聖書ディボーション入門

ヨハネ 1:6-18

2014/09/27 19:50 投稿

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言葉が肉となった(後半)
1:8
私たちはバプテスマのヨハネ(ルカ 1:5-80)と同様に、神の光の源ではない。ただ光を反映しているにすぎないのである。イエス・キリストこそ光である。イエスは私たちに神への道を教え、その道をどの様に歩けばよいかを示してくださる。

1:10-11
キリストが世を創られたが、キリストが創られた民はキリストを知らなかった。旧約聖書船体がメシアの到来を暗示しているが、世界の人々をメシヤに備えさせるには選民でさえできなかった。

1:12-13
イエス・キリストを受け入れる人々は神から新しいいのちを受け生まれ変わる。人生におけるこの新しい出発は、キリストを信じるすべての人々に与えられる。

1:14
キリストは
  1. 私たちの教師となった(ピリピ 2:5-11)
  2. 模範となった(1ペテロ 2:21)
  3. いけにえとなった(コロサイ 1:15-23)
イエスは一部が人間、一部が神という存在ではなく、完全に人間であり、完全に神である(コロサイ 2:9)。神はキリストにおいて目に見えるようになり、触れることができる様になった。

1:17
モーセは律法と公正を強調したが、イエス・キリストは神のあわれみ、愛、誠実、赦しを強調するために来られた。モーセは律法を与えただけであったが、キリストは律法を成就するためにきたのである(マタイ 5:17)。

1:18
旧約聖書の時代は、神は預言者を通してお語りになったが、神を見たものはいなかった。イエスは神でもあり、人間でもある。神は、見て、触れることができる方法で、ご自分の性質と存在を明らかにされたのである。

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