furufuruos@n のコメント

furufuruos@n
No.33 (2016/03/12 12:43)
拝読させていただきました。以下に感想と私見を。

【靖国テロ事件】韓国は被害者になりたがっている№22コメにて述べた、
『「被害者になりうるシール」を「予防のように張る」行動』という推論に、
本コラムの2.での、「竹島の日事件の韓国議員の言動」がそれに該当するものなのかもしれません。

ですが、わたしの述べた「劣等性シールを張って優位に立とうと類推される」行動について、
その議員の「動機」にかかる「感情」が、大口さんの解説を含めても見えてこないので、
こうだ、となかなか断言できないなぁ、
と、目下のところ私は感じました。
「この行動」が「こういう原理である」といいたいのですが、「自白」してもらわんことには、こっちも分析できないのです。

「被害者になること」で、かの国の人々が「悦ばしい事態になる」ことは、
喩えるなら、「足を骨折した被害者」と、「原因者」との「関係性」のようなものに似ているのでしょうか、

「被害者」は「不動」の状態で、「加害者」の「つぐない」を「むさぼる」ことができるのです。
無論、これは「加害者のホスピタリティ」「富裕さ」に依拠するものなので、そうした相手の「経済状態」に大きな影響を受けるはずですが。

逆にいうならば、「富裕者の行為」の「被害者」になることは、かれらにとって「不動のつぐない」を受ける「都合よい状態」になるのではないでしょうか? これは、過去にかの国の歴史に存在した、一輪車でふんぞり返る「両班」そのものではないでしょうか?

だからこそ、「一時的『両班』気分」を味わうために、かれらは、「より大きなホスピタリティを有する加害者」を求める「衝動」を有しているのでしょう。
逆にいえば、「即時に貴族になる」ためには、「施しを多くくれる倫理的・経済的に富んだ加害者」の存在が不可欠です。
ゆえに、そういう面でも、「他者の序列」をとても気にするのではないでしょうか。
ある意味かれら「ランキングマニア」の順位表は、そうした「集れたらうれしい国ランキング」という側面を持っているのかもしれません。

以上、長文失礼いたしました。

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