聖書ディボーション入門

ルカ 16:19-31

2014/09/12 19:57 投稿

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金持ちとラザロのたとえである。

パリサイ人は、富は人の義の証拠であると見なしていた。イエスは、病気の物乞いが報いられ、金持ちが罰せられるこの話で、彼らを驚かせた。

金持ちは富があったからではなく、利己的だった。金持ちはラザロに食べ物を与え、受け入れ、世話をすることをしなかった。金銭をどの様に使うかが重要であり、金銭をどれだけ持っているかは重要ではない。

ラザロが死んでいった場所も、金持ちが死んだ後いったところも黄泉(マタイ 11-23, ヨブ 21-13)であった。これまで昇天した人間は、エノク、エリヤ、イエス、2コリント 12:2 に出てくる人しか聖書に書かれていない。他の人間は黄泉に下り、やがて復活のときを待つのである。

金持ちは、自分の5人の兄弟たちは、よみがえった死者を必ず信じるだろうと思った。しかし絶えず貧しい人たちの世話をするように語ったモーセと預言者(ヨハネ 5:46, 申命記 18:15, 18)を信じないなら、誰が復活しても彼らは信じないと、イエスは言った。

イエスのことばにある皮肉に注意しよう。エルサレムでの死が近づいていたが、ご自分が死からよみがえったとしても、ほとんどの宗教指導者たちがご自分を受け入れないことを、イエスは承知していたのである。

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