俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.3
☆
部活が終了して、五人は部室棟を出た。
破天荒な新入部員の登場でちょっと疲れたが、今までにない充実感もあった。紗津姫がいつにもまして笑顔で、心が洗われっぱなしだったのだ。
「今度の土曜日、久しぶりに将棋会館に行きませんか? 金子さんの棋力を認定してもらいましょう。春張くんも依恋ちゃんもだいぶ上達していますし、上の級を認定してもらえると思いますよ」
「そうっすね! 行きましょう!」
また紗津姫の私服姿が見られると思うと、テンションがうなぎ登りだった。
「うーん、いいですねえ。これぞ青春って感じです」
金子もすっかり将棋部の空気が気に入ったようだった。しかし依恋は彼女の態度にいまいち慣れることができないらしい。
「あんたの趣味にいちいち口出しはしないけどさ、聞いてて恥ずかしくなるようなことは言わないでよね」
「BLは日本文化ですよ?」
「そーいうのをやめなさいって言ってるの! いつから文化になったのよ」
「そりゃもう平安の昔からです。主に武家社会において男色が流行したっていうの、聞いたことありません?」
「知らないわよ、もう!」
「ここ彩文学園は、日本文化の大切さを学ぼうっていう校訓があるじゃないですか。将来は男色の研究家になろうって本気で思っているくらいで! 日本一、いや世界一のBLプロフェッサーになりたいんです!」
金子の瞳は、らんらんと輝いていた。出会って初日だというのに、いろいろとぶっちゃけすぎである。それほど自分たちを信頼してくれているのだとすれば、ありがたいことではあるが。
「私としては、将棋を一生懸命にやってくれれば、それでいいですよ」
「そういうこった。これから頑張ろうぜ」
紗津姫も関根も、実に大人のコメントを発した。依恋はもう文句は言わなかったが、むくーっと頬を膨らませていた。
校門の前で先輩ふたりと別れる。
金子とは途中まで一緒の道のようで、引き続き並んで歩くことになった。
「あのー、碧山さん?」
「BLの話以外でお願い」
「あはは、私だっていつもそれだけ考えているわけじゃないですよ。碧山さんが将棋を始めたきっかけってなんなのかなって。神薙先輩が言ってたのが、ちょっと気になったもので」
「……そんなのを知ってどうするの」
「別にどうもしませんけれど、ほら、碧山さんってすごく綺麗じゃないですか。将棋みたいな地味な部活をやっているのが、ちょっと意外で。神薙先輩もそうですけど」
将棋は地味。プレイヤーも地味。やはりこの認識は世間一般から拭いがたいらしい。実際、決して派手ではないのだから、無理はないかもしれない。
だが……外面が華やかであることと、将棋の本質はまったくの無関係だ。
「むしろさ、見た目が地味だからこそ、内側からほとばしる棋士の熱量というギャップに、ファンは感銘を受けるんじゃないかな」
「はあ、ギャップですか」
「人間が究極まで頭脳を働かせる姿は、動きがないからこそ美しいと思うよ。たとえば美術品みたいにさ。ダイナミックなパフォーマンスで湧かせるスポーツとは違って、存在感そのもので魅せるっていうか」
「たまにはいいこと言うわね。そう! あたしの美しさは静から生み出されるものよ」
ふふん、と大きな胸を張る依恋。自分で言ってしまっては価値が損なわれるだろうと思ったが、言わないでおいた。
「で、将棋を始めたきっかけですけど」
「神薙先輩はゲームっていうより、日本文化の神髄として将棋を好きになったんだよ。俺はそんな先輩に憧れて入ったんだけどね」
「ほ、ほほほう? つまり春張くんはあの人が好きだと?」
金子は眼鏡をキラーンと輝かせた。普通に異性同士の恋愛にも興味があるらしい。
「まあね。俺はあの人に一目惚れしたんだ」
「来是、わざわざそんなこと言わなくたって……」
「別に知られて困ることじゃないし」
金子が自分の性癖を何から何まで打ち明けてくれたからというわけではないが、紗津姫が好きだということは、隠しておくことはないと思った。中途半端にごまかすことは、あの人への想いも中途半端になってしまう。
「いいですねえ。若さですねえ。そういうことなら、私も影ながら応援しようじゃないですか!」
「マジで? ありがとう」
「よ、余計なことを……!」
「何か言ったか、依恋」
「別に!」
「ところで、碧山さんのきっかけは?」
「……話すつもりはないわ。個人的なことなんだから」
「秘密にするようなことなのか?」
「そうよ」
そのうちに別れ道に到着した。
「じゃ、今後ともよろしくです!」
「ああ、よろしく」
いかにも嬉しそうな足取りで、金子は向こう側へと消えていった。
「変なのがお仲間になっちゃったわね」
「いいじゃんか。先輩も喜んでたし」
「相変わらず先輩先輩って、そればっか」
「恋の喜びを、お前も早く知るといいな」
「う、うるさい!」
依恋はダッシュで一足先に行ってしまった。自分が紗津姫のことを語ると、いつもふてくされたような態度になる。何でだろうなあと疑問しきりだった。
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