おことわり
ブロマガの勝手が分からないので、適当に様子を見ながら書きます。
人を不快にさせることがあるかもしれません。そういう人には申し訳ないです。
が、備忘録感覚でやっていくつもりですので、あしからず。
数年前から叫ばれているネット依存症、スマホ依存症。誰かと繋がっていたいとか、知ってもらいたいとか、そういう承認欲求は誰にでもある。そしてそれが達成されたときの快感を求めて、欲求が無尽蔵に沸いてくる。
若い人にありがちだというが、私は必ずしもそうだとは思わない。昔いた職場でこんな話を聞いた。
ほぼ毎日グチグチクレームをつけるおじいさんがいたそうだ。これがあれでだめだ、どうにかしろ、と、職員の立場ではどうにもできないことを毎日ガミガミ、律儀に。たいしたものも買ってないし、そもそもそういう商品だからどうしようもできないことは何度も説明していて、それを使う人もみな折り込み済み。
それが二ヶ月も続いて、その人は出禁になった。
本人もそれがクレームをつけたところでどうにもならないことを知っていたはずだ。ではなぜ、言い続けていたか。
曰く、クレームをつけるのが目的。
クレームをつけることによって改善を図るのではなく、クレームをつけること自体が目的になっていたんではないか、とは知人の考察。
寂しかったのか、全くの別件に苛立っていたのかは分からないが、とにかく俗に言う「かまってちゃん」だったのでは、と。
私はネット依存症であり電器デバイス依存症だ。パソコンであったりスマホであったりゲーム機であったり。しかし私はあまり人に構ってほしいタイプではない。そもそも人とかかわることが苦手なくらいだ。
ではなぜか。実はその原因は全く別のことに拠るものだ。
初回のブロマガにも書いたとおり、私は「後遺症」を負っている。
数年間にわたり、ありとあらゆるアクションが揚げ足を取られて馬鹿にされつづけてきたので、これから自分が何かをしようとすると、必ず「恐れ」がでて躊躇する。
誰かに見られてないか。
記録にとられてないか。
そのことで馬鹿にされないか。
目立つようなことをすればどこでどんなやつに絡まれるか分からない。おまけに現に目立つようなことを大してしていないのに絡まれてこじれていたりする。
向こうから体当たりしてきて、仲介人が喧嘩両成敗と叫んでいる状態。
今まで散々、自分がやることなすことが悪い方向へ行き続けてきた。いけると思っても心の奥底で億劫になって反射的に足が踏み出せない。それで結局うまくいかない。意識したって直らない。
困ったことにこの奥底というのが厄介で・・・
正確には私は「情報依存症」だ。
何かしらを常に見聞きしていないと苦痛だ。
テレビを見る、ラジオを聴く、CDを聴く、新聞を読む本を読む、あるいはパソコンやスマホでニュースを読む、ゲームをする、音楽を聴く、SNSをする・・・
常に目や耳で情報を入れ続けていないといけない。
そうしないとどうなるか。
私はしばしば、したくない仕事をせざるを得ない時、デバイスが使用不能な状態(電池切れ、電波が届かない等)に陥ったとき、頭痛に襲われる。
普段だと意識しない痛みだが、考えることがなくなったとたん、表に出てきて悪さをする。これが耐えられないくらい痛い。
そういう状況にならないように、常に本などを携帯しているが、そうともいかないとあらかじめ分かりきっているなら鎮痛剤を服用する。しかしときに、そうともいかないときがある。いきなりそういう状況になる、など。
頭が痛く不快な状況になると、思考もまた悪い方向へ変化する。
一番多くあるのが幼少期の記憶を思い出すもの。自分のかばんに蛇口を突っ込んで水を入れられたり、小便をしているときに後ろから蹴られて股間を便器に強打したり、自分の給食だけ少ししかよそってもらえなかったり、と、そういうときに感じた精神的或いは肉体的苦痛が克明に頭を駆け巡る。そして今度は頭痛に加えて腹痛、尿意、動悸、発汗などがレイヤーされて襲ってくる。
これに疲労などが重なるとさらに軽い幻覚や幻聴が始まる。具体的にはかけないが、いろんな辛い映像や音が流れてくる。当然耳栓も意味がなく、まわりからの音の情報が遮断される分却って悪化してしまう。
前に一度、それで動けなくなったことがある。その場にいた人が救急車を呼ぶと言ったので一時的な発作(あながちうそでもない)だと全力で引き止めて椅子に寝て休んだ。もうあれはこりごりだ。
私の後遺症とはこのレベルであり、そして情報に依存せざるを得ないのも上記の事情によるものである。
私のそれは、承認欲求とは真逆だ。
何者にも感知されず、ないものとして生きる。それができたらどんなに幸せか。
将来そういう環境に身を置くためにも、まずは今働かねばならないのだ。
これは生まれてきたことへの罰に過ぎない。
生きていることへの罰は、まだうんざりするほどあるのだ。
身体がしんどいと、色々辛いからねっ。身体の症状がよくなると、きっと、気持ちも明るく開けると思うのぜ。主さんと比べると軽い軽い症状やけど、ワイは小学校低学年の頃鼻炎と蓄膿症、喘息があって、寝るために横になるのが(呼吸的に)辛い時期があったのぜ。そん時は生きるのが拷問のように感じていたのぜ。鼻の通りも喉の通りも詰まった感じで、さらに横になると気管支がふさがれるような感じ。「ワイ、前世(あるとしたら)どんだけ悪いことをしたねん…」と思うことがあったのぜ。
でも大人になってからは大丈夫になったのぜ。理由無く病気になることがあれば、理由無く(?)治ることもきっとあると思うのぜ。 ワイ、思慮が浅いところがあるので、このコメでもし不快にさせてしまうことがあったら申し訳ないですのぜ。ただ主さんの症状や状況が良くなっていくことを一読者として願っていますのぜ。