クッキーにチョコレート、ケーキやスコーン……。いつだって甘くきらきらした、魅惑的で特別な食べ物たち。
仕事に行きたくない朝も、恋人と喧嘩した夜も、一口かじればいつだって、霞んでいた世界が彩りを取り戻すような気さえします。
でも、決まってこうも思うのです。
「こんな何でもない日に、贅沢をしてしまった……。」
そんな私の罪悪感と凝り固まったイメージを変えてくれたのは、あるひとつのお菓子屋さんでした。
作るよりもやりたかったのは「伝える」こと
少し歩けば海が広がり、見上げれば山々が臨む神奈川県・鎌倉。
そこにお店を構えているのがジャムと焼き菓子のお店「Romi-Unie Confiture」です。
お話を伺ったのは、代表であり菓子研究家としても活動されているいがらしろみさん。
フランスで学んだフランス菓子をもとに、2002年より「お菓子作りの楽しさをひろめる活動」を行うかたわら、2004年に鎌倉にジャムの専門店をオープンされたのだそう。
常時50種類が並ぶジャムの瓶は、まるで宝石のよう……。
幼少期からお菓子作りに魅了されていたいがらしさんですが、はじめは菓子店でアルバイトとして販売の仕事に携わっていました。
しばらくして製造部門に入り、ある時、気がついたのです。
「実際にやってみると、思い描いていたものと自分の感覚が違って……。
お菓子についてもっと知りたい、もっと仕事にしたいと思うけれど、悶々と作り続けてることが自分にフィットしなかったんです。」
では、どのようなかたちでお菓子と関わりを持ったらいいのか?
「手を動かすよりも、お菓子を販売して『このお菓子はこういうものですよ』とお客様に紹介するのがすごく楽しくて。
お菓子の良さや歴史を知りながら、人に伝えたりすることのほうに面白さを感じたんですよね。」
地域に根付いた菓子文化。フランスでのジャムとの出会い
お菓子についてさらなる知識と経験を求め、フランス・アルザス地方へ2度の渡仏。
手を動かしてお菓子を作る以外に、お菓子の良さを伝えるための仕事を模索する日々の中での出会いが彼女の運命を変えました。
「アルザスの地方菓子についてもっと知りたいなと学ぶ中でわかったのは、土地と文化と歴史とお菓子がとても密接に関わっていること。
アプリコットやプラムなどフルーツが豊かな土地であることもあり、ジャムを作るのがすごく盛んな地域なんです。
マルシェで買ってきてジャムを作ったり……そういうのが、すごく楽しい経験だったんですよね。」
「ジャムと聞くと、ただフルーツだけを煮たものってイメージがありますよね。
でもフルーツを組み合わせたりスパイスを足したり、お酒をちょっと入れたりとすると急にフワッとお菓子みたいに味わいが広がっていくんです。
簡単に家でも作れるけれど、まるでフランス菓子のようになる。
食べるシーンも朝食だったり、ランチのヨーグルトにちょっと添えたり、デザートのアイスクリームにちょっとかけたり……。なんだか、すごくいいなジャム、って。」
帰国後は菓子研究家として活動をするなかでジャムのレシピを考案し、イベントにてジャムの販売をスタート。
楽しさだけでなくお客様からの反応もついてくるようになり、鎌倉での出店を決めたのだそう。
アルザスでのジャムとの出会いがきっかけとなり、今のRomi-Unie Confitureに繋がっていました。
特別ではない、日常に寄り添うお菓子を
Romi-Unie Confitureのオープンから4年後、東京・学芸大学に新しく構えたのは焼き菓子を中心に取揃える「Maison romi-unie」。
「お菓子屋さんって、やっぱりお誕生日のケーキみたいな”ハレの日のお菓子”が多くて。
でも、あらためて自分が作りたいお菓子を考えたときに、誰かと集まってちょっとお茶と楽しむような……焼き菓子みたいな日常的なお菓子が頭に浮かんだんです。」
「お菓子を食べるシーンを自分の生活に置き換えてみると、ハレのシーンって年間に数回しかないんですよね。
それよりも、日々の楽しみをより豊かにしたい気持ちが強くありました。」
Maison romi-unieにはサブレやケイク、スコーンなどの焼き菓子が並びます。
1点からでも購入できるスタイルは、お菓子を日常に取り入れるハードルをぐっと下げるような、まさに日常に寄り添ったかたち。
ちなみに、Romi-Unie Confitureから少し離れたところにはもう1店舗、秋冬のみ限定でオープンする「Chocolaté romi-unie」が。
「毎日作っていると飽きてしまう、職人に向かないタイプの私が唯一ずっと楽しいと思っていたのがチョコレート作り(笑)。
だから、チョコレート屋さんは将来やりたいってずっと言い続けてて。
いわゆるドアマンがいるような、敷居の高いショコラティエではなくて……。ビスケットにチョコレートがかかってるみたいなカジュアルなチョコレート菓子のお店をやってみたかったんです。」
食べる、作るの循環がスタイルに
実は、お店で販売しているほとんどのレシピを公開しているromi-unieのお菓子たち。
いわゆる“秘伝のレシピ”をオープンにしてしまう懐の深さに驚きその理由を伺うと、意外な答えが返ってきました。
「やっぱり私の根本にあるのは、菓子研究家としての活動。
いくらおいしいレシピを公開したところで『本当においしいのかな?』と思うだろうし、実際にどのくらい作ってくれているのかも未知数でした。
せっかくおいしいレシピがあるなら、まずは食べてほしい。」
「お店の価値としては、やっぱり誰か上手にできる人が作って形にしているところ。
そうすれば『このレシピおいしいのかな?』って食べてみることもできるし、『このクッキー、おいしいから自分でも作ってみたいな』って作ってみることもできる。
そういうふうに自然にサイクルが生まれるのがいいなと思うんです。」
「特にジャムって、家庭では意外と作らないですよね。
でも実は作ってみるとけっこう簡単で、でも買うよりすごくおいしいのができるんですよ。だから作ってみてほしい!」
「レシピサイトやSNSが出てきて、レシピの価値ってどんどんなくなってきてるんじゃないでしょうか。
だったら『自分が作ったのに……』みたいに執着するよりは、お菓子を日常的に楽しんでもらうためのサイクルが生まれるようなromi-unieならではのスタイルを確立するほうがお店の価値になってるかなって。
楽しんで作ってもらったあとに、出来上がった手作りのお菓子をみんなでシェアして食べていただくシーンをいつも思い浮かべています。」
おいしいものができたから、誰かに、みんなに食べてほしい。ある意味で自分の功績に固執しないその姿は、お菓子への深い愛情から成るものでした。
もちろん公開されているレシピを使えば、同じようなお店を始めることはできるかもしれません。
だけれども、日常的にお菓子を食べる・作る……といったサイクルを生み出せるのはromi-unieにしか成し得ない新しいスタイルなのではないでしょうか。
手軽だからこそ、一瞬を大切に
romi-unieのお菓子がもっと日常に寄り添えるように。より多くの人に、より長く届けられるように。
これから先も、romi-unieは進化を続けます。
「食べ物って、お洋服や旅行よりもっと手軽に、おうちのなかで楽しめるものじゃないですか。
一方で、やっぱり食べられるタイミングや量が限られているからこそ、その価値を大切にしながらきちんと手をかけておいしいものを作っていきたい。」
「いいものとそうじゃないものを見分ける審美眼みたいなものって、意外と食べ続けるとわかるものなんです。
どんな人が食べてもおいしいって感じてもらえるように、ジャムも焼き菓子もチョコレートもより一個一個おいしくできるように。
ちょっとずつだけれどもみんなでレベルを上げていきたいですね。」
鎌倉と共に続いていく
お店をオープンしてからは、ご自身のお住まいも鎌倉にあるのだそう。
ふと気になり、拠点となる場所に鎌倉の地を選んだ理由をたずねてみました。
「引っ越してきたら海もあって、山もあって。
帰り道、『あ、梅の花が香ってきた』とか『夕焼けが今日もきれいだね』とか、道で会って『ちょっとうちでごはん食べてく?』とか(笑)。
自然や人付き合いを感じずにはいられない毎日が、すごく気持ちがいいんです。
そういう日々の暮らしの楽しみを気がつかせてくれたのはアルザスでの生活だし、鎌倉でそういう生活を送ることが私にはより豊かに感じられたんですよね。」
特別な日だけではなく、日常に寄り添い、ほんの少しだけ彩ってくれるお菓子。
いがらしさんは「まだまだアルザスには及ばない」と仰っていましたが、ジャムも焼き菓子もチョコレートも、鎌倉の土地と文化に根付き始めているように感じました。
5年先、10年先、ともすれば100年先まで……。この鎌倉の地で、romi-unieのお菓子が脈々と続いていけばいいなと願わずにはいられません。
Photographed by Kosumo Hashimoto
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