日韓問題(初心者向け)

日本と韓国の価値観の違いがよく解る出来事

2015/12/26 22:24 投稿

コメント:62

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  • 思考方法

さて、本日は今年最後の記事です。
今回はいわゆる韓国側から「良心的日本人」と呼ばれている日韓友好論者と、韓国人の間で発生している齟齬の事例が、日韓の価値観の違いを非常によく表していたので紹介します。


要約

ここ1年ほど、日本で広がっている韓国への不信感から、日韓友好論者が保身や利権保護のために韓国の「反日(日本人から見た反日)」に様々な注文をつけているが、その注文が「日本的価値観」からくるものであるので、韓国人には全く伝わらず、場合によっては内紛まで引き起こしている。


これは日韓友好論者の殆どが、日本と韓国の価値観の違いを理解しようとすらしないために起きている現象であり、計らずも彼らの態度が日韓が異なる価値観の者同士である事を証明している。


一部の記事を除き、引用元は文末にまとめて掲載しています。
今回試験的に、本文中の(※○)に引用元記事や、引用元のキャッシュを保存したウェブアーカイブ・ウェブ魚拓などのurlへの直接リンクをしています。
クリックをすると、ニコニコとは別ページへ飛びますのでその点をご了承ください。

1:目立つ反日をして欲しくない日韓友好論者


まずはこちらの記事を


【寄稿】朴裕河教授の起訴に抗議した真意
朝鮮日報 2015/12/21
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/12/21/2015122100441.html
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/12/21/2015122100441_2.html

 「帝国の慰安婦」の著者、朴裕河教授が名誉毀損罪で起訴されたことに、日本で米国人らを含む54人が抗議声明を出した。韓国では同様の声明のほか、私たちを批判する声明や意見も出ているが、そこには誤解が多い。声明に参加した一人として真意を説明させていただきたい。

 私たちへの批判は主に二つある。起訴は元慰安婦のハルモニたちの告訴を受けたもので、権力が自ら介入したわけではない、ということ。そして、私たちが「学問・表現の自由」を掲げる余り、朴教授が彼女らの名誉を毀損した事実を直視していない、というものだ。
(中略)
慰安婦の多様な実態を明かした著者は「日本軍によって無理やり連れ去られ、性奴隷にされた少女」という極端なイメージにとらわれることが問題解決を妨げる一因だと主張した。そんなイメージに合わなければ救済に値しないかのような考え方こそ問題だというのだ。また、日本の国家責任は法的には問えないという著者の見解には異論があってよいが、では多くの女性をだまして集めた業者の責任は全くないと言えるのだろうか。私たちが朴教授を評価するのは自分たちの姿も直視するからであり、決して日本の免責を望んでいるからではない。

 私たちへの批判声明には、日本が一切の責任を否定してきたような記述があるが、これも心外だ。「アジア女性基金」は国民募金による「償い金」(1人200万円)のほか、政府も「医療・福祉支援金」(1人300万円)を出してきた。総理大臣の「お詫び」の手紙もつけた。これでは不十分だといのならともかく、韓国でも約60人がこのお金と手紙を受け取っているのに、そうした事実さえ全く無視しているのは公平でない。

 私たちは慰安婦問題の建設的な議論を願っている。幸い、批判声明は朴教授の刑事的断罪は不適切だとしているが、それなら公開討論を提案する前に、まず告訴の取り下げを働きかけ、静かな環境を作っていただけないだろうか。

若宮啓文(元朝日新聞主筆)


以前から書いていますが、韓国側の慰安婦問題に対する共通認識は「軍命令による組織的強制(軍人による拉致)」です。
しかしそのような事実は存在しない事が既に判明しているため、朝日などは「慰安婦という制度そのものが人権侵害である」と、定義を変えることで保身をはかりました。


この記事は、要するに韓国側も同じ方法で定義を変えて反日を行うべきとしているものです。


また、この記事を書いた若宮氏は、韓国の東亜日報を中心として、様々な韓国メディアで同じような「説得」を続けており、過去には中堅紙の韓国日報で「天皇を日王と呼ぶのはやめよう、嫌韓を助長する」といった趣旨の記事を寄稿したりもしています(※1 韓国日報(韓国語) 2015.08.12)。


彼ら日韓友好論者からしてみれば、政府や「右翼叩き」によって利権を得ているので、韓国への反感が一般人へまで広がると都合が悪く、現在のような日本の世論は彼らの望む姿ではありません。
彼らはメディアを通じて扇動をすることで、一段上から「大衆を導く存在」でいたいからです。


だからこそ、最近ネットなどを通じて知られ始めた韓国の様々な態度を「ひかえて欲しい」わけです。


2:忠告などまるで意に介さない韓国


上記のように、日韓友好論者は、広く日本人に韓国への反感を広げる行為を止めさせようとしているのですが、そもそもその説得方法が根本的に「日本人的価値観」で行われているので、韓国人にはまるで伝わっておらず、忠告をまるで意に介さなかったり、更には「裏切られた」と感じて更なる反発まで発生しています。


たとえば慰安婦問題では、朴裕河教授起訴に対して日韓友好論者が組織的に抗議しているわけですが、裁判を主導している挺対協などは「被害女性の苦痛を知らない」「盗みをしなかった人を泥棒だと決めつける本が発刊された場合(中略)鬱憤に満ちた被害者はどうやって保護を受けるべきなのか」と反発しています(※2 中央日報 2015年12月04日)。


韓国では、慰安婦とは軍命令によって拉致された・拷問を受けた女性たち(※3 民衆の声(韓国語) 2014-11-03) 朝鮮日報 2015/12/23)というのが『史実』であり、その「かくあるべき姿」に合致しない事柄は全て間違いなのです。
更に「理論よりも主観的な感情が優先される価値観」も関係しています。


また韓国においては、「被害者が最も偉い」という独特の価値観がある事から、彼らは日本に対して自分達は常に絶対的な被害者であるはずと考えているので、自発的に慰安婦になったとか、朝鮮人のブローカーが騙していた等といった話は、その条件でも「絶対的な被害者」になれる状況にでもならない限り、認める事ができないのです。


また「日王」という呼称に関しても、東亜日報においてつい先日「日本王」という表記が使われた記事が掲載されました。(※4 東亜日報 DECEMBER 24, 2015
若宮氏の意見は、朝日新聞と提携関係にあり、彼が定期的にコラムを寄稿している東亜日報にすら無視されているのです。


これに関しても、韓国では一般的に小中華思想に基く国の序列が一般的であるので、中華以外に皇帝を名乗る事は許されません。
また韓国では「日本は百済が作った、日本は百済の属国であり天皇は百済系」という歴史観が一般的ですので、彼らの中では日本は自分達よりも序列が下の存在なのだから、「日本の王」でなければならないと考えているわけです。


いずれの事例も、韓国独特の価値観に根ざした考え方の結果ですので、若宮氏のような方法で説得する事など出来る訳がありません。


仮に彼らの考え方を変えさせるのならば、日韓友好論者は韓国人よりも上位の存在と認めさせた上で「言う事を聞かせる」か、或いは韓国人が自分たちよりも上位の存在と認めている相手に「要求させる」しかありません。
序列が人間関係の中心の社会ですから、私達の常識が通じる訳がないのです。


3:近年になって日韓の価値観対立が激しくなった理由


このように、日本人の常識で彼らに忠告をしてもまるで無意味であり、どんなに日本人から見て説得力のある説明をしても、大抵の場合韓国人はその意味を理解できません。
価値観が根本から異なるのですから当たり前の事なのですが。


では、なぜ過去半世紀はこれが問題にならなかったのかと言えば、それはこの価値観の違いを理解している人々が日韓双方に少数存在しており、その人々が両国の多数派を誤魔化し、或いは騙して、対立が目立たないように橋渡ししてきたからです。


元々潜在的に対立の火種は多数ありましたが、交流する人々の数が限られており、少人数で情報の制御が可能だった時代には、対立が起きても隠すことが容易ですので、両国とも多数派に問題を知られることがなかったのです。
そうして日韓関係は成り立ってきました。


が、ネットの登場と2002年の日韓共催ワールドカップを契機として、双方の実態が無制限に相手側に伝わるようになった結果、「解っている人々」が少人数で情報をコントロールする事が不可能になり、また何でも韓国人の言う事を肯定してしまう日韓友好論者の登場により、この関係が破綻します。


日韓友好論者は、今回書いたように彼ら自身が日韓の間にある価値観の大きな隔たりをまるで理解していませんから、まともに情報のコントロールが出来ず、また「説得」もできず、しかし彼らは日本国内において、メディアなどを通じて強い社会的影響力をもつゆえに、より一層価値観の対立を表面化させて行っています。


それでなくとも、ネットの登場で双方の「多数派」がダイレクトに相手の姿を知ることが出来るようになってきたのですから、最早「都合の悪い事は教えない」という体勢などとっくに破綻しています。
現代は、お互いがお互いの事を、包み隠さずダイレクトに知る事が当たり前になったからこその対立であり、日韓の関係悪化は必然です。


そしてこの関係は、実は江戸時代や文禄・慶長の役のときにも見られ、この当時も双方小数の「わかっている」人々が、多数派を騙したり誤魔化したりして、価値観の隔たりを見せないことで、関係を成り立たせていました。


(※2015年12月28日訂正
ご指摘の通り、文禄・慶長の役の件は日本と朝鮮というよ日本と明の件ですので訂正しました。)


つまり、元々平穏な交流のできる日韓関係とは、少数派が情報をコントロールして多数派に実態を教えない事でしか成り立たない関係だったともいえます。


現在は、無理な関係を続けてきた結果できた「歪み」が元に戻ろうとしているとも表現できます。
元々が友好自体に無理があったのです。


今回紹介した、日韓友好論者と韓国人との間の対立は、それを象徴する出来事です。



今年の記事は今回が最後となります、12月30日と2016年1月2日はお休みし、次の更新は2016年1月6日を予定しております。
私がもう一つやっているマスコミ問題関連のブログ「暇つぶしにどうぞ」のほうは、12月28日が今年最後の記事となります。


読者の皆様、今年1年ありがとう御座いました。
来年もよろしくお願いします。


それでは皆様、少々早いですが良いお年を。



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(※1)
"日王呼称日本人に侮辱感…'天皇'呼んでくれるのを"
韓国日報(韓国語) 2015.08.12
http://www.hankookilbo.com/v/1d7a3c9c860a4684a513e3afcbacc647

韓国では日本の‘天皇’を普通‘日王’と呼ぶが、私はこれを漢字で見るたびに、思わずラーメンを思い出させてしまう。日本には日清食品が製造した‘日清ラ王’というカップラーメンがあって‘日王’はそれを連想させるのだ。‘ラ王’は‘ラーメンの王’だ。冗談のように聞こえるかも知れないが、むやみに使われる‘日王’という呼称に、ほとんどすべての日本人が侮辱されたような感じを持つのは間違いない。

1998年、金大中(キム・デジュン)政権スタート直後、私は日本メディア各社政治部長団の一員として韓国を訪問したことがある。大統領と会見した後、当時のパク・ジョンス外交長官との晩餐の席で要請を一つした。「天皇を日王と呼ばないで下さい。」それが功を奏したのか、キム・デジュン政権はついに‘天皇と呼ぶ’という方針を明らかにした。

これに従うように、訪日した金大統領と面談した天皇は自身の先祖に百済王族の血が流れていることを明らかにして金大統領を驚かせた。当時、‘天皇と呼ぶ’と宣言した韓国紙もあった。しかし、その後の韓日関係悪化で、やがてその新聞も‘日王’に戻ってしまった。2012年8月には李明博(イ・ミョンバク)大統領が独島(ドクト、日本名:竹島)訪問後、天皇に謝罪を要求する激しい発言もして日本人の怒りをかったが、この時も李大統領は‘日王’と言った。

日本憲法第1条はこうだ。‘天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。’ここに王はない。憲法が日本の象徴と規定したのは天皇だ。ところがなぜ、韓国は日本憲法を無視するのか。そこには以下のような理由があると考えられる。

天皇という呼称は天下を支配する皇帝と同じで、実態と似合わない。さらに過去の歴史的に王位を‘受け入れた’韓国として王より格が高く見える天皇という呼称は認めたくないのだろう。本来、王(king)と皇帝(emperor)はどのように違うのだろうか。王が一国の支配者であるのと異なりローマ皇帝のように様々な民族を支配する帝国の支配者を皇帝と呼んできた。それなら日本の天皇が昔から王に近い存在だったことは事実だ。

ただし、天皇は中国の歴代皇帝も認めてきた日本特有の呼称であり、‘桓武天皇’‘明治天皇’と同じ固有名詞の一部になってきた。今でも世界に王は多いが、帝国主義時代が終わった後、皇帝はひとりもいない。それでも西洋各国はEmperorと呼ぶ。Eが大文字であることは固有名詞として書くからだ。中国もこだわらないで天皇と呼ぶ。昔から一つの血統を維持してきた、世界で珍しい存在という点も特別扱いの一つの要因であろう。

韓国は植民地時代に天皇の写真に礼を示し、絶対服従を誓うよう強要された屈辱の記憶もあって抵抗感が強いことは知っている。明確に過去‘大日本国憲法’で天皇は‘神聖で侵すことのできない統治者’と見なされたし、軍国主義にも利用された。私たち日本人もその時代の天皇制に対する拒否感は非常に強い。

しかし、そのような天皇の性格が完全に変わって70年が過ぎ、今は国民が敬愛して親近感を感じる存在になっている。最も権威ある存在として国家の公式行事に出たり、外国のお客さんを迎えているが、政治的権力は一切持たない。大災害が発生した地域を訪問して避難民らを慰めるのも大きな役割だ。誰も天下の支配者だとは考えない。

韓国大統領も訪日すれば天皇と会って晩餐にも招待される。そのたびに過去に対する痛恨の心を表明してきたのも天皇だ。そのような相手を正しい呼称で呼ばないのはやはり無礼と言う他ない。これでは韓国御訪問も無理だ。

最近、ある韓日シンポジウムで討論者の韓国人記者が「今から天皇と呼ぼう」と提案したという話を聞いた。勇気ある発言だと考える。もし、私が韓国指導者やジャーナリストなら直ちにこの様な動きを広めるだろう。可能なら政府とすべてのメディアが同意を集め、いっせいに‘天皇と呼びます’と宣言しよう。それだけでも日本の韓国イメージははるかに良くなることは間違いない。


(※2)
ナヌムの家「『帝国の慰安婦』起訴批判、被害女性の苦痛知らない」=韓国(1)(2)
2015年12月04日09時18分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/272/209272.html
http://japanese.joins.com/article/273/209273.html

慰安婦被害者支援施設ナヌムの家は3日「検察が『帝国の慰安婦』著者である朴裕河(パク・ユハ)世宗(セジョン)大学教授を起訴したのは、朴教授の『不正確な意見』のためではなく『事実と違った歪曲された表現』のため」と明らかにした。ナヌムの家側はこの日、見解説明の資料を出して「今回、朴教授に対する起訴について学問的なものさしで反対するのは、元慰安婦女性が体験している苦痛に対する認識が欠如したもの」としながらこのように強調した。
(中略)
そして「今回、朴教授を告訴した被害女性たちは『自発的売春』をした事実がない。そして『日本軍と同志になって日本の勝利のために戦う』と思いながら慰安婦生活に耐えたのではない。死ぬことができずに耐え、70年が過ぎた今でも苦痛を受けている」と強調した。

また「盗みをしなかった人を泥棒だと決めつける本が発刊された場合、被害者がこれに耐えなければならず、これは学問の自由を守らなければいけないからだというならば、鬱憤に満ちた被害者はどうやって保護を受けるべきなのか」として「これはもはや学問の自由の問題ではなく、誤った表現が被害者の名誉を傷つけているかどうかの問題」と再び強調した。
(中略)
ナヌムの家は「『帝国の慰安婦』で提示された見解の不適切さに対する議論は学問の領域に属するが、事実ではないのに事実のように表現しておばあさんに苦痛を与えた部分、その表現をずっと使うことに対しては相応する(法的)代償がなければならない」とした。「今後も慰安婦問題解決のための健全な討論の場はいつでも開かれていなければならず、学問の自由もやはり完全に保証されなければならない。しかし学問の自由を口実にして事実と違う表現で被害女性に苦痛をあたえ続ける行為は決して容認されてはいけない。今回の刑事事件の本質について正確な理解を持つことを切実に望む」と要請した。

(※3)
[寄稿]日本の小学校先生方に
民衆の声(韓国語) 2014-11-03
http://www.vop.co.kr/A00000809958.html
こんにちは。私は大韓民国ソウルのある小学校で6学年の担任を受け持っている教師です。こちらはもう紅葉の派手な宴も終わらんとして冬をむかえる準備をしています。やせてく木々は残念ですが、春に芽吹くことを信じているので悲しいばかりではありません。私は先生方に春を迎えることができず、数十年間、冷たい胸を握りしめて生きてこられた方々の話をお聞かせしようと思います。

1930年代から日本の崩壊前まで、韓国、中国、フィリピン、インドネシアの女性たちが日本軍人たちの性的奴隷として強制動員された事実があります。いわゆる‘日本軍慰安婦’ですが、韓半島だけで動員した数字が16万と推定されているといいます。当時、日本の植民地であった我が国の女性が最も多く動員されたとされ、1992年から現在まで234人が被害事実を申告しました。

彼女たちは10代の頃、働き口があるという話を聞いたり強制拉致の形式で満州やフィリピン、パプアニューギニアなど太平洋戦争の激戦地に建てられた軍慰安所に引きずられて行きました。彼女たちはわけも分からないまま狭い部屋に閉じ込められて、食事も満足に与えられず、あらゆる暴行にあって一日中何十人もの軍人を相手にしなければなりませんでした。ひどい場合、一日平均370人を相手にしたという証言も出てきました。慰安婦は10人なのに3千人の兵士が列をつくったとのことです。

子供ができたら子宮を摘出し、性病にかかれば熱した鉄棒を子宮に入れて殺したりもし、逃げれば、全身に入れ墨を彫ったりもしました。天王陛下のために喜んで軍人100人を相手にすると手をあげられなければ、売りものにならないと転がして首を打って落としたりもしたといいます。戦争が終わったら、慰安婦の存在事実を隠すために女性たちを集団銃殺や集団生き埋めしたりもしました。想像することさえ恐ろしい人権じゅうりんではありませんか。

ところが故国に帰ってきた彼女たちが、日本軍慰安婦被害の事実を明らかにしても何度も胸を切り裂かれています。日本政府の態度のせいです。資料を隠すことばかり汲々とした日本政府は文書が出てくると、すぐにやむを得ず謝罪だけして賠償はしません。その後、数回真相究明、公式謝罪、法的賠償などを要求しましたが正しく聞いてくれないで、さらに日本指導者が戦争中慰安婦制度は必要だと主張したりもしました。それに加えて何度も強制連行ではなく自発的だったという主張まで繰り返しているのが実情です。今は日本の教科書にこの問題が法的に終結したと載っていると聞きました。

先生方、慰安婦強制連行は確固たる歴史的事実であり終わっていません。日本側のとんでもない主張によって、そのひどい苦痛にあわれた慰安婦ハルモニたちは楽に目をとじられることもできません。現在残っている慰安婦ハルモニは55人しかいません。年老いて一人、また一人とわだかまりがとけないまま帰っておられます。残っておられる方々に、きちんと謝罪し賠償をするために日本の知識人たちが乗り出すべき時と考えます。歴史を正しく見て、正義と良心に照らして問題を解決していかなければなりません。

今年5月、私たちの6学年の子供たちと一緒に水曜集会に参加しました。水曜集会は1992年、日本総理の訪韓を契機に始まり、毎週水曜日、日本大使館前で開かれる慰安婦ハルモニ問題解決のためのデモです。現在1100回を遥かに越え、年老いた慰安婦ハルモニたちが毎回一緒に参加します。私達の子供たちも、ピケを作って参加してハルモニに手紙もお伝えして署名もしました。日陰もない狭い道端にうずくまって座って説明を聞き、叫ばなければならない活動ですが、何も知らない子供たちの心にも響くものがあったのか、真剣に参加したのです。また来ることを約束した子供たちもいました。

日本軍慰安婦問題は時間が過ぎて自ずから忘れられることを待っていてはいけないことをこの子供たちも見せています。私達の子供たちが長く記憶することで関心を持つでしょう。同じ教育者としてこの土地の子供たちに正義を見せ、彼らが作っていく世の中は今より美しいことを知らせましょう。

2014年11月2日

大韓民国のある小学校教師が切実な気持ちを込めて ソウル上院(サンウォン)小学校 オ・ヨジン


慰安婦:NYの韓国系団体、世宗大に朴裕河教授の解任を要求
朝鮮日報 2015/12/23
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/12/23/2015122300610.html
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/12/23/2015122300610_2.html
(ウェブアーカイブ)
http://web.archive.org/save/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/12/23/2015122300610.html
http://web.archive.org/web/20151226122306/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/12/23/2015122300610_2.html

従軍慰安婦が日本の軍人と同志的関係にあり、慰安婦連行に日本政府は関与していなかったという内容で波紋を起こしている、朴裕河(パク・ユハ)世宗大学日本文学科教授の著書『帝国の慰安婦』問題について、米紙ニューヨーク・タイムズの報道をきっかけに、ニューヨーク在住の韓国系コミュニティーでも非難の声が上がり始めた。
(中略)
ニューヨーク・タイムズは19日、韓国で物議を醸している朴裕河教授の『帝国の慰安婦』に関する内容を大きく報じていた。同紙は「公式的な慰安婦の歴史は、日本が韓国をはじめとするアジア諸国から軍隊が運営する売春宿に少女たちを強制的に連れて行き、第二次世界大戦で敗北するまで性奴隷生活をさせたというものだが、朴裕河教授は韓国と日本の資料や存命中の元慰安婦とのインタビューを通じ、元慰安婦に対する不快な部分を隠した画一的なイメージが韓日間の多くの感情的紛争を深刻化させていることに気が付いた」と慰安婦に関する別の見方を詳しく報じた。
(中略)
チェ・ユンヒ会長は「騒動になっている『帝国の慰安婦』を韓国の女性教授が書いたことに驚がくした。当時の朝鮮は日本の植民地奴隷国家だった。仮に韓国人が(慰安婦を)募集したとしても、日本人の主の新たな奴隷に過ぎない。どこの親が借金のために自分の娘を売春宿に売るというのか。朴裕河教授は被害者と家族を2度殺すな」と声を荒らげた。
(後略)

(※4)
日本王「年々戦争を知らない世代が増加しているが…」
東亜日報 DECEMBER 24, 2015
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2015122496538

日本王が23日、82歳の誕生日を迎え、侵略戦争への忘却を警戒する発言をした。

日本王は、皇居で記者会見し、「年々戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」と述べた。日本王は今年が戦後70年であることを強調し、記者会見の内容の半分ほどを戦争と平和への考えを明らかにすることに割いた。

日本王は、太平洋戦争での民間人犠牲者について、「平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると非常に心が痛みます」とも話した。また、民間人船員の犠牲を例に挙げ、「将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました」とし、「本当に痛ましく思います」と付け加えた。

朝日新聞は、日本王が民間船員の犠牲に言及した際には感極まった様子で言葉を詰まらせたと伝えた。同紙は、「船員の犠牲は6万人を超え、3割は20歳未満の少年だった」と伝えた。

日本王は8月15日に行われた戦没者追悼式で、公式の席上で初めて「深い反省」という表現を使うなど、安倍晋三首相の右傾化を牽制する言動を続けている。

最近、関心を集めている自身の健康については、「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」と述べた。

コメント

furufuruos@n
No.66 (2015/12/30 22:08)
今年も1年間有益なコラム、ありがとうございました。
来年はさらにかれらの「行動」を読み解く助けとなる情報をいただければ幸いです。
あと、「来週28日の日韓外相会談について」コメ44,45にて、
「28日合意」に係る私の見解を書かせていただきましたので、興味ある方は拝読いただければ幸いです。

さて、コラム拝読させていただきました。以下に感想と私見を。
本コラムを読んで思い起こしたのが、過去の私のコメに対し、大口さんから「大亜細亜主義」についての示唆をいただいた件です。
「3:近年になって日韓の価値観対立が激しくなった理由」での大口さんの「過去の日韓関係」に係る見立てに、そういった分野の歴史が反映されているような気がします。
そこから考えると、「朝日新聞」は、戦前「大亜細亜主義」の理想を、最も色濃く実現しようとした新聞でした。そしてそれは今でも、「変容しながらも継続」されているようにも感じられます... 全文表示
azzuki74
No.67 (2015/12/30 22:43)
>>63
>既に韓国政府は「日本がこの件で一つでも韓国に気に入らない事を言ってきたら違反だ」と、破るための口実を公言しているので

不可逆性は双方に適用されるとか言って、韓国人に受け入れ不可能な事を日本が言えば、合意は無効となると言ってますね。
韓国人に受け入れ不可能な事がどんなことかは韓国人が決めるわけですから、彼らの気分次第で合意は無効になる・・・
と言うか、そもそも既に日本政府と韓国政府とでは慰安婦に対する解釈が異なるので、つまり日本政府は「軍の強制はなかった、10億は賠償ではなく人道支援だ」としてますが、それは韓国人の解釈と既に異なっているわけですから、韓国はいつでも今回の合意を無効にするカードを既に手にしているとも言えるのではないでしょうか。

しかしそうなると、アメリカを立会人にして不可逆性を担保した日本政府の戦術は失敗って事になるのでしょうか?

それとは別にちょっと思ったのですが、在韓日本大使館前の慰安婦像ですが、一部報道によると、あの慰安婦像撤去が日本の10億円拠出の条件になってるそうです。
それが本当だとすると、韓国のことだから、

一旦慰安婦像を撤去

日本から10億もらう

再び慰安婦像を設置

ってあり得る気が・・
大口歩也 (著者)
No.68 (2015/12/31 12:26)
>>65
「相殺」というのとはちょっと違う気がしますが、韓国社会ではたしかに無視されるという行為を非常に嫌う傾向にあります。
それは喩えるなら、ネット上における「荒らしは放置されるのが嫌い」と本質的には同質な物であると、私は考えています。

彼らは、とにかく自身が絶対的に正しいと考えていますから、自分の考えは常に他者から評価されるべきであり、否定的な評価をするのは相手が劣等だからだと考える傾向にあります。
ただし、多数派から批判される場合には、ウリという独特の概念から、批判された行為や対象を切り離す事で、自己の問題では無くしてしまうという行動も見せます。

この全てにおいて共通するのは、「他者からどんな形であれ反応されて批評される」という状態です。
そしてそのうえで、他者からの批評という相対的な基準を、自己の優越性の絶対的な判断材料としている彼らは、「何も反応されない」という行為を不安に感じるのだろうと思われます。
批判であれ評価であれ、それらがなければ自己のスタンス(序列)を決定できないからです。
韓国社会において、常に何かしらの国際的な順位付けに強い関心を持ち続けているのも、それが背景でしょう。
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