【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊

俺の棒銀と女王の穴熊〈6〉 Vol.6

2016/02/16 21:00 投稿

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☗2

「棒銀はいいぞ」
 胸を張ってそう言い放つ先輩に、初心者ばかりの一年生たちは疑うことを知らない純粋な眼差しを向けた。
「シンプルでありながら破壊力抜群! 相手が居飛車でも振り飛車でも有効で、初心者がまず覚えるべきはこれだ。かくいう俺もそうだった!」
「おおー、なんか男らしい戦法っすね」
「猪突猛進って感じっす」
「そうなんだよ、男らしいんだよ! ……別に女性には向かないってわけじゃないんだけどな」
 来是は向こうを見やって、軽く嘆息した。来是の棒銀講座に集まっているのは男子ばかり。女子は揃いも揃って依恋の振り飛車講座に集まっているのだった。やはり囲いを作るのが簡単だからだろうか。単に美少女の先輩に教わりたいというだけかもしれない。
「ようしお前たち! 俺の教える棒銀で、女子たちをめちゃくちゃにしてやるんだ!」
「来是、聞こえてるわよ! まったく男ってのはしょうがないわ」
「でも棒銀ってネーミングを考えた人は偉いと思うんですよ。棒がギンギンですよ?」
「金子さん自重しなさい!」
 双方ともひととおり教えたところで、居飛車男子軍団と振り飛車女子軍団、仁義なきバトルが開始された。二年生トリオは後ろからのんびりと見守る。
 ――新入部員にはそろそろ得意戦法を持ってもらおうということになり、まず棒銀をチョイスしたわけだが、正直なところ一年を教えるのは二の次だった。
 初めて紗津姫から教えてもらい、たちまち好きになった棒銀。そのまっすぐな戦い方に惚れ込み、有段者となった今でも愛用している。
 そう、棒銀こそが自分の将棋の原点ではなかったか。
 さっそくバイト代で最新の解説書を買い、土日を丸々使って復習してみた。そして感じたのは、第一に棒銀はやはり優秀であること。シンプルかつ高威力とは、なんと素晴らしいことだろう。
 第二に、銀という駒そのものの勇姿。いち早く最前線に躍り出るその様は、戦国時代の合戦を思わせる。男ならば誰もが一番槍に憧れるものだ。
 第三に、自分はまだ到底、この棒銀を使いこなせていないこと。
 俺の棒銀は、まだ未完成。女王の堅陣を攻略するため、丹念に磨きをかけなければならない――。
「ごめんなさい、遅れました」
 紗津姫が静かに入室してきた。軽く目礼するだけですぐ盤に向き直る一年生たちの集中ぶりに、とても満足そうだ。
「あら、全部対抗型なんですね?」
「女子が勝ったら、あたしのほうが教え上手ってことね」
「むむ、お前たち負けるなよ!」
 しかし来是の期待とは裏腹に、居飛車男子軍団はほとんどが敗れてしまった。美濃囲いの固さの前に、攻めがどうしても一歩遅れてしまっている印象だ。
「春張先輩~、振り飛車に棒銀って、ちょっと難しいんじゃないですか?」
「そんなことはないぞ! みんな途中の戦い方がまずかっただけで、棒銀は悪くない!」
「本当かなあ。神薙先輩は、どう思うんですか?」
「来是くんの言うとおりですよ。しっかり指しこなせれば、互角以上に戦えますから」
「でも、振り飛車に棒銀で挑むなんて、プロじゃもうほとんどいないんでしょう? 前に教えてくれたじゃないですか」
 金子の問いは想定内だったようで、紗津姫は穏やかな笑みを湛えている。
「プロの方々は、まず自玉を固くする、安全に戦う傾向にありますからね。でも棒銀が悪いという結論が出たわけではありません。思わぬ新手が出て、それまでの常識が覆される可能性だってありますよ」
「そういうことだ! 俺と一緒にこの戦法を極めたいと思う者は、ぜひ名乗り出てくれ。一緒に高みを目指そうじゃないか」
「来是、どうしたのよ。やけに棒銀にこだわるじゃない」
「俺の進むべき道なんだ」
 あとは普段どおりに指導対局などして過ごした。対振り飛車の棒銀をもっと教えてほしいと名乗り出る後輩は、ひとりも現れなかった。
 確かに守備力が低いので、勝ちにくい戦法ではある。しかし速攻性に優れ、決まったときの爽快感は他では得がたいものだ。相手が攻勢に出る前に押さえ込み、一方的に攻め潰す。あらゆる競技においての理想が、棒銀という戦法には詰まっているはず……。
「そろそろ中間テスト期間ですけど、その間は将棋のことは忘れて、勉強に集中してくださいね」
 部活の終了時、紗津姫が全員に声をかけた。ただでさえ彼女との接点が減っているのに、ほとんどゼロになってしまう、少しばかり憂鬱なシーズンの到来だ。
 ……そういえば一年前、依恋の発案で勉強合宿なんてことをやったっけ。今にして思えば、自分と一緒にいたいがために言い出したのだろう。そんなことには気づかず、紗津姫とお泊まりできることにひたすら舞い上がっていた。
 あの頃は難しいことを考える必要はなかった。ただ紗津姫への憧れを募らせていればよかった。
 懐かしく、楽しい思い出。しかし振り返ってはいられない。
「勉強合宿、一年ぶりにやらない?」
 ふたりきりの帰途、依恋はどこか甘い声で聞いてきた。
「……先輩と金子さんも誘うのか」
「もうそんな小細工する必要ないわ。パパとママにも外に泊まってもらって、あたしと来是だけで。もちろん料理は手作りよ。愛情込めて作っちゃう」
「イエスって言うわけないだろ。世間はこれを不純って言うんだぜ」
「あは、その答えを聞けただけで充分よ。手を出しちゃいそうって不安なんでしょ。あたし、来是にそんな風に思ってもらえてるんだ」
 依恋のからかいスキルは、ますます冴えているようだった。困ったことに、そんな彼女をまったく疎ましく思えない。

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