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<イラストストーリー・第9話>

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イツキ「うぅむむぅ……」

 

今日のライブもまずまずの客入り。派手なパフォーマンスに、肩で大きく息をするツバサ“ちゃん”。雑居ビル2階の事務所に戻るなりペットボトルの水をゴクリゴクリ。それは自然な、ごくごく自然な仕草。そこにイツキくんは――。

『ツバサ……』

顎をクイと上げ、満足げに遠くを見つめる表情はどこか凛々しく、汗をぬぐおうと大振りに手のひらで髪をかき上げるさまはオトコらしさすら…。

『こうして見ているとツバサに…

オンナのコの格好をしたツバサに…見える???』

 

ツバサ「今日のライブも楽しかったね♪」

イツキ「え!? あ、うん。そうだね、ツバサちゃん」

ツバサ「さいきん、よく考えこんでるね?」

イツキ「そ、そんなことないよ?」

ツバサ「そんなことあるよ~!

  なやみ事があるなら、ワタシに相談してほしいなっ」

 

振り返ったツバサ“ちゃん”は、いつものようなイタズラっぽい笑みを浮かべ、弾けるような明るい声をイツキくんに向けます。

『いや、気のせいだよな。こんな可愛いコがツバサなわけない!似てるだけ…ちょっと似てるだけ』

 

ツバサ「イツキちゃん……

  こっちジロジロ見すぎだよ~」

イツキ「わわっ、ごめんっ!!」

 

更衣室に入ろうとするツバサ“ちゃん”を見つめていたことに気づき、あわてて目を伏せるイツキくん。と、ガラス机の上の手紙の束が目に入ります。シズカさんから渡されたファンレターたちです。ジワジワと『CherryLips』の人気は広がり、ファンレターを送ってくれる熱心なファンも増えてきました。シンプルな淡いブルーの便せん、小さなネコのキャラクターが描かれた便せん、さまざまな便せんの11つに込められたファンの気持ちを感じて、イツキくんの心もほんわかと温かくなります。

 

ツバサ「あ、これは忘れないようにしないとね!」

 

気がつけば、手早く着替えを終えたツバサ“ちゃん”も、ファンレターの束をのぞき込んでいました。

 

ツバサ「まだ多いわけじゃないけどー―

  ライブごとに多くなっている気がするよね」

イツキ「うん。やっぱりこういうのは嬉しいね」

ツバサ「ホントだね!

  ――――あれ??」

 

自分宛ての手紙をぱらぱらと眺めていたツバサ“ちゃん”。手を留めて首をかしげます。

 

ツバサ「私宛てに、同じ封筒が何通も来ている。

  同じ人からかな?」

イツキ「シズカさんが溜めちゃってたとか?」

ツバサ「ふふふ、ありそー♪」

 

2人の脳裏に、フワフワと落ち着きのない“敏腕”プロデューサーの顔が浮かびます。

 

ツバサ「名前が無いケド………あれ?」

イツキ「名前が書いていないうえに、小さなメモが一枚だけ?」

 

それは薄っすら桜色をした短冊状の小さな紙片。ただ一言

〈どうしてふたりで歩いていたの?〉――と。

 

イツキ「……どういう意味だろう?」

ツバサ「わかんないね…。

  ほかの手紙もこうなのかな?」

イツキ「まさか――」

ツバサ「もう一通……」

 

〈ずっと見ていたよ〉

やはり小さな桜色の短冊に、一言だけ記されています。

 

イツキ「一気に雲行きが怪しく……

  ツバサちゃん、他のも開けてみて!」

ツバサ「う、うん」

 

〈あのゲームセンターの限定マスコット

 俺がとってあげたかった〉

 

『ぜんぶ繋げると、僕とツバサちゃんがデートしたときのことじゃないか!? 誰かに見られていたってこと???』

断片的な言葉に、思い当たる記憶。イツキくんは心の奥をギュッと握りしめられたような苦しさに、顔をゆがめます。

 

イツキ「これ、シズカさんに相談したほうがいいよ!」

ツバサ「え、大丈夫だよ」

イツキ「でも、ストーカーっぽいよ!」

ツバサ「それでも、応援してくれてる人に変わりはないから」

イツキ「じゃあ、しばらくの間、一人で外出するのは控えよう。

  シズカさんに送ってもらうとか――」

ツバサ「大丈夫だって。心配性だなぁ、イツキちゃんは~」

イツキ「じゃあ、私が一緒に――――」

 

と、言いかけてイツキくんは気づくのでした。

『学ランしか着替え持ってないっっ!!!!!』

オトコのコ姿を見せるわけにもいかず、まさかアイドル衣装のまま帰るわけにもいかず、ぐぬぬぬぅと唇をかみしめて唸るしかありません。

 

ツバサ「ちゃんと人通りの多いところ

通って帰るから大丈夫♪」

イツキ「で、でも…」

 

ニコニコを明るく答えるツバサちゃんの笑顔が、今回ばかりはイツキくんの不安をあおります。

『ううううううぅ……こうなったらっ』

 

イツキ「わかった! じゃあ、今日は先に帰るね!」

ツバサ「え!? でも、そのカッコは――」

イツキ「おつかれさまっ!」

 

立ち上がるなり、荷物を乱暴につかむとイツキくんは事務所を飛び出していきました。

 

ツバサ「う、うん…おつかれ……

  どうしたんだ、イツキのヤツ?

  あのカッコのままでいいのか?」

 

止める間もなく、アイドル衣装のまま飛び出していったイツキくん。誰もいなくなった事務所に、ツバサくんの呆けた声だけが響きます。

 

ツバサ「イツキ、心配してくれるのは嬉しいけど……、

  オレ、オトコだから平気だけどな」

 

あらためて荷物をまとめると、ツバサくんも立ち上がり事務所を後にします。暖かくなったとはいえ、まだひんやりとした夜風が首すじを撫で、ツバサくんは身を震わせます。

 

ツバサ「でも――参ったな。

イツキとのデート、ファンに見られてたんだ。

  そして嫉妬された。イツキが危ない目にあわないと

  いいんだけど……」

 

――と。

 

イツキ「ツバサちゃん!!」

ツバサ「え!?」

 

階段を下りた先、そこにいたのは学ラン姿のイツキくん。

 

イツキ「偶然だね!」

ツバサ「え、えっと……

どうしたの? イツキさん」

イツキ「偶然あったのも何かの縁だから――

  僕に家まで送らせてよ!!」

 

『そうきたかーーーーーー!!!』

目をキラキラと輝かせて“名案”をツバサくんに問うイツキくん。

あわてて着替えてきたのでしょう。ハァハァと息が上がり、中途半端にメイクが残っています。

『気持ちは嬉しい……けど、オレの家にまでついてくるのか!?』

さぁ、どうするの二人とも!?

 

 

[つづく]

 

ストーリー:恵村まお/ 脚色:Col.Ayabe