SIG のコメント

SIG
No.21 (2021/02/22 14:48)
何だか話が拗れてるみたいなんで、久しぶりに一つだけコメントします。
過去をというか「自らを省みる」事自体は韓国人も行っていますよ。
ただし、無意識下で。
実のところ、韓国人も馬鹿じゃないので理性的に自身の非を考えられない訳じゃないんです。
ですが強すぎる感情が、自らの非を全力で否定して理性の部分を塗り潰しているんですよ。
その証拠に、韓国人が非を責められて咄嗟にそれに返す内容が「的外れ」な上に「おま言う」な事があります。
それは韓国人は反論しようとした際に咄嗟に感情のタガが外れ、それで前々から無意識下の理性で認識していた自らの非が思わず吹き出て、それをそのまま相手に置き換えて反論材料に使ってしまうからなんです。
……自分で書いててなんですが、普通は逆ですよねw
ちなみに余裕ができると、感情が理性に命じて相手の非を指摘するというやり方で自身の正当性を証明させようとするから、他者から見ると唖然とするほど無茶苦茶な理論を平然と発する事になるんです。

ですから、「韓国人が自らを省みる事が出来ない」のは習慣的な理由というより人格的な理由なんです。
習慣的なものなら、帝王学ばりに「自らを省みるな!」と子供のころから明確に教育しないとそうはなりませんから。
では何でそんな人格になったのかというと、前に話したように韓国人の親ははみな幼児期に一切躾をしない「超甘やかし育児」をする為、成長しても感情が際限なく肥大化したまままの所謂「感情の奴隷」を育ててしまうからなのです。

朱子学で「宗聖」と称えられる「曾子」という人が論語でこう述べてます。

「曾子曰く、吾は日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀りて忠ならざるか。朋友と交わりて信ならざるか。習わざるを伝うるか。」

簡単に言うと、曾子は1日に3度も自身の行いに過ちがなかったか振り返るというものですが、明らかに韓国人の振舞いとは正反対です。
当然、韓国人だってこれを理想だと考え自身や子供もそうであると思っている筈ですが、実際のところそう思い込んでいるだけで客観的に見て正反対なのは、根本的に人格の部分でずれているからなんですよね。

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