大口歩也(著者) のコメント

大口歩也 (著者)
No.13 (2021/02/21 21:45)
>>1>>2
その件なのですが、ウリとナムの件を入れるのを忘れてしまったうえに、動画中でかなり軽く触れているだけになってしまっていますが、「自身=ウリ」が過去を省みるという概念がないというだけで、「過去を省みる」という概念自体はあります。

なので、「ウリ」の範囲にある事例で「自己を省みる発想がない」という意味であり、またウリとナムの範囲はその時の状況によって自身を中心に拡大・縮小するため、状況に応じて一枚岩になったり、また分裂したりするというわけです。

ソメイヨシノの韓国起源説の場合、元々韓国内でコンセンサスができており、そのうえで便宜上の右派系が利用したという背景があるため、最終的な着地点があのようになり、また「韓国起源説」自体も「ウリの範囲」であるため、全体として「省みる発想がなくなる」わけです。

>>11
あくまで私が観察した範囲の事になりますが、彼らを見ていると「どう努力したか」や「どう譲歩したか」の基準は自身(ウリ)で決めます、なので今回の事例のように言葉でそう言えば「やったこと」になり非常にハードルが低くなります。

そのうえで、他者に対しては「どう努力したか」や「どう譲歩したか」も「ウリが決める」ため、非常にハードルが高くなるというわけです。
平たく書けば、努力や譲歩の基準は相手の行いも自身の行いも「ウリが決める」ため、自分に甘く他人に厳しくなるわけです。

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