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     ☆

「えー! 碧山さんは春張くんが好きなんですか」
 前日の昼休み。依恋はひそかに紗津姫と金子を将棋部の部室に呼び出していた。
 とてもとても大事なことを打ち明けた依恋の頬は、恥じらいを隠しきれずにほんのりと染まっていた。それを見守るように、紗津姫は穏やかな顔をしている。
「ぜ、絶対に他言無用だからね?」
「そ、それはもちろんです。でもどうしてまた」
「……来是が紗津姫さんに惚れてるってことは、前に聞いたわよね」
「言ってましたね、今時の男の子には珍しいくらい堂々と。……あれ、神薙先輩はご存じだったんです?」
「ええ、知ったのはつい最近ですが」
 金子は依恋と紗津姫の双方を見渡して、しばしムムムと唸り、手の平をポンと打ち鳴らした。
「これはいわゆるひとつの三角関係?」
「それとはちょっと違うと思います。私は依恋ちゃんを応援している立場ですから」
「ほえー、それはまた面白いですね」
「別に面白いことじゃないわよ」
「失礼。それで、無関係な私にどうしろと?」
「……こんなことを打ち明けたのは、金子さんが来是を応援するなんて口走ったからよ。あれ、撤回してもらいたいの」
 ジトッとした目で見つめられ、金子は依恋の言葉の意味を悟った。
「要するに、碧山さんと春張くんがくっつくように協力してもらいたいと?」
「そ、そうよ! 協力してくれたら、またお店で高い棋書を買ってあげるわ」
「取引成立です!」
 利益の合致を見た金子は、あっさりと了承した。
「でも、春張くんが神薙先輩を諦めないかぎり、おふたりの仲は進展しようがないのでは? それを強引にくっつけようとしても逆効果かと」
「それは……そうだけど」
「神薙先輩が春張くんに、あなたの気持ちには応えられないとか言ったら……」
「……私は何より将棋部の平和を望んでいますので」
 そんなことはしたくない、と口には出さずとも言っていた。
 仮に紗津姫が来是の想いを突っぱねるような言動を取れば……来是がどれほど傷つき、落ち込むかは容易に想像がつく。そして今の生活の根幹を成している将棋を、あっさりと捨ててしまうかもしれない。
 これはどう考えても、悪手だ。来是本人はもとより、この将棋部全体にとっても。
「うん、私もせっかく入った将棋部が空気悪くなるのは避けたいです。とりあえずは碧山さんが神薙先輩以上の魅力を発揮して、春張くんにおっと思わせるのがいいですかね? それで先輩と私がさりげなく場を盛り上げると」
「理解が早くて助かるわ。さっそく土日、あたしの家で勉強合宿するから、金子さんも付き合ってちょうだい」
「了解です。いやあ、乙女チックですねえ。私、碧山さんのことを誤解していたみたいです。学校一のイケメンじゃないと相手にしないとか思ってましたよ」
「そんな軽薄な女のわけないじゃない。人は外見より中身に決まっているわ」
 それから金子は、来是のどこに惚れたのかと質問攻めしてきた。協力してもらう以上は仕方がない。前に紗津姫に話したのと同じように、幼少時からのあれこれを語り聞かせた。
 自分の気持ちを素直に話してしまえる。まさかこれも将棋で心を磨いたおかげだとは思わないが、悪い気はしなかった。
「しかし、碧山さんにすでに想い人がいたとは、がっかりする男子が多いでしょうねえ。うちのD組、碧山さんを狙ってそうなのが結構いますから」
「それは私のクラスでもですよ。とても可愛い新入生がいるって評判で」
 廊下を歩いていても、生徒はもちろん、時として教師からも陶酔の眼差しを受けている。自分こそが一番の女の子だと依恋は自覚している。
 だが、その一番をあげるのはただひとりと、子供の頃から決めていた。
「その他大勢に興味はないわ。……私はずっとあいつだけを……好きだったんだから」