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価格とクオリティ、どうやってバランスをとる?国内最大級のギターメーカー・フジゲン工場に行ってきた

2019/10/27 12:30 投稿

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2019年8月某日。

ツイッターを見ていると、こんな動画がタイムラインに流れてきました。

米ギブソン元従業員の男性がネット上に公開した動画で、潰されているギターは大量のギブソン「ファイヤーバードX」。

この動画を巡り、ネット上では多くの批判、憶測の声が飛び交いました。

一件は米ギブソン社が「修理不能なギターを処分した」とのコメントを出したことで徐々に収束に向かっていきましたが、あまりにショッキングな映像だっただけに、私としては釈然としない思いを抱えたままでいました。

筆者の自宅に飾っているグレッチ・フィギュアコレクション(撮影:筆者)

制作現場では、あんなことは日常茶飯事なのか?ものづくりとは、一体なんなのか……。

そんな悶々とした思いを晴らすべく、ギターの製造過程を実際に見に行ってみることに。

フジゲンの工場に行ってみた

行ってきたのは長野県にある国内最大級のギターメーカー、フジゲンの大町工場。

フジゲンといえば有名ブランドのOEM(※)製品も多く製造し、80年代半ばにはギター生産数量世界一を記録したこともある老舗です。最近では自社ブランドFGN Guitarsも、若い世代を中心に人気を集めています。

※他社ブランドの製品を製造すること。

高校卒業以来ずっとフジゲンで働いているというベテラン、今福さん。フジゲンのブログでは“MICK IMAFUKU”の名前で日常を綴っています

今回工場内を案内してくれる営業の今福さんは、フジゲンの現在のポジションについて、こう語ります。

「手前味噌ですけど、製造メーカーとしては老舗ですし、信頼はかなりあるんじゃないかと思っています。

でも、もっと安くつくっている会社はたくさんあって、有力な委託元のOEMブランドも、より安くつくれる方へ生産拠点を移している傾向があるのも事実です」(今福さん)

価格競争と品質管理の間でバランスをとるメーカー。取材をしていく中で、そんなバランスに揺れ動く、つくり手の葛藤や、“良いモノ”をつくり続けるフジゲンのフィロソフィーが浮き彫りになってきました。

高価な木材を使うときの工夫

インタビューを行ったのは「ファクトリーハウス」と呼ばれる、ギターの展示などをしている建物。高価な木材も多く保管される場所で、入った瞬間、ふわっと木の香りが漂ってきました。

保管されているものの中には、家具などには使われないような希少価値の高い木材もしばしば。同じ木でも金額が違うのは、色と木目の柄によって、木材の価値が変わるからなんだそう。

もっとも高価だというのがこちらのハワイアンコア。このサイズでなんと約8万円もするのだそう……!

他にも、世界でいちばん重い木や、燃やすとお香のような香りがする珍しい木材も

「価値のある木は薄くして、突き板にするんです。0.2〜0.6mmくらいに薄〜く。なぜならそれが一番コストがかからないから」

突き板にした木材は、ギターのボディーに貼られます。木のままだと硬くて割れてしまうので、曲線に合わせて貼るときになじみがいいように、まずは和紙に貼り付けるのだそう。

一般的な装飾の場合、0.2mmまで薄くした突き板をつかうのだといいますが、ギターの場合は0.6mm、もしくは無垢の一枚板をつかうこともあるというのだからおどろき!ギターが高価なことにもうなずけます。

「ギターはオーナーさんが手にとって至近距離でつかうものだからこそ、細部にわたる品質管理がとても大切」と語る今福さん。では実際に、フジゲンのクラフトマンたちはどんな思いをもってモノづくりに向き合っているのでしょうか。

熟練の技が求められるネックの加工

実はもうすでに定年退職しているというが、若手に技術を伝えるために再雇用で働いているという百瀬さん

ギターの木工工程では、今福さんと同い年、62歳の百瀬さんがバリバリ現役で作業をしていました。

百瀬さんが担当しているのは、ギターの弦が張られるネックの木工工程。平らな指板に緩やかなカーブをつけていく作業です。ギターづくりの中でもっとも精度が要求されるとも言われる難しい工程で、熟練の技術が求められます。

その日の天気や湿度なども影響してしまうほど繊細な作業

人の手の感覚と機械を使って加工していきます

作業工程を見学していると、ふと気になったのがこの赤い箱。加工されたネックが何本か入っていました。

「これは不良品を入れる箱です。不良になった理由はさまざまですが、逆反りしてしまったり、もう修復できなくなったネックを保管しています。

ただのゴミ箱ではなく、不良品も大事な資源なので、稟議に通さないとダメなんです」(今福さん)

素人目から見ると何が不良なのか見分けがつきませんが、上から全体を見てみると、確かに木材が若干反り返っているのがわかります。

かつては井上陽水や吉田拓郎のコピーバンドをしていた百瀬さん

「木っていうのは、たとえ乾燥させていても“生”の部分があるんです。伐採してしまったら木はもう死んだと思うかもしれないけど、実際は生きてるんですよね」(百瀬さん)

生物を扱うのだから、ギターづくりも一筋縄ではいかないもの。

そんな繊細さを極めるギターの製作現場で、この道30年以上の百瀬さんがもっとも印象に残っているというのが、フジゲンブランド「EOS」モデル1作目の製作でした。

人との繋がりを感じることが、モノづくりの魅力

百瀬さんが担当したのは、「スリーブ」と呼ばれるネックに埋められた丸い筒状の部品。当時どこにも出回っていなかった、“木製”のスリーブをつくることに挑戦したといいます。

12本分の木材を用意して、成功したのはたったの3本。ギター全体から見たら数%にも及ばない細かい工程のうちのひとつにも関わらず、この小さな部品をつくるだけで半日もかかったんだそう……!

この企画を提案した先輩へ「いい迷惑だよ」と笑いながらも、完成したときはひとしおにうれしかったと百瀬さんは振り返ります。

「つくる側からすると、完成したギターを見たときに関わった人たちのことを思い出すんですよね。

30年以上やっている今でも完璧にはできないし、ひとりでギターはつくれないからこそ、人との繋がりが生まれる。大変だった分、できあがったギターへの愛着も思い入れも強いです」(百瀬さん)

今福さんのもとで営業の仕事をしている佐々木さん

そうしてできあがったギターは、営業担当者のもとへ。

「購入していただいた方から送られてきたハガキは、コピーして食堂とかに貼って、製作陣にも共有するようにしてます。お客さんからのお礼の言葉を伝えるのは、営業側の仕事かなと思って」(佐々木さん)

「ファイヤーバードX破壊」の件について、どう思った?

ここで、気になっていた「ファイヤバードX破壊」の一件について聞いてみました。米ギブソン社のしたこととはいえ、同じギターメーカーとしてフジゲンのクラフトマンはどのように受け止めたのでしょうか?

「ギター本体や部品を破壊して処分することは、よくあることではあります。うちにも赤い箱があったのをさっき見てもらいましたけど、売れなかったり使えなくなったギターは、廃棄しないといけません。

廃棄処分すると、その分資産が減りますから、『ちゃんと破壊しました』っていう証明を写真とかに撮っておくんですよね。それを国税の査察がきたときに見せられる状態にしておく。

でもキャタピラで轢くのは、さすがにやりすぎだと思いますけどね(笑)」(今福さん)

その一方でネットには、「壊すくらいなら安くして売ったり、無料で寄付したりすればいい」との声も多くありました。ところがそうもいかないのが、難しいところ。

「特価で売ってしまうとブランドの価値が下がってしまうので、基本的にメーカーは、セールをやりたくないんですよ。

ブランドは、値段の維持がすごく大事で、かつ、難しくもある。メーカーは希望小売価格は設定してもいいけど、売価は設定できないんですね。小売り屋さんが好きな値段で売っていいんです。

例えば小売り屋さんが、メーカーからギターを7万円で仕入れて10万円で売れば3万円儲かるじゃないですか。だけど、5万円で仕入れて8万円で売っても、同じ3万円儲かるわけです。でもそうすると、メーカーの利益が下がっちゃいますよね。

だから我々は値段を下げられないように、営業力とブランド力でコントロールするしかない。ギブソンはすごく強いブランドですから、下手に安く売ったらブランドの価値が下がっちゃうし、正当な値段で買った人に対して失礼ですからね」(今福さん)

販売するギターには、業界内で一定の品質基準が定められていて、それに満たないものは廃棄するしかない。また、たとえそれを満たしていても売れ残った場合に、無料で配ったり特価で販売するのも難しい。

そんな理由から、不良在庫や売れ残りの廃棄はどうしても生まれてしまうものだといいますが、米ギブソンの廃棄方法や規模は普通ではなく、「さすがに心が痛む」そう。

廃棄を減らすための取り組み

とはいえ、廃棄を減らすためにできることはないのでしょうか?百瀬さんは、現場でモノをつくる身としてこんなことを感じていました。

「木材に染みが少しでもついていると、不良品として扱われてしまうのが、すごくもったいない。こんなに良い木材を捨てちゃうのかって、情けなくなるくらいで……。

みんながもったいないという思いを持ってくれれば、染み材をつかったシリーズが生まれて、ギターももっと安く、一般のユーザーも手に取りやすくなるんじゃないかと思います」(百瀬さん)

木材の染みは、たとえ自然についたものであっても、業界として不良の判断をされれば廃棄されてしまうもの。規制も厳しくなり木材を探すのも困難な現代で、染み材の新たな活用方法を考えていかなければいけないと、百瀬さんと今福さんはいいます。

「染み材の活用については、本当は会社と会社、強いては業界全体の取り決めで決めなきゃいけないくらいのテーマなんですよ。

アメリカがすごいのは、そういうところはライバル同士でも手を結べるところ。日本でもマーケット全体で共通の取り決めにしてしまえばいいと思います」(今福さん)

「染みおもてなし企画」と百瀬さんは言っていましたが、染み材をつかった個性ゆたかなシリーズがあれば、ギターはもっと楽しくなりそう。木製の家具や小物も、なんだか表情豊かに見えてくる気がします。

その一方で、なるべく廃棄を減らすための工夫も生まれています。

「木材を燻して生の部分を少なくすることによって、廃棄を少なく、より正確にギターをつくることができるようになりました。木材の染みも目立たなくなるので、そのまま使えます。

燻した木材は活用法次第で、ギターの生木の悪い部分を救済してくれるような気がしています」(百瀬さん)

ユーザーに最初に手にとってもらえる1本を

最後に、フルオーダーやコンポーネントオーダー、自社モデルの新規製作などを担当している、「カスタムショップ」の工程を見学。企画段階から完成までを見届ける、いわゆるギターづくりのプロデューサーのような役割を担う部署です。

そんなカスタムショップを担当している32歳の山脇さんに、「好きなギターは?」と質問。どんな珍しいモデルがでてくるのかと思ったら、意外にも「初めて買ったレスポール」との答えが。

専門学校を卒業後、20歳のときからこの工場で働いているという山脇さん。好きなバンドはHi-STANDARD

「スタンダードなものではなくて、いわゆる廉価版だったんですけど、やっぱりはじめて買ったレスポールが好きです。新しいギターも買ったりはしましたけど、最初の1本は今でもずーっと持ってます」(山脇さん)

だからこそ、つくり手としてもユーザーに最初に手にとってもらえるようなギターをつくりたい、と山脇さんはいいます。

「最初に手にとったものを長く使ってもらって、ファンになってもらえれば」(山脇さん)

パンクバンドHi-STANDARDを好きな理由に、「昔も今も古くならないところ」と言っていた山脇さん。若い頃に聞いていた音楽がずっと特別なように、一生もののギターもまた、値段で決まるものではないのかもしれません。

実際、フジゲンブランドのギターは、安すぎず高すぎない価格帯のものが多く、10代でも手に取りやすい身近さがあります。営業の今福さんは、モノづくりにおいて「コストパフォーマンスを大切にしている」と言っていました。

「中国製やインドネシア製に比べたら高価ですし、日本製というだけで、全体から見たら中級以上のポジション。だけどブランド力という意味ではアメリカ製には勝てませんから、我々はそこに挟まれているわけですよね。

その中でフジゲンが他と差別化できる付加価値っていうのが、コストパフォーマンスなんじゃないかと私は思います。同じスペックのものでも、いかに効率よくつくるかが大切なんじゃないかと」(今福さん)

業界内のさまざまな規制に耐えながらも、安価なプロダクトが求められる時代。そんな中でも“良いモノ”をつくりたいという気持ちを叶えるために、コストパフォーマンスの実現が必要なのかもしれません。

変化する時代のモノづくり

コストパフォーマンス実現のために新たな機械設備や技法を積極的に取り入れているフジゲンですが、その他にもさまざまな新しい取り組みをしていました。

80年代、円高で経営が難航したときにフジゲンが考え出した生存戦略のひとつが、ギターづくりの技術を生かした車の装飾事業。

鏡面塗装と言われるギターやピアノのボディー部分につかわれる塗装技術を、車のダッシュボードなどの装飾に生かしているのだそう。

「我々を取り巻く環境も変わっていっているので、変化には対応していかないと、と思っています。ただ、ポリシーは変わらず持っていないといかんので。

いいものをつくり続けたいという、先輩たちから引き継いだフジゲンのスピリッツみたいなものが、消費者にも伝わっているのかなっていう気がします」(今福さん)

創業当時から変わらず“良いモノ”をつくり続けるために、変化するための努力を惜しまない。それでも「良いモノをつくりたい」と思う気持ちは、時代の変化に流されてはいけない。

確固たる意志を持ちながら変わり続けることを恐れないフジゲンのフィロソフィーは、転がる石のように、この先ずっと古くならない気がしました。

Photographed by Kayoko Yamamoto

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