備忘録

政治運動と民主主義の精神

2015/10/09 23:58 投稿

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安全保障関連法案に関する政治運動

 9月19日未明、安保法案が可決した。戦後70年の節目となるこのときより、日本の安全保障体制は根本的に変革を始めた。それにともない、近年まれにみる(主催者発表では)10万人が参加したとも伝えられた法案に反対する政治運動も沈静化の動きを見せている。

 しかしながら、その政治運動はその活動を完全に停止したわけではなく、今日に至っても、各地で国会で成立した法案に対する批判的言論や反対運動は継続して行われている。

 インターネット界隈ではいわゆる反対運動たるデモ活動等について、「あのような活動をしても意味がない」という批判は絶えない。それどころか、かのような活動をする人々に対して根拠の如何に関わらず、非難することに力を注ぎ、「批判」とはいえない類の罵詈雑言が後を絶たず、枚挙に暇がない。


国民は「主権者」か

 あくまで「批判」と捉えられるならば、それは「選挙の結果、選ばれた政権に文句をいうな」というものがある。日本国憲法においては、国政とは国民の「信託」によるものである。だが、国民は、選挙という手段を以てしか次の政権を選択し、選択した政権が行った各政策によって生じた結果を口を紡いで甘受しなければならないという決まりはどこにも見当たらない。信託を白紙委任と混同しているとでもいうべきものではないか。

 戦後日本の政治学をけん引した丸山眞男は、民主主義政治というものは、被治者によって選ばれた治者と治者を選んだ被治者との間ある権力の不平等というパラドックスを含んでおり、民主主義を既成の制度として、あるいは固定的なたてまえとしないで、不断に民主化してゆく過程が重要であると述べた。

 これは1959年に語られたものであるが、今日においてもその思想の影響力は失ってはいない。日本国民は「主権者」であるといえるのか。選挙の時だけ一票を欲しがる政治家にもてはやされる「有権者」に過ぎないのではないだろうか。


憲法論争の政治的視点

 戦後日本では長らく憲法をめぐる論争が行われてきた。現行憲法制定後、その憲法の改正を志向する立場と、改正を反対する立場が対立し続けてきているのは、今日において広く周知されている事実である。憲法の改正を志向した多くのものたちは、自主憲法制定を唱える保守系の論陣を張る人々であり、反対に改正を阻止しようとする動きは護憲派として活動し、主に革新系の人々である。 

 大嶽秀夫が『日本政治の対立軸』で日本政治の対立軸を保革対立に支えられたイデオロギー論争であったと明らかにしているとおり、これまでの日本における憲法論争は、55年体制に支えられ、また、冷戦という国際政治の時代的潮流に軸を置いた構図とほぼ同一のものであった。

 長らく政権与党の座についている自民党は、自身の誕生当時から現行憲法の改正、自主憲法制定を掲げてきた。だが、過去の自民党政権は世論を鑑みて、憲法改正を真正面から取り組むことはなく、安全保障政策上問題となった時には、その都度、政府見解の変更してきた。いわば現行憲法の隙間をすり抜けるように憲法解釈を変更することによって、その政治的問題の解消を図ってきたのである。

 日本国憲法が硬性憲法であるという点以外にも、当時は改正手続きが未整備であったことや、日本社会の保革対立構造が実質的に憲法改正という選択肢を消去してしまっていたことが、政治的に実質的な憲法改正を行わせてきたと考えることができる。

 ともすれば、実際の政治が実質的な憲法改正へのプロセスを経る一方で、その政治的な試みを行わせてしまう結果を生み出すことになった日本社会の構造は、護憲派と改憲派それぞれの立場にたつ市民らによる議論を失わせてきたようにも考えられる。いかなる改憲であっても、それを許さない論調が目立ち、具体的な問題を議論する場の設置すら形成し難い今の日本社会における憲法議論のあり方はその例ではないだろうか。


安保法案に対する政治運動の意義

 おおよそ議論とは呼べない冷めきった社会がある一方で、安保法案の反対運動はこれまでとは異なった政治運動となった。その反対運動は、これまで、長年繰り返されてきた護憲派と改憲派との間で繰り返し行われてきた憲法論争の一環をなすものとは異なり、その根幹は、憲法典の改正の有無が争点ではなく、実質的な憲法改正を意味する安保法案の採決に対する政治運動であると捉えることができる。これまで憲法改正派として知られてきた憲法学者が安保法案に反対の意思を示したことなどがみられる。

 その意味では従来より、改憲を唱えてきた者たちをも、これまでの護憲、改憲論争における対立関係を超えて、改憲をなさない憲法の解釈変更は許容できないとする立場を安保法案に反対する立場へ引き込んだ事例として、意義のあるものであると考えられよう。

 さて、最初の言葉をふりかえれば、安保法案に対する政治運動に対する批判をいま一度思い返ししてみよう。すなわち、「「選挙の結果、選ばれた政権に文句をいうな」である。日本は代議制を採用する以上、政治は国民の代表者が行うものであるが、丸山眞男が指摘しているように、民主主義とは不断なものである。

 つまり、絶えず過程を顧みることで、民主主義は機能する。結果を受け入れるのではななく、結果をつくることである。理想なくして結果をつくることはできず、理想なくして民主主義たり得ない。「文句をいうな」ではなく、その文句に真っ向から対立する姿勢こそが求められるのではないだろうか。

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