TW5用ダミー

【FF14】蘇る準廃問題【PSO2】

2017/03/31 23:07 投稿

  • タグ:
  • ネットゲーム
  • オンラインゲーム
  • 新生FF14
  • PSO2
  • DQX
  • ソーシャルゲーム
ネトゲプレイヤーは大きく分けて三種類だ。

一般層
廃人
そして準廃

一般人と廃人は同類なのだから説明は不要だろう。
ここでははるか昔から永遠の問題となる準廃について書いていこう。

まず巷で騒がれる準廃問題とはなんぞやだ。
『●●持ってない奴は●●に来るな』
これはよく聞くフレーズではなかろうか。
準廃とは効率を求めるあまり他プレイヤーの人権すら軽視する人種だ。
それが問題を生み、忌み嫌われるほどに知らされたわけだが
これだけでは準廃の1割も理解したとは言えない。


では準廃とはそもそも何か。

先に一般人と廃人のプレイスタイルを説明しよう。
一般人はまず現実生活が有り、ゲームはその暇つぶしや補助として存在する。
ゲームを遊びと割り切り、あくまで余った時間や有意義な体験のためにプレイしている層だ。
面白くなければ遊ばず、現実世界の足しにならなければプレイもしない。
それが一般層だ。
では廃人とは、この現実とゲームが逆転した状態を言う。
廃人はただのゲーマーであり、ゲームを遊ぶために現実世界がある。
現実を犠牲にしてでもゲームをプレイし、ゲームをプレイするためにゲームをプレイする。
こちらも楽しむためにプレイするのだから、ゲームの品質には細かい。
面白くなければ見向きもせず、凡作であっても強引に楽しむ術を持っている。
すなわちゲームを楽しむことに人生をかけたもの、それが廃人だ。

さて対して準廃だが
準廃がゲームをプレイする理由は、欲求だ。
俗に射幸心とも言う。専門的には承認欲求。自己顕示欲など言い方は様々だ。

PVPならば、普通は勝敗に関わらずプレイそのものを楽しむとすれば
準廃は『勝利ポイントで得られる特典にしか興味がない』

よく『ゲームを買う前に攻略サイトを見てから決める』というものがあるだろう。
準廃はまさにこれで、そのゲームが自分にどのようなエンターテイメントを与えるか調べようとする。
すなわち、準廃とは楽しむ欲求にすら効率を求めるプレイスタイルだ。

問題はその欲求が例えば『Lvカンスト時の強キャラで無双する』だった場合
そこに至るまでのプレイを準廃は作業、いうなればスタートラインに立つための妨害とすら考える。
そうなれば効率良くプレイしたいのは当然で
それを邪魔する新規、ライト層、足止め要素は悪意にすら見えるのだ。
準廃が自分より劣る者に厳しいのもこういった理由がある。
彼らにとって、最高効率ならば4回で済む作業を6回もかけさせる者はまさに敵なのだから。


おっと待って欲しい。
ここまで読ませてすまないが、まだ3割程度しか説明していない。

準廃の更なる問題は、そもそもゲームが好きではないというものだ。
ゲームは欲求を満たす道具、準廃にとって遊び道具ではないのだ。
準廃はゲームをある程度攻略すると、ついにはこう考える。
『こんなに時間をかけたのにあまり楽しくない』
だが準廃はこうも考える
『このゲームを選んだのは自分であり、自分の判断に間違いがあったとは認めない』
そして生まれるのが、他人に依存した欲求だ。

よく準廃は自分より劣る者を見下し罵倒するように見受けられる。
それがこの欲求の現れだ。
折角作業をしたのだから離れられない。だがやり尽くしたゲームはつまらない。
そこで自分が成した作業を武器に、まだ作業を済ませていない者を見下すのだ。
そのために作業の必要性を説いたり、あるいは押し付けるなど気が狂ったような行動にも出る。
これが冒頭にもある『●●を持ってない奴は●●に来るな』にも繋がるのだ。
効率だけではない、それ以外の理由でも準廃は新規を叩きたがる。

他にも運営に無理な要望をしてみたり、自分たちの作業を無駄にする緩和を嫌ったりと
ゲームが楽しくなることよりも作業の価値を重視する。


おっと待って欲しい。
ここまで読ませてすまないが、まだ5割だ。

では準廃とはどこから生まれたのか。
私は古くからオンラインゲームをプレイしているが、昔は準廃などあまり見かけなかった。
FF11のPT強要ゲームはなかなか苦しませたが、これは作業がゲーム性として成立していたからまだ救われているだろう。
私が思うに、準廃は韓国産オンラインゲームから来たと思われる。
ROを覚えているだろうか。
ROは装備含めキャラクターのビルドを完成させることが目的のゲームだ。
狩場に応じた推奨ステータスがあり、それを満たし効率を上げることが主なゲーム性であり目的となる。
つまり永遠に辿り着けないスタートラインであり、スタートラインこそがゴールという不思議なゲームだ。
ハクスラにも似ているが全くの別物だと思われる。

この韓国産オンラインゲームから始まる負の連鎖は
今になって思い返せば射幸心を煽る洗脳にも似たゲーム性だったのかも知れない。
これに見事にハマったプレイヤーは、効率という名の数字を高めることに快感を覚え
ゲームをプレイすることよりも、ゲームを攻略した後の快感だけを追い求めるようになる。
それが問題となっている準廃を生んだのではないかと私は思う。


おおっと待って欲しい。
ここまで読ませてすまないが、これで7割だ。

さてここまで読むと、準廃はゲームを腐らせるだけの存在に見える。
だが実際はその逆だ。
準廃は効率を追い求め、そのためならば廃プレイも課金も惜しまないのだ。
では、その準廃を飼いならすことで得をするのは何か。
運営だ。
準廃は作業を好むが、作業中の準廃はストレスで寿命がマッハだ。
よって他人に厳しく、更なる効率論があればすぐに食いつく。
そこに課金アイテムを吊るせばどうなるか、それは明白だ。

そう、なぜあらゆるオンラインゲームが準廃に向けて作られているか
それは準廃こそが真っ先にプレイし課金をするからだ。
ソーシャルゲームなどまさに準廃仕様だろう。
ゲームを楽しむのではない、ゲームを効率よくプレイする自分を楽しむのだ。
それが準廃。
結局はストレスをかけさせ、射幸心を煽る仕様を取り込んだ開発・運営こそ黒幕なのかも知れない。


それでは最後の1割を書きなぐって終わりにしよう。
ゲームを効率よくプレイする遊びは昔からあった。
STGしかり、シミュレーションしかり。
問題はその先にある報酬を目的とするのか、それともプレイを目的とするのかだ。
ゲームには当然ルールがあり、システムがある。
それらを読み解き効率を詰めていくことを攻略と言う。
攻略を楽しんでいるのならば極めて健康的だが、それにはゲームの品質が高くなければならない。
では報酬を目的とするのはなぜか。
それも結局は、面白いゲームを作れない者が、プレイさせる為に餌で釣り始めたのが始まりなのだろう。

そう。
私が言いたい結論は結局のところ。
駄作を売らなければならない貧しいゲーム業界そのものに原因があるということだろう。
ゲームが面白ければ、そもそも準廃など誕生しなかったはずだ。
そして今は一般層、廃人である者も、一つの失敗から準廃思考に陥る可能性はあるのだ。
プレイするゲームはよく吟味すること。
そして駄作ならば潔く切ること。
それが準廃にならないおまじないだろう。

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事