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「ユニコーンガンダムエピソード7ネタバレモード発動~託された可能性の物語~」

2014/06/06 02:50 投稿

  • タグ:
  • ガンダム
  • シャア
  • ユニコーン
  • UC
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ということでネタバレもあるので下の方にスクロールしてください













まーー、とにかく深かった。
とりあえず始めの歴代ガンダムの主人公が乗るシーンから
ユニコーンを託されるシーンへの流れで泣く・・・・

連綿と受け継がれる歴史。

「その覚悟はあるか?」

「自信とか覚悟なんて、ない。
ただ、彼女に必要とされたいだけなんです!」

この台詞のなんと深いことか。

なぜ、託したカーディアス。
その可能性に。

一貫したテーマ。

・・・・
観終わって思ったのは難しいなーというところ。

しかし、難しいがひとつひとつに意味がある。

例えば、
ユニコーンが突如ネオジオングに素手で手刀で立ち向かうシーン。

ある意味で
え====!!?となるが
よく考えると

脳波だけで動かせるモビルスーツは
極限状態の戦いになると、ああなる。

魂で戦っているバナージ。

あれはそれをそのまま動きで標しているのだろう。
そう考えると表現としてあれしかない、と言えるほどのものにも思える。

ラスト付近。

アムロ、シャア、ララァ、
の出番が終わると一切
彼らの出番がなくなる。

舞台から降りるのだ。

あれは、
これからの世代に、本作の主人公たちに
「託された物語」だから
完全に物語の流れを託したように思えた。

フロンタルは悲しい男だ。

「熱」がない、と言われる。
思えば、彼にとって恋愛対象となる女性が存在しなかった。

シャアだってララァにナナイ・ミゲルに、レコア・ロンドに、ハマーンに
関わりがあった。

フロンタルにはそれがないところが彼を悲しい存在にさせたのかもしれない。

空っぽになったフロンタルを抱きしめたアンジェロの
眼差し。

彼はなにを想ったのだろう。
あんなアンジェロが最期にそばにいてくれてよかった。

争いを止めるために
ユニコーンガンダムは想いをサイコフレームで結晶化させて

バナージを人ならざるもの、にさせようとした。

そこで重要な役目を果たしたのが、
なんとリディ、だった。

小説を読んだ時にリディのあまりに執着した身の振り方に
若干幻滅したのだが、

実はそこに肝があった。

彼こそ本質的に人であった。

だから彼は最後にあんな汚い台詞を吐くのだろう

「オードリーを取っちまうぞ!バナージ!!」
あれは、あの言い回しだからこそ生きてきて

バナージを人に立ち戻らせるのだろう。

「答えなんか求めていない」

人ならざるものになりかけた
バナージは

初めて言葉を口にするように
「オー・・・・ド・・・リー」と意味がわからないように呟く。

バナージが人に戻った瞬間の演技。

アルベルトはマーサに言う
「また始めればいいじゃないか」

肩に手をおいたマーサは
一瞬、同調と理解を示した。


それぞれに見せ場があり、本当に見どころがたくさんあった。
フロンタルとバナージは観念になりかけ、
俯瞰した歴史など、とにかく難しい方向に行った。

それでもこうして思い返すと、
明確なメッセージが浮かぶ。

それが託された可能性の物語なのだ。

答えはいつも
次の世代に託される。

新しいガンダムの可能性。

人の革新。

紡がれる物語。

この作品に
触れるものにさえ答えは託されたのだろう。

本当にガンダムの歴史を見てきてよかった、と思った。

「時がみえる」

そんな風に、一瞬思えた。
人は人生の中で、そんな風に

いつか思う時がくるのだろうか。

自分自身の来し方、行く末、
さあ、
バナージのように
絶望を退けて、「それでも」と抗い続け、

ガンダムのパイロットたちのように
未来を切り拓いてゆくことが、

きっと僕たちに託されたのだろう。

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