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不登校の少年革命家「ゆたぼん」の是非とは?

2019/05/12 18:42 投稿

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久しぶりの投稿になってしまったが、それは置いておくとして。

結論を述べるなら、あるいは個人的な私見と意見を言うなら
「否定」
である。

この国に生きる人間として、「否定しなければならない」と考える。

ふと、ネットニュースで目についたが、この存在に強烈な危機と嫌悪を感じた。

なぜならば、「革命」とは「現行の体制の否定と破壊」を行う事である。

つまりテロリズム、テロリスト予備軍であり、社会や国家に対して不利益を生じさせることを「是」とする個人や集団である。

革命が許される状況とは、現行の体制や環境、状況を容認した場合、取り返しのつかない問題や不利益が生じる場合、緊急避難として組織や社会、国家という枠組みを破壊してでも行わなければ不利益を生じる場合にのみ行う手段、と言える。

幕末からの明治維新といった流れがそれに近いだろうか。

では、この自称革命家なる「ゆたぼん」という少年に、それだけの展望や行動力があるのか?
そういった疑問が残る。

不登校であるということは、現状別の、何らかの代替手段によって、政治や経済、教育といったものを学ぶ必要が有る。
ただ、もし才能が有って、そういった環境や教育がされていたにせよ、幼い。

維新志士達を例に挙げたが、多くは成人、元服後に頭角を現し始め、才覚を示している。
現状のプロスポーツ等の幼少からの英才教育世界と比べて尚、幼いと言わざるを得ない。

となれば、周囲の人間が「ゆたぼん」という少年を御輿にしている、傀儡にしていると考える方が現実的である。
鵜呑みにしている、洗脳されている、と言う事も出来るだろう。

となれば、「ゆたぼん」という少年の周囲の環境は、上記した(テロリズム、テロリスト予備軍であり、社会や国家に対して不利益を生じさせることを「是」とする個人や集団)である可能性が極めて高い。

危険視するな、否定するな、と言われても正直に言って「無理」である。

こちらも上記したが、革命とは緊急避難によるスクラップ&ビルドである。
急激な強硬手段と改革によって、現状が70%から30%に落ちても、あるいはマイナスまで落ちてもそれを行う事を「是」とする思想、思考である。

日本は民主主義によって成り立つ国家であり、理想や思想があるならば、選挙によって問題の解決を求めていく事が求められる。
自ら立候補するにせよ、理解者を探して擁立するにせよ、本来は選挙によって、意見の代表者を選び、解決案を模索し、是正していくべきである。

そういった段階を飛び越えてしまっている時点で、まずおかしいと考えねばならない。

「ゆたぼん」という少年自身が、どう考え、こういった行動を行っているにせよ、客観的に見て現状の反社会主義を掲げた存在であり、事実動画の配信や、ネットニュースになる影響力を「持って」しまっている。

政治や経済、教育に十分な知識と教養があり、明確なビジョンがあり、それは多くの賛同を得られる程優秀な意見であれば、悪いことでは無い。
しかしながら現状は、筋肉も技術も拙い人間に鋭利な刃物を持たせて遊ばせている様な状況である。
自分が危機感を覚える、という言いたくも無い意見を言っても許してほしい。

多くの有名な革命家は、常に先陣を切らねばならない。
事が終われば、その後始末を自らの功績とカリスマで支えながら、やり直す必要が有るからだ。
例えば「チェ・ゲバラ」や「ジャンヌ・ダルク」、あるいは「ナポレオン」でも良いし、有名な革命家を想像してほしい。
伝説のように語られる革命家はいるが、そのうち何人が革命を成し遂げられて、しかも体制の改革や立て直しに成功したのかも考えて欲しい。
上記に並べた三人は、常に自ら戦場に立ち、偉業を打ち立て、それでも非業の死を遂げている人物である。
ましてや「ゆたぼん」という少年は、学校・教育を主軸に革命を謳っているのだから、不登校である時点で革命を謳うべきではない。
心理学的にも、旗頭となる人物や、リーダーとなる人物こそ、率先した行動を行う事が望まれるとされる。

であれば、誰よりも教育現場に臨み、教育システムを理解し、学校という場で行動を起こすべきではないのか?
そして、本来であればそれらは専門の機関や専門家と協力し、現状のシステムや環境の不備を自身の言葉で解釈し、意見を動画にして配信する、そして、その動画によって意見を募り、改善案を募り、現状のシステムとの兼ね合いと落としどころを探り、試行錯誤する、という手段が望ましいと考える訳ですよ。

国家が、年間どれだけの教育関連予算を投じていて、どれほどの教育従事者が居て、どの様な手段や手法で教育を行っていて、外部にはどれほどの関連団体や組織が存在し、そういったものを限りなく「全て」把握し、理解し、意見を述べる「だけ」なら、自分は「ゆたぼん」という少年の行動を「否定」はしなかったと思う。

学校にもシステムとしての不備や、馴染めない理由は有るかも知れないが、出来るなら多くの事を学べる場所だという事を理解し、否定するのではなく、改善する様に考え、行動してほしい。

今回記事にした理由の一つは、自分なりの意見を述べて、否定ではなく改善へと舵を取って欲しい、いう願いでもある訳です。
要は「子供にこんな事させてしまう諸々の現状に対する愚痴」です。

子供たちの健やかなる成長を祈って、今回はここで筆を置きます。ではまた。

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