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「おいっす! 夏休みは楽しんだか」
「まあな。浦辺はずいぶん焼けたじゃないか」
「親戚が海の家やっててな、バイトでたんまり稼がせてもらったぜ。それより大会のこと、詳しく聞かせてくれよ」
「ああ、また部室に取材に来てくれ。先輩に話は通しておくから」
二学期がはじまった。
まだ厳しい暑さのせいで、少しも九月という気はしない。そのまま夏が続いているような感覚だったが、浦辺をはじめ、クラスメートたちとひと夏の経験を語り合う。海に行っただの山に行っただの、豪華なところでは海外旅行に出かけたというのもいた。
みんな、少なくとも俺よりは夏休みを満喫したみたいだ――来是は少しばかりもの悲しくなった。
「おはよー、碧山さん!」
「な、なんか可愛くなってない?」
「そうでしょう? 夏があたしを成長させたのよ」
チャイムが鳴るギリギリ直前、依恋が登校してきた。
何気なくこちらに視線を寄越してくる。女子たちがはしゃぐのも無理はない。自信に満ちあふれた輝かしいばかりの笑顔。
「おはよ、来是。ずいぶん久しぶり」
「……ああ」
「ん? 久しぶりって、ふたりはお隣同士じゃなかったっけ」
浦辺の問いかけに、いろいろあってな、と来是は応えておいた。
――あの告白から、ファーストキスから、来是は一切依恋には会わなかった。
大会が終わったあとは部活はなかったし、電話やメールのやりとりもなかったので、コミュニケーションを取ること自体が、実に数週間ぶりだった。
依恋が好きな人とは――自分だった。それも、ずっと昔から。彼女の告白がもたらしたショックで、夏休みはほとんど家に引きこもってしまった。
一ミリも想像していなかった、というわけではない。大会前の合宿のときから、思わせぶりな言動は多々あった。
それでもまさか、という思いは拭いきれなかった。何年も何年も、依恋は自分のことをただの幼馴染とは見ていなかった。その事実を突きつけられて、もうどうしたらいいかわからなかった。
依恋が平凡な女の子であれば、遠慮なくその想いを断ることができただろう。でも認めざるを得ないのだ。彼女は――憧れである神薙紗津姫と同じくらいに、魅力的なのだ。
ふたりの女性の間で心が揺れ動く。自分の人生で、もっとも縁がないと思っていた事態。夢なら覚めてくれと何度も願ったが、現実だった。
ならば、どうすればいいのか。そんなことばかり延々と考えていたら、ついに二学期になってしまった。
久しぶりに紗津姫に会えるという喜びはなかった。
俺は、今までどおりに将棋部の時間を過ごせるのだろうか? 夏休み中は将棋の勉強も手につかなかったし、不安で仕方なかった。
「来是、何ボーッとしてんの。早く行くわよ」
体育館で行われる始業式のため、みんな移動をはじめている。
――どうしてお前はそんな平然とした顔をしていられるんだ?
いや、これが依恋の強さなのかもしれない。絶対に自分の恋は成就すると信じて疑わない強さ。
そこで来是は気づいた。必ず将棋の腕で紗津姫を追い越して、彼女と恋人同士になる――そう強く誓っていた自分と、何の変わりもないではないか。
自分の気持ちに正直になって、多少の障害はあろうとも、必ず願いは叶うと信じて前へ進もう。きっと依恋はこう思っただけなのだ。
――そう、他ならぬ俺と同じように。
いずれにしても、局面は動いた。立ち止まることはできない。何が最善かはわからずとも、手を作っていかなければならない。
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