聖書ディボーション入門

マタイ 22:1-14

2014/08/29 20:08 投稿

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「婚宴」のたとえである。22:14 招かれるとは救いを受けることです。(ローマ 1:7, 1コリント:2, エペソ 4:1)選ばれるとは、褒賞を受けることです。

当時、宴会が催されるとき、招待は2度なされた。一度目は客に出席を誘う。二度目は何もかも用意ができたことを知らせる。この話では、王は三度客を招待したが、毎回招待を拒絶された。

神は私たちに、ご自分の宴会に加わることを望んでおられる。その宴会は永遠に続く。それで神は何度も招待状を送るのだが、あなたは神の招待を受け入れるだろうか。

当時の習慣では、婚礼の宴会に礼服を着ていかないことは考えられないことだった(今でもそうかも)。それは主人(神)を侮辱することである。礼服は神の国に入るために必要な義をあらわしている。すなわち礼服を着て宴会に出席できるということは、キリストが、私たちを義なるものとして神に受け入れられるようにしてくださったということである。キリストはすべての人に義の礼服を備えて折られるが、それぞれが王の宴会(永遠のいのち)に加わるためには、それ(義)を身に付けなければならない。門戸は開かれているが、私たちの用意ができていなければならない。義の救いを衣服に例える表現(詩篇 132:16, イザヤ 61:10, ゼカリヤ 3:3-5, 黙示録 3:4-5, 19:7-8)

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