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〈おおおおおおおおおおおおおおお?〉
〈きたああああああああああああああ!〉
〈紗津姫ちゃあああああああああああん!〉

 見慣れた制服姿の神薙紗津姫が映ると、弾幕が一瞬にして広がった。またしても画面が見えなくなり、嵐山の嬉しそうな声が響く。
「コメントがすごいことになっておりますね。アマ女王の神薙紗津姫さんです! よろしくお願いします」
「こんにちは。このような素敵に番組に出ることができて感激です」
 ペコリとお辞儀をする彼女。〈美人!〉〈声も綺麗!〉〈本当に高校生かよ?〉と、こちらまで嬉しくなるコメントであふれかえる。
「結局、制服で出るんだ。いろいろアドバイスしたのに」
「いや、これでいい! ブログにいつも出ている、ありのままの先輩を見てもらうんだ」
「でも、憧れの名人相手にありのままでいられるかしら?」
「大丈夫だよ。初対面ってわけじゃないんだしな」
 嵐山が紗津姫に席を譲って画面の外へ消える。
 ここからが本番、伊達と紗津姫がふたりきりでトークをする……。
「どうやら詳しい説明はいらないみたいだけど、神薙紗津姫さんは都内の高校に通う現役女子高生で今年のアマ女王。以前に公式戦でプロの女流棋士にも勝ったことがあるほどの腕の持ち主。そして最近はネット上で、将棋ファンを中心に大きな注目を浴びている、と。僕も毎日ブログの更新を楽しみにしていてね」
「いつもブログをご覧いただいている方、ありがとうございます。これほどの反響があるとは思ってもいませんでした」
「ところで、僕と神薙さんは初対面じゃないんだよね」
「……ええ、夏休みの将棋大会に、伊達先生がふらりと現れて。あれはみんな驚いていました」
 自宅に招いたことを言ったのかと思ったが、紗津姫は冷静に答えた。これでも本当のことを言っているので問題はない。
 こういう何気ない問いかけのひとつひとつが、将棋アイドルとして適正があるかのテストなのかもしれない。紗津姫の晴れ姿に満足するだけでなく、伊達の言動をつぶさにチェックしなければ。来是はそう思った。
「で、神薙さんにアマチュア代表としてぜひ僕の聞き手になってもらいたいと、この番組にお呼びしたわけです」
「本当に光栄です。精いっぱい務めさせていただきます」
 礼儀正しくスムーズに応じる彼女の姿に、好意的なコメントが届けられる。つかみはバッチリというところだ。
「今回出す本の内容に関わることなんだけど、僕は今後どうやって将棋を普及させていきたいか。それはアマチュアの人たちの力をもっと借りることだと思ってるんだ。プロは引退棋士や女流を合わせても、三百人もいないのかな? どうやったって全国をカバーできるほどの普及活動は難しい。まして海外への普及となると、一部の興味のある個人が細々とやっているだけにすぎない」
「そうですね……。トーナメントプロとして戦いながらだと、なおさら難しいですよね」
「アマチュアの将棋ファンからすれば、プロに教わったほうがいいと思うかもしれない。だけどアマチュアの中からレッスンプロというべき人を輩出するほうが、きっと効率がいい。普及指導員という制度がすでにあるけれど、ほとんどがボランティア同然のようだし、結局それじゃあ熱意が続かない。これ一本で生計を立てられるように……とはいかないまでも、副業として充分な収入が得られるような、合理的なシステム化をもっと進めていくべきだと思う。プロとアマが緊密に連携しあってね」
 これはあくまで伊達個人の意見。だからそれが正しいのかどうか、他のプロ棋士やアマチュアからも賛同を得られるのかどうかはわからない。しかし真剣に考えていることがストレートに伝わってくる。
「とはいえ、指導以前に将棋に興味を持ってもらわなければ、どうしようもない」
「ええ、そこが一番難しいと思います」
「ブログに書いてあったけど、神薙さんの将棋部の一年生は、みんな入学までさっぱり将棋に縁がなかったそうだね。どうやって引き入れることができたのか、ぜひ参考にしたいな」
 紗津姫は少し戸惑ったような顔になるが、慎重に言葉を選ぶように口にする。
「ええと、そのうちのひとりは、私が将棋を指す姿を見て、興味を持った、ということでした」
「ふーん? それってブログの運営担当っていう男子かな?」
「……は、はい」
「やっぱり。そりゃそうだよ。こんなに綺麗な先輩の姿を見たら!」
 照れる紗津姫とそれを囃すような伊達名人の絵に、コメントもますます盛り上がる。一方で依恋は冷静に分析していた。
「さりげなく、紗津姫さんを立てはじめたわね」
「……やっぱり将棋アイドルの資質を試してるのかな」
 それからも将棋部の話題は続く。
「ほう、駒の並びが美しいから惹かれた? そういうこともあるんだ」
「はい、でも実際、完成された並びですよね」
 金子の金玉の件である。さすがに事実をそのまま発言することはできない。紗津姫は内心で苦笑いしているだろう。
「思えば僕は、学校の将棋部というものをほとんど知らないんだ。でもひょっとしたら、若い人に将棋を知ってもらうのに、一番有効なやり方なんじゃないだろうか?」
「身近なところにあるというのは、やはり強いと思います」
「うん、神薙さんのような美少女が将棋部で活動するだけで、プロ棋士の何人分もの働きになるかもしれない」
 美少女と言われて、紗津姫は穏やかに微笑むだけ。自ら肯定はしないが、いたずらに否定もしない。
 自分にはアイドルの資質がある。彼女はすでにそう自覚しているのではないだろうか。