2000年代半ば、女子高生がプリクラを貼り付けていたノートのことです。
デコ全盛期だった当時、若き女子が工夫に工夫を凝らして作り上げたプリ帳は、パワーワードとパワーアイデアのパラダイス!
今回、デコ職人たちの命が吹き込まれた貴重なプリ帳を集めました。SNS全盛期の今、アナログすぎる当時の「プリ帳」を振り返ります。
プリ帳の概要と歴史
1995年、女子高生を中心に大ブームとなったプリント倶楽部。
当時、彼女たちは、撮影したプリクラを手帳やシール帳に貼り付けていました。これが、プリ帳の起源です。
大きな革命が起こるのは、2000年代初期。ポスカやシールを使って身の回りのものをデコレーションする「デコ」ブームの影響を受けて、プリ帳は時間をかけて作り込まれるようになりました。
漫画『Paradise Kiss』名言を力強く刻んだプリ帳。黒ボールペンだけで文字をここまで太くするのすごくないですか……?
題字に書き込まれた無数のキラキラマークから気合いが伝わってきます
プリ帳には、その日の日記やアーティストの歌詞、好きな格言などがぎっしりと書き込まれました。
ページのデコには、ポスカなどのカラーペンが必須。
そのほか、シール、雑誌の切り抜き、パソコンからダウンロードしてプリントアウトした「画嬢(※後述)」などを使って、とにかく派手に仕上げていきます。
ページの構成決めから、素材の切り取り、のり付けなどの職人的作業まで、全部女子一人で手がけていたんですよ……。
絆・仲間・ダチ
腕によりをかけて作り上げた自慢のプリ帳は、友人同士で回して、読み合いました。
プリ帳は“顔写真付きの日記”という超プライベートな側面を持ちながら、友人に見せることを想定して作られていて、自分の趣味をアピールする意味合いも持っていたんです。
「TEA PARTY」というページテーマに沿ってデザインされたレベルの高いプリ帳
2000年代初期と言えば、テレビドラマでも『ごくせん』(2002)、『木更津キャッツアイ』(2002)、『WATER BOYS』(2003)などが流行した、“仲間・絆時代”。
今のようにスマホはなく、写メ機能が備わったガラケーがやっと広まりつつあった頃です(その画質はスマホとは比べ物になりません)。
当時の女子は友人との“思い出作り”のためにプリクラを撮り、そのプリクラを貼り付けたプリ帳を回し読むことで、仲間同士で思い出を共有していたんです。
“仲仔”って読める人には読めるよね~
いつの時代も若者は新しい言葉を生み、流行を作ります。プリ帳全盛期は“話し言葉”だけでなく “書き言葉”がとても発達した時代。
ここでは、プリ帳の文章に注目してみましょう!
まず、注目したいのはテンションの高さです。
友人のプリ帳の1ページを借りて、メッセージを書きあう文化もありましたね……
文章は基本、句点「。」では終われません。
細長いハートやキラキラマーク、顔文字などが文末に置かれました。伸ばし棒「ー」は絶好のデコチャンス。くるっと一回転させたり、矢印にして上げたり、下げたり。書き言葉でも、抑揚をダイナミックに表現しました。
文中には当時の若者言葉が詰め込まれています。
「仲仔」(=なかよし)、「バカ仔」(=バカな子)など、漢字「仔」の多用、「なかよぷ」(=仲良し)、「らぽらぽ」(=ラブラブ)、「大スチ」(=大好き)、「めちぁ」(=めちゃ)などの発音不良、タレントの中川翔子さんを発祥とする「ギザかわゆス」の派生形「ギザ◯◯ス」など、見慣れない単語が怒涛の勢いで使われていました……。
そのほか「愛羅武勇」「愛死輝流」「◯◯命」など、スケバン風漢字遣いも流行。
中でも、友人と永久の友情を誓う「我等友情永久不滅成」は超人気! 多くのプリ帳にその文字が刻まれていました。
さらに、“2人でひとつ”を意味する「2娘1」(読み:にこいち)や、「同盟」、「◯◯family」、「いつめん」(=いつものメンバー)など、何かにつけて自分たちを、チームや団体に仕立てていたことも見逃せません。
絆や仲間を強調する語彙が多かったのも、この時代らしい特徴です。
なぜあんなに“同盟”を組みたかったんだろう……
“ピースマーク”ってどこに消えたんだろう…
プリ帳はデザイン素人の女子が、実際に手を動かして作り上げるもの。
使われていたモチーフや、ちょっと拙さも感じられるページレイアウトは独特な雰囲気を醸しています。 実際に見ていきましょう。
懐かしすぎるピースマーク、カラフルな鍵盤、そして謎の液体……
まず、レイアウトの特徴として、プリ帳はページ全体をびっしりと埋めるように描かれました。
空白が生まれた場合には、ピースマーク・ハートマーク・キラキラマークなどのモチーフのほか、アーティストの歌詞の一節、格言、「Hi!」「レゲエ」「愛」など脈絡のない言葉が挿入されます……。
頻出モチーフとしては、ドット模様、ボーダー、塗りつぶしなどスタンダードな模様のほか、垂れ落ちる謎の液体、カラフルな鍵盤、ペンキ風文字などが挙げられます。
ティーン向け雑誌では、人気モデルのお気に入りモチーフを紹介する特集などもよく組まれていました。
当時の女子にとって“イケてるモチーフ情報”を入手するのはとても大事なことだったんです。
シビアなお財布事情
レースなど異素材アイテムを取り入れて華やかなページを作るツワモノも……
プリ帳はゴリゴリの若者文化なので、予算の問題とは切っても切り離せません。
ページの塗りつぶしは、ペンのインクを大量に消費します。塗りつぶしを網掛けや斜線に置き換えることで、インクの浪費と所要時間を抑える頭脳派も現れました。
そのほか、無料で手に入るチラシやパンフレットの中からイケてるページを探し出し切り抜いて活用するなど、当時の女子は限られた予算の中で努力していたんです。
アイスクリーム屋のチラシ1枚でポップにデコ。まさにアイデア勝ちですね……
“画嬢の倉庫”で画嬢ディグ
最後に注目するのは、デコの必須アイテムだった「画嬢」。
風景写真などの上にポエムや格言、人気アーティストの歌詞を書き加えた、ガラケーの画面サイズほどの画像のことです。友情や恋愛、部活などをテーマにしたものが多く、若者の間で大流行しました。
今回、当時の雰囲気をそのまま再現したオリジナル画嬢を3枚作成しました!
今回の企画のために作ったオリジナル画嬢。このポエムのトーン、懐かしい…
画嬢は“画嬢の倉庫”と呼ばれる個人サイトから、ダウンロードして使います。
今のSNSのように、AIがオススメしてくれた好みの作り手をフォローし、タイムラインに流れてくる投稿をチェック…という文化は一切ありません。自分からネットの海に画嬢をディグりに行く必要があったんです……!
多くの若者は、ググってヒットした知らない画嬢職人のサイトから、イケてる画嬢を探していました。
黒背景に白文字でうまいこと言ってる感じの言葉が書かれた「格言画嬢」の再現
例え、気に入った“画嬢の倉庫”を見つけても、画嬢内のポエムは基本的にデータ化されていないので、キーワード検索はできません。
「友情」「恋愛」「格言」など、ざっくりしたカテゴリーの中から、お気に入りの画嬢が出てくるまで延々とスクロールして探していたんです……!(泣)
バカ上等!
一生のバカを宣言する「友情画嬢」の再現版。当時、一体誰が作っていたんだろう……
画嬢文化の中で、ひとつ抑えておきたいことがあります。それは過剰な“バカアピール”です。
当時、バカであること、友人とずっとバカをし続けることに価値を置く画嬢が多く見られました。
絆・仲間を大事にする中で、頭脳は、チームを抜きん出かねない要素となり得ます。
自分の活躍は二の次に、“バカ”であったとしても、絆のもとに生きていくことが尊重されていたのかもしれませんね。
プリ帳は“アナログ・インスタグラム”
流行と好みをミックスし、職人さながらの技術で友人との思い出を美しく刻んだプリ帳を仲間内で見せ合っていた2000年代の女子たち。
異様な文化に思えるかもしれませんが、これって、今、若者がインスタグラムをしているのとすごく似ていないでしょうか。
プリ帳はインターネットがない時代に、若き女子が生み出した“アナログ・インスタグラム”なんです。
スマホ時代の今、文字書きやのり付けなどの作業をアプリ上でできるようになり、手先の技術は必須ではなくなりました。
時代の変化とともに手法や対象は変わります。でも、根本の部分は変わっていない。
あの時“タカラモノ”だったプリ帳のページは、いまも違う形で更新され続けているんです。
text by 伊藤 紺
illustrated by ery
この2人による制作ユニットNEW DUGONG(ニュージュゴン)