dish のコメント

dish
No.16 (2017/05/01 21:03)
執筆お疲れ様でした。

今日も質問させてください。

「劣等性を主張することを通して、自己の序列をあげる」というのは、
日本人としてピンとはきませんが、理屈として何となく理解できなく
もありません。しかし、それをもとに「被害者になりたがる」という
のは、少々意味がわかりかねます。

確かに、「被害者」になれば、必ず相手の劣等生は指摘できること
にはなると思いますし、結果として相手に対して優位性を獲得でき
るでしょう。

しかし「被害者」が必ずしもその「被害」の埋め合わせ(「謝罪と
賠償」とか)にありつけるといった保証はないですよね? 

たいていの場合、「被害者」より「加害者」の方が力を持っている
ケースがほとんどかと思います。ならば、「被害者」は泣き寝入る
しかない可能性の方が普通は高くなるかと思います。

「被害者になりたがる」というのは「被害者は必ず救済される」
ことが担保された社会でないと、一般には定着しえない考え方では
ないかと思うのです。

しかし、朝鮮は、そうではありませんでしたし、今もそうではあり
ません。
有史以来チャイナの属国として過酷な歴史を歩んできましたし、
李氏朝鮮時代は庶民は両班に悲惨な支配を受けて来ましたが、
全く埋め合わせなど想像することさえできないような状態が続いて
いました。今も序列が全て、力が全ての社会ですよね?

また「被害者」になることでさらに、不当な扱いを受ける危険もあるか
と思います(たとえば、「弱い者」認定されれば、舐められてさらに、
搾取されることだってあると思うのです)。

にもかかわらず、朝鮮人がなぜ必ずしも利得を得られるとは限らないのに、
リスクをおかしてまで被害者になりたがる」傾向があるのか、わからない
のでご教示いただけますか。

このコメントは以下の記事についています