アメリカで20年ほど前からじわじわと広がっていった、大きな住宅やたくさんの所有物を手放し、小さな可動式の家で暮らすライフスタイルのことです。リーマンショックをきっかけに大々的に広まったとも言われています。
筆者もアメリカの友人がSNSで、「そろそろ移動したいのだけど、誰かタイニーハウスを設置する土地を貸して!」と気軽に呼びかけているのを見かけて気になっていました。
小さいけれど機能的なタイニーハウスは、欧米に比べて圧倒的に小さな家(=タイニーハウス)で暮らしている日本人にも合うのではないだろうか? 可動式の家ってどういうものなのだろうか?
Cabin One社のCEO サイモン・ベッカーさん
そんな疑問に答えてくれたのは、2月に開催された「TOAワールドツアー東京」のためにドイツから来日したサイモン・ベッカーさん。可動式の小さな家「Cabin One Minimal House」を手がけるCabin One社のCEOを務めています。
建築家でもあるベッカーさんに、可動式の小さな家で暮らす魅力を教えてもらいました。
新しい住居の形「Cabin One Minimal House」とは?
——御社が販売している「Cabin One Minimal House」は、どのような機能を持った家なのでしょうか?
「『Cabin One Minimal House』は完全な機能が備わったミニマルハウスです。北米で始まったタイニーハウス・ムーブメントはヨーロッパにもやって来たのですが、私たちは持ち帰りできる商品としての住宅というアイデアが非常に面白いと思いました。
そして、購入して持ち帰ることができる建築物というアイデアをベースに開発していくうちに、北米のタイニーハウスは十分ではないと気づきました。
「Cabin One Minimal House」
そこで完全な機能を加えることでクオリティーを高めて、スマートホームとして、エコフレンドリーホームとして、さらには持ち帰り可能な商品として開発したのです。『Cabin One Tiny House』ではなく『Cabin One Minimal House』と名付けた理由はそこにあります。
車輪の上に乗っているタイニーハウスと私たちの商品は違うのです。弊社の商品はクオリティーの面で一段上だと考えています」
——北米のタイニーハウスのどのような部分が十分ではないと感じたのですか?
「一つは断熱性のための厚みや窓ガラスのレイヤーなど、建材のクオリティーが十分ではありませんでした。技術的な面でも、私たちの商品はスマートホーム・テクノロジーや太陽電池を使用しています。
それにもちろん、ただ単に家を組み立てるのではなく、デザインにもこだわりました。私の印象では、北米のタイニーハウスは狭いスペースにたくさんの物が置かれています。私たちのコンセプトはクリーンかつクリアで、静かな落ち着いたデザインでしたので、すべての物を収納する必要がありました。それは私にとって、とても重要なことでした。そこが北米のタイニーハウスとの最大の違いです」
購入・販売するにあたって必要なこと
——日本では多くの人が小さな家、つまりはタイニーハウスに住んでいますが、タイニーハウス・ムーブメントには親しみがありません。「Cabin One Minimal House」のような商品を購入して設置するということが想像しづらいのですが、ヨーロッパではどれくらい現実的なのでしょうか?
「実際に弊社の商品を購入して生活している方が既にいらっしゃいます。
実現するためにはいくつかの条件があって、まずは土地と、土地を使用する許可が必要です。それにこのような商品で暮らすという意志が必要なのです。
もちろん、日本とヨーロッパの住宅事情は文化的に異なります。でも面白いなと思うのは、この商品は日本では普通のサイズですよね。ヨーロッパでは何よりもまず、人々を教育する必要があるのです。
実際に商品を見てもらうと、『随分と小さいね。もっと大きい家を作ってもらえる?』と毎回のように言われます。大きい家は問題なく作れるのですが、この商品のいいところは、その小ささです。よりリーズナブルな価格で購入できて、簡単にすばやく設置できるのも魅力です」
©︎TOAワールドツアー東京
——購入した後のサポートもされているのですか?
「弊社では許諾も請け負っていて、顧客のために土地の使用許可を取得しています。このような家を販売するのであれば、それがどこの国であれ、フルサービスを提供することが必要だと思います。
私たちはヨーロッパ諸国でかなりの経験を積んできましたが、国が変われば言葉も建築基準法も変わります。でもその知識さえあれば、Cabin Oneの海外進出は可能だと思います。アメリカ進出は難しそうなので考えていませんが、西よりも東に向けて、今後24ヶ月以内に次のステップを踏みたいと思っています」
どんな場所に向いている?
——「Cabin One Minimal House」は土地の狭い日本にも合いそうですね。
「そうですね。私たちが一番こだわっているのはデザインです。広さよりも、機能性があっていいデザインであることが大切なのです。いろんなものを凝縮しつつ、とても快適なスペースを実現できるのです」
——日本は新しいマーケットになるかもしれないですね。
「そう思います。現時点では、日本へ持ってくるだけのキャパシティーがないだけです。弁護士も必要ですし、法律を理解するためには通訳も必要ですから、開発には時間がかかります。でも私たちの商品は日本のマーケットにとても合うと思います」
——ヨーロッパでは、どんな場所でも家を設置できるのですか?
「ほぼどこにでも設置可能です。ただ、家を設置するためには重量トラックやクレーンが必要となるので、急な細い坂道を登る必要がある場所は難しいかもしれません。そこさえクリアできて、土地の使用許可さえ下りれば、どこでも設置可能です」
——家を設置するための土地は賃貸するのですか?
「もちろん土地を借りることも可能です。ただ、このような家のためのプラットフォームがあるわけではないので、可能ではあるけれど容易なことではなく、まだ乗り越えなければならない課題があります。
現時点では、土地を購入して弊社の商品を設置し、少なくとも10〜20年は同じ場所に住み続ける予定の方が多いです。もちろん移動したければ可能ですが、今のところは最初に設置した場所で使用しているようです」
なぜ可動式なのか?
©︎TOAワールドツアー東京
——ヨーロッパの住宅は日本よりも大きいイメージですが、このような可動式のモジュラーハウスを企画した意図は?
「私は建築を勉強したのですが、建築家は不動産業界のデザイナーのようなものです。不動産は柔軟性のないもので、動かすことはできないですし、一度家を建てたら100年は存続します。
ですが、社会は変化しており、100年も経たないうちに異なるニーズが生じているのです。不動産業界もそういった変化に適応する必要があります。
そこで僕は、“変わり続ける建築物への需要をどのように供給したらいいだろう?”と自問しました。そして思いついたのが、持ち帰り可能な商品としての建築物です。
プレハブの工業製品で、どこへでも移動可能な家を作れば、今後10~20年以内に変化し続けるであろうニーズにも対応しやすいですし、必要に応じて移動ができるだろう、と。それが当初のコンセプトを思いついたきっかけでした」
「Cabin One Minimal House」
——実際に「Cabin One Minimal House」を購入した後に、場所を移動した方はいらっしゃいますか?
「移動した方もいらっしゃいます。ある顧客は、最初はモデルハウスとして購入し、それから展示場として使用して、その後、別の土地を買って移動されました。
私たちは昨年の夏、一つの家を20都市で見せて回るツアーも行いました。トラックとクレーンで移動して、設置して、また移動してといった感じです。その家はすでに40回も移動しています」
住む人が落ち着ける場所
——ROOMIEではキャッシュレス時代に対応した薄くミニマルな財布や、ビジネスでもカジュアルでも着られるイージーパンツなど、生活する上での小さなストレスを軽減する商品が人気です。このモジュラーハウスは、現代人のどのようなストレスをなくすことができると思われますか?
「私たちはゼロからデザインしているので、頭に浮かんだすべての可能性を取り入れることができます。問題は“上質な居住空間とはどういうものか”ということ。僕らはそれを“住む人が落ち着ける場所”と定義しました。
そのためには心地よさや健康的な空気、光を与えられることが大切です。それらを考慮した上で、住む人のシェルターとなり、安らぎや安心感をもたらす、ある種の自然な環境を作ることが必要だと思いました。
一つの枠組みの中で様々なことができるわけですから、多目的な製品とも言えるでしょう。休暇用の別荘として使用する人もいれば、実際の家として使用する人もいますし、オフィスとして使用する人もいます。マッサージスタジオなど、商業施設として使用する人もいます。
ですので、多彩な需要に対応できる商品だと思っています。とはいえ、当初のアイデアは住居や宿泊施設として使用することでした。人が落ち着ける環境は素材やデザインによって作られます」
デザインへのこだわりについて
「Cabin One Minimal House」
——Cabin Oneの家はデザインがとても美しいですよね。シンプルで機能的なものを考案する上で、こだわっていることはありますか?
「ありがとうございます。それが一番難しいところです。シンプルかつクリーンな見た目を保ちつつ、高いレベルの機能性が必要なのです。
何度も試作を繰り返す必要があり、それは今日も続行しています。今でも100パーセント完璧ではないなと思う部分があり、改良を続ける必要があります。でも、続けるより他にないのです。
コンセプトだけに夢中になっていないで、常に開発を続け、長い時間をかけて熟考することが大切です。コンセプトとデザインに長い時間をかけるのは、とても重要なことです。
一般的な企業だったら、商品開発部に締め切りと注文を出すのでしょうが、それはいいアイデアだとは言えません。ちゃんと準備が整うまでには時間がかかるのです。
何度も繰り返し、いろんな人からのフィードバックに耳を傾けて試行錯誤した後に、少しずつ理想の形が整っていくのだと思います。完成形はありません。完成するデザインなどあり得ないのです。でも、完成形に近いところまで到達することはできます」
——このプロジェクトはいつ始めたのですか?
「4年半ほど前に始めました。この会社は2年前に設立しました。最初のモデルは2018年の夏にベルリンで開催されたTOAで発表しました」
©︎TOAワールドツアー東京
——商品にはいくつかモデルがあるのですか?
「現時点ではCabin Oneスタンダードモデルというモデルを販売しています。でも、今後は4、5種類のモデルを用意して、顧客の要望に応じて組み合わせられるようにしたいと思っています」
——このような家をデザインする上で、どこからインスピレーションを得ていますか?
「大好きなデザイナーの方々からインスパイアされています。伊東豊雄さんをはじめとする日本人のデザイナーも好きです。優良な建築物からもたくさんのインスピレーションを受けますし、工業デザインもチェックしています。
あとは似たような商品のマーケットを調査しています。300〜400軒の似たような小さな家を調べて、いい部分は取り入れ、必要のない部分は排除して、新しい商品を生み出すのです」
変化する時代における商品開発
——コロナウィルスの世界的な蔓延により、ひょっとしたら移動を好まなくなる人もいるかもしれません。このような時代において、「Cabin One Mobile House」は世界にどのような影響を与えられると思いますか?
「私たちの商品はよりフレキシブルなライフスタイルに応じることができます。つまりは、世界中を常に旅しているようなライフスタイルです。
もし世界中にこの家があって、必要に応じてレンタルでき、自宅にいるような気分で自由に移動することが可能となれば、それは現状とは真逆の状態ですよね。
とてもニッチな商品であることはわかっていますし、あらゆる状況に置かれた老若男女に向けた商品ではないかもしれません。でも、それでも構いません。もし昨今の人々が移動を好まなければ、私たちのコンセプトに確実に影響はあるでしょう。
でも、現時点では可動性のあるフレキシブルな商品への需要は高いですし、ウィルスによってそれが変わることはないと思います」
——今回が初来日だそうですが、日本でもインスピレーションを得られそうですか?
「もちろんです。2日前に到着したのですが、すでに日本を楽しんでいます。これから数日間滞在して、いろんな建築物を見たいと思っています」
——たとえばどのような建築物を見たいですか?
「カプセルホテルのナインアワーズには一泊したいと思っています。ナインアワーズの客室は非常に小さくてプロセス重視ですので、とてもいいインスピレーションになると思うんです。
人が生活する上で、あらゆるプロセスにおいてどのように行動するかを理解すれば、それに合わせて住居をデザインすることができます。そういった点で、ナインアワーズはとてもよく考慮されていると思うんです。プロセスを考えてデザインすれば、いい商品が生まれるのです」
競合は「MUJI HOUSE」(無印良品)?
©︎TOAワールドツアー東京
——好きな日本のブランドやお気に入りの商品はありますか?
「日本のブランドはもちろん大好きです。私は日本のクリーンでミニマルなデザインが好きなんです。
Cabin Oneのインテリアデザインは、日本と北欧のテイストをミックスしています。とてもモダンですし、ミニマルで考え抜かれたデザインが気に入っています」
——日本で買いたいものはありますか?
「MUJI(無印良品)に行きたいと思っています。実は彼らは私たちにとっての競合なのです。MUJI HOUSEがありますからね。MUJIは大好きで、実はベルリンにもあるのですが、日本のショップとは違いますから、ぜひ滞在中に行きたいと思っています。
あとは街を散策して、ブティックに入ったり、いろんなショップのスペースを見たりして、デザインへのフィーリングを得たいと思っています」
——無印良品からCabin Oneを作ってほしいと依頼されるかもしれないですね(笑)
「そうですね。日本で展開するとしたら、最初にコンタクトしたい相手の一つでもあります。いいアイデアですね(笑)」
Photographed by Shohei Noguchi
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