Ingen のコメント

Ingen
No.8 (2015/07/12 01:54)
外務省の人事システムは人品骨柄を重視し、上の者は「難のある人物」「癖のある人物」に目を光らせ、そのような者たちに出世のチャンスを与えないようマークし続ける人事管理上の不文律が存在するようです。 すると次のようなことが起こります。

第一次湾岸戦争の折、当初政府自民党の小沢幹事長は派兵の道を探ります。 しかし派兵への拒絶感が激しく、結局膨大な戦費のみを負担することになりました。 (湾岸戦争終了後、クェートからは全く評価されなかったのですが、私は恐らく米国国務省の遠謀だと思っています。 単純な嫌味ではないと思います。) このとき栗山駐米大使は、彼の職務を考えれば少し不可解なことですが、湾岸戦争への参加を忌避しています。 外務省として公文書まで作成し、参加は国益にそぐわないと政府に働きかけているのです。 動きを封じられた小沢幹事長は、仕方なしに日本をATMする道を選びました。 ただし、この代替行動には世論も野党も外務省も拒否反応をみせませんでした。

外務省内で駐米大使職はエリート中のエリートです。 省内の序列の都合で、ときおり適任でない人物が奉職したりします。 このときの栗山駐米大使がそうでした。 英語が喋れない上、どんな仕事をすればいいのかも分からず、在任期間を通じて米国政府から「存在しない大使」と異名まで頂戴する始末。 そんな熱心なサボタージュを実践していた人ですが、「日本に戦争参加の道を開かせない」という高邁な一事には重い腰を軽快に上げ、熱心に働きかけました。 日本政府相手に。

人品骨柄卑しからぬ人物が中枢を占めるようデザインされた外務省。 薫風香る高潔な職場で、世間に胸を張り、背筋を伸ばし堂々と仕事にいそしむ職員。 このようなモノが、日本の国益を十年スケールで阻害したのです。 この本質的不具合は在外公館の不祥事みたいな些事よりも、よほど目につきにくいのです。 価値判断が「合理に則って善悪両義を尽くす国益の企画設計」ではなく、全人教育の延長線上の「信条」に基づいている点が特徴です。

彼らの人事システムでは奇矯で偏屈だが異彩を放つ策士外交官、前例踏襲よりも状況を新造する企画を策謀する大使、といった人材は決して日の目を見ません。 (そもそも、こういう人たちはサラリーマン的処理能力も不均一で、周囲の協力を人一倍必要とするくせ、人物として鼻につき、周囲からは「嫌な奴」と疎まれがちです。) それで日本外務省からはメッテルニヒも初代FBI長官フーバーも生まれてこないわけです。 「人品骨柄卑しからぬ、冠たる日本外務省」のキャッチコピーにそぐわないからです。

ウクライナ・クリミヤ問題は朝鮮戦争並みの天佑で、日本外交の地平に突如黒い原油を噴出して現れた油田的外交資産なのに、これを日本の国益のために悪用する企画力も無いまま、いつものように非難されにくいという理由で人品骨柄卑しからぬ行動力を現して、鷹揚にロシアと会談してみせるよです。 天安門直後の対中外交行動のときのような愚かさを発揮して。

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