【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊

俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.18

2014/02/05 18:00 投稿

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「神薙、いるか?」
 斉藤先生がやってきた。ちょくちょくチェスにも手を出し始めた部員たちに気をよくして、最近は時間があれば将棋を指しに来るのだが、今日はどうも様子が違った。
「どうしました?」
「えーとな、ニッコリ動画とかいうところから、将棋番組への出演依頼があったんだが」
「……は?」
 透明感のある紗津姫の瞳が、戸惑いに揺れ動く。
 ニッコリ動画はタイトル戦の生中継以外にも様々な将棋番組を放映している。アマチュアがゲストに招かれることもしばしばあるのだが……。
「マジですか? どんな内容なんです?」
「伊達名人が今度新刊を出すとかで告知番組をやるそうなんだが、そのサプライズゲストとしてぜひ、ということだ。なんかすごいな」
「だ、伊達さんの番組に?」
「うひゃー! もしかして直々のご指名ですか?」
「これ、担当者の電話番号だ。とりあえず連絡してみてくれ」
 紗津姫にメモを渡すと、忙しいのか斉藤先生はそれで退出した。
 部員一同、揃って顔を見合わせる。
「……すいません、ちょっと電話してきます」
 高鳴る鼓動を抑えるように胸元でメモと携帯電話を握りしめ、紗津姫も部室を出て行った。
 来是は棋譜並べどころではなくなって、この突発的事態の推察に入る。
 ニッコ動の運営も、近頃の紗津姫の評判は耳にしているだろう。最初から彼女をゲストに迎えるつもりだったということは考えられる。
 しかしそれよりも、伊達の提案という可能性が高いのではないか? そのあたりのことは紗津姫も聞き出すだろうから、すぐにわかるだろうが……。
 将棋アイドルとしてプロデュースしたい。名人の驚愕の申し出から二ヶ月が経っている。少なくとも紗津姫が卒業するまでは返事は待つつもりのようだが、彼女の資質を計るいい機会だと考えたのかもしれない。
 あるいはもっと単純に、惚れた女に都合よく会えると思ったのかもしれない……。
 五分ほどして、紗津姫は戻ってきた。真っ先に依恋が口を開いた。
「どうだったの? 出るの?」
「ええ……伊達名人が今度エッセイを出すことになったんですが、私には聞き手として出演してほしいということで。とりあえず承諾しました」
「へー、聞き手が必要なのかよくわからないけど、めでたいじゃない」
「全将棋ファン騒然ですよ!」
 依恋と金子が我が事のように喜ぶ中、来是は冷静に尋ねてみる。
「……先輩を指名したのは、伊達名人なんですか?」
「そう、らしいです。担当の方はナイスアイディアだと思ったようで」
「なーるほどね。伊達さんは紗津姫さんのアイドルとしての資質を試そうって思ってるのよ。これだけ話題になっている中で、実にタイミングがいいわ」
「さすが、先の先を読む達人ですねえ」
「な、なんだか現実感がないです……」
 紗津姫は戸惑いと喜びを足して二で割ったような顔をして、そわそわしはじめた。
 主役はあくまで伊達清司郎。紗津姫はゲストにすぎないが、一対一でトークができるのだ。相手は世界最強の名人。先日の出水とは、言っては悪いが比較にもならない。
「どうしましょう。いい服を着ていかないと」
「だったらゴージャスな振り袖にすればいいじゃない!」
「伊達さんより目立つのはまずくないです? いっそ制服とか」
「それは面白くないわねー。伊達さんは紗津姫さんのアイドル性に期待しているのよ? だったらビシッと目立つのが最善手だわ」
 依恋と金子は紗津姫をそっちのけで、当日のオシャレについて議論を始めてしまう。ついていけない来是は仕方なく棋譜並べを再開しようとしたが、紗津姫が真正面に着席した。
「春張くん、たまには私とやりましょうか」
「え、いいんですか」
「どれだけ名人の技を吸収できたか、実戦で試してみてください」
「は、はい!」
 来是はありがたく頷いて、余計なことは頭の外に追いやった。
 紗津姫もまた番組出演のことは忘れようとしているのか、来是の顔をちらりとも見ず、鋭い手を連発してくる。飛車落ちというハンデをまるで感じさせない容赦のなさ。
 来是も懸命に食い下がる。これぞプロという手を毎日のように頭に叩き込んできた。確実に増えた引き出しの中から着実な攻め、堅実な受けの手筋を選んでいく。そして――。
「負けました」
「ありがとうございました!」
「ほとんど無駄がありませんでしたよ。棋譜並べの効果はてきめんですね」
 朗らかな女王の笑顔に、来是はたまらなく心臓が熱くなった。
 紗津姫の指導に加えて、伊達名人という最強の教科書を手に入れた。これで強くならないはずがない。感謝せずにはいられない。
 ――しかしそれはそれ。決してあの人には、紗津姫を渡したくない。

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