聖書ディボーション入門

マルコ 2:15 -22

2014/09/01 20:15 投稿

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同様の内容が マタイ 9:10-19、ルカ 5:29-39 にも収録されている。

徴税人、罪人たちと食事
2:16-17 パリサイ人たちは、イエスが罪人たちと一緒に食事することに憤慨していた。しかしイエスは自分の話を聞きたいと思う者であれば、娼婦であろうと、徴税人であろうと、罪人であろうと分け隔てなくともに過ごしていた。
なぜなら彼らが信仰をもって神の愛を受け入れるようになる可能性があるからである。

断食
バプテスマのヨハネには2つの目的があった。人々が自らの罪を悔い改めるように導くこと、人々にキリストの到来に備えるようにさせることである。彼らは断食をおこなった。断食は謙遜と罪への後悔をあらわすしるしであり、こころを清らかにし、精神を油断の無いように保つ内面の訓練である。断食は、食べ物を肉体から取り出して空にし、悔い改めは罪を人生から取り出して空にする。
イエスの弟子たちは、イエスがともにおられたので断食する必要はなかった。イエスは断食を強いることはなかったが自身では四十日間、昼も夜も断食をし(マタイ 4:2)た。正統な動機がある断食は重要視したのだ。
パリサイ人は、自分たちがいかに高徳であるか他の人にみせるために、週に2度断食をした。もし人々が、他の人に感銘を与えるためだけに断食をするのなら、断食の目的を歪曲している。
花婿=イエス、花嫁=神の民。(イザヤ 62:5, マタイ 25:1-13, 黙示録 21:2)

古い衣服に新しいつぎあて
イエスは古い宗教制度を用いて、そこに新しい規則を盛り込むことはしなかった。イエスの目的は、旧約聖書を成就させ、新しいことを始めることだった。新しい福音は古い律法には合わなかった。

新しいぶどう酒は新しい皮袋に
ぶどう酒の皮袋は山羊皮の縁を縫い合わせたものである。新しいぶどう酒は熟成するにつれて膨張し皮袋を引き伸ばした。従って新しいぶどう酒は、すでに伸びきってしまった古い皮袋に入れることはできない。
パリサイ人は古い皮袋のように柔軟性が無く、規則に縛られていないイエスを受け入れることができないのである。

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