知らない町を訪れた時のかりそめの住まい。例えたった二泊三日の滞在でも、帰る頃にはすっかり寂しさをおぼえるのだから不思議なものだ。
旅館やホテルと民宿での宿泊はまったく異なる体験だが、両者ともに「人が集まる町」にあるものだと認識していた。ところが、福島県の山奥で民宿を始める人がいると言うではないか。なんだか気になってしまい、なぜそんな山奥で民宿を? という疑問を解消するべく、現地を訪れてみることにした。
「暮らし茶屋 風知草」の、和洋入り交じった内観
福島県伊達市の霊山町(りょうぜんまち)という、人口7,000人強の小さな町に「暮らし茶屋 風知草」はあった。いまは田舎料理を提供する食事処で、今年か来年の夏には民宿としても開業する予定だそうだ。
オーナーは穏やかで落ち着いた声が印象的な樋口さんと、その奥さん。ふたりで「暮らし茶屋 風知草」を切り盛りしている。
洒落ているな、というのが第一印象だ。店の入り口に施された季節感のある装飾や、和風な居間にとけ込んだ絨毯、その上に置かれたサーフグリーン色のストーブがそう感じさせたのだと思う。そして和洋さまざまな、色味の違うもの同士がバランスよく組み合わさった居間を満たすのは、土壁のどこかなつかしいにおい。そういえば、おばあちゃんの家もこんなにおいがしていた気がする。
取材に伺ったのは、雪が降り始める直前の季節だったが、パチパチと音を立てる薪ストーブのおかげで、室内はあたたかくとても居心地がよかった。
視線を上に向けてみると、ドーンと茅葺き屋根があった。博物館でしか見たことがなかったので、タイムスリップをしているような、不思議な気分になってくる。
築250年。江戸時代に建った物件をリノベーション
これらの内装を見せてもらった後で、ここがおよそ築250年くらい経った物件だと聞いた時は驚いてしまった。清潔感にあふれ、ウォシュレットまでついたトイレを見たあとではにわかに信じがたかったのだ。
写真提供:樋口さん
しかし空き家だった頃の写真を見せてもらうと納得。
さらに樋口さんは、リノベーションのほとんどの工程をご自身と仲間たちだけで施工したという。元家具職人ならではの知恵が活かされた施工当時のお話は、後編のインタビューにてご覧頂きたい。
物件もさることながら、使われている皿や棚、タンスなんかもなかなかな年代物らしい。なかには大正時代や明治時代につくられたものもあるようで、そんなに古いものがいまでも色褪せずに残っていて、しかも普通に使われているという事実に、なんだか圧倒されてしまう。
「十割田舎そば」は、最高のおもてなし
そんな過去と現代が入り交じった不思議な空間で提供される食事は絶品だ。昔から食べ継がれてきた田舎料理の数々。ホッとする味付けと、写真映えする盛りつけのバランス感覚は、さすが樋口さんといったところ。
なかでも「十割田舎そば」には特別こだわっているのだとか。樋口さんの出身地域では、昔あまり米が採れなく、代わりにそばがよく採れたそうだ。そんな背景から、来客の際には手打ちそばでもてなす風習があり、そこになかなか採れないお米で作った餅を添えれば、最高おもてなしなんだそう。
今はどこに住んでいても不自由なく食材が手に入るようになったけど、客人をもてなすハート、スピリットは残っているじゃない? だから地元からは少し離れた土地だけど、地元の料理を出すことにしたんだ。
と語る樋口さん。「暮らし茶屋 風知草」の食事には、そばや餅をつかったものがあり、そこには樋口さん流の「最高のおもてなし」の気持ちがあらわれているのだ。
さて、ここでこれから民宿を始めるという樋口さん。しかし前述のとおりここは山奥だ。いったいなぜこの場所で民宿を始めようと思ったのだろうか?
続きは、「暮らし茶屋 風知草」についてたっぷりお話を伺ったインタビュー編でどうぞ!
暮らし茶屋 風知草住所:福島県伊達市霊山町 上小国 字柏平 五十二番地
電話:080-5563-4052
メール:ds.ds.dsr@gmail.com
取材協力:河村洋司
Photographed by 飯塚レオ