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イツキ「はぁ、はぁ……事務所まで、全力疾走してしまった」
ここは駅前の、その商店街のはずれの雑居ビルの、そのまた2階。
落ち着こうと大きく深呼吸するイツキくんでしたが、心臓が脈打つ理由は走ってきたからだけではないようで――。
『だって…ツバサにバレたら、すっごく困る……
僕のバイトが…バイトが…“アイドル”で……
しかも、ツバサに“そっくりなオンナのコ”とユニットを組んでるなんて!』
ガチャリ――
イツキ「お、お疲れさまで~す」
右を見て、左を見て、事務所のなかを伺います。
小ぎれいに整えられた室内に、人の気配は無さそうです。
『よし、まだ誰もいない。
“ツバサちゃん”にオトコの姿を見られる前に着替えないと…
そ れ に ――あのプロデューサーにも』
そそくさと更衣室に飛び込むと、そこにはフワフワ・キラキラのドレス。
クリーニング店のビニールをめくり、急いで着替えてしまおう――と?
イツキ「相変わらずヒラヒラしてるなぁ……僕の衣装。
正直、まったく着たくない」
ゲンナリとした表情を浮かべるイツキくん。
オトコのコとしての“なにか”が、はやる気持ちにブレーキを掛け、着替えはなかなか進みません。
とはいえ、ノンビリもしていていいのかな? タップでリズムを踏むように軽やかなヒールの足音がそこまで……。
イツキ「今日もチェリーリップスのライブは告知されてるから…
やるしか――」
シズカ「そうっ! 君は今日ステージに上がるっ――
それがディスティニー!!!」
イツキ「ぎゃああああ! 出た!!!!」
絹糸のような艶やかなロングヘア―をなびかせて、さっそうと現れたのは『CherryLips』のプロデューサー、シズカさん!
キュッと引き締まったシルエットのスーツ&タイトスカート姿に身を包んだ“女装の麗人”ですw
シズカ「おやおや、どうしたんだい、そんなに驚いて?
敏腕プロデューサー、シズカさんの顔を忘れてしまったのかい?
教えたはずだろ。事務所での挨拶は
『おはようございます』だって――」
イツキ「挨拶うんぬんの前に、いま着替え中なんで出てって――」
シズカ「いまさら、着替えを恥ずかしがる仲でもないだろう?
ま、ファンが見たら大興奮モノかもしれないケドネ▼」
イツキ「これファンが目撃したら男ってバレる大事件ですよ!」
シズカ「私はオトコのコでも、オンナのコでも、
カワイイものに区別はないと思っているんだけどねえ…
――よし、着替えを手伝ってあげよう」
イツキ「なぜそうなる!?」
話すあいだもタップは止まず、二人の距離をどんどんと詰めていくシズカさん。気がつけば、イツキくんのすぐ隣に……。
シズカ「まだステージ衣装に慣れていないのだろう?
アイドルを手助けするのもプロデューサーの務めさ☆彡」
イツキ「ま、まあ慣れてはいないですけど……」
鼻先に迫るシズカさんの端正な顔に、思わずイツキくんが目をそらした瞬間、シズカさんはヒラリと華麗なターン! イツキくんの背後にまわると、細くしなやかな指先が彼を捉えます。
シズカ「ふ~む、ふむふむ…
繊細な肌をしているね、イツキ。シャープなアウトラインと透明感、
そう、喩えるならば古代の大理石像のような――
私の眼に狂いはなかったということかな……デュフフ」
イツキ「だあああ! どこに鼻息荒くしてアイドルの肌を撫でまわす
プロデューサーがいるんですか!?」
シズカ「いいかい? 珠は磨かねば輝かない!
私は君という才能を磨いているのさっ!!
――というわけで、す~りす~り、す~りす~り」
イツキ「んなわけあるかぁ!」
シズカさんの魔手が、イツキくんの太ももを下から上に、スカートをめくりあげながら這わせている、と――
ツバサ「おはようございまーす」
ショートめパーカーにスカートとスニーカー、シンプルだけどフェミニンなコーデがかわいらしい“ツバサちゃん”も事務所へ。気になるのは、カーテン越しに更衣室から響くアヤシゲな声…。
「わぁ、ちょ、そんなトコめくらなっ――!」
「もっと、その美しい姿をシズカさんに見せてくれよぅ~」
ツバサ「……2人とも更衣室?」
ほらほら、イツキくん、“ツバサちゃん”がすぐそこまで来てますよ。
ツバサ「おはようございまーす、シズカさん、イツキちゃん!
――――って?」
イツキ「え!?」
シズカ「やあ、おはよう。マイ・アイドル・ツバサ!」
蔦のようにイツキくんの身体に絡まるシズカさんの指先。ステージドレスはところどころで肌蹴て、見えてはいけないトコロもチラリ……。
ツバサ「えーっと
……もしかして、お邪魔でした?」
イツキ「うわわあああああ!?!?!?」
イツキくんは力いっぱいにシズカさんを振りほどき、のぞいてしまったツバサくんとあわせて更衣室の外に放り出します。
シズカ「どわっ!」
ツバサ「ひゃ!?」
勢いあまって床に倒れこんでしまうシズカさん。
マンガのように転がった彼を心配して、ツバサくんが声をかけますが…。
ツバサ「大丈夫ですか、シズカさん?」
シズカ「ふふふ……ナイスタックルだね、イツキ。
アイドルには押しの強さも必要だぜ!」
ツバサ「大丈夫みたいですね」
--------------
いまだに動揺のおさまらない胸に手をあてて、アイドル“イツキちゃん”が更衣室から出てきました。
ツバサ「あ、イツキちゃん」
イツキ「おはよう……ツバサちゃん。
えっと……あの……さ…さっきのドコまで見た?」
ツバサ「ドコまで?
シズカさんが、イツキちゃんの足をナデナデしてるところ~かな?
イツキ「よし、下ならセーフ!」
ツバサ「セーフ?」
イツキ「ううん、なんでも! 大声出しちゃってごめんね。
シズカさんとは何も、全く! ぜんぜん! なかったんだけど、
恥ずかしくって思わず……」
ツバサ「そうだったんだ~。
イツキちゃんってば、相変わらず恥ずかしがり屋なんだから。
たまには一緒に着替えたいのにな~」
『一緒に着替えるとか絶対無理!』と心のなかで即答しつつ、ひきつった笑みを浮かべるイツキくん。
イツキ「あ、あはは…はは、ごめんね。
ツバサちゃんの私服可愛いから
わ、私は衣装以外で会うの恥ずかしいな、って」
ツバサ「ええ? そんなことないよ~」
イツキ「そんなことあるよ!
今日もその……とっても可愛いし」
ツバサ「え、えへへ、ありがと。
イツキちゃんに褒めてもらえてとっても嬉しいな。
じゃあ、ワタシも着替えてくるね♪」
イツキ「う、うん! いってらっしゃい!」
『あ、危なかった……
それにしてもツバサちゃん、相変わらずいい子だ……
あんないい子を騙してるなんて、知られたくないし、
これからも絶対、オトコだってバレないようにしないと!』
ふんわりと身を返し、更衣室へと入る“ツバサちゃん”の後ろ姿。
ほのかなベルガモットの香りがイツキくんの鼻孔をくすぐり、拍動はさらに、さらに激しくなるのでした。
シズカ「ツバサぁ~~着替えを手伝ってあげよう♪」
イツキ「――って、やめんかぁ!」
[つづく]
ストーリー:恵村まお / 脚色:Col.Ayabe
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「オトナリ」スタッフ
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