鉄塊の政治哲学っぽい解説

意見まとまらない理由

2020/11/22 21:30 投稿

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始めに

諸注意

・誤字脱字、論理の飛躍や矛盾があったらコメントにて報告してもらえると助かります。

・わからないところがあったらコメントとTwitterに連絡をください。

・当たり前から問題を解説すること、わかりやすく簡潔に解説することを目標にしています。

・この記事内での考えは基本的に筆者の考えです。

・いつかは時事問題にも取り組みたいと思っています。それを解説するための当たり前がたっていくフォルダから目をそらしつつ。

・その他要望等がありましたら、コメントかTwitterを使って連絡してください。

・週一更新を目標に頑張っていきます。




前回民主主義国家では、最も数の多い意見によって国家意思決定がなされるとしました。ここで重要なのは、目的(国益)は同じはずなのに意見が異なり、まとまらないことがあるということです。(ここでは、政治を行う目的が違い、売国しようとしている人がいるだろうという意見は無視します。)今回はそうなる理由と対処方法について解説していきます


1意見が異なる理由

どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。それは、同じ目的を成すために必要だと考えていることが違うからです。幸福な人生を送ることを目的と考えたとき、長く生きられることが大事であり、正しい栄養バランス生活習慣が必要だと考えている人がいれば、幸福感が大事であり、おいしいと思う食事、時間を忘れて没頭できる趣味を持つことが必要だと考えている人がいるでしょう。

このような違いが出るのは、幸福な人生という人生の定義、つまり価値観が違うからです。


2価値観は主観的存在である

一般的に価値観とは物事に対する価値(評価)またその総称のことです。

価値観が違ってもその意見が正しいと思ったなら、意見の同意がなされると思うかもしれませんがそれはないです。それは、価値観が主観的存在であり、価値観は今までの自分の人生の中で形成されていくもので、一人一つの価値観しか持ちえないからです。

主観的存在とはどういうことか。自分にとっては価値あるものでも誰かにとっては価値のないものが世の中にいくらでもあります。例えば、レトロゲームは興味ない人にとってはゴミですが、マニアには、何十万出しても手に入れたいものです。

つまりある人には、レトロゲームをゴミと評価する主観的評価があり、高いお金を出して手に入れたいと考える人がいるという客観的評価があります。つまり、自身の持つ価値観では、あるゲームをゴミをと見る見方があって、他の人の見方として価値あるものとして見ます。自身の持つ価値観が主観的存在になっています。

ゴミと見ている人でもそれが誰かにとって何十万出す価値あるものだと理解することはできますが、自分の物の見方ではないのでその結論に至る感性に同意できないです。(感性という言葉を使いましたが適切な言葉ではない感じがあるので、良い表現があったら教えてください。)この同意ができないという部分が、意見がまとまらない核心です。



3知識として理解できても、同意できない

しかしたいていの場合、同意できなくても、そういう価値観でいるのかと理解はできますし、その価値観を持つ他者がいることを認められます。ただしそれは自身に関わり合いのない場合であり、自身にその異なる価値観が関わる場合には拒否反応が出る場合があります。この反応の違いは、自身に関わらないのであれば自身に何の問題もないからです。

それでも、意見を交わしていく中で、価値観の違いがあるのがわかって、その違いを意識して説得しても合意に至ることができないことがあります。それは、自身の持つ価値観がある種の不変の事実のように疑問を持つ対象にしていないからです。

始めて知識を身につけるとき理屈をどうこうよりも、そういうものだと覚えるように、1+1=2になることを疑問に思わないように、山という字を「やま」とも「さん」とも読むことに疑問を持たず覚えた感じです。

 

4価値観と違う相手と向き合う方法

その前提の上で説得することのできない価値観の違う相手とで意見をまとめる方法は三つだと私は思っています。一つ価値観の違いを理解して、納得させる論理を展開する(1+1=2であることを証明するようなものです。上記で説得できないと書いてあるのにと突っ込まれそうなので弁解しておきます。全ての相手が説得できず合意に至れないわけではないからです。)。価値観の違いを理解して共通の利益を見いだせる意見(一緒に食事を食べたい二人がピザを食べたい人とハンバーグを食べたい人に分かれたとき、ファミレスで妥協するようなものです)を作り出し妥協する。三つ民主主義に従い数の力で多数決をとる。

以上三つです。


最後に世界の仕様説明書を示して本記事を締めくくります。

この現世では多種多様な人が生きていますが、自分以外の他者を完全に理解できることは未来永劫ありません。他者は異なる世界(価値観)の中に生きているからです。それを面白いと思うか、苦痛に思うかはあなた次第です。


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