北島秀一・山路力也・山本剛志 共同責任編集
【目次】
□クロスレビュー「必食の一杯」
■連載コラム(第27回)
『ラーメンの憂鬱』〜客単価よりも稼働率(山路力也)
『教養としてのラーメン』〜戦後ラーメン史(2)~ラーメンの55年体制~(山本剛志)
□告知/スケジュール
■編集後記
■巻頭コラム
「『なると巻き』は生き残るのか?」北島秀一
「なると巻き」と云えば、おそらくチャーシュー、メンマ、ほうれん草などと並んで最も古くからラーメンに採用されてきた具材の一つだが、しばしばマスコミなどでも話題に上るように、最近はぐっと採用率が下がってきた物でもある。実際、新店で出されるラーメンを食べていても、見かけるケースは本当に少なくなった。
さて、このなると巻き自体は魚のすり身を使った練り物で、単純に云えば蒲鉾の親戚筋に当たる。いつ誰がラーメンに載せたかは定かではないが、明治期に輸入された中華の汁そばがそば・うどん文化を吸収する過程でごく自然に使われ始めた物であろうと思われる。また黒っぽい色合いの醤油スープに浮かぶ鮮やかな白と、そこに描かれた赤色の渦巻きは彩りとして、また縁起物として充分な存在感がある。
が、考えてみると、なると巻き自体はラーメンやそば・うどんの具材以外に積極的に使われるケースはあまりない。一部地域でおでんに使われるか、あるいはラーメン店のチャーハンで具材に使われるか……。ごく限られた範囲でしか見かけない。正直、食感といい味わいといいさほど強烈な個性はなく、現在の、コストを含めて競争の厳しいラーメンではなかなか出番がない。実際なると巻きを載せる何人かのご主人に聞いた事はあるが、「やっぱりラーメンにはなるとが無いと」などのノスタルジーや彩り以上の役割はほとんど聞けなかった。また彩りと云う役割を、半熟玉子が奪ってしまった事も大きいかも知れない。
私も以前、とある企画で、煮る、焼く、炒める、揚げる、蒸すなど、様々な調理・調味でなると巻き復権が出来ないかを探った事もあるが、少なくとも当時の私たちでは新たな道は見つけられなかった。「味わい」「歯ごたえ」「アクセント」「ボリューム感」などの多少の付加は出来ても、手間やコストを考えると残念ながらもっと優れた物はあるよなあと云うのが当時の結論になってしまった。
ただ、昔は「それなり」の存在感と普及率でしかなかった味付け玉子が「半熟」にする事で一気に具材界のスーパースターにまで登り詰めた例もある。なると巻きにそのような「神の一手」はあるのか。それともこのまま細々とノスタルジックな存在として生き延びるのか。オッサンとしては何となく「頑張れなると」と言いたくなるのである。(ラーマガ015号より転載)
□クロスレビュー「必食の一杯」
一杯のラーメンを三人が食べて語る。北島、山路、山本の三人が、今最も注目しているラーメン店の同じ一杯をクロスレビュー。それぞれの経験、それぞれの舌、それぞれの視点から浮かび上がる立体的なラーメンの姿。今回は今年2月、蔵前にオープンした「らーめん改」の「貝塩らーめん」を、山路と山本が食べて、語ります。