furufuruos@n のコメント

furufuruos@n
No.31 (2015/07/15 20:51)
私事にて、コラム拝読が遅れてしまいました。
次コラムの掲載もそろそろかという時期ではありますが、以下に感想と私見を。

「産業革命遺産登録問題」の日本側の構造上の問題について、
前コラム『【世界遺産】「明治日本の産業革命遺産」はどうしてあのような形になったのか』
33コメでわたしの発した疑問に答えていただける形にも読め、
特に国内側の『「産業革命遺産登録」を推進せねばならない事情』について、
われわれ側の「心情」の問題点をよく説明頂いていると思いました。

あえて私見を加えるとすれば、日本側における「ユネスコ」と同等の省庁はどこか、という点を少し考えれば、
今回の事業がどこ主体で発案されたかが推察できるのでは? という感想を持ちました。

先に述べた私見を少し広げれば、
今回の事業主体はおそらく「文部科学省」もしくはその下部組織の「文化庁」が事業主体であり、「推進」もしくは「取り下げ」といったアクセル・ブレーキは「文科省」役人が踏む役割だった、と考えるのが、妥当な推測かとも思います。
もちろん、外交権限は「外務省」が独占して持っていますし、当該施設の認定は「総務省」と、それを通じた「自治体」の推挙によって行われます。またこれら複数の省庁の意見調整は、「内閣府」が主体となって、「政治的」に解決せねばなりません。

こうした複雑な状況から、「各担当省庁の責任意識」は当然希釈化されますし、「他人事」意識も強く生まれます。だれがどの役割を担うかの、政治的面も含む「判断」も遅く、「意図」も希釈化されます。「石見銀山」や、「富岡製糸場」の成功例が、悪い形で「おらが村自慢のエゴ」を醸成し、こうした「他人事」意識を助長したのかもしれません。

紙面や文字の都合から、メディアもこうした複合的要因の指摘が充分ではないと、私は感じます。

以上のことから、エゴまみれで、ただ単純に「目的達成」さえすれば「どんな妥協をしてもよい」という「烏合の衆」こそが、今回の問題を生んだ現況だと思いますし、ゆえに、こういった「烏合の衆」を「作らない」、もしくは「烏合の衆化を避ける」ために、どのような方策がありうべきか、考えるきっかけになればよいと思います。
できることなら「烏合の衆」には「烏合」のまま、国内で大人しくしていてほしいですが。

Pantheire さん、すみません、また長くなってしまいました。
以上、長文失礼いたしました。

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