの高性能GTがスープラだ。このスープラは1981年に登場したセリカの派生車種。XXが独立発展したモデルで、元々は北米市場を狙ったロングノーズのハッチバッククーペだった。しかし折からのスポーツカーブームを受け、日本でより高性能なスポーツモデルへと進化することになったのである。
 当時のスペシャリティ・カー、ソアラとプラットフォームを共有する初期スープラのボディは全長4,620mm、全幅1,690mm、全高1,310mmと5ナンバーサイズである。足まわりは2000GT以来となる4輪ダブルウィッシュボーン。リアデフ周辺にはサブフレームを用いて、乗り心地と走行性能を高い次元で両立していた。
 当初のエンジンラインナップは230PSを誇る7M型3Lターボが筆頭で、185PSの2Lツインターボ、140PSの2L DOHC、そして105PSの2L SOHCだった。この後さまざまなモデルを追加し、ラインナップを増やしていく。
 中でも話題を集めたのが、1988年に登場した3.0GT ターボ Aである。これは当時のグループAで戦われていた全日本ツーリングカーレースへの参戦を目指したホモロゲモデルで、7M-GTEU型3Lターボを270PSまで強化。あわせて北米仕様と同じ1,745mmのワイドボディと50タイヤ、強化サスペンションなどを備えたモデルだった。
 1990年のビックマイナーチェンジではこの3Lエンジンを廃止。代わってトップグレードとなったのは、新エンジン1JZ-GTEを積む2.5GT ツインターボ Rである。このモデルは馬力規制いっぱいの280PSを発揮。スープラを一躍高性能スポーツカーへと仲間入りさせた。こうして初代スープラは7年にわたって、トヨタのスポーツモデルの頂点に君臨したのだ。
 艦これのゲーム内では冷静そうに見えるが、絵師であるしばふ氏のツイートによると実際は顔に出て無いだけで感情の起伏はかなり激しいらしい。公式の漫画では泣き出したり怒り出したりする事が多くゲームでの冷静さが微塵も無いが、これが加賀の本来の姿なのかもしれない。という事は、上でドリフトしているA70スープラが本来なのか?
元々は軍縮会議で廃艦され、「赤城」「天城(未実装)」の資材になる予定の戦艦だったのだが、「天城」が関東大震災で竜骨を破損。そこで加賀が代艦として改修される事になり、廃艦を免れて空母としての道を歩む事となった。ちなみに加賀型戦艦二番艦「土佐」は進水したばかりの所で建造中止。長崎から呉へ曳航され標的艦として各種の試験に使われた後、土佐国(高知県)宿毛湾の沖ノ島西方約10海里の地点に沈められた。なお、長崎市の端島の別名「軍艦島」は、横から見た形が土佐の艦影に似ていたことからつけられた物である。
 竣工時は煙突を艦尾まで引き延ばす誘導煙突を採用していた。現在までに3例だけの珍しい方式である。しかしこれが大失敗。煙路周辺の室温は40度を越え、ほぼ居住不能と化してしまった。おまけに排煙は艦尾に乱気流を起こして着艦の障害に。搭乗員は蒸し焼き、航空機は燻り焼き…これを揶揄したのか、ついたあだ名が「海鷲の焼き鳥製造機」。公式4コマ第16話の鳳翔のおかず選びネタや、第18話のコタツにおける排熱ネタはここからきている。さらに公式4コマの第24話でも排熱ネタが使われていた。そんな焼き鳥ばっか言っているとミスティア・ローレライが怒り狂いそうだが・・・。
 まだ空母向きだった赤城と違い、こちらは速力と全長が足りない戦艦を改装した上に煙突配置まで失敗したためあらゆる点で欠陥を抱える空母として竣工してしまった。さらに赤城と同じあのロマンと艦橋と20cm砲の載った三段飛行甲板も完備!その結果は赤城の項でお察しください。
 流石にまずいと感じた海軍により、日本海軍史上一~二を争うほどの大改修が行われ、開戦時には速度を除けば日本空母でトップクラスの性能を有する空母として生まれ変わった。煙突誘導を赤城同様の湾曲煙突に変え、三段甲板も一段に絞り、高角砲をより強力なものに換装。特に格納庫の広さはその後の日本空母含め最大。艦橋も新調。右側に立てたので赤城や飛龍より良好と言われる。全長が足りないので8m延長。だがそれでも短く、開戦時の6空母で船体より長い飛行甲板を持っていたのは加賀のみ。当時26ktという鈍足も機関を取り換えてそれなりに向上したが、それでも28ktが精一杯だった。
 上記の改装から実際に貧乏海軍の予算を食い荒らしていたのは加賀であり、ゲーム内では大食いイメージの赤城よりも上である。それを反映したのか、加賀は現時点で全空母中最大の運用コストを誇っている。もともとマツダ・RX-7最終型を持つ長門より強くて大きい戦艦になる予定だったので当然と言えば当然だった。空母の運用が定まっていない時代の艦艇なので、砲火力は充実している。赤城と同じ20センチ砲10基10門、12.7センチ連装高角砲8基16門を搭載。片舷射撃しか出来ないので実質5門とは言え、古鷹青葉型重巡洋艦並の大火力。しかも予算不足で主砲を減らした赤城と違い、主砲は後部に移動させただけで、沈没するその時まで10門を維持していた。勿論役に立ったことは一度もない。なら何のために用意させたんだよ・・・。
 初陣は第一次上海事変。ここで加賀戦闘機隊は日本初の艦載機隊による敵機撃墜の栄誉を得ている。日華事変では近代化改装中の赤城に変わり、一航戦の文字通りの中核として大車輪の活躍を見せた。多分この時が全盛期だと思う。
 一航戦、ひいては南雲機動部隊の中核として座礁こそあったものの太平洋戦線を転戦。しかし6隻で向かった真珠湾で撃墜された飛行機の約半数が加賀航空隊だったり、戦争開幕でいきなり座礁したりと、不運なエピソードには事欠かなかったりする。
 開戦から半年後のミッドウェー海戦において、艦橋の直前に置かれていた燃料車に爆弾が直撃、引火・爆発によって艦橋が吹き飛び艦長以下幹部がほぼ戦死。全艦が火達磨となった後、ガソリン庫に引火して炎上・大爆発を起こし沈没をする。なお同海戦において死者が一番多かった。戦闘詳報によると沈没時刻は日本時間で5日午後4時25分。
 実は座礁やら何やらで六空母で一番大型艦ながら一番戦果が少ない。特に米英空母の撃沈記録がないのは加賀だけ。逆に自身が受けた被害は常に一番大きかったりする。
 速度「高速」扱いなのだが、史実では元戦艦ゆえに改装後ですら28ktと鈍速で、実は大和とあまり変わらない。他の一航戦二航戦五航戦は金剛型を越える速度なので、鈍速の加賀は他の機動部隊の足を引っ張った説が根強く残っている。

蒼龍
●トヨタ/スープラ SR-Z'97

・パフォーマンスポイント(PP):428
「NAの中では非常に扱いやすい初心者用80系スープラ」
(車両解説は、上記の「赤城」と変わらないため、省略)
 鳳翔、赤城、加賀、龍驤についで建造された、初の本格的な正規空母。高い完成度を誇り、その後の翔鶴型や大鳳のルーツとなった。世界的に見ても「アークロイヤル」「ヨークタウン」とともに最初の理想的空母の1隻と称された。
 軍縮条約の制約により、船体は1万t級と他の正規空母に比べて小柄。この80系スープラもある意味小柄な方か・・・。しかし軍令部の当初の要求では基準排水量1万50t、速力36kt、20cm砲5門、12.7cm高角砲20門、搭載機100機という無茶苦茶なものだった。小柄な船体でこんな代物が造れる筈も無く、また赤城や加賀の改装で得られたノウハウや龍驤での失敗も教訓とし、建造中に何度も手直しが加えられている。武装や搭載数は引き下げられ、15.5cm砲5門、12.7cm高角砲16門、搭載数72機となった。しかし、起工直前に起きた友鶴事件を機に復元性能を調査した結果、性能不良と判断され設計変更。15.5cm砲を全廃し、速力と航続力を減少させた設計にまとめられた。紆余曲折を経て起工されたものの、艤装工事中に起きた第四艦隊事件を教訓に、船体構造の内部応力試験や、電気溶接から鋲接構造に改めるなどの補強工事が行われた。
 艦橋が右前にある以外は飛龍と"そっくり"である。もっとも、飛龍の方は設計段階から変更が加えられており、蒼龍とは同型艦ではない。しかし艦橋は非常に小さく駆逐艦並みの大きさだったと言われる。そのため、艦隊の指揮を執るのに向かず、ミッドウェー時は相棒の飛龍に二航戦の旗艦を奪われている。ただ、二航戦の山口司令は飛龍座乗のイメージが強いが、実は真珠湾攻撃の際の旗艦は蒼龍の方だったりする。後に飛龍のクローン妹(雲龍型)が量産されることになるのだが、その妹達も艦橋は右前にあり、どっちかというと蒼龍似である。
 勝利MVP台詞が「第一機動艦隊の栄光、ゆるぎません!」となっているが、彼女が配属されたことはない。(ミッドウェー作戦の時は第一機動「部」隊)正確に言うと、後に第一機動艦隊隷下となる第二艦隊には所属していた事がある。しかし第一機動艦隊となるのは蒼龍の戦没後の話である。なおミッドウェー作戦の時は第一「航空」艦隊、第二航空戦隊である。これに護衛の艦船を付けて第一機動部隊、通称「南雲機動部隊」となっていた。
 高い完成度を誇る彼女だが、泣き所は防御力とダメージコントロール能力
ミッドウェー海戦ではその弱点が最悪の形で露呈する。米軍艦爆が投下した3発の爆弾が甲板を貫通し格納庫内で爆発、艦爆や爆弾が次々と誘爆したことで一瞬にして大破・戦闘不能となり、参戦した4隻の正規空母の中で最初に沈没した。すっとぼけているが、やたらと甲板への被弾を気にするあたり、拭い難いトラウマとなっているようである。
 艦これでは、蒼龍の飛行甲板には艦の識別表示が描かれていないが、これには文字の有無も含めて諸説ある。その中でも有力なのが、「飛龍は左側艦橋であるため、蒼龍と間違うことはほぼ無いから」というものである。しかし、様々な証言や写真から「赤城」「加賀」「飛龍」には描かれていた事が分かっている。彼女だけハブられるというのもヘンな話ではあるが・・・?ちなみに彼女の飛行甲板に字が描かれていたとすれば、「サ」の文字であった。
当時は旧仮名遣いを使っていたため、「そうりゅう」は「さうりう」と書いたためである。
 その名前は、現在では海上自衛隊の最新鋭潜水艦「そうりゅう」へと受け継がれた。ひとりぼっちだった蒼龍と異なり、日本の防衛の要として一大ファミリーを築きつつある。
 このA80型スープラのNA仕様は、これまでにない操作性を実現している。まるで手足のように扱えて、そのハンドリングで全てのコーナーのグリッピングポイントが上手く入り込んでくれる。

●トヨタ/スープラ SZ-R チューンドカー Ver2'97

・パフォーマンスポイント(PP):499
「勝つために全てのチューニングを取り入れたNAエンジンのスープラ」
(車両解説は、上記の「蒼龍」と変わらないため、省略)
 2014年7月18日(金)に実装。改造可能レベルは78とまさかの飛龍改二より1レベル高い。「飛龍には負けません!」(Lv77と予想し、慢心した提督が多い模様)必要資材は「弾薬1700/鋼材1200」で飛龍改二と同値。改装前には資材と要相談を。しかしレアリティはSホロであり、桜ホロとなる飛龍には及ばない。実装直後はバナーアイコンが桜ホロ仕様と設定ミスだったが、現在はオンメンテによりSホロアイコンに修正済。
 改造すると新装備を2つ持ってくる。ついでに二式艦偵21型熟練も持ってくる。新装備の九九式艦爆(江草隊)はこの時点で彗星一二型甲の上位互換。蒼龍は正規空母の中では入手しやすい方であり、改装により装備を量産することは不可能ではないものの、必要レベルが高すぎてあまり効率は良くない。そして天山一二型(友永隊)と同じく任務による機種転換が可能。機種転換任務は専用出撃任務をこなす前から出現する(正確には飛龍改二必須の5-2出撃任務クリア)。もう一つの新装備九七式艦攻(熟練)流星には及ばない。
 火力が全空母中第三位の57である。15.5cm三連装砲(副砲)を載せれば飛龍改二と同等の火力となる。
 合計搭載数は79機で飛龍改二と同等だが、各スロットへの搭載機数割振りが異なる。蒼龍改二は(18/35/20/6)、飛龍改二は(18/36/22/3)。制空値用の平方根をとると、17.08と改造前の蒼龍、そして飛龍改二より上である。3スロまでだと14.63、この場合は赤城以上、五航戦・飛龍改二以下となる。4スロ目が6とやはり艦上偵察機や副砲向けスロットだが、まだ飛龍より全滅率は低い。そのため烈風×3+彗星(江草隊)という制空特化装備でも十分可能。流石にイベントや5-5はキツイが。
 専用任務として蒼龍改二を旗艦にしたうえで、飛龍改二と駆逐2隻の編成任務&出撃任務がある(二航戦は共に改二専用なので注意)。しかし出撃任務のマップがあのリランカである。(羅針盤ぇ・・・)さらにボス戦S勝利必須旗艦は蒼龍改二固定、随伴に飛龍改二と駆逐2隻も必須と条件がかなり厳しい。駆逐2のため最初の羅針盤は北ルート固定、よって最短ルートは不可。羅針盤には最低2回勝つ必要がある。北ルートは航巡or水母を入れると燃料マスから西に固定可能。この場合自由枠は1枠。なお瑞雲や晴嵐を搭載すると潜水艦に吸われるので航巡には水偵または水観推奨。自由枠としては戦艦or航戦あたりが基本になる。重巡2隻もアリ。この場合は燃料マスから中央に行く(ボス前まで固定)か、北西に行く(渦潮経由で西)かのギャンブルとなる。こちらは自由枠0なので火力が厳しい可能性は十分ある。注意すること。いずれにせよボス前羅針盤は固定できないので、必要な挑戦回数は多めに見積もっておこう。
 ボス潜水艦は駆逐に三式ソナー爆雷セットを詰めば複縦で落とせる。なおT字不利だけは回避するために彩雲を忘れずに。
 蒼龍の上で飛んでいる尾翼に赤と黄色の縞模様が描かれた機体は「艦上爆撃機の神様」として知られる江草隆繁少佐(当時)の搭乗した九九式艦爆(BI-231)である。
 この蒼龍のポーズは飛龍と対で考えられたと思われる
 ゲーム上では解像度の影響で曖昧な表情に見える(特に眉毛)が、実際は凛々しい顔をしている。(twitterの画像)
 カードでは見切れてしまっているが、彼女の弓構えは現在広く普及している「正面打起し」ではなく、いわゆる「斜面打起し」であると推測される。

飛龍
●トヨタ/スープラ 3.0GT ターボ A'88

・パフォーマンスポイント(PP):452
「ホモロゲーション用に販売された、グループAのスープラ」
(車両解説は、上記の「加賀」と変わらないため、省略)
 この70系スープラは、飛龍型1番艦「飛龍」。元々は、蒼龍型の二番艦として建造される予定だった中型正規空母。蒼龍の手直しが長引いて建造が延び延びになっているうちにワシントン軍縮条約の破棄が決定、じゃあ設計から変えてしまえということになり、飛龍型航空母艦として完成した。蒼龍と比べて、飛行甲板の拡幅や艦橋の位置変更、船体強度のアップといった改良が加えられている。実物の飛龍は蒼龍とよく似ているが、飛龍は艦橋が左中央部、蒼龍は右前部にあるので見分けやすい。というか2014年現在まで左艦橋の空母は世界中探しても赤城と飛龍だけ。
 艦橋の不具合を除けば日本の空母の決定版と言える完成度を誇り、この飛龍をベースに大型正規空母の翔鶴型や、量産型クローン妹達と呼べる雲龍型が設計された。他の艦娘に比べ、史実に基づいたセリフが多い。「多聞丸」とは、ミッドウェー海戦で最期を共にした司令官である山口多聞のこと。米軍からも山本五十六の後継として恐れられた闘将である。由来は楠木正成の幼名。日夜パイロット達をビシバシしごき、あまりの恐さ・厳しさに「人殺し多聞丸」「気違い多聞丸」の異名をとる。戦史好きはもちろん、二次創作や某漫画を始め、飛龍と言えば山口提督がお馴染み。だが、彼は第二航空戦隊司令官であり、飛龍自体の艦長を務めたのは加来止男少将。最期の時には、山口提督と共に飛龍に残り運命を共にしている。非常に漢気のある艦長であるが、艦これでは特に台詞には出てこない。多分運営が忘れている可能性は微小レ?轟沈時の台詞は、上記二人の最期の会話と伝わっているものが元ネタ。
 「友永隊」とは、ミッドウェー攻略で基地攻撃を行った第一次攻撃隊と、「飛龍」による敵空母への攻撃隊のことで、どちらも隊長が「飛龍」艦攻隊長の友永丈市大尉(ミッドウェーで戦死、死後中佐)だったため、こう呼ばれる。この時、蒼龍に試作機が配備されていた二式艦上偵察機の内の一機は蒼龍が沈没したために飛龍に着艦し、反撃の為のまさかの貴重な情報を洩らしてしまった。日本時間6日午前0時15分に総員退去命令が出され、自沈処分の為、午前2時10分に魚雷を撃ち込まれた飛龍だったが、午前3時30分に索敵で飛来した鳳翔搭載機の九六式艦攻が炎上・漂流中の飛龍を発見し、甲板上に生存者を確認した。通報を受けた第17駆逐隊の駆逐艦谷風(未実装。陽炎型14番艦)が救助に向かったが、南雲機動部隊の追撃にやってきた米軍機との対空戦闘に追われ、現場海域に到着した時には既に飛龍の姿は無かった。6月20日、ミッドウェー島の哨戒機が1隻のボートを発見し、水上機母艦バラードが現場に派遣された。収容されたボートの人員は飛龍の生存者で、機関長相宗邦造中佐を始めとする35名の機関員だった。彼らは飛龍の被弾後も機関部に留まっていたが、煙に耐え切れず破口から脱出し、飛行甲板まで辿り着いたが、既に他の乗員は全て退去していた。海面に飛び込み、付近に浮いていたボートに泳ぎ着くと飛龍は沈没した。生存者は計39名で、ボートには食料や飲料水等が搭載されていたが、2週間の漂流で4名が死亡し、さらに1名がバラードに収容された後に死亡した。残った34名は真珠湾に送られた後、アメリカ本土の捕虜収容所に送られた。
 ちなみにセリフの中にある「赤レンガ」は海軍省の通称。当時の建物が赤レンガづくりだったため。決して神奈川県横浜市みなとみらいにある"赤レンガ倉庫"ではない。
 MI作戦はミッドウェイ攻略作戦のこと。史実で発動された結果は……知っての通りである。因みに陸軍にも飛龍は存在する、もっともあきつ丸のような艦船ではなく四式重爆撃機「飛龍」(キ67)という航空機であるが。
 この橙色のスープラもある程度ほかの艦娘同様、強化はされている。が、コーナーでの不安要素バリバリに在るため、この問題をどうするか重点に置いて改造をしている。

●トヨタ/スープラ 3.0GT ターボ A チューンドカー'88

・パフォーマンスポイント(PP):528
「グループAを彷彿させる、完璧に武装した70系スープラの本気」
(車両解説は、上記の「飛龍」と変わらないため、省略)
 2014年6月6日のメンテナンスで追加。改造可能レベルはLv77と最大改二改造レベルだった75を更新した。ちなみに改造に弾薬1700、鋼材1200と金剛型改二や大和型ほどではないが、それなりに必要なので注意。またレアリティが桜ホロと大和武蔵矢矧改に続く4人目になった。
 全体的にスロット数が上昇しているがそれでも艦載数は79機であるため、改二になっても加賀や、赤城改および五航戦の改には届かない。残念なことにスロット数の平方根をとると改造前より少し下がっている。具体的には蒼龍&飛龍改→16.84、飛龍改二→16.67とほんのわずかだが下がっている。この場合改造済正規空母では一応最下位となってしまう。ただし3スロまでの平方根ならば加賀15.72>大鳳15.27>飛龍改二14.93>五航戦14.69>赤城14.60>蒼龍&飛龍改13.68となり、三番手に位置する。実質4スロ目は下記の都合で攻撃に使えないので彩雲等を入れる予定の空母ならばこちらが参考になるだろう。
 最大スロットは第2スロットの36機と加賀(未改造)に次ぐ搭載数を誇る(順位的には加賀改加賀>飛龍改二の3番手)。第4スロットは3機と攻撃機を入れても全機撃ち落とされる可能性が高く、他の正規空母でよく使われる上3スロットに烈風3つと爆戦or一二甲といった制空特化運用は推奨されない。そのため偵察機や副砲・電探・ダメコン向けスロットである。正規空母のため、龍驤改二と違い対潜装備という選択肢はない。
 特筆すべきはその回避値と索敵値、そして何より圧倒的な大火力である。いずれも改から大幅に上昇している。特に運は50と、あの雪風(未改造)時雨改二伊58改と並ぶ。しかし現状では運の値について確認されているのは夜戦でのカットイン率のみであり、空母の夜戦参加が待たれる。飛龍改の最大運89から92に上昇し、単独2位になった。一位はもちろん99の異能生存体および同改。とながもん火力の最大値は64大鳳改の59を抜いて空母系統で一位となった。計算上の火力は151と言うとてつもない数値。素でキャップ到達する唯一の艦娘。もちろん裸の状態の火力としては全艦娘中最大である(空母なので無装備では攻撃できないが)。流星改を2つ積むだけで火力が190となる。スロットの負担を最小限に抑えつつ反航戦や複縦陣での火力キャップを達成できる絶妙な数値といえるだろう。ただし大鳳と違い中破してしまうと、開幕以外攻撃できないのでその点はご愛嬌。なお支援艦隊として彗星一二型甲を論者積みすると火力231となる(46㎝4積み大和は246)。ちなみに装備ありでは大和の方が上であり、最大ではない。
 ここまでの強化が行われているが、燃費は赤城より良い(燃料-1)。防御がほぼ無意味となる難関海域に挑む場合に回避と打撃の両方を兼ね備え、かつ修理費用もやや控えめという本艦はきっと助けになるはず。
 新装備・専用任務が存在しているため、そちら目当てで改造する価値もある。改造すると熟練仕様の艦戦、艦攻、艦爆を1つずつ持ってくる。自慢の『友永隊』がいる辺り、粋な計らいといえよう。残念ながら各種特化能力は烈風流星改彗星一二型甲の最上位機種には及ばないが、別のステータスがあったりする。なお艦攻に限ってはある任務を完了するとさらに進化する。専用任務では飛龍改二と蒼龍(改造は問わない)が必要になる。通常状態の飛龍では達成できないので注意。また編成任務後に出現する出撃任務は必ず飛龍改二を旗艦にし、蒼龍と駆逐2隻を入れたうえで5-2ボスS勝利しないといけないので、編成任務後に駆逐2隻を抜かないように。残りの2枠は自由枠だが軽空母を入れてボスルート固定すると自由枠は1枠しかない。決戦支援も考えておくこと。艦娘の改二が指定される任務は今回が初。
 鉢巻の日の丸はミッドウェー海戦時に飛行甲板に描かれていたもの。これは珊瑚海海戦で翔鶴搭載機が米空母に誤着艦しそうになる事件があり、それを防止する為である。さらに護衛艦艇も砲塔に日章旗を描いていたが、これは偵察機からの誤認を防止する為である。
 改造前とは若干異なる色彩になったカードイラストは、ミッドウェー海戦時の僚艦もしくは自身が炎上した状況を表現したものと思われる。先が朱に染まり燃えているような鉢巻は正にそれの表れであり、小さい花びらの目立つ桜ホロは飛び散る火の粉を思わせる。
 飛龍が飛ばしている九七艦攻の尾翼の黄色の塗装は艦攻隊隊長機である友永丈市大尉乗機の証である。九七艦攻の主脚が片方曲がっているのは、発艦直後の格納動作を再現しているため。余談だが、脚が可愛い九九艦爆は、主脚が固定式なので機体内部に格納する事が出来ない。
 スカートから見える肌色っぽい部分は袴のスリットであり、本来はこのように上着が横から見えるもの。ゆえに明石の様に上着が短いと横から丸見えになってしまう。いろいろと。このスリットから見える部分は色が肌に近いため生足では?と思われがちだが、実は上着で有ることが中破絵にて確認できる。太ももが見えないッ!
 改造前のイラストよりも「弓道(弓術含む)」的な要素が垣間見える。弓より弦が前方に描かれているのは、弓を握る際の「手の内」に起因した「弓返り」を再現している為。手の内がしっかりできていると綺麗に弓返りが起きる。手の内がきちんと作られていないと、矢は狙った場所の右上に飛んでいってしまう。右手から下方に伸びているのは、艤装では無く「矢」である。弓道では一射目を射る時に、右手の小指および薬指で二射目用の矢を持ったまま射るため。具体的な持ち方は蒼龍のイラストを参照。黒目が右目頭・左目尻に寄っているのは「物見」という、的に対し狙いをつけるための基本となる動作。
 パフォーマンスポイントを見る限り、圧倒的なパワーアップが施された。標準よりもさらに厳つくなったエアロで追々敵艦を追撃する。すべてのメンテナンス・セッティング・アライメントをクリアしており、どの場所だろうと容赦しない。

翔鶴
●ホンダ/NSX TypeR'02

・パフォーマンスポイント(PP):476
「02年が求めた武器は"空力"、それを手に入れ武装したNSX-Rの2代目」
 1992年11月に登場した初代NSX Type Rは3年間限定で発売され、生産終了後に伝説になった。それから7年。2001年の東京モーターショーで披露されたNSX-R コンセプトが、2002年5月、NSX Type Rとして、ほぼそのままの姿で発売された。
 それまでにもNSXは、排気量を拡大し、ギアボックスを6速化するという進化を果たしていた。実はその時にもType R復活の噂は巻き起こったが、結局、走りの頂点に位置したのはType S Zeroというモデルだった。開発陣が97年にType Rを復活させなかった理由は簡単だ。その時代のType Rにふさわしい内容が盛り込めなかったためである。
 初代Type Rが追及した軽量化/高剛性化は、あくまで92年という時代が要求したアプローチだ。Rを名乗るためには、同じ手法を継承するだけでなく、その時代における最先端の革新が求められたのだ。
 NSXがついに見つけたRにふさわしい内容とは、エアロダイナミクスである。2代目Type Rでは徹底的に空力性能の向上が図られ、市販車としては極めて異例のマイナスリフト、つまりダウンフォースを発生するボディまでが与えられた。
 この空力性能実現のため、Type Rのボンネットやリアウィングには、惜しみなくカーボンが用いられた。元々のRの手法である軽量化/高剛性化、エンジンのバランス取りなども行なわれ、専用装備も時代にふさわしいアップデートを受けた。この新しいNSX Type Rは、初代同様ニュルブルクリンクのタイムアタックに挑戦。ロードカーの壁でもあった8分を切る快挙を成し遂げたのである。
 2013年5月17日、艦これ初のイベントとなった「敵泊地に突入せよ!!」にてE3突破報酬として実装された。
 搭載機数は妹と共に加賀改(搭載機数98機)に次ぐ搭載機数84機(無改造では75機)であったが、2013年12月24日の「大型艦建造」と共に実装された大鳳改(搭載機数86機)に抜かれ、第3位に。
 激レアであり、4-4や5-1等の難所のボスでしかドロップしない。それまでは建造に命を託すしかない。実装海域最深部とはいえ5-4でもドロップする。ドロップ狙いなら5-4がおすすめである。
 史実では妹の瑞鶴が幸運すぎたため割を食うこともあったが、運の数値は、現在までに実装されている日本の正規空母としては並みである。
 なお、赤城・加賀および蒼龍より回避が10高く、その点では優秀である。タフさも赤城・加賀と比べてさして遜色はない。ただし火力の値が砲撃戦攻撃力に影響するため、攻撃力は赤城より若干劣る。
 五航戦の特徴でもある3つの21/24機スロットは開幕爆撃での威力は一航戦どころか27機スロを持つ二航戦にも見劣りするものの、駆逐軽巡といった取り巻きを倒すのには十分。上3スロットの搭載数に偏りが無いので、流星を3つ積んでの攻撃特化運用、もしくは烈風を3つ積んでの制空特化運用が主な使い方だろう。一方で前者だと後半海域で制空権をとれずボーキが溶ける、後者だと砲撃火力が出ずほぼ置物と化す、半々にすると4スロ目の使い道に困るなど、単艦での運用はややし辛い。複数空母(例えば姉妹運用)で攻撃担当・制空担当の役割分担をするのが無難だが、どうしても単艦運用したい場合は爆戦が役に立つかもしれない。
 資材消費量は二航戦とほぼ同等(1戦あたり弾薬+1。赤城との差は燃料-2、弾薬-1)と性能のわりに燃費が良い。特に燃料消費は二航戦と同値のため、耐久あたりの修理費は正規空母内では低水準。それでいて回避や耐久力も高いため多少ダメージを受けた状態でも出撃したい周回時において威を発揮する。姉妹ともども前線を長く支え続けた戦歴は伊達ではない。低燃費正規空母雲龍の登場により燃費面での優位性は薄れてしまったが、搭載数と耐久力に大きく勝るため周回用空母としてはこちらが有利な面も多い。むしろ、制空値稼ぎが得意な翔鶴型と殴るのが得意な雲龍で住み分けができており組ませると相性が良い。
 改造可能レベルが瑞鶴(Lv25)に比して高く設定されている理由は不明。改造後の数値や装備に差はないのだが……。
 なぜか妹より出にくいという提督もいるようだ。
 余談:割と忘れがちだが、彼女はMVPを取ると自分が随伴艦だろうと他の艦を随伴艦と言う。ほかの台詞等も考慮してみて悪意は無いとみえるが、姉さん、それは一歩間違えると……(汗)。
 史実では蒼龍・飛龍の拡大発展型として建造され、妹の瑞鶴ともども開戦時最新の大型正規空母。航空機の練度を除けば一航戦や二航戦よりも大部分で性能が向上。…艦これでは本体も一航戦の方が強いが。アメリカのエセックス級やイギリスのイラストリアス級と同様、ワシントン海軍軍縮条約終了後に計画・設計建造されたため、必要かつ十分な装備を持つ大型空母として完成した。なお、この時の計画には大和型の建造も盛り込まれていた。戦艦における決戦兵器が大和型なら、こちらも大和型と同じくらい期待をかけられた正規空母の決定版であり、加賀の運用実績・蒼龍飛龍の建造実績を存分に活かす、会心の出来となった。太平洋戦争で最初から後期まで米海軍の主力と戦い続けていたのは、五航戦の鶴姉妹と他の軽空母たちである。一航戦二航戦は太平洋戦線初期の半年を勝ちまくり、ミッドウェーで全艦が沈んでしまったという印象的な顛末もあり、知名度は非常に高いが、その後2年半弱にも及ぶ長い期間、航空戦において日本海軍の中核を担ったのは、他でもない翔鶴型2隻と他の軽空母たちである。図鑑で翔鶴が言っている通り、あの惨劇の後は先輩方の後を継いで戦線を支えている。このため、最終的に翔鶴航空隊が残した戦果は姉妹艦の瑞鶴航空隊よりも更に高く、堂々の一位となっている。要出典
 ちなみに『翔鶴』は実は幕末から続く由緒ある艦名で、初代翔鶴は徳川幕府から献納、日本海軍艦籍第二号という由緒正しさ。(ただ、この初代ははなはだ短命で、帝国海軍編入わずか半年後の明治元年11月、大阪から東京へ回航中伊豆網代沖で沈没してしまった。あれ?やっぱり不幸…?)航空母艦翔鶴はその艦名を持つ艦としては三代目。同じ幕末から続く艦名を持つ艦だと高雄や千代田がある。でも米国にとってはさにあらず。本艦の進水時、「翔鶴」の名は米国にも伝わったが、アメリカ人が慣れない漢字の読みを必死で考えた結果「カケヅル」となった。さらにあちこち伝言ゲームをするうちに誰かが綴り間違いをやらかし、最終的に「カデクル」へと変貌した。のちに通信傍受で得られた情報をもとに修正されたはずであるが…かなり不遇である。「命名基準を超越した、地名でも動物でもない"艦名"」から、「日本はNEW TYPEの戦艦を作ったらしいネー」と言う噂が生じたとも。せめて「ツル」の意味さえ知っていれば…。
 大和型戦艦を上回る16万馬力という定格出力は日本海軍最大。船体の巨大さ故に蒼龍や飛龍よりは若干遅いが、日本海軍の軍艦としては初めて球状艦首(バルバス・バウ)を採用し最大速力34ktの高速性を得ており、鈍足で新型機発艦できませんとか言い始めた鷹シリーズと違って戦争中期以降の大型化した新型機の発艦も問題なくこなしている。
 対空火力・速力・搭載機数・航続距離と空母としての基本スペックは全て優秀。でも実は船体の横揺れにだけは弱かったらしい。波で船体が20度も傾いたことがある。防御については、弾薬庫および機関部の強度は蒼龍飛龍より向上したものの、格納庫および飛行甲板には依然として装甲が張られておらず、基本的な防御思想は搭載した艦戦と対空砲火で、被弾する前に敵機を撃退しようというものだった。これは翔鶴のような大型空母に重防御を施すことの実現性や実用性が当時は疑問視されていたからであるが、一方で翔鶴型を含めた空母全般の脆弱さ、被弾時の危険性は完成前から日本海軍も問題視しており、翔鶴型の防御力で満足していたわけではなかった。それが後の大鳳起工に繋がるのだが…。とはいえ条約の制限があった一航戦二航戦達よりもタフな艦であることは確実で、翔鶴はマリアナ沖海戦で撃沈されるまで被弾しまくってはいるが、機関や弾薬庫といった致命的な部位へのダメージを許した事は一度も無かった。また、翔鶴はマリアナで魚雷4発を受けるまで、更にマリアナの戦訓を元に強化された瑞鶴はレイテで3度の雷爆撃を受けるまで持ちこたえたりと、驚異的な耐久性を示しており、まさにポスト条約型正規空母の面目躍如たる防御力を備えていた。
 性能自体は良いはずなのだが、避けまくる妹と違い出撃するたびに被害を受けており、ついたあだ名が「被害担当艦」。小破時の台詞や中破以上での入渠時の台詞にも伺える。船としての誕生式典である進水式では突然の突風と豪雨に襲われて、来賓がずぶ濡れに。高価な訪問着を台無しにした人もいた。生まれた瞬間から運勢は微妙であった。翔鶴の名誉のために追記しておくと、甲板の被弾貫通による翔鶴の大火災を教訓として空母の防火延焼対策が徹底され、それによって瑞鶴も助かっている。さらに追記すればそのため南太平洋海戦において翔鶴は中破しながらも艦載機を発着艦させていたと海軍さんの間で噂になっていて戦況芳しくない中士気を鼓舞したという。だから、ね、運営さん、ね(チラッ。・・・事実は被弾して飛行甲板がめくれあがっていて無理だったけど。
 翔鶴が参加した作戦は、真珠湾攻撃、ラバウル攻略、セイロン沖海戦、珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、ろ号作戦、マリアナ沖海戦で、宿敵である米海軍の機動部隊とは互いに大きな犠牲を出しながら何度も交戦した。真珠湾攻撃では南雲機動部隊として、米太平洋艦隊の戦艦群を壊滅。当初はまだ練度が浅く、難しい魚雷攻撃は一二航戦が担当し、翔鶴らは水平爆撃を主に担当した。セイロン沖では南雲機動部隊として、英空母ハーミーズ、重巡2隻、駆逐艦2隻の撃沈。珊瑚海海戦では瑞鶴と共同で米空母レキシントン、随伴艦2隻の撃沈。ヨークタウンを中破。第二次ソロモン海戦では翔鶴攻撃隊により米空母エンタープライズに爆弾3発命中。南太平洋海戦では米空母ホーネットの撃沈。翔鶴攻撃隊により米空母エンタープライズに爆弾2発命中。被害担当艦と言われながらも、その被害に見合うだけの戦果はしっかりあげていた。
 南太平洋海戦まで第三艦隊旗艦を務めている。その後マリアナ沖海戦で旗艦を新鋭空母大鳳に譲った。瑞鶴が旗艦になったのは他の正規空母がいなくなってしまったレイテ沖海戦のみである。
 胸当てに書いてある「シ」の字は艦の識別用の文字である。特に翔鶴型は「搭乗員が間違って着艦した」という逸話があるほど艦形が酷似していたため、この文字の存在は非常に重要な意味を持っていた。一説によると、両艦を形状で見分けるポイントは「マストのスピーカーの有無」……らしい。日本海軍の観測員は10km先、水平線にポツンと見える艦影を見極めた程。一航戦の航空隊は敵パイロットの表情すら読み取れたというが。…死線に生きる男達は違う。パねぇ。
珊瑚海海戦では遂に、翔鶴搭載機が米空母に着艦しかけると言う珍事が起きた。"艦違い" もここまで来ると生死にかかわる。死線に生きる男達どうしたもっとも、この米空母ヨークタウンは翔鶴と艦形は全く違うものの、艦のサイズはほぼ同じ。しかもこの事件が起きたのは日暮れ時。戦闘を終えて疲れている時に、夕闇の中でこの2隻を空中から見たら迷うのも納得、かも。その事件をきっかけに飛行甲板に大きな日の丸を描くようになったが、それがドーントレスの格好の目標物になったという話もある。
 珊瑚海海戦では戦果も挙げるが、米軍艦載機の集中攻撃を受け炎上。黒煙に包まれた翔鶴を見た瑞鶴見張員が「翔鶴沈没!」と報告したほどの状況だったが、機関は無事だったため、翔鶴は駆逐艦夕暮(未実装)と共に戦場を離脱した。この際翔鶴はスペックを超える速度を出したようで、夕暮は瑞鶴の護衛にあたっていた潮に『翔鶴ハ何処ヘ向ヒシヤ、翔鶴ニ着イテ行ク必要ナキヤ』と発信した。潮の士官曰く「翔鶴は40ノット以上を発揮していた」。翔鶴が40ノット出ていたというのは潮の士官(第七駆逐隊司令部付通信士)の事実誤認の可能性が高く、その証拠として珊瑚海海戦時の翔鶴乗組員は爆弾命中後退避する翔鶴の速力についての証言は以下のようになっている。翔鶴運用長、福地周夫大佐(珊瑚海戦時は少佐)は『しかし艦は三十ノットの速力で猛進している』翔鶴軍医官、渡辺直寛中尉は『これは偏に航海長塚本朋一郎中佐による操艦の賜物と評判高い。最大戦速34.5ノットで取舵一杯、面舵一杯にして爆弾・魚雷を避けたと云う。』翔鶴艦爆整備兵、西村敏勝海軍一等兵曹は『たえず変針する三〇ノット以上の全力航行での振動の凄まじさは、爆弾の直撃以上なんですよ』実際の所、翔鶴が34ノットの速力で退避していたところ、様々な理由で速力が出ない潮が追い抜かれたと考えるのが妥当なところである。放置時の台詞にある「ポートモレスビー(モレスビー港)」は、この珊瑚海海戦で本来攻略するはずだった米豪軍の拠点モレスビーのこと。だが祥鳳の喪失と翔鶴被弾で支援不足となり、上陸断念。ポートモレスビー攻略失敗を翔鶴被弾のせいとする意見もあるが、瑞鶴はこのときスコールの雨雲に隠れており、結果的に晴天の下にいた翔鶴に攻撃が集中することになったためである。このとき、米軍は空母の重要性を痛感していたため、空母に狙いを絞るのは当然であろう。珊瑚海で受けた損傷の修理のため、搭乗員の損耗が激しかった瑞鶴ともどもミッドウェー海戦は不参加となる。そして作戦は主力4空母の喪失という最悪の結果に終わり、残された翔鶴と瑞鶴の激闘の日々が始まった。
 南太平洋海戦においても姉妹そろって出撃していたが翔鶴は大破して瑞鶴は無傷だった。しかしレーダーで敵をいち早く捕捉した翔鶴はもたつく妹をしり目に先に出撃している。そして全機発艦(つまり延焼誘爆しそうな燃料満載の艦載機飛ば)させてダメコン(余興用の女物のカツラにいたるまで徹底的な可燃物破棄)発動させたおかげで大破しても離脱を可能たらしめた。姉としての面目は保っている。ちなみに攻撃後帰還できた艦載機は瑞鶴に着艦したり海上に不時着してトンボ釣りで救助された。この戦いで元赤城飛行隊長でミッドウェー後の翔鶴飛行隊長である「雷撃の神様」こと村田重治が米空母「ホーネット」を肉薄雷撃後に乗機が被弾炎上、そのまま同艦に突入し自爆している。
 翔鶴の最期(割とショッキングなので閲覧注意)。翔鶴が最後に参加した戦いはマリアナ沖海戦である。1944年6月19日、艦載機発艦中に米潜水艦カヴァラ(Cavalla:SS-244)の放った3本ないし4本の魚雷が右舷前部から中部に命中、浸水に合わせて気化した航空燃料が発火し大火災が発生、14時1分に艦尾を上にし逆立ち状態で沈んでいった。乗員570名が救助されたが、戦死者は1272名に達した。これはミッドウェー海戦で沈没し、もっとも多くの戦死者を出した加賀のそれを大きく上回る。ここまで多くの戦死者を出した理由はただただ悲惨である。沈没時上記のごとく前から沈んで艦尾が一気に上がり急速に沈みはじめたため、飛行甲板上に出てきていた多くの乗組員、搭乗員が艦首へと甲板を滑り落ちた。そしてその先には、前部昇降エレベーターが潜水艦による雷撃からの火災爆発で吹っ飛んだことにより大穴が空いていたのだ。彼らはその焼けただれた大穴に次々と吸い込まれ、脱出する暇もなく沈んでいった。その滑り落ちるズサアアという絶望的な音は周囲の艦艇にも聞こえたという。この海戦で翔鶴・大鳳・飛鷹の空母3隻の喪失、そして艦載機378機の喪失により連合艦隊における機動部隊の運用が事実上困難になり、妹の瑞鶴を含む残された空母たちの悲劇に繋がることになる。潜水艦をやたら警戒するのはこの最期によるもの。その際生存者を救出したのが轟沈時のセリフにある矢矧と秋月。彼女を沈めた潜水艦カヴァラ(Cavalla/SS-244)はテキサス州ガルベストンにあるSeawolf Parkに現存し、一般公開されている。ガルベストンへはヒューストンからバスなどを利用して行くことが可能。翔鶴沈没の22分後、こんどは大鳳が大爆発。後を追って沈んでいった。ああ、もぅ…(詳しくは大鳳の項参照)
 実は三番艦「龍鶴」(リュウカク)という艦が存在し、密かに珊瑚海海戦に参戦していたが沈没。しかし、秘密艦であったことをいいことに国民は疎か軍内部においても隠され続け、戦後も資料が残っておらず当時のジェーン海軍年鑑に僅かな記載があるだけという幻の艦となっている。元ネタは米軍が第四航空戦隊に新しい空母が配備されたらしいという情報より発生した誤認。実際に配備されたのは祥鳳であったが、米軍は新造艦と勘違いし必至の情報収集の結果その名前が「龍鶴」だと判明する、…恐らく第四航空戦隊には龍驤が配備されていたのでどこかで情報の混乱が起きたのだろう。結果、名前から「これは翔鶴型に違いない」と考えここに幻の翔鶴級三番艦「龍鶴」が誕生する。更に珊瑚海海戦にて実際に祥鳳が沈没したことや、その後リュウカクの存在が確認されなかったことから(元々存在しないのだから当たり前だが)大戦中のジェーン海軍年鑑に翔鶴級3番艦「リュウカク」の名前が載り珊瑚海海戦にて沈没したと書かれることとなる。カデクル事件と言い、本当に米軍側の誤認に縁のある空母である。
 冒頭にもあるが、翔鶴型航空母艦のライバルは米帝の工業力の申し子とも言うべきエセックス級。得意技はダメコン大戦後期になると、アメリカはそんな大型空母を毎月のように就役させ、更に小型のカサブランカ級護衛空母に至っては毎週就役させるというゲーム並の生産力を発揮。戦争に勝つのも無理はない。「戦いは数だよ翔鶴姉」鶴姉妹の戦歴は、そんな敵と張り合い、戦えば戦うほど悪化する一方の戦局に何年も踏みとどまり続けた、苦闘の記録でもあった。ちなみに一航戦のライバルに当たるのは巡洋戦艦改造のレキシントン級、二航戦のライバルがヨークタウン級といったところ。いずれも戦前の同時期に就役し、飛行機の発展とともに一大航空戦力を築いたベテラン勢であり、即ちミッドウェーは文字通りのライバル対決(二航戦vsヨークタウン級)でもあった。彼女らのうち、一航戦二航戦五航戦は戦没してしまったが、レキシントン級ではサラトガが、ヨークタウン級ではエンタープライズが、エセックス級は全艦がそれぞれ終戦まで生き残り、アメリカ勝利の象徴的武勲艦となった。その後サラトガが旧日本軍艦ともども原爆実験の標的になって沈められたのは内緒だなお戦勝記録で比較した場合、サラトガはさしずめ翔鶴、エンタープライズは瑞鶴に当たる殊勲艦として、ドキュメンタリーやムック等では取り上げられることが多い。特にエンタープライズは、激戦の中で手傷を負う事も少なくなかったが、日本海軍の保有する多くの主要艦艇の撃沈・撃破に貢献。太平洋戦線のMVPであるのみならず、アメリカ海軍史上最高峰の、空前絶後の武勲を上げた名艦として、その名を刻んでいる。ご存知の通り「エンタープライズ」は戦後も襲名され、2012年に世界初の原子力空母(CVN-65)である8代目が退役したのは記憶に新しい。そして2025年就役の原子力空母が9代目を襲名することがすでに決定している。
 翔鶴・翔鶴型について米軍が混乱していたが、実はこれ日本海軍の半ば確信犯なのである。「漢字名は東洋の文化だから欧米は混乱する」という考え方だったらしい。このため昭和16年11月に海軍が戦時体制に移行すると、艦尾に書かれていたひらがなの艦名を初めとして、平時には艦の備品や、新造艦の引き出物に入れられていた艦名が一斉に消される。平時体制下で最後に進水・竣工したのは翔鶴型と「大和」で、それ以降の艦には艦名に由来する品がない。したがって艦これで有名な『ぜかまし浮き輪』は存在しない(しなかった)のである。また、阿賀野型も進水式に出る引き出物にはすでに艦名が削除されていたが、「矢矧」はうまいこと考え、弓矢の矢と萩の葉が彫り込まれていた。
 これがうまくはまったのは上記の通りだが、では当の日本海軍の方は米海軍についてどうだったのかというと見事に大混乱に陥った。日本海軍は諜報を軽視していたといわれるが、全くやっていなかったわけではなく米軍の通信を傍受して平文から重要情報を抜き出すなどはやっていた。故にミッドウェイのアレ(AFの純水装置が故障)に引っかかってしまうのである。もちろん1回の失敗で放棄すべき性格ものではなく、ミッドウェイ戦後も続けられていたが、マリアナ沖海戦の直前あたりから様子がおかしくなってくる。どういうことかというと、「ヨークタウン」や「ホーネット」、「レキシントン」など、日本海軍が沈めたはずの艦が就役しているのだ。実はこれらはエセックス級の2代目なのである。「終わりのよろしくない艦名は使わない」「矢継ぎ早の襲名はしない」というのが原則の日本海軍とは逆に、アメリカ軍は被撃沈艦の「リベンジ」という意味合いで積極的に襲名させた。このことが日本海軍には理解できなかったのだ。
 結論:異文化交流って難しいデースね。
 1992年のタイプR以来の復活となったNA2型NSX-R。当時の新車販売価格は1200万円に迫る高額であったことに加えて、不況等の社会情勢から当時のNSXはベースモデルを含めても月に1台売れるか否かという状況。さらに追い打ち(と言う名のドドメ)をかけたのは2006年から施行された欧米での排気ガス規制で、それに先立つかのようにNSXは全モデルの販売を2005年に終了している。そのため瑞鶴のNSX-R初代同様3年足らずの販売となってしまった。
 今でも極数だが中古屋などに出回ってはいるものの、質の良いモノで2000~3000万円クラスをするNSX-Rが存在する。(今でも中古に回っているスカイラインGT-RのR34型やインプレッサ等も言えないのだが…)
 2005年にはNSX-R GT(GT6でいうGT500ベースモデルみたいな、グランツーリスモ6では未収録)が存在しており、当時のSUPER GTのレギュレーション上必要になったホモロゲーション取得用モデルである。前後のバンパーの延長、リアのハッチエアースクープとサイドエアーインテークの合計5点のエアロパーツが追加・変更されたのみで車体自体に変更はなく、販売価格は5000万円とされた。販売期間は1ヶ月で、生産されたのはわずか5台…なのだが、驚くことに1台だけ売れたようだ。なお、この手のモデルでは珍しいカタログも製作されていた。
 彼女の持つNSX-R2代目は、ほぼ普通にカタログカラーにあったシルバーに身を包んでいる(画像はライトだけチャンピオンシップホワイトになる症状が起きた状態で撮影された)。ホイールはチャンピオンシップホワイトでオプションであったタイプR専用なのだが、他のカラーだとシルバーになってしまうため追加で頼んだのだろう。本来なら戦艦の方に回されるはずだったのだが、ほぼ決まっていたので仕方なく正規空母に回されたのも現状。本人曰く姉妹揃ってのNSX-Rなので、満足している。

●ホンダ/NSX GT500 ベースモデル'08
※画像はこちら
・パフォーマンスポイント(PP):571
「EPSON NSXのベースモデル、それを翔鶴がアレンジしたオリジナルマシン」
 このモデルはカラーリングやゼッケンの選択など楽しむためのベースとなるモデルである。以下に元となったモデルを紹介しよう。
 日本国内最大人気を誇るツーリングカーレース「スーパーGT」。GT500とGT300の2つのカテゴリーを持つが、そのうちGT500クラスは、2007年からステップドボトム規定を採用した。それまではフラットボトム規定だったが、車体下面に30mmのスキッドプレートを付けることによってダウンフォースを軽減し、コーナリング・スピードを抑えようとしたのである。
 この新規定に最も上手く対応し、速さを発揮したのがホンダNSXで、2007年は全9戦中5勝を挙げてシリーズを席巻した。翌2008年は、レギュレーションによりメインフレームを2年連続で使用しなくてはならないため基本的に同じ車体を使ったのだが、前年の圧倒的な速さのために、特別性能調整として当初50kg(第3戦からは40kg)のウエイトハンデがNSXに課されてしまい、さらにエンジン・リストリクターもより小さくなった。
 そこでホンダはC32B型V型6気筒3494ccエンジンの仕様を細かく見直してドライバビリティを改善。さらに空力性能の改善と軽量化によるヨー慣性の低減を徹底することで、ライバルに対抗したのである。
 2008年、NSXは5台が参戦したが、NAKAJIMA RACINGが走らせるEPSON NSXは、唯一ダンロップタイヤを使用するマシンであった。このためデータの共有化の面ではハンデを背負っていたのだが、ロイック・デュバルと平中克幸は果敢にシリーズに臨み、第8戦オートポリスではこの年最高位となる2位でフィニッシュを飾った。
 日産GT-R勢が圧倒的な速さを見せたこの年のスーパーGTにおいて、2人の年間総合10位にランクされたのだった。
 2015年9月25日のアップデートで実装。改造にはLv80と改装設計図、試製甲板カタパルトが必要であり前提条件の達成は全艦娘の中でも相当に厳しい。改造に必要な資材は弾薬1200、鋼材は扶桑姉妹改二を超える3700。Lv88以上で翔鶴改二甲へ更なる改造が可能。この更なる改造には弾薬1700/鋼材5700に加えて開発資材が15必要。鋼材の消費量が凄まじく、無改造→改→改二→改二甲に一気に改装すると1万以上も鋼材がぶっ飛ぶので注意。コンバート改造と呼ばれるシステムで、翔鶴改二甲から改二へ戻す事も可能。この改造は弾薬1200/鋼材4500/開発資材10が必要になる。こちらの鋼材消費もかなりのもの。
 改時点では24機だった3つの大スロットが27機まで増加。対空砲火に対する生存率が増しただけでなく、この大スロット全てに熟練度最大の艦攻を載せることで、航空戦・砲撃戦ともに空母勢最高レベルの火力を発揮することが可能。
艦載機配分が平均的なのは「改二」まで。スロットが偏る「改二甲」では異なる運用が必要になる。
 搭載量が93と加賀改に次ぐ数字となり、艦隊の総制空力をより高く運用できる。(改二甲ではこの特性は活かせなくなる)空母を2隻ぐらいしか出せない状況で高い制空を要求される場面に「二隻目の加賀」として出せるのは強みと言って過言ではない(回避などの優秀さもあって旗艦位置を譲ってやれるぐらいの余裕まである)。
 カタパルトによりデフォルトで中射程になり、他空母や駆逐よりも先に砲撃が可能。
特に砲撃火力の低い雷巡や阿武隈改二との同時運用で大きな強みになる。ただし中破して砲撃不能になっていると、1パスして敵に1ターン渡す可能性があるので注意。
 火力が63に上がったため、艦攻を複数搭載することで反航戦キャップ値への到達も容易になった。素の火力こそ「改二甲」に7劣るが、前述のとおり艦攻/艦爆を複数スロットに搭載しやすいため、より攻撃に特化した空母になっている。そもそも装甲空母と違い中破攻撃が出来ないので、これ以上素火力が高くてもほとんど無意味。また運の初期値/最大値が共に強化され、最大値は元より瑞鶴改と並ぶ強運であったが、改二では最大97と雪風改に迫る域にまで強化することが可能に。燃費が改と比べて燃料+25、弾薬+15と急激に跳ね上がり、大鳳改や加賀改も超えるほど悪化した。改二甲はここにさらに燃料+10。低燃費で使う提督は改造するかは考えておこう。ケッコンを考えるならLv99まで育成したあとで改二にするのも一つの手。
 持参装備は一切ない。コンバート改造で改二と改二甲を行き来できるため、持参装備が量産し放題になってしまうので仕方がないか。代替として『精鋭「九七式艦攻」部隊の編成』と『機種転換』、計2つの任務が改二実装と同時に追加された。なお、この2つの任務は改二でなくとも達成可能。
 かなり久々に登場した、改造することによって図鑑説明が変化する艦娘である。
 妹の瑞鶴にも瑞鶴改二瑞鶴改二甲が実装され、改時点での特徴でもあった塗装の他に性能にも翔鶴と細かな違いがある。ちなみに瑞鶴も改二甲にすると、未改造時代の紅白装束コンビを復活させることができる。
 史実で実用化できなかった空母用カタパルトを装備したifの姿。ここから更なるif改装を行うことも可能。のカタパルトは現在の空母に広く普及している蒸気カタパルトではなく、あくまでレシプロ機向けの油圧カタパルトであると推測される。射程が中なのはカタパルトを装備したことで艦載機の発艦効率が良くなったことを表していると考えられる。
 「航空母艦一般計画要領書附現状調査」や「戦時飛行機搭載標準」などの資料では、翔鶴型の搭載計画として、零式艦戦18機(補用2機)、九七式艦攻27機(補用5機)、九九式艦爆27機(補用5機)という数字があり、他の航空母艦娘の多くは改造前の段階では資料の数字に基づいたスロット配分(第四スロットは各補用機の合計)なのに対して、翔鶴型のみ異なっていた。翔鶴改二では、艦攻枠と艦爆枠に当たる第二、第三スロットが資料準拠の27機となり、艦戦枠に相当する第一スロットに27機と、史実の計画より9機追加する形となった。大鳳改と同様に、露天駐機で増強したという解釈であろうか。ちなみに上記の搭載計画では、艦爆27機中6機は露天駐機が前提とされている。
 立ち絵の構図は赤城を意識したものになっている。
服装は改装前から色味こそ違うものの赤城に近かったが、赤い襷を着用してより近づいた。また太腿をよく見るとインナーに白ニーソを履いていることが確認できる。頭頂から鉢巻を越えて顔両脇に垂れる髪の構成も変化しており、ここも赤城の要素が入ったと取れる。改装前より、翔鶴型のカラーリングはタンチョウヅルがモチーフであったと思われる。赤城もそれに似た色合いとしてデザインされた事は偶然か、はたまた計らいか。
 「鶴翼の絆」作者である内田弘樹は、「図鑑の説明文が涙で読めない」と語るなどかなり気に入っている様子。ちなみにこのお方、約10年前に翔鶴と瑞鶴を建造時から装甲空母に設計変更した架空戦記小説を書いたことがある御仁である。
 飛行甲板に記入された対空識別記号が由来となる胸当ての「シ」は、改二および改二甲でも継承されている。資料不足のため、翔鶴に最終時まで識別記号があったかは不明とされているが、エンガノ岬沖の瑞鳳などの例から継続されたという解釈のようだ。一方の瑞鶴は、翔鶴喪失により識別の必要がなくなったことで「ス」の字が迷彩でほぼ塗りつぶされた状態がのイラストにも反映されている。翔鶴改二の図鑑説明のあの文言から、まだ「その必要がある」であろう瑞鶴改二では識別記号が復活するのかが注目された。結果は、瑞鶴改二は迷彩維持・識別記号塗り潰し、瑞鶴改二甲が迷彩廃止・識別記号復活という形となった。
 初期イラストには飛行甲板のエレベータが1基足りない問題があったが、こちらはしっかり3基描かれている。


■瑞鶴
●ホンダ/NSX TypeR'92

・パフォーマンスポイント(PP):---
「"軽量化"に"高剛性化"、"エンジンのバランス取り"などでスポーツカーの革命を達したホンダのR」
 常に進化し続けることは、魅力あるスポーツカーの必須条件だが、NSXもその例に漏れず、毎年、完成度を高めるモディファイを実施した。その熟成の歴史のうえで非常に重要なのが、1992年11月に発表されたNSX Type Rである。
 NSXは元々完成度が高く、走りを徹底的に極めたスポーツカーだが、Type Rはその走りにさらに磨きがかけられた。「Type R」の真価は後のインテグラ、シビックで多くの人に広まるが、発想の原点はこのNSX Type Rにあるといって間違いない。
 ホンダがNSXに施したType Rの手法とは、ずばり軽量化と高剛性化である。これを市販車の常識からかけ離れたレベルにまで高めることで、新たな地平を切り開いたのだ。
 軽量化では、エアコン、オーディオはもちろん、吸音材までが取り除かれ、走るためだけの機能が残された。シートやステアリング、アルミホイールといった機能パーツも軽いものに換装された結果、車重はノーマルの1350kgから1230kgまでダイエットされた。パワーウェイトレシオは、ノーマルの1PSあたり4.82kgから、4.39kgへと小さくなった。
 この高められた動力性能に対し、NSX Type Rはボディを高剛性化して、よりパフォーマンスを確実なものとした。モノコックな各所にアルミパイプを追加して補強がなされ、その強靭な骨格をもとに、ショックアブソーバー、スプリング、プッシュの材質までが、徹底的にハードチューニングされた。
 エンジンはスペックこそ不変だったが、軽量化自体がパワーアップだから、遅いはずはない。さらにType Rでは1基1基ていねいにバランス取りが行われ、特に高回転でのフィールは、官能的といえるほど研ぎ澄まされた。結局、このNSX Type Rは、96年までの3年間にわずか500台弱が生産され、ユーザーの手に渡ったのである。
 このType Rを所有してたのは、翔鶴型2番艦「瑞鶴」の愛車。航空戦の時代において「文字通り、最後の機動部隊が壊滅する、その日まで」主力艦として常に最前線を転戦し続けた、日本海軍の最殊勲艦に数えられる一隻。幸運を意味する漢字「瑞」に長寿の象徴「鶴」の名前通り、見事な幸運艦ぶりを発揮。姉が沈んだマリアナ沖海戦まで一発も被弾したことが無い。運の高さはこの経歴を反映したものだろう。彼女のような大型艦を建造する際は、どうしても工事中の事故で2~3人は死傷者が出るのが常であった。しかし彼女は起工から竣工までの3年4ヶ月間、1人も殉職者や重傷者を出さなかった。生まれる前からその幸運の片鱗を見せていたといえる。もっとも戦闘時に関していえば、ただ単に姉が不幸過ぎて全てを吸い取っていた可能性もある。姉の不幸はむしろ妹を守るために身代わりになっていたと考えると泣けてくる。お姉ちゃん…姉だけでなく、祥鳳もある意味珊瑚海海戦で翔鶴・瑞鶴の身代わりになって沈んだようなものである。
 姉ともども連合艦隊の保有する空母では最強格だが、竣工と訓練が開戦前ギリギリだったので、特に先達の1・2航戦との練度に差があった。全盛期の一航戦がマジキチ練度なだけで、五航戦のパイロットたちも十分有能(海外行ったら教官やれるレベル)ではあったのだ。ただし南太平洋海戦までに限るが。レッコ用レールを増設したり、搭載機数増大のために仕切り壁を撤去するなどちょこちょこ史実でも改造している…但し、現場レベルで勝手にやったのだが
設計に携わった人はその話を聞いて絶句したとか。仕切り壁撤去して強度は大丈夫だったのだろうか。
 胸当てに書いてある「ス」の字は艦の識別用の文字である。特に翔鶴型は搭乗員が間違って着艦したという逸話があるほど艦形が酷似していたため、この文字の存在は非常に重要な意味を持っていた。ここら辺は翔鶴も参照。なお、エンガノ岬沖海戦時には塗りつぶされほぼ見えなくなっている。大きな理由は「翔鶴」が沈没したから識別する必要性が低くなったから。そして、稼働可能な大型空母は既に「瑞鶴」以外いなかったからである。
 台詞の「七面鳥」はマリアナ沖海戦のエピソード。日本軍搭乗員の技量低下に米海軍の技量上昇、新兵器「VT信管」の投入により日本側艦載機が次々叩き落された。この事例を米兵は「ターキー・ショット(七面鳥撃ち)」と呼んだ。「アウトレンジで…決めたいわね!」の台詞もマリアナ沖海戦が元ネタ。日本海軍艦載機の、米軍艦載機より長い航続時間・長い航続距離を生かし、相手の攻撃を受けずに戦おうとする戦法だが、長距離・長時間飛行による攻撃は搭乗員に過大な負担を強いる。これは、正攻法で米艦隊と殴り合っても到底まともな攻撃は出来ないだろうと考えられた故の苦肉の策だった。激戦により熟練搭乗員の多くを失い、訓練未熟な搭乗員を多く抱えていた当時の艦載機搭乗員には酷すぎる作戦でもあった。結局、「数時間に及ぶ飛行でクタクタになった未熟な搭乗員が、準備万端の防空網に突っ込んで叩き落される」と言う悲劇的な結果に終わっている。七面鳥撃ちの成果の大半は航空機の空戦における性能差とレーダーや航空管制による効率的な迎撃作戦によるもので、対空砲火での撃墜はちょびっとでしかない。VT信管は製造が間に合わずそれほど発射されていなかった。
 1944年10月、レイテ沖海戦で囮部隊の旗艦として出撃。連合艦隊最後の機動部隊として奮戦、任務を全うするも力尽き、仲間達と共に壮絶な最期を遂げた。彼女は真珠湾攻撃に参加した空母のなかで"最後の生き残り"であったため。米軍もこの事実をよく理解しており、瑞鶴を目の敵にして集中攻撃を加えている。もっとも激しく瑞鶴を攻撃したのは空母レキシントン(二代目)(Lexington(II):CV-16)の航空隊である。同航空隊パイロットたちは珊瑚海海戦で、翔鶴および瑞鶴航空隊の攻撃を受け沈没した初代レキシントン(Lexington:CV-2)の敵を討つため、はりきっていたという。さらにレキシントン(二代目)が所属していた第38任務部隊・第3群の司令官は、初代レキシントンが沈んだとき艦長を務めていたF.C.シャーマン少将である。復讐戦の気運はいやがうえにも高まっていたのである。もし翔鶴が生きていたら…とも思えるが、この時の小沢艦隊の直掩機が僅か18機しかいなかった事を考えると、身代わりの有無に関わらず瑞鶴の運命は決まっていたと言えるだろう。
 最期の時が日本側から撮影されている珍しい艦。艦が大きく傾き総員退去が決まったなか、降ろされる軍艦旗に向け飛行甲板にいる乗組員が一斉に敬礼しているシーンと、その直後に両手を上げて万歳をしているシーンがカメラによって捉えられている。wikipediaに当該写真あり。この一ヶ月前には、映画の撮影に参加。貴重な資料映像が後世に残された。
 彼女が沈んだ後も、第一航空戦隊として雲龍・葛城・天城・隼鷹・龍鳳・信濃らで機動部隊を編成してはいたが、もはや日本にこれを運用する力は残っていなかった。沈没後、彼女の乗組員たちは情報秘匿のため呉の三ツ子島の病棟に隔離された。後に同じく隔離された空母信濃乗員曰く、その病舎の壁には次のような書き込みがあったという。「後続ノ戦友ヨ、挫ケテハナラヌ、我ラハマタ行ク、後カラ骨ヲ拾ッテクレ。瑞鶴乗組員一同」。奈良県橿原神宮近くの慰霊公苑「若桜友苑」内に、「瑞鶴之碑」という慰霊碑がある。一命を捨てて祖国を守ろうとした、空母「瑞鶴」の乗組員たちは、今日も日本神話の聖地から祖国の姿を見守っている。彼らの犠牲が、彼らの想いが、末永く語り継がれんことを。 ――合掌。


●ホンダ/NSX TypeR チューンドカー'92

・パフォーマンスポイント(PP):539
「無敵のチューニングを加えたスペシャルR」
(車両解説は、上記の「瑞鶴」と変わらないため、省略)
 マリアナ沖海戦後に瑞鶴が修理を兼ねて改修を受けた姿。防火対策の強化や電探、ソナー、対空噴進砲の装備といった、姉の翔鶴や妹分の大鳳の犠牲を教訓とした改造を受けている。艦内の不燃化は生還した隼鷹の事例が採用された他、瑞鶴をはじめとする空母達については艦載機燃料用ガソリンタンクの防御が再検討され、タンクの周囲に鉄筋を組みコンクリートを充填。さらに瑞鶴はタンク部の外板外側にバルジを設け、バルジ内にもコンクリートを詰めるという非常対策を採った。ガソリン搭載量も必要最小限とし、空のタンクは十分乾燥の上、ガソリン管を閉塞することとした。万が一ガソリンが漏出した場合も気化したガソリンが蓄積しないよう、格納庫の通風装置も強化された。
 最大の特徴は目視で空母と判別できないようにするための迷彩塗装。上から見ると艤装が浮き出るように見えて輸送艦と勘違いしやすくなっている。もちろん味方も欺く。姉艦「翔鶴」が沈んだ事で識別相手がいなくなり、判別のための甲板「ス」の字は迷彩につぶされてほとんど読めなくなっている。艦これカードのイラストもこれに準じている。とはいえ、もはや海軍機動艦隊は壊滅状態であり、戦力に勘定できるだけの艦載機もなく、満載しているのは帝国海軍の意地とメンツのみであった。

●ホンダ/HSV-010 GT ベースモデル'12
※画像はこちら
・パフォーマンスポイント(PP):580
「KEIHIN HSV-010のベースモデル、それを瑞鶴がアレンジしたオリジナルマシン」
 このモデルはカラーリングやゼッケンの選択などを楽しむためのベースとなるモデルである。以下に元となったモデルを紹介しよう。
 日本を代表する名ドライバー・金石勝智は、現役を退く前から後進の育成に力を注いでいたことでも知られている。その彼が率いるチーム「リアル・レーシング」が、2012年シーズンのスーパーGTシリーズ/GT500クラスを戦ったのが、このゼッケン17番だ。
 マシンは2010年から引き続きホンダ HSV-010である。ドライバーは金石勝智の御兄弟でありドイツF3のシリーズチャンピオン経験もある金石年弘と、鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラを主席卒業した塚越広大。2009年シーズンからのコンビネーションだ。
 この年のGT500クラスのマシン達は、GT300クラスのポテンシャルアップに合わせてリストリクター径の拡大が行なわれ、前年以上のスピードを得た。ホンダ HSV-010には新型リアウィングの採用を含む空力の見直し、サイドラジエターの熟成、エアコンの導入などさまざまな改良が加えられた。
 リアル・レーシングが走らせるKEIHIN HSV-010は、開幕戦の岡山からドラマチックなレースを見せた。予選こそ13番手と出遅れてしまったが、決勝で怒涛の追い上げを見せ、82周で争われるレースの81周目の最終コーナーで3位へとのぼり詰めてゴールしたのだ。まだ第5戦の鈴鹿では予選6位からスタートし、結果的には2回のタイヤバーストに見舞われて順位を落としてしまったが、しばらくトップを走行するなどエキサイティングな速さを見せた。
 表彰台を狙えな展開でも、着実な走りで手堅く上位に食い込みポイントを獲得するなど、巧みなレース運びはさすがの一言。金石勝智の豊かな経験と、チーム力をアピールする年となったのである。
 2015年10月30日のアップデートで実装。Lv77以上かつ翔鶴改二同様、試製甲板カタパルトと設計図が必須となる。イベント以外で2個目の試製甲板カタパルトの入手方法は、1個目を入手したうえで、ろ号クリア後に出現する、マンスリー任務2種をクリアして出てくる「小沢艦隊」系の任務をクリアすれば入手できる。特に「水上反撃部隊」突入せよ!が鬼門。特に司令部Lvが高いほど難易度が高いので覚悟しておこう。ゲージ破壊直前は確定、破壊後はランダムでボスが強化編成になっており、攻略難度がかなり変わる。挑戦するタイミングに気をつけよう。
 Lv90以上で改二甲に改造可能。やっぱり鋼材と弾薬が痛い。翔鶴改二と比べると改二には改造可能Lvが低いが改二甲には逆に改造可能Lvが高い。
 翔鶴改二に比べて火力が低く運が高くなっている。とはいえ基本的な使い方は翔鶴改二と同じ。航空戦でのダメージは素の火力の影響を受けないので、航空戦の破壊力を重視する場合火力の低さは気にならないだろう。
翔鶴改二とのステータス差は火力-7、装甲+1、対空+2、回避+5、索敵-1、耐久+1、運初期値+30。運の最大値は瑞鶴改から+10され雪風改や長門改と同じく全艦中二位タイの99。
 搭載数は同一で姉同様改二時点では平均的であるものの、瑞鶴改二では1スロ目28機、2~3スロ目26機、4スロ目13機とやや偏っている。加賀改に次ぐ搭載力により繰り出される制空能力は強力であり、制空の究極を目指すならば翔鶴改二共々お呼びが掛かるだろう。甲では搭載力が落ちる為注意。地味に1スロ目が一番多いため、攻撃機を搭載することに適している。その一方4スロ目が13機と翔鶴改二や加賀改より1機多く、彩雲等の艦偵や電探等を乗せるとその分ディスアドバンテージが生じるため注意。(但し、加賀改や翔鶴改二の12機も大きいディスアドバンテージであり、比較する程の差は無い)

 コンバート改造で改二と改二甲を行き来できるため、持参装備が皆無なのは翔鶴と同じ。こちらも代替として、「『第三航空戦隊』を編成せよ!」「精鋭『艦戦』隊の新編成」から始まる一連の任務群を消化することで、零式艦戦53型(岩本隊)零戦62型(爆戦/岩井隊)が入手できる。ただし前提条件と手順が非常に煩雑で、必要な艦も多いのでかなりの手間がかかる。特に零式艦戦53型(岩本隊)の機種転換は、瑞鶴と翔鶴双方の改二での編成任務達成が前提となるので、烈風改の上位互換となる強力な艦戦だけにハードルはかなり高い。

■雲龍
●マツダ/RX-8 タイプS'07

・パフォーマンスポイント(PP):---
「ロータリーの存続を救った、観音開きする4ドアスポーツカー」
 2003年4月、RX-7の生産終了以来絶えていたロータリーサウンドが帰ってきた。RX-8の発表である。
 RX-8の特徴はロータリーエンジンだけではない。4枚ドアと4シーターを持つ、全く新しいスポーツカーとして登場したのである。通常4ドアは車体を大きくし、重量も増すことからスポーツカーには不向きである。しかしマツダは、フリースタイルドアと呼ばれる観音開きの4ドアを考案し、大人4人が楽に乗れる画期的なボディデザインをRX-8に与えたのだ。
 もちろんRX-8の誕生において重要な役割を担っていたのは、次世代ロータリーエンジンRENESIS(13B-MSP)であったことは間違いない。サイドポート域を採用することで環境問題対応能力を大きく向上させるとともに、吸排気ポート形状の最適化を行なうことで自然吸気の2ローターながら200PSを大きく超える出力を実現、優れた環境性能と豊かなパワーとを両立した。
 軽量かつコンパクトというロータリーの利点にも一層磨きがかけられ、エンジン本体をRX-7比で60mmも車体中央寄りへ搭載。慣性モーメントの低減による優れた走行性能を実現した。またマツダらしく前後重量配分も50:50に近い理想的な数値となっている。最もホットなタイプSは、250PSの最高出力と9000回転の最高回転数を許容するRENESISを搭載。トランスミッションは6速MTのみの設定だ。
 他に類を見ないボディデザインで快適な実用空間と次世代ロータリーを包み込んだRX-8。まさにロータリーエンジンとスポーツカーを知り尽くしたマツダだからこそ実現できた唯一無二のスポーツカーである。
 2014年8月8日のアップデートにて先行実装、AL作戦/MI作戦E-5をクリアするとゲットできる。空母でありながら、初期状態では艦載機を持たず対空兵装しかない。これらは史実(小ネタ参照)を反映したものと思われる。
 搭載数だけを見ると、正規(装甲)空母最下位、むしろ一部軽空母にすら負けている。艦載機スロットが偏っているが、最大が2スロの24機、一方最小は3機だが、珍しく3スロ目が最小枠。
 改造可能Lvが50と逆に第一改造としては空母1位である。おまけに設計図も必要。これはLv50ながらネームド艦載機を持ってくる影響か?(Bismarck zwei龍鳳等と同じ理由の可能性が高い)一方ネームド艦載機もそうだが、出撃任務にて熟練艦載機整備員も手に入る。また燃費効率も大幅向上する。設計図が余っているなら改造一択だろう。中破絵の変化を理由に改造をためらう提督もいるらしいが
 蒼龍飛龍の流れを汲む正規空母とはいえ、ゲーム的・見た目的にはむしろ飛鷹型・龍驤ちとちよといった軽空母系のDNAが、色濃くブレンドされていると言えそうだ。艦載機を式神として召喚するスタイルと、御神礼掛のような神棚の艤装、髪紐の翡翠の球、飛行甲板の掛け軸を括りつけた錫杖(もしくは幡?)、飛行甲板の前後の鳥居と、陰陽スタイルでありながらどこか修験道っぽい。髪型や胸の紋様と色も、立山曼荼羅や吉野曼荼羅など修験道にまつわる仏教絵での「雲」の描き方をモチーフにしているのかも。
 雲龍及び雲龍改のデザインに関する絵師本人のつぶやき。ここまで凝った設定の元にデザインしてるとは、流石はプロ。「空母雲龍は空母飛龍の船体線図をほぼ流用するなど、艦本体の設計の多くを空母飛龍から流用しています。ですので艦これ雲龍はそれを若干意識して飛龍(と蒼龍)さんの身体的特徴を一部取り入れ、胸を大きめにしました。表情は雲のイメージと、実戦経験の無い艦という事で穏やかにしています。」「国宝の双龍図やアニメの竜の子太郎の龍を見ると、日本の龍のイメージはおよそ緑色かと思い、雲龍の艦色とも合っているので龍ネタを強めに入れることにしました。瞳の色も龍の絵画などを参考に黄色にしています。また雲のイメージも髪型他、服、鎧に伝統的な瑞雲、飛雲紋などを各所に入れています。」「空母雲龍は弾薬庫は充分な装甲で覆われていますが上部船舷装甲が削減されていますので、これを大事な所だけ覆ったビキニ鎧として描く事にしました。鎧を付けるという事で上着は鎧下着をベースにして極短の手蓋をつけています」「雲龍では戦訓を生かし格納庫の換気機能の大幅強化がされていますので上着は袖なしで丈を詰め、一番換気が必要そうな服の胸中央を開口しています。和服で穴あき服をどう表現するか考え、上杉謙信の鎧下着にボタン止めが使われていたのをヒントに、ボタン二つで留めた真ん中が開いている形にしました。」「服と鎧の横のダークブルーのラインは、コントラストの強い色で実際の輪郭より小さい模様を描く事によって商船に欺瞞する為の迷彩です。」「袴スカートは未戦闘艦という事を出仕前の巫女さんに例えて白袴ベースにしています。中破時に見える下着は甲板の迷彩の黒い縞部分のイメージです下部船舷装甲の増加を脚部鎧で表現しています。」「左手に持っている飛行甲板一式は神社幟を手に持てるようにアレンジしたものです。先端についているのは鯉幟の先にあるのと同じ龍玉です。式符が出ているのは御札入れです。大型機運用前提の艦ですので符自体を大きいものにしてあります」「雲龍の砲は反対舷も射撃できるように配置されていましたので、腰の艤装は可動アーム式にして体を迂回して射線を通せるようにしました。」「雲龍の側面の迷彩はダークブルー説と濃緑説があるので、雲龍改で濃緑のラインに変えてあります」「空母雲龍の資料を読んで、これは露出度を上げろと言われているような気がした」「艦橋とその前の高角砲と機銃は銃型に纏まっていて、持って射撃できるようになっています。対空戦闘能力の高い艦なので。五十鈴の銃みたいな感じです。(書き忘れ
 2014年8月9日のオンメンテで、編成任務『「新型正規空母」を配備せよ!にて必要になった(※出現条件は五航戦編成任務の終了)。達成すると出撃任務も出るが、そちらは雲龍改が条件なので注意。
 中型空母雲龍型のネームシップ。雲龍型は厳しい戦況の中、戦時中に起工・竣工した空母だが、就役が遅すぎたため搭載機がなく、また出撃機会もなかった、悲運の主力艦である。
 「雲龍」とは、雲に乗って天を昇る龍のこと。龍は春に水源に降り、秋に雲を伴って昇天するという。かなり縁起の良い名前……のはずなのだが……
 大元となったのはマル5計画(第五次海軍軍備充実計画)の中型空母で、原案では新規設計の空母として建造予定だった。しかし開戦が危ぶまれる情勢の中、建造予定艦艇の一部を前倒しで建造するマル急計画が立案され、上述の中型空母1隻ついてもマル急計画に組み入れられた。この戦時急造空母こそが、後の雲龍である。戦時急造のため新規設計ではなく飛龍の船体設計を流用し、それに改良を加えた改飛龍型として設計を完了させる事となった。飛龍をベースに対空兵装の強化、使用頻度が低かった中央部エレベータの廃止及び、残りのエレベータの新型機対応に伴う大型化・高速化、新型の着艦制動装置などが装備された。また、竣工時から対潜迷彩塗装が施された。ミッドウェーの戦訓から、以前は右舷側のみだった罐の空気取り入れ口を左右両舷とした。マリアナの戦訓から、艦載機燃料用ガソリンタンクの周囲にコンクリートを充填。不評だった左舷中央部の艦橋は、蒼龍同様右舷前部に移動された。舵も蒼龍と同じ吊下式二枚舵に変更。飛龍ベースの設計かつ艦橋位置や舵が蒼龍準拠という史実から、しばしば先輩空母2隻との外見の類似性について議論になるが、現存する写真による比較ではこんな感じ(上から蒼龍、飛龍、葛城、瑞鶴)。参考までに。
 当初は雲龍1隻のみの建造予定だったが、戦況の推移により建造予定数・起工数が大幅に変動し、最終的には「雲龍」「天城」「葛城」の3隻が就役した。開戦直後からの空母の活躍により、更に5隻を追加する方向でマル5計画を修正(いわゆる改マル5計画)。計画修正中にミッドウェーの敗北を受け大増勢が必要となり、結局改マル5計画内で15隻建造にまで拡大した(つまりマル急の雲龍と改マル5の15隻を合わせ、合計16隻が計画された)。しかしその後の戦況悪化により、起工したのは雲龍・天城・葛城・笠置・阿蘇・生駒の6隻となり、竣工にまで漕ぎ着けたのは3隻のみとなった。艦名から一目瞭然だが、雲龍型はネームシップの雲龍と2番艦以降では命名規則が全く異なる。雲龍は従来空母の艦名の伝統だった瑞祥動物のうち、特に龍驤から蒼龍飛龍と受け継いできた「龍」の名を冠している。一方、2番艦の天城以降は全て、従来重巡の艦名に用いられていた「山岳名」だったりする。これは1944年以降正規空母の命名基準に山岳名が追加されたことによるもので、雲龍型の量産計画で瑞祥動物由来の名前が不足することが予想された事によると思われる。これにより、本来赤城と共に空母になる予定が事故により廃棄され加賀が代艦となった「天城」の名が再び登場することになる。余談になるが空母「伊吹(未成艦)」というのが存在したが、こちらは重巡(改鈴谷型)からの改装艦。重巡の命名基準も引き続き山岳名が使われていた。
 実は起工から竣工までたった24ヶ月=2年。戦時急造品とはいえ中型空母の建造速度としては早い。他の中型空母の例をあげると、蒼龍37ヶ月、飛龍36ヶ月。なお以前にも日本海軍は筑波型巡洋戦艦を25ヶ月で建造したレコードを持っている。但し、米国に比べるとやっぱりのろい。米国が異常なだけともいう。起工から就役まではエセックス(CV-9)20ヶ月、ヨークタウン(CV-10)17ヶ月、イントレピッド(CV-11)21ヶ月、ホーネット(CV-12)16ヶ月、フランクリン(CV-13)14ヶ月、タイコンデロガ(CV-14)15ヶ月。ちなみにここで挙げたのは全てエセックス級であるが、彼女らは翔鶴型と互角ないしそれ以上と言われる大型空母、即ち蒼龍飛龍や雲龍型よりも遥かに大規模の艦であり、ついでに言うなら建造数も雲龍型とはケタ違いである。まさに米帝。この恐るべき物量チート戦時量産能力は、当時アメリカが世界最先端を行っていたモータリゼーションで培った、生産工学・管理工学の成果によるところが大きいと思われる。そもそも日米開戦の時点で両国の民需・軍需を合わせた年間粗鋼生産量には文字通り桁違いの差があった(日本が約700万トンに対し、アメリカは世界の総生産量の半分弱に当たる約7500万トン。この差は開戦後さらに拡大している)上、戦前の日本では、アメリカなどから輸入のくず鉄を一定量以上混ぜねば十分な品質の鋼材が得られなかった。これだけ基礎工業力に差があると、最終製品である艦船の量産能力でまともな勝負ができるわけがないのである。
 完成は44年8月と戦争も終盤、残っていた大型空母は瑞鶴のみ。雲龍が編入された龍鳳を旗艦とする第一航空戦隊の保有する艦載機は、第六〇一航空隊の47機だけとなっていた。その結果、艦載機が無い為作戦を行う事が出来ない雲龍は、結局呉方面でただ待機するのみとなってしまった。しかし、そんな中で突如雲龍は緊急輸送任務に就くこととなり、これが最初にして最後の出撃となった。
 12月19日16時57分、緊急輸送任務の為マニラへ向かう途上、米潜水艦レッドフィッシュに撃沈された。12月17日、桜花・陸軍の上陸用舟艇・各種車両に加えて陸軍の滑空歩兵第一連隊800名を載せ、時雨らの護衛のもと、呉を出港しマニラへ向かった。19日16時35分、見張員が雲龍の右30度から雷跡が雲龍目掛けて迫ってくるのを確認したのと同時に、聴音員からも右30度に魚雷音との報告があがった。これは16時24分に雲龍を発見して先回りし、射撃位置についていた潜水艦レッドフィッシュ(紅鮭)が16時30分に距離5,400mから発射した魚雷であった。雲龍では回避のため面舵一杯・前進一杯により右回頭を開始したが、魚雷4本の内の1本が艦橋下部に命中。直ちに防水・防火が命じられたが、魚雷によって艦橋下部主制御装室を破壊された事により艦内電源が停止し、第二搭乗員室付近にも火災が発生した。また、この被雷によって第一・第二缶室前部の隔壁も破壊され浸水が発生し、蒸気管も破損した事で八番缶以外は全て機械停止に陥ってしまった。その後、電源は後部の予備電源により復旧に成功し、隔壁閉鎖により火災も直ぐに消火され非常用のディーゼル消防ポンプも起動された。しかし、缶室が浸水した事で艦体が右舷に傾斜、復原の為に甲板上に搭載していたトラック等の輸送物件を投棄したが傾斜を復元する事は出来なかった。同時に敵潜水艦に対して機銃、高角砲によって反撃が試みられていたが、至近弾を与えた事は認めたものの効果は不明であった。復旧作業が進められ潜水艦への反撃も開始した雲龍であったが、八番缶のみで艦を動かす事は出来ず航行不能に陥った。その結果、面舵一杯を取ったまま右前方へ進んで行き自らレッドフィッシュに接近する形となってしまった。絶好の的となった雲龍に対し、護衛の駆逐艦の爆雷攻撃を掻い潜ったレッドフィッシュが、再装填した魚雷を1発発射。航行不能状態の雲龍はこれを回避出来ず、16時45分に右舷前部に魚雷が命中。右舷に20度傾斜していたため被害は下部格納庫にまで及び、搭載されていた桜花30機が即座に誘爆、雲龍は前部に大傾斜しながら沈み始めた。
この時唯一残った八番缶を継火しながら五、六、七番缶への点火が試みられ成功していたが、誘爆によって全缶室が浸水し、完全に機械停止となってしまった。復旧すら不可能な状態となった事で総員退去が命じられ、16時57分に船尾を上にして沈んでいった。乗組員1331名の内生存者は89名、便乗者の内生存者は僅か57名であった。就役日数135日は2014年8月現在の実装済み艦の中で2番目に短い。(最短は大鳳の104日)
 雲龍喪失の原因。雲龍の喪失原因については雲龍の戦闘詳報にて、以下の6つの点が戦訓として挙げられている。
1.高速航行の為聴音機が活用できず、護衛艦による水中測的も不十分だった。
2.水中探信儀が装備されていなかった。
3.対潜哨戒機が搭載されていなかった。
4.対潜攻撃用兵器が装備されていなかった。
5.重量過大の状態で、下部格納庫に誘爆する可能性の高い物を搭載していた。
6.便乗者が乗組員の閉鎖した防御扉蓋を開け、被雷時にも勝手に開放する者が多かった。
 雲龍の名前は空母仲間の蒼龍共々海上自衛隊の潜水艦に継承される事に。そうりゅう型2番艦「うんりゅう(SS-502)」が現役である。蒼龍→雲龍→天城→赤城、と空母衆の家族関係は複雑怪奇‥‥
 後に2012年6月に生産終了したRX-8。マツダが変えた大人4人でも乗れるスポーツカーであり、開発コードは「J60」。搭載エンジンは、RX-7と同型式である13Bながら「RENESIS RE」と名乗る新世代エンジンで、排気ガス規制に対する強化や燃費向上の為に自然吸気であるNAでありながら、レブリミッタが毎分9000回転という高回転型ユニットである。最高出力はグレードによって異なり、このタイプS(6MT)は250PSを発生させる。しかし残念ながら230PS出せる個体は稀であり、ほとんど210PS程度しかなく、中には初期慣らしで198PS、後にもっと性能が落ちた個体も現実に存在している。一説によると響の所有する2シーターのホンダ車に対抗意識があった。その後2008年にマイナーチェンジを行ない、Sタイプは235PSに落とされている。マツダによればレギュラーガソリン仕様への適合の為と発表されたが、パワーが出ないという報告を受けて下方修正されたと言われている。
 モータースポーツでも数多く参戦し、有名なのではドリフトコンテスト"D1グランプリ"にて一時出場してたり、映画などでも数多く演出した。代表的な映画といえば、カーアクション映画第3弾「ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT」。中盤の東京都内カーチェイスで、モリモトのZ33型とアリストとのクラッシュに緑のスバル・フォレスター(SF型)と共に道連れ送りとして巻き添えとなったアザーカー役の赤や、チューニングカーの水色/黒などに登場。一時、SUPER GTのGT300仕様を制作中とRE雨宮の雨宮勇美監督がインタビューで明かしたのだが、その後音沙汰が無いまま雨宮はSUPER GTから撤退してしまった。
 それでも、賛否両論があったのも本モデルを語るのに不可欠だ。その多くの敵となったのは、RX-7のユーザーからであった。RX-8に搭載されているRENESISに合わせてなのか、いままで販売されてた3ピースアペックスシールが生産中止してしまったこと。RENESIS用として販売されていた2ピースアペックスシールではパワーが受け止められず、焼きおにぎり…もといエンジンブローにしやすかった点だ。これでは仕方なく、他の手として2ピースアペックスシールをレーザーで3ピースアペックスシールにする方法。この手にはチューニングショップ等も工夫を施すも、コストパフォーマンス面が高くなり、ロータリーチューンを後退せざるおえないことになってしまった。しかし、その反面で大きく喜んだ人々もいた。それはFC3SやFD3Sに見向きもしなかったNAロータリーの愛好家達である。今までのロータリーエンジンでは圧縮比9.4が限界だったが、RX-8のRENESISは10まで上げる事が出来た。要はパワーが出しやすかったのだ。
 彼女が持つことRX-8は、正規空母の中では珍しいロータリー搭載車。戦艦の所にはFD3Sの前期型と後期型が、駆逐艦にはFC3Sが配備されている。そこそこ性能もあり、機動性もある。何より軽い…はずだが、NSXより重くスープラより軽いという中途半端が拭えない。ただ、挙動は大人しいものの、そこまで無理が出来ないという。

●マツダ/RX-8 タイプS チューンドカー'07

・パフォーマンスポイント(PP):544
「ドリフト移行に移動した、ロータリースタイルの覇者」
(車両解説は、上記の「雲龍」と変わらないため、省略)
 改造にLv50と設計図がいるのが難点だが、友永江草同様のネームド艦載機を3つも持ってくる。彩雲もおまけについてくる。
 改造前と真逆に、第三スロットが最大を誇る。第四スロットは飛龍改二と同じ3機しかないため持ってくる彩雲や後述する整備員向け。合計搭載数は69機と正規空母では相変わらずの最下位。また、装甲は77と飛龍改二を上回るものの、耐久が60と低いため防御面に不安が残る。その代わり燃費の良さは最高クラス。むしろ一部重巡クラスよりも燃費がいい。 海域周回用として利用すると良いかも。火力については48と一航戦改(49)に匹敵する程度はあるため悪くはない。ちなみに第一~第三スロットの搭載数(18,21,27)は二航戦改(18,27,18)とほぼ同じ。第四スロットの少なさをどう見るかでこの艦の評価は分かれるだろう。
 改造に設計図が必要なのは痛いが、雲龍改が必要となる任務が二つある。出撃任務の報酬が熟練艦載機整備員で、機種転換任務の報酬が烈風(六〇一空)なので、ぜひ改造したい。ちなみに出撃任務先は5-2なので制空権確保も容易で難易度はさほど高くない。とはいえ2戦目潜水や3戦目南戦艦で大破することはあるので油断大敵。
 ログイン台詞・出撃台詞と六〇一空シリーズの説明文から、マリアナ沖海戦後に一航戦旗艦になった時の姿と考えられる。史実ではマリアナ後の44年8月地点で雲龍は妹の天城(未実装)と一航戦を編成していたが、再建途上であった六〇一航空隊の艦載機と搭乗員を台湾沖航空戦で磨り潰され、レイテ沖海戦には参加できなかった。上記の有様であったため、「もし六〇一空を無事再建できていたら……」というifも入っていると見られる。
 改造後のイラスト変化は以下の通り。
・服の紺色部分が青緑色になり、肩が露出するようになった。
・靴下の緑色部分が茶色になり、脛の鎧部分が灰色から白色へ変化。
・腰の艤装に噴進砲が増設。
・頭に龍の角を模した緑色の稲妻が追加。
 時報で料理を作ってくれるが、一汁一菜やおにぎりなど質素な物で、量は少なめらしい。実艦の就役が戦中、それも国全体が食糧難に苦しんだ戦争末期だった事を反映していると思われる。昼時報の「戦闘配食」とは、総員戦闘配置についたままで食べる簡単な食事のこと。この時ばかりは兵卒から艦長まで、同じ質素な食事で済ませて次の戦闘に備えるのだが…あれ?鎮守府が攻撃受けてませんか?立ったままでもササっと食べられて、且つ余計な洗い物は出さないよう、大抵おにぎり。一人につき2~3個程。用意するのはもちろん烹炊員(厨房勤務)だが、駆逐艦でも数百個、大型艦なら1000個を優に超える数を握らなければならない。しかも、これを食べる各乗員は配置を離れられないため、艦内各所のあらゆる所へ食事を届けて回る必要がある。これには烹炊以外も主計科総動員となり、正に主計の戦争となる。2000の時報では、時雨がおにぎりと沢庵を届けてくれる。  やっぱり鎮守府が攻撃されて…夜まで続いてるじゃないか!

■天城
●マツダ/MX クロスポルト'05

・パフォーマンスポイント(PP):495
「後のCX-7となる、マツダのクロスオーバーコンセプトカー」
 2005年1月のデトロイドショーにて、マツダが発表したクロスオーバーのコンセプトカーが、MX クロスポルトである。
 それまでのマツダのSUV、トリビュートに比べ、ぐっとスポーティな外観は、力強く張り出した前後のフェンダーアーチや、Aピラーからボンネット、ノーズへとつながるライン、大きなロワーグリル開口部など、RX-8と共通する点が多い。それもそのはず、マツダはこのコンセプトカーを「SUVをスポーツカーの領域に踏み込ませた、新しいタイプのクロスオーバー・ビークル」として発表したのだ。
 ホイールベース2,795mm、全長4630×全幅1930×全高1,630mmのボディは、このクラスとしては比較的コンパクト。これに275/45R20の大径タイヤを履く。
 インテリアは若々しいベージュ色でまとめられ、高い質感を誇っている。まず目に付くのは4つの独立した革製バケットシートで、これまたスポーツカーを想起させるもの。ドライバーズシートには大径アナログ3連メーター、3スポークステアリングホイールが配されているほか、ダッシュボード中央には半球形のスリーパネルディスプレイシステムが水色に明るく光っている。
 いっぽうで、折りたたみ可能なリアシート、ガラスルーフや後部座席用大型ディスプレイ組み込みオーバーヘッドコンソールなどのSUV的な装備も用意されている。
 同じく2005年10月の東京モーターショーで、マツダはこのクロスポルトをベースに、新型クロスオーバー車「CX-7」を発売することを発表。2006年春に北米、12月に日本、翌2007年から欧州・中南米で販売が開始されている。
 2015年2月6日のアップデートで新規に実装。同日から始まった冬イベント:期間限定海域【迎撃!トラック泊地強襲】のE5クリア報酬。通常海域でのドロップや建造では入手不可のため、通常は新規/追加入手の手段が無い。乙や丙でも入手可能のため、E5まで到達できたならぜひ挑戦したい。無理に甲作戦で挑んで挫折しないように。無理と判断すれば最終形態の攻略中でも難易度を変更して入手すべきである。「天城の改造に甲種勲章は必要?」と聞く人がいるが甲種は不要。普通の設計図で可能なので、その点は心配しなくてもいい。
 扱いは基本的に雲龍と同一。燃費も性能も大差ない。
 およそ戦闘に向かない格好と、艦載機を一切積んでいないのは雲龍同様史実に基づいたものか。改装によって、艦載機と共に本来の空母としての姿を取り戻す事ができる。
 同時に実装された香取ほどあからさまではないが、こちらも艦娘バナーについている艦種とレアリティを示すアイコンをよく見ると「工(工作艦)」の文字の上に「航(航空母艦)」を重ねたように見える。
 雲龍型航空母艦の2番艦。姉の雲龍、そして雲龍喪失後は妹の葛城とともに、栄光ある一航戦最後の主力空母を務めた。しかし彼女らが就役した頃(1944年9月)は、飛ばす飛行機にも搭乗員にも事欠く有様で、既に一航戦の栄光は過去の話であった。実は、1941年に議会承認を受けた戦時予算案の「マル急計画」では雲龍一隻のみで姉妹艦建造の予定は無かった。しかし、海軍はミッドウェー海戦で機動部隊を喪失したため、失われた空母を直ちに補う必要に迫られた。そこですでに議定済だった定期的な軍備予算計画の「マル五計画」を急遽変更、「改マル五計画」と訂正して姉妹艦15隻を急造する予算を得ることになる。この改マル五計画の予算で生み出された雲龍型の戦時急造版の初号艦が、この天城である。三菱重工長崎造船所にて1942年10月1日起工、1943年10月15日進水、1944年8月10日竣工。起工から竣工までわずか1年10箇月という急造艦であった。戦時急造のためか、雲龍とは各部寸法はほぼ同じものの少し異なった艦影になっている。例えばスポンソン(艦舷に生えている銃砲を載せる膨らみ)が円形に作られていた部分を角ばった形状に変更して防波板の曲げを省略する、マストを甲板ではなく一段上にある旗甲板から生やし建造を楽にする…など、細かなところが変更されている。日華事変に始まり真珠湾で世界にその名を轟かせた日本海軍機動部隊だったが、ミッドウェーを転機に、相次ぐ激戦で多数の航空機と貴重な搭乗員を失うことで凋落の一途を辿り、マリアナ沖海戦を経て事実上壊滅状態となっていた。
 このため生前の彼女は僚艦の葛城と組んで、機動部隊再建に向けた搭乗員錬成のため、第601航空隊を載せて瀬戸内海で練習航海に明け暮れる日々を送った。しかし悪化する一方の戦局にあって機動部隊が復活することはなく、1945年2月10日には燃料不足を理由に、大和他一部の艦を除き、連合艦隊の艦艇を全廃することになり任務を解かれ、葛城や龍鳳とともに呉基地に係留。同年4月20日には、遂に一航戦そのものが解隊されてしまった。
これにより601空も基地航空隊に改編された。呉三ツ子島に係留されてからは、艦と岸の間に網を張り飛行甲板上を樹葉で覆う擬装を施し、島の一部のように見せかけていたが…しばらくして、米軍機からこんなビラがまかれた。「艦上の植木が枯れてきてますよ。そろそろ取り替えてはいかがでしょう」改になる前の着物の柄は、この話が由来であると推測される。
 一航戦解隊後も対空砲台として引き続き呉基地に停泊していたが、終戦直前の1945年7月28日、呉軍港空襲で米軍機の攻撃を受け横転、着底。そのまま終戦を迎え、浮揚後に解体された。呉軍港空襲は3月から始まっており、その頃からのダメコンの不備により、至近弾で生じていた多数の小破穴から浸水、横転したと言われている。中破絵で寝そべる体勢になっているのはこの史実に基づいての表現か。この姿はしばしば「連合艦隊の最後」の象徴として本に載せられていた。カラー写真カラー映像も残されている(00:20-02:15)。戦後になって艦体の一部を当時の運輸省鉄道総局が浮き桟橋にすべく引き取っている。当時低質な戦時標準型の車両搭載船と戦中に酷使された純客船で運行され、船の故障が頻発していた青函連絡船の修理・整備用のプラットフォームとして期待されていたのだ。かくして天城は上部構造物を撤去、艦体を短縮化された状態で1948年8月に函館港に曳航され、青函連絡船の有川貨物桟橋に係留。実際に連絡船修理を請け負った。が、程なくして地元の中堅造船所である函館船渠が機能を回復し、連絡船の修理がそちらで行われるようになったため、翌年の1949年8月に機能廃止。あまりにも巨大な船体で民間転用も難しく、結局スクラップ業者に売却され、建築用の鉄筋材に姿を変えたという。放置セリフで函館について言及しているのはこのためであろう。1948年8月の米軍空撮写真に、有川貨物桟橋の南東に四角い船のような物が写っており、多分これが天城である。この写真は国土地理院のアーカイブで閲覧できるので、興味があるならぜひ見てみると良いかもしれない。なお、一緒に駆逐艦を回航し、函館港の防波堤に使用する案もあったようだが、こちらは実現しなかったようである。
 「天城」という艦名は日本の艦艇としては三代目。初代「天城」は海軍黎明期に横須賀造船所(後の横須賀海軍工廠)にて竣工した木造汽帆走スループ艦。壬午事変や日清戦争に従軍し、日露戦争中に軍艦籍を外れ、1908年に廃艦。鳥羽商船学校に寄宿舎として売却。1916年に解体された。二代「天城」は天城型巡洋戦艦のネームシップとして建造されたが、軍縮条約により姉妹艦赤城とともに航空母艦に改造されることになった。…が、関東大震災により大破し、進水することなく解体。もともと廃棄予定だった加賀が彼女の代わりに空母に改造されることになった。ちなみに二代「天城」の船体の一部(折れた竜骨より前の部分)は浮き桟橋に転用され、約100年経った現在もジャパン マリンユナイテッド(JMU)横浜事業所磯子工場で使用されており、現在もgooglemapでその姿を確認できるそのほか、海上保安庁の巡視船にはてるま型巡視船「あまぎ(PL67)」がいる。2010年3月11日に第三管区下田海上保安部所属として就役したが、2013年12月20日を以って第十管区奄美海上保安部に配属替えとなった。なお、配属替えに伴う船名変更はなかった。天城という艦名は伊豆半島の天城山に因む。空母の艦名の命名基準は、雲龍までは「空を飛ぶ瑞祥の動物」であったが、ネタ切れになったためか昭和18年6月に艦船の命名基準が改訂され、元は重巡の命名基準だった山岳名が追加された。

●マツダ/MX クロスポルト チューンドカー'05

・パフォーマンスポイント:529
「山道もお手の物?限界を無くしたSUV」
(車両解説は上記の「天城」と変わらない為、省略)
 Lv50+設計図で改造可能。
 艦載機スロット数は雲龍と同一で、持参装備もネームド艦載機3種は同じである。違うのは最後の装備。雲龍改は彩雲だが、こちらは12cm30連装噴進砲である。一方機種転換で大半の提督が手放したであろう零戦52型丙(六〇一空)を持って来るため、この装備を所持したくて機種転換しなかった提督もこれで躊躇なしで機種転換してもいいだろう。
 細かな違いはあるだろうが運用方法は雲龍とほぼ同一と思っていいだろう。詳しくは性能比較にて。
 外見も改造前から一気に変わり、雲龍型の流れを汲む衣装になった。
同時実装の呂500ともども、あまりの変貌に困惑する提督が発生した模様。フォローするならば、実は改造前の中破絵の時点で肩口から改造後の衣装が見えている為、あの着物の下は既に改造後衣装を着ていた可能性が高い。また、改造前に袋に入れて持っていたのは飛行甲板だと考えられる。飛行甲板も雲龍と同様に神社幟を模したものであるが、雲龍は錫杖なのに対して天城は長柄の神楽鈴となっている。そうすると今度は改装図使ってまで何を改造したのかが謎になってくるのだが、第601航空隊を戦わせることができたというifのためと思われる。着物という擬装を脱ぎ、戦闘態勢に移行した、と考えていいだろう。
 改造前もだが、中破絵が隼鷹改二などとは違った意味で危ないので外でプレイする提督は注意。史実の横転、着底をイメージしていると思われる。
 搭載している艦載機から、呉三ツ子島で係留・擬装される前の、601空を載せて練習航海を続けていた頃の天城がモデルであると推察される。
 時報で料理を作ってくれるが、質素であった姉とは異なり、丼いっぱいの和風カレーやカツレツなど、ボリュームがあるものを用意してくれる。
 改造後のボイスでは新生第一航空戦隊を名乗っている。史実で赤城・加賀亡き後に一航戦に所属した経験を持つ航空母艦娘が一航戦と名乗りを上げるのは天城改が初となる。


■葛城
●マツダ/アテンザ スポーツ 23Z'03

・パフォーマンスポイント(PP):404
「2002年にマツダが発売した、FF車界のオールラウンダー」
 2001年の東京モーターショーで披露され、翌年6月に発売されたマツダのミディアムサルーンがアテンザだ。デザイン、パッケージング、クラフトマンシップ、安全性能、環境性能のすべてが新しい世界基準を目指して作られた。ボディは4ドアセダン、5ドアハッチバック、ステーションワゴンの3種類をラインナップする。
 アテンザ最大の魅力はレベルの高いシャシーだ。プラットフォームは完全に新設計で、フォードグループの各ブランドが使うグローバルなもの。新開発のサスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン、リアがマルチリンクとなる。リアのスタビリティが確保されたレベルの高い足まわりである。
 スタイルも目が離せない。マツダのアグレッシブ路線をまとった最初のモデルで、全体的にかなり筋肉質。特徴的な5ポイントグリルを備え、前後は相当絞り込まれている。インテリアはスポーティかつシンプル。大きなT字型を描くインパネを持ち、使い易い大きな丸型スイッチが多く使われている。
 これまた新設計のエンジンは2種類で、144PSの2L直4DOHCと178PSの2.3L直4DOHCがラインナップ。ギアボックスは当初4速ATのみだったが、あとからハッチバックとワゴンに5速MTが加わった。駆動方式はFFが基本だが、ワゴンのみフルタイム4WDが選べる。
 スポーツの23Zは、2003年7月に登場した一番のスポーティモデルである。ボディは5ドアのみで、2.3L直4を搭載。駆動方式はFFで5速MTと4速ATが選べ、タイヤは前後ともに215/45R18インチを装着する。アテンザの顔ともいえる存在だ。
 なお、アテンザは日本国外ではマツダ6の名前で販売されている。
 2015年4月28日のアップデートで新規に実装。春イベント2015:期間限定海域【発令!第十一号作戦】のE2をクリアすると入手できる。新規に実装と言っても通常海域でのドロップや建造では入手不可のため、通常は新規/追加入手の手段が無い。
 他の姉妹と能力に微妙な差異はあるが、ほぼ誤差の範疇。各スロットの搭載量は改造後も含めてまったく同じ。運が姉妹艦で最も高いのは、大きな損傷もなく終戦を迎え、復員船としての勤めを全うした史実からか。
 改造前は他の雲龍型同様艦載機は1個もない。もちろん改造すると持ってくる。設計図が必須な点も同様。そして姿がアレになるもの同一。ただし持参艦載機が彗星(六〇一空)がないかわり天山(六〇一空)流星(六〇一空)にバージョンアップしている。
 姉達(雲龍天城)と比べると胸部装甲が少し貧弱。あの末妹を彷彿とさせる。
ただし開口部は多め。
 最近の傾向と一致するものの、全体的に台詞一つ一つがとにかく長い。特に戦闘中は自分の番どころか戦闘終了時まで終わらないこともある。
 入手台詞では文中で「提督」と書かれているところを「あなた」と読んでいる。正妻空母だかんね、正妻空母!
 雲龍型航空母艦の3番艦。日本海軍が最後に完成させた空母である。雲龍型は他に笠置・阿蘇・生駒が建造中、鞍馬が建造開始前の状態であったが、戦況悪化のため建造中止となった。
 呉海軍工廠にて1942年12月8日起工、1944年1月19日進水、同年10月15日竣工。天城と同様、起工から竣工までわずか1年10箇月という急造艦であった。超突貫工事であったためか、彼女も進水式でトラブルを引き起こしている。翔鶴初霜と同じく進水式失敗勢である。呉のドックから曳船が引っ張り出そうとしたところ、沈めてあった盤木が突如浮上してしまい、曳航用のロープがそれに絡まって引き出せなくなる騒ぎとなったのである。慌てた責任者は舷側でスッ転び、軍楽隊は船体が出て行くまで脂汗を流して「軍艦行進曲」を十数回も繰り返し演奏する羽目になった。天皇の名代として参列された高松宮宣仁親王殿下もさすがに退屈され、式典が終わった後に「今日はあらゆる余興を見せてくれたね」と担当者をからかわれたという。
 本来なら搭載するはずの機関の生産が遅れ、まさかの駆逐艦(陽炎型)の機関を積んで完成させた。アレが駆逐艦並に慎ましやかなのはそのせいなのだろうか。そのため、雲龍天城と比べると速度が遅い。
最大速力は34.0ノット→32.0ノット(-2ノット)、機関出力は152,000馬力→104,000馬力(-48,000馬力)に減少。
 雲龍天城とは対空火器の種類等に差が見られる。
・12cm30連装噴進砲の搭載。
対空機銃座の形状が、簡易化により半円形ではなく半六角形となっている。
・爆弾や魚雷は、信濃や大鳳で採用された、飛行甲板まで揚弾される専用の揚弾筒で給弾。
砲弾に対する舷側装甲についてはその必要性が薄れたことより装甲厚が薄くされ、その分水面下の装甲に重量が割かれた。
 天城とともに一航戦最後の主力空母を務めたが、既にレイテ沖海戦後の事であり、搭載する航空機も空母に発着艦できる熟練搭乗員も払底していた。更に戦争末期の燃料不足も重なり、作戦活動には従事せず、本土決戦に備えて温存されていた。一応、レイテ沖海戦後も天城と組んで六〇一航空隊を積み、機動部隊の再建を目指し瀬戸内海で練習航海を続けていた。ただしそれも1945年の2月までである。なおこの時葛城(または天城)で訓練をしていた六〇一空のパイロットは「葛城は着艦時の視界が良好で着艦が容易である」と語っており空母としてはなかなか好評であった。出るものが出ていないからと思ったやつは前に出なさい
雲龍型は飛龍で不評だった艦橋配置が右舷に変更され、また艦橋が飛行甲板の内側に食い込んでいた翔鶴型や大鳳に比べて飛行甲板の外側に張り出す形となっているため、艦載機の発着には有利に働いたようだ。また雲龍型は、着艦フックを母艦の着艦制動装置に引っかけられずにオーバーランした機体を制止する装置を前部エレベーターの前方に移設している。従来の正規空母は前部エレベーターの後方に着艦制止装置があったのだが、着艦区域を少しでも延長して着艦に不慣れなパイロットに対応するための改良だった。ただしこれは、着艦作業中に前部エレベーターが使用不能になるという代償を伴うものでもあった。呉市の三ツ子島に対空砲台として係留され、飛行甲板に家屋や道路を設けるなど島の一部を擬装していたが、米軍にはバレバレだったようで、呉軍港空襲で飛行甲板に被弾し中破。飛行甲板がめくり上がり、空母としての機能を喪失した。ただし擬装の効果が全く無かったか、といえばそうとも言い切れず、集中攻撃を受ける天城を尻目に殆ど攻撃を受けていない葛城の写真や映像が多数残されている。
 葛城が瑞鶴の事を尊敬しているのは、雲龍型自体がマリアナ沖海戦で翔鶴大鳳飛鷹が戦没し機動部隊が壊滅した後に就役した事も大きいのであろう。マリアナ沖海戦は1944年6月、葛城の竣工は同年10月、雲龍ですら同年8月の竣工である。雲龍竣工時点で生き残っていた正規空母は瑞鶴のみだった。葛城からすれば、瑞鶴は真珠湾まで攻めた主力空母6隻最後の生き残りにして歴戦の武勲艦なのだろう。もっとも、その瑞鶴も葛城竣工からたった数日でエンガノ岬沖に出撃し、還ってこなかったのであるが…。また葛城竣工の1944年の10月15日当時、瑞鶴は最期の出撃に向けて瀬戸内にて訓練中であったため呉に居た。葛城は呉にて竣工したため葛城にとっては唯一その目に焼き付けることのできた正規空母が瑞鶴であった。
 雲龍型は他にも同じくマリアナ生き残りの龍鳳とも何かと縁がある。
 戦中はまともな活躍が皆無だった葛城であるが、戦後最大の功績をあげる。復員輸送任務である。呉軍港空襲にて甲板に大破孔という被害を負った葛城であるが、機関部・艦体・艦橋などには大きな損傷はなく、輸送能力・航行能力にはなんら問題ない状態で終戦を迎えたため、戦後は最大規模の復員船として起用された。そのシーンがカラー映像として残されている。(10:32-)輸送能力の高さ・航続距離の長さ・高速艦という空母としての特徴を最大限活かし、ブーゲンビル島やラバウルなどの遠く南方方面、そしてシンガポールや仏印などの東南アジアの復員輸送を担当した。葛城が特別輸送艦に指定された際、一部の整備マニュアルを製造所の控えともども終戦時の機密処分の際に焼却してしまったことが発覚。一時は運行どころか長らく使っていなかった機関を再始動させることもできない状態であったが、葛城のすぐ近くで横転着底している天城から整備マニュアルを持ち出し事なきを得た。葛城機関科の決死隊が命綱と防毒マスクを装備し、干潮時を見計らい天城に侵入。なんとか整備マニュアルを持ち出すことに成功した。1945年の12月様々な苦労があったがいよいよ復員輸送が開始された。葛城最初で最後の外洋航海であり任務であった。葛城を見た復員兵の多くは「日本にはまだこんな巨大な艦が残っていたのか!」と驚き大いに励まされたという。また日本の兵士だけでなくオーストラリアを始めとした国々の兵士もその巨大な船体を見て驚かされた。葛城で復員した人の中には、南方各地を慰問していた途中で敗戦となり、インドネシア共和国の捕虜となっていた、「青い山脈」で知られる歌手の藤山一郎もいた。彼の復員の際には艦内にてコンサートが催され、復員兵達を大いに盛り上げた。東南アジア方面の復員を行った際にはあの「加藤隼戦闘隊」で有名な飛行第64戦隊の隊員を復員させている。なお、復員輸送時に葛城艦内で出された艦内食の粥は大変不味かったと言われている。別名「猫のヘド」一日中艦内を回り腹をすかせた乗組員でさえ食事を拒否したと言われるほどである。どのMREだ無論不味い粥が出されていたのにはそれなりに理由がある。極度の飢餓状態の人にいきなり通常の食事を食べさせた場合、胃痙攣などを誘発し最悪の場合は死に至る事があった。に他の復員船では白米を食べさせ死者を出していた。不味い飯しか作れない訳ではなく、自分に任された最初で最後の任務である復員輸送を、一人の犠牲も出さずに成功させるための苦肉の策なのであろう。これをリフィーディング(再栄養)症候群という。ミネラル(特にリン)やビタミン(特にB1)の慢性欠乏時、これらの添加なしに糖や蛋白質を与えると発生する多様な代謝障害である。様々なこともあり約1年間、8回の復員航海により、南方からの約5万人が故郷の地を踏む事ができた。彼女が「戦いが終わってから全力で働いた」戦果である。彼女が「ある意味一番」というのもこれが理由であろう。現に米国側は日本の復員輸送について高く評価している。米国側は復員にはもっと時間を要すると考えていたのである。しかし葛城をはじめとする日本側の尽力により約1年で復員を終えることができた。
 彼女の解体が着手された際、奇しくも同じ日立造船桜島工場では「鳳翔」が解体の途にあった。「全ての空母の母」と「日本空母の末娘」そして肩を並べて復員船任務を務める事もあったこの2隻は、同じ時同じ場所で一緒に、沢山の仲間の下へ旅立っていったのだった…。余談だがこの桜島工場、現在はユニバーサル・スタジオ・ジャパンとなっている。
 艦名は、奈良県と大阪府の境にある葛城山(大和葛城山)に因む。(標高959.2m)水越峠を挟んで隣りに金剛デース山がある。また葛城山の北には妹になる予定だった生駒山もある。この一帯の山々を総称して「金剛山地」と呼ばれる。最高峰が金剛山(1,125m)、次いで大和葛城山、岩橋山(658.8m)、二上山雄岳(517m)など。どの山も大阪や奈良から近く、登山道なども整備されているため比較的登山客が多い山である。ちなみに、鎌倉時代ごろまでは岩橋山、大和葛城山、金剛山をまとめて「葛城山」(かずらきやま。葛木山とも書く)と呼んでいた。金剛山の山頂にあるのも「葛木神社」であり、現在でも金剛山地を「葛城連山」と呼ぶことがある。大阪府と和歌山県の境にも葛城山が2座あり、それぞれ和泉葛城山、南葛城山と呼ばれている。ただ、大和葛城山の方が知名度が高く、単に葛城山と言えば普通は大和葛城山の方を指す。葛城山へは近鉄が運営する葛城山ロープウェイでアクセス可能。奈良県御所市の近鉄御所駅からロープウェイ乗り場までバスが出ている。葛城山は「葛城高原」とも呼ばれ、山頂付近にはツツジが多数生えている。見頃は5月上旬~下旬。山頂には日帰り入浴施設や宿泊施設、キャンプ場などもある。葛城は大和と並んで奈良盆地南西部にかつて存在した旧国名でもあり、古代豪族葛城氏の本拠地である。中世には高天原は金剛山麓、大和葛城山麓に広がる葛城地域にあると考えられていた。また、天岩戸は葛城山中にあるとも考えられていたようだ。葛城という艦名の艦は2代目。初代は明治20年に就役し、日清・日露戦争に参戦したスループで、同型には大和、武蔵があった。戦後の海上自衛隊で「葛城」もしくは「かつらぎ」の艦名を継承した艦艇は存在しないが、海上保安庁の大阪海上保安監部所属の巡視船で2代にわたって「かつらぎ」の船名が使用されている(初代:PC-104・あかぎ型巡視船4番船1988年3月竣工、2代:PC-109・たかつき型巡視船2番船1993年竣工)。
 同じイベント内で実装された高波と合わせて、阪神タイガースネタが出ることも。どちらも阪神に所属していた選手の名前である。現役のタイガース選手には大和(外野手)もいる。
衣笠・加賀・明石などと組み合わせてプロ野球選手艦隊も組めるように。
 余談だが瑞鶴メインのノベライズ『鶴翼の絆』の作者である内田弘樹氏は元から雲龍型のファンで艦これをプレイした時から葛城の実装を楽しみにしていた。そして喜びのコメントも残している。

●マツダ/アテンザ スポーツ 25Z'07

・パフォーマンスポイント(PP):400
「次世代に対応する、世界の先頭を走るマツダのスポーツセダン」
 海外では「マツダ6」として親しまれているアテンザは、デビューから5年で、2代目へバトンタッチした。初代はちょっと大きめのサイズだったものの、世界がアテンザに近づき、ミディアムクラスの標準的なサイズとなっていた。
 開発コンセプトは「最高の高速ロングツアラー」。ヨーロッパでのハイスピードなツーリングといった過酷な状況で、快適に安全に速く走ることを設定して開発された。そのため、ロードノイズの低減とエアロダイナミクスは高い目標をクリアしている。
 ボディサイズとホイールベースが拡大され、居住スペースは確実に広くなった。そのインテリアはレザーとメタル、ダークとブライトのコンピネーションが特徴的で、メーターパネルはフローティングしているように見えるデザインを採用している。
 パワーユニットは従来の2.3Lから2.5Lへとスケールアップした。しかしパワーを追い求めるのではなく、トルクフルなチューニングを与えることで、実用的かつロングツアラーにふさわしい柔軟性を獲得している。5速ATはフィーリングも優れており、街中からワインディングまで、ストレスを感じることなく楽しむことができる。
 シリーズで最もスポーティな25Zには18インチタイヤが与えられるが、それを上手く履きこなしている。これにはヨーロッパ仕様と同じというサスペンションチューニングが効いている。
 ライバルに対して低価格であるという路線は引き継がれており、それがアテンザの評価と人気を高める要因になっている。
 他の雲龍型(雲龍、天城)同様、Lv50+設計図で改造可能。艦載機を持ってくる点も同じ。
改造前でも紹介したが、天山(六〇一空)が流星(六〇一空)にパワーアップ。その代わり彗星(六〇一空)がない。
 基本的な性能は天城改とほぼ同一で、装甲・回避は姉妹中で最も高い。
 天城同様、着物という偽装を脱ぎ捨てて本来の姿になったと言える。雲龍型では唯一、艦載機発艦に巻物ではなく弓矢を使う。矢の先に札を付けて飛ばすので「艦載機が式神」という点は変わらない。装備の詳細はすぐ下の小ネタも参照。
 天城とともに、六〇一空を載せて練習航海を続けていた頃をモデルにしていると推察される。
 左手に持っている弓は「梓弓」。神社の神宝として納められたり、神事で弦を弾いて音を鳴らして邪気を祓ったりする。
 矢筒に書かれている文字は「十万四千度御祈祷大幣(じゅうまんよんせんどごきとうおおぬさ)」。それに「空母葛城神社」の印が押されている。矢筒から出ている矢は「祓い串」(大麻(おおぬさ)とも)の形状をしている。江戸時代、伊勢神宮の御師(下級神職)は布教のため、御祓大麻という祓い串(現在の神宮大麻の原型)を箱に入れて、全国を配り廻っていた。御祓大麻は毎年交換することになっており、古い大麻を入れた箱が「お払い箱」の語源である。一万回祈祷した御祓大麻は「万度祓大麻」と呼ばれ、より強いご利益があるとされた。れが「十万四千度」になっているのは、葛城の機関出力・十万四千馬力にかけた物と思われる。
 航空甲板の艤装をよく見ると着艦標識が紅白くの字の縞模様であることが見て取れる。
このくの字縞模様の着艦標識は葛城にのみ施されたものでありデザインの細かさが伺える。


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