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おまたにひとみの放送ではあまり喋れない歴史の話

第3回 関東八屋形(やかた)とは何か?

2013/09/03 00:52 投稿

  • タグ:
  • 歴史
  • 戦国時代
  • 関東
自称・長野の山猿が生意気にも関東を巡った旅をひとつ。
 戦国時代の関東史において、一番目立つのは小田原の後北条氏である。
北条早雲(そううん)を祖とし、相模(さがみ)国小田原を本拠地として5代、
およそ120年に渡った統治の歴史がある。
しかし織田・豊臣・徳川を中心とした中央政権と比べると、関東の戦国時代はいささか資料にも乏しくあっさりとした内容になっている。
 今回は様々な城を練り歩きながら関東について話していきたい。
 ①関東の権力構造について
 屋形とは読んで字の如く建物を意味するが、ここでは名門や大身を意味する「屋形号」のことである。なお、屋形号の上には公方(くぼう)号・御所(ごしょ)号というものがあり、征夷大将軍やそれに準ずる一門格・公家などの敬称である。
 それが関東に8つあって関東八屋形、要するに関東の名門八家ということになる。
 室町時代、関東は鎌倉府と呼ばれる機関があった。

 この鎌倉府を頂点とした一定の権力構造が成立していたと見られ、その下の関東豪族に対して与えられたのが関東八屋形の称号である。 ちなみに鎌倉府の長官は室町幕府初代将軍、足利尊氏の四男・基氏(もとうじ)から始まり、代々関東を治めていくことになる。    

 ②関東八屋形  
 北関東を本拠地とする家が多い。
 那須・宇都宮・小山・長沼・結城・千葉・小田・佐竹の八家から成る。
 
 ・那須氏


 下野(しもつけ)国那須郡を本拠地とした豪族である。
 藤原北家の末裔と称し、藤原道長の六男・藤原長家の孫資家(すけいえ)を祖とする。
 
 ・宇都宮氏
 


 下野国を本拠地とし、藤原北家の道兼(みちかね)を祖とする。
他にも伊予(いよ)・筑後(ちくご)・豊前(ぶぜん)などにも支流があった。

 ・小山氏



 武蔵国を本拠地とし、藤原秀郷の末裔を称し元は太田氏を自出とした
 その後、下野国小山に移住し小山氏を名乗る。

 ・長沼氏



 下野国芳賀郡長沼を本拠地とした、小山氏の庶流である。

 ・結城氏



 下総(しもうさ)国結城を本拠地とした、小山氏の庶流である。

 ・千葉氏
 


 上総(かずさ)国を本拠地とし、後に下総に進出した、平良文(よしふみ)を祖とする。

 ・小田氏
 


 常陸(ひたち)国筑波を本拠地とし、八田知家(ともいえ)を祖とした。

 ・佐竹氏


 常陸国久慈郡佐竹を本拠地とし、新羅三郎義光を祖とする常陸源氏の嫡流であった。

 今回はこれまで、次回は撮影してきた城とともに解説を交えて紹介します。

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