聖書ディボーション入門

ヨハネ 3:22-36

2014/10/01 19:31 投稿

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イエスと洗礼者ヨハネ
3:26
バプテスマのヨハネの弟子たちは、人々がイエスについていくことに当惑したが、本当の伝道は、キリストに従うように人々を動かすことである。

3:27
ヨハネは何故イエスが舞台に現れた後もバプテスマを続けたか。何故イエスの弟子にならなかったのか。バプテスマのヨハネは神が別のことに召されたので、それを続けなければならなかったのである。ヨハネの使命は、人々をイエスに向けることだった。

3:30
ヨハネが喜んで自分の重要性を減じさせたのは、彼の並外れた謙虚さを示す。

天から来られた方
3:31-35
イエスは天から来られ、そこで見たことを話しておられた。イエスのことばは、神のことばであった。ヨハネの福音書の中枢は、イエス・キリストは神の子であり、メシヤであり、初めから存在し、永遠に生き続ける方であるという真理である。

3:34
神の御霊は無限にイエスに与えられている。それゆえイエスは人類の最高の掲示なのだ(ヘブル 1:2)。

3:36
イエスは私たちに、自分が従う方を決める責任があり(ヨシュア 21:15)、神といのちを選ぶことを望んでおられる(申命記 30:15-20)。神の怒りの裁きは、イエスを拒絶した人たちへの最終的な拒絶である。また選択を延ばすことはキリストに従わないことである。決断しないことは致命的な決断なのである。

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