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岡田斗司夫プレミアムブロマガ「『千と千尋の神隠し』不思議な世界への秀逸な導入と実はホワイトな湯婆婆の経営手腕・基礎研究編」

2019/11/23 07:00 投稿

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岡田斗司夫プレミアムブロマガ 2019/11/23

 今日は、2019/11/03配信の岡田斗司夫ゼミ「『千と千尋の神隠し』を読み解く13の謎[前編]」から無料記事全文をお届けします。


 岡田斗司夫ゼミ・プレミアムでは、毎週火曜は夜7時から「アニメ・マンガ夜話」生放送+講義動画を配信します。毎週日曜は夜7時から「岡田斗司夫ゼミ」を生放送。ゼミ後の放課後雑談は「岡田斗司夫ゼミ・プレミアム」のみの配信になります。またプレミアム会員は、限定放送を含むニコ生ゼミの動画およびテキスト、Webコラムやインタビュー記事、過去のイベント動画などのコンテンツをアーカイブサイトで自由にご覧いただけます。
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『千と千尋』を読み解く14の謎

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【画像】スタジオから

 はい、こんばんは。岡田斗司夫ゼミです。
 11月3日、今日から午後7時からスタートなんですけど、大丈夫でしょうか? 一応、3回くらい告知してたから大丈夫かなと思ったんですけど、まだまだ慣れてない人も多いと思います。そんな人は、後でアーカイブで見るのがよろしいでしょう。まあ、YouTubeでも後で見れるしね。
 ということで、今日から7時に変更です。なので、明後日のガンダム講座も19時スタートだから、間違わないようにしてください。よろしくお願いします。

 今日は来週と2回にわたって『千と千尋の神隠し』を解説します。
 テーマは、一応、「『千と千尋』を読み解く14の謎」というふうにしてみました。
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【画像】『千と千尋』を読み解く14の謎
  1. 不思議な世界の謎
  2. 湯婆婆の謎
  3. ストーリーの謎
  4. 神隠しの謎
  5. 油屋の謎
  6. メガヒットの謎
  7. ジブリの謎
  8. 神様の謎
  9. 海原電鉄の謎
  10. カオナシの謎
  11. 銭婆の謎
  12. ハクの謎
  13. 「振り向いてはいけない」の謎
  14. 両親の謎

 まあ1番から14番まで並んでいるんですけども、これ、まだ増えるかもわかりません。
 というか、14番まであるんですけど、本当にね、どれくらい話せるかわからないんですよ。一応、僕が本来やりたいペースで話しますけども。
 では、さっそく1番目の謎から始めましょう。

基本はホラーの『千と千尋の神隠し』

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【画像】スタジオから

 『千と千尋』を読み解く14の謎、最初は「不思議な世界の謎」です。
 今回の解説は、基本的にジブリの公式のBlu-rayを参考にしています。

 DVDの再生を始めたら、一番最初、0分0秒にトトロのイラストが入ったジブリのテロップが出ます。
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 これが10秒映ってから、その後、真っ黒な画面になって、この3秒間の黒みの後で、花とカードが移ります。
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 「千尋、元気でね。また会おうね。理砂」と書いてあるカードと花束ですね。
 そして、これを、まあ、やる気のない顔をした少女が、だらしない姿勢で見ている。
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【画像】やる気のない千尋 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 これで「この女の子が主人公の千尋だ」というのがわかるわけですね。
 舞台は現代の日本。「10歳の少女・荻野千尋とその両親は、新しい街に車で引っ越してくる」というのが冒頭ですね。

・・・

 さて、「千尋たちが、この時、走っている場所はどこか?」ということなんですけども。
 映画の中で、こんな標識が映るんですね。
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【画像】国道の標識 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 「国道21号線」と「中岡」と書いてあります。
 中岡という地名が実在しているかどうかはわからないんですけど。「これは甲府なんじゃないか?」と言われています。
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 国道20号線を左に曲がると甲府方面に行くので。
 こういった研究は、ブログ「SUDAREの部屋」で、かなり綿密な調査がされています。

 例えば、「最初に出てくるこの場所は、国道20号線近くの、この表札あたりじゃないか?」と。この辺には、劇中に映る「グリーンヒル」という看板によく似た施設の看板もあります。

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【画像】グリーンヒルの看板

 この作品辺りから「どこがモデルなのか?」みたいな、いわゆる聖地巡礼みたいなものが始まってきたんですよね。なので、ジブリも、わざと特定できないように、色々と工夫しているんですよ。
 だけど、SUDAREさんは、そんな中でも、かなりの場所を特定してくれています。
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【画像】サイクルファーム © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 例えば、アニメの画面で、車のミラー越しに見えた「サイクルファーム」というお店と同じ店があるとか。

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【画像】とんかつみのや © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 あとは、一瞬だけ映る「とんかつみのや」という店と、全く同じ場所を見付けてきたりとか。
 アニメに出てきたクリーニング店と、全く同じクリーニング店とか。こんなふうに、かなり特定されています。

 おそらく、八王子周辺の色々な場所の風景を再構成して作り上げているんですけど。ここら辺からわかる通り、『千と千尋』では、かなり、現実の風景をそのまま描くようにしています。
 これが後に『ポニョ』の時に、宮崎駿が「こういうのが嫌になった」と言ってたことですね。
 まあ、勝手ですよね。『千と千尋』の時は、現実の風景を丸々映すように言っておいて、後に『ポニョ』を作る時には「ああいうのはもう嫌だ!」とか「あんなことをやっても意味がない、ダメだ!」と言い出して。美術スタッフは本当に振り回されたそうなんですけど(笑)。

 千尋のお父さんの運転するアウディは、こんな場所を通りながら、「トチノキ」というニュータウンに向かって、分岐点を右に曲がっていきます。
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【画像】ニュータウンとタイトル © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 ここで、タイトルになります。『千と千尋の神隠し』と。
 これ、カメラが上に上がっていくと、住宅街の屋根が見えるわけなんですけど。この坂を登って、本当はこっちのニュータウンの方に行きたかったわけですね。

 ここまでが1分40秒。
 いろんな絵を見せながら、1分40秒でここまで来てるから、実は『千と千尋』って、すごくテンポの良い作品なんですよ。
 テンポがいいわりに、最初40分間は、なかなか事件が起こらないんですけども。

・・・

 1分53秒。途中で、お父さんの車は、杉の老木と倒れた鳥居を抜けて、参道に入ります。
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【画像】老木と鳥居 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 上から下に、カメラがずーっとパンで降りて行くんですけど。この杉の木、途中で幹が折れているのがわかりますか? 上の方は枝が折れていて、かろうじて葉っぱだけが生えている状態です。
 カメラがずーっと下に行くと、舗装した道路がここで切れていて、もう普通の山道になっているんですね。

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【画像】壊れた鳥居 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 そして、老木の脇に傾いた鳥居が立てかけられています。
 この鳥居は、絵コンテにも「壊れた鳥居」と書いてあるんですね。たぶん、昔は、この先に行く道にかけてあったんでしょうね。それをもう、外してしまって、道端の木に立て掛けているという、なかなか罰当たりなことがされています。
 おそらく、昔は、このアスファルトの道がなくなって山道になるこの場所から神域いわゆる神様の領域だったんですね。
 これは、そのシンボルであった杉の巨木。メチャクチャ樹齢が多そうな木なんですけど。今や、これも枯れかけて朽ちつつあります。
 しかし、何も知らない3人の乗ったアウディは、この神聖な土地に4輪駆動モードで入って行きます。

 ここで「こっちで合ってるのかな?」と、お父さんがエンジンを一旦ニュートラルにして、周りを見ます。
 すると、千尋が、こんな不思議なものに気がつきます。
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【画像】杉の木の根本 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 これ、杉の木の根本ですね。立てかけられている鳥居の下の方に、石で作った小さい家がいっぱいあります。
 この小さな家は神様の家ですね。石の祠です。それが、いっぱい捨てられているんですよ。この乱雑な置き方に、ちょっと注目して欲しいんですけど。

 ちょっとアップにした写真があります。
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【画像】石の祠 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 アップにすると、この石の祠、明らかに捨てられて集められているのがわかるんですね。
 おそらく、この石の祠は、昔はこの参道に沿って並べられて、ずっと祀られてたものなんです。それを取り払ってしまって、杉の根元に鳥居と一緒に放置してあるんです。
 たぶん、ここを工事した大工さんの誰かが「鳥居と一緒に置いておくことで、せめて祟りがないように」というふうに、かつての神木だった杉の根元にまとめて置いたわけですね。
 よく見ると、この石の祠、屋根とかが外れてしまっているのもあるんですけど、中に小さい食器が入っているのが見えます。
 おそらく、これがお酒とかをお供えする器だったんでしょうけど。この中に1つだけ赤い色の器があるのがわかりますか? まあ、これが、なんかちょっと怖い感じがするんですね。この赤い色が、映画の画面でも目を引くように、ちょっとドキッとするような赤になっています。

 ここまでの話を聞いておわかりのように、この映画『千と千尋の神隠し』って、実はホラーなんですよ。
 基本的にはホラーで、
 後半のファンタジー要素はすごい楽しく作ってるし、ホラーな現場に入っていった後、千尋が千という名前になって働いたりするので、よくわからないんですけど、湯婆婆に出会うまでの最初の30分は、全体的にホラー映画として作られているんですね。
 この辺りの描写、「本当は神聖な領域なんだけど、鳥居とかが取り外されてしまって、神様の家が捨てられている。そんな中に、何も考えずに4輪駆動の車でガタガタと入って行く」というのは、ハリウッドのホラー映画によくある「インディアンの呪われた土地に、何も知らずに一家が引っ越していく」というのと、似たノリで撮られているんですよね。

 千尋というのは、学校を転校して、この時は編入前の宙ぶらりんの状態なんですよ。石の祠が取り壊されて、家がなくなっている、宙ぶらりんの神様と同じ状態だから、この神域の不思議な世界に入ってこれたんですね。
 こういうホラーの定番として、何か縁がないと入れないんですね。そういう意味では、神様たちもこの家族も「家がない」という宙ぶらりんの状態なんですよ。
 ここら辺は、来週に解説しますけど、この両親も、引っ越しの途中なんですけど、実は家庭の危機、家族の危機という状態にあるんですね。この3人共、なんとなくバラバラの状態になっているので、この世界にスッと入れるようになっているんです。
 この両親の家庭の危機というのは、すごくわかりにくいので、来週、丁寧に説明します。3人共、宙ぶらりんの状態なので、神様の土地に間違えて入ってしまったわけですね。

トンネルを抜けるまでのスピーディーな展開

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【画像】スタジオから

 山道を走って行くと、途中で道がいきなり石畳になるんですね。
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【画像】石畳 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 石畳になって、車が、こう、ガタガタ、ガタガタ揺れます。
 これね、山道なんですよ。山道の途中から石畳になるということは「昔の人が石畳を敷かなきゃいけないくらい大事な道」ということなんですね。
 大昔の、江戸時代とかそれより前の時代に、山の中にこんなものを作っていたということは、よっぽど神聖な道だったということですね。城を建てる時でも、なかなか石畳なんて敷かないものですから、そういう神聖な土地に入ったサインなんです。
 だけど、お父さんは気づかずに猛スピードで走ってしまうんですね。
 絵コンテには「お母さんは婚約時代からこういうのに慣れている」と書いています。なので、お父さんの乱暴な運転を見ても、お母さんは平気な顔をしてるんですけど、千尋はそんなお父さんを見るのが初めてだったので、すごくビックリします。
 すると、突然、目の前にトンネルが現れるんです。
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【画像】トンネルと石人 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 トンネルの前には石人というのがいます。石で彫った人間のような人形ですね。
 石人というのは、九州北部の古墳跡から出土する石像です。ここから、この聖域自体がかなり古いものであるということがわかりますね。

 「なんだ?」と思って、この赤いトンネルの上を見ると、読めない字が書いてあるんです。
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【画像】看板 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 屋根があって、看板が出てるんだけど、なんて書いてあるか読めない。実は「湯(油)屋」と書いてるんですけど、コンテには「読めないように書いてください」と指示されているので、読めないように書いてあります。
 ここから先にあるのは、バブル崩壊前に作られた、温泉を中心としたテーマパークなんですね。
 でも、温泉は出ないんですよ。なので、油屋では、石炭を窯で焚いて、ボイラーでお湯を沸かしているわけですね。つまり、偽のスパリゾートなわけです。温泉が出ないのに「温泉郷だ」と言っている。
 この、車が急停止するところまでで3分です。スピーディな展開です。まだ、最初のトトロのマークが出てきてから、3分23秒なんですね。
 両親は、このトンネルの中に入って行きます。
 お父さんの方はのんきに「なんだ、モルタル製か。けっこう新しい建物だよ?」と、正体を見破ったような感じになっています。お父さんは実は建築業で働いているから、こういう建物に詳しい、と。
 お父さんは平気なんですけど、そのトンネルに向かって、後ろから風がビューッと吹き寄せられていく。トンネルの中に風が入って行くんですよね。
 それを見て嫌な予感がした千尋は、中へ入るのをすごく嫌がります。「私、行かない!」と。

 4分18秒。「私、行かない!」と言っている千尋を置いて、お父さんとお母さんだけがトンネルに入って行くんですけど。千尋が石人を見ると。
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【画像】石人 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 これ、すごくわかりにくいんですけど、ものすごくゆっくりと、カメラが寄ってるんですよ。
 画面の端の辺りを見たらわかるかな? ほんのちょっとレンズが寄っているんですね。背景だけが外側へ流れて行ってるんですけど。なかなかわかりにくいですね。
 すごくゆっくりトラックアップして、カメラが寄っていくことで「千尋がこの石人に心を奪われて、嫌な予感がしている」と丁寧に伝えているシーンです。2秒くらいの、ちょっと長めなカットなんですけど、何をやっているのかよくわからないんですね。
 実は、この石人「夜になるとカエルに変化して、口から水を吐く」という設定だったそうなんですけど、「そこまでやらなくても構わない」ということで、設定が取り消しになってしまいました。
 しかし、後のシーンで、別の石人が夜になると口から水を吐くので、まあ「トンネルを抜けた場所に、いつの間にか川が出来てて帰れなくなる」というのは、こいつがカエルになったからだと考えてください。

 で、千尋は、嫌な予感がしながらも、両親を追いかけて入って行ってしまうんですけども。
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【画像】トンネル © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 これ、一番最初に父親と母親が入って行くシーンでのトンネルです。周りが赤くて、モルタルにペンキで塗られています。
 それに対して、これは、もう、ほとんどラストシーン。この世界に帰って来るところなんですけど。同じトンネルでありながら、石人はすでにただの石の車止めになっていて、壁面も石が積み上げられたものに変わっている。周りも、木でいっぱいになっている。
 映画の頭とお尻では違うトンネルになっているんですね。

 つまり、もう、この段階で「化かされている」って言うんですかね? もう3人は不思議な世界に入ってしまっているんですね。
 「トンネルを抜けたら不思議な世界」ではなくて、実はもう、トンネルのところから変な世界だった、と。
 じゃあ、その変な世界に切り替わったのはどこなのかと言うと、おそらく、あの石の祠を通り過ぎた辺りから、神様の世界に入ってしまったということなんですね。

 5分53秒。このトンネルを抜けたら、まあ、平原が広がっていて、ずーっと上り坂が続いている。これが後に海みたいになるんですけど。ただ、その平原みたいなところに誰もいない。
 6分50秒。千尋が不安になって「お母さん、お母さん、嫌だよ、行きたくないよ」って言うんですけど、母親は「早く来なさい」と言うだけで、なぜか千尋とは1カットも目を合わせません。
 父親と母親は、けっこうイチャイチャしているんですよ。お母さんがフラッとしたら、「大丈夫か?」と言ってお父さんが支えて、お互い笑い合ったりしているんですけど。千尋に対しては「早くしなさい」と言うだけなんですね。
 この異常な冷たさ。両親共に、特に母親の方の冷たさには理由があるんですけど。ここら辺、かなり深くなります。
 映画を見ている人の中には「両親は子供みたいな人で、まだ仲が良くて、だから冷たいんだ」って言う人もいるんですけど。いや、そんな意味のないことを宮崎駿がするはずがないんですよね。
 ここについては、来週の後編で解説してみます。

ものすごい密度の「ホラー描写」

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【画像】スタジオから

 7分38秒。トンネルを抜けて不思議な光景が目の前に広がります。
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 早いですよね。7分38秒でここまで行くから、ハリウッド映画で言っても、なかなかのペースなんですよね。
 この、気持ち悪い目の看板、ちょっとつげ義春の漫画っぽいですね。ここから下の方へカメラが降りて行って、お父さん、お母さん、続いて千尋が階段を上って行きます。
 無人の歓楽街が広がっている。ここは、もう、幻想の世界と現実の世界の中間なんですけど。もともと神様の神聖な土地であった場所に、バブル崩壊のちょっと前、金余りの日本が、こういう変な建物をいっぱい作ってしまい、今ではそこにお化けが住むことになった、と。

 まあ、千尋のお父さんは「バブル時代の名残」って言うんですけど。実はこういう巨大な変なテーマパークというのは、日本中に昔からあったんですね。
 明治時代から、例えば、東京の浅草に富士山縦覧場というのがありました。
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【画像】富士山縦覧場

 これは、当時のパンフレットみたいなものなんですけど。明治20年に、浅草六区に、富士山を現実にセットとして作っちゃったんですね。高さ32メートルだから、かなり高い建物です。この頂上まで登れるというふうになっています。
 写真もあります。もう、荒い写真しか残ってないんですけど。
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【画像】浅草富士

 手前に自転車に乗った人とか人間がいます。これが浅草富士と言われたやつですね。本当に、人間が歩いてグルグル回って登れるようになっていて、高さ32メートルだから、かなり高い建物なんですよ。
 これが、明治23年に取り壊されて、後に凌雲閣という建物になりました。いわゆる浅草十二階というやつですね。まあ、ピサの斜塔の垂直に建っているみたいな建物なんですけど。
 こういうのが作られたわけですね。当時の版画も残っています。
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【画像】浅草富士版画

 こういう建物が、浅草に建てられました。

 明治から大正のバブル期には、こういうのがエラい多かったみたいです。京王閣遊園とか、花月園遊園地とか、あとは兎月園とか。いろんな有名なものがありました。
 あと、浅草の奥山風景というのは、神社仏閣のデパートと言われ、「そこに行けばあらゆる神様仏様にお参りが出来る」と言われていました。
 小説では、江戸川乱歩が『パノラマ島奇談』を書いたり、『幽霊塔』を書いたりした時代です。これは『千と千尋』と似てるんですよね。「明治の末期から大正期にかけて、日本にちょっとしたバブル期が来た時に、神様をないがしろにするようなテーマパークを建てて、そこでちょっと変な事が起こる」というのが、江戸川乱歩などの話で書いてた話なんですけど。
 この辺、詳しく知りたい人は、今日の放課後に資料を見せながら、ちょっと話をします。
 つまり、何がいいたいのかと言うと『千と千尋の神隠し』というのは、実は破棄され、ゴーストの住み着いたテーマパークが舞台なんですよ。

・・・

 9分目。美味しそうな料理を見つけた千尋の両親は、無我夢中になって食べてしまう。千尋は嫌な予感がするので、それを食べずに両親の元を離れて、街の中を散策します。
 このシーンですね。
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【画像】街と千尋 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 無人の繁華街がどこまでも広がっている。この提灯が後でいい感じになるんですけども。このカット、千尋が立っているのが画面の端っこというのが良いですよね。
 あと、この影の位置に注意してください。建物の影が落ちている。これは、ほぼ真上というか、ほんのちょっと傾いた位置から日光が来てるんですけど。これが、後々の怖いことが起こる伏線になっているんですね。
 もう、無駄がない。こういう無人の商店街を見せる時、わざと主人公を左端に置いて、影を反対側に落として、あくまでも明るくて、怖いことは何も起こってないのに「これから怖いことが起こるよ?」というのを画面の反対側で見せるという方法です。
 ここから、どんどん怖い展開になっていきます。

 階段を上っていくと不思議な建物があります。
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【画像】油屋 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 立派な松が生えていて、灯籠があって、赤い欄干の太鼓橋があって、その向こうに「油屋」という巨大なお風呂屋さんが見えます。
 太鼓橋があるのは、まあ実用性もあるんでしょうけど、何よりも異世界の入り口だからです。いわゆる神仙思想と言うんですかね? 中国には「仙人が住んでる場所には、必ず真中が盛り上がった太鼓橋が掛かっている」という法則があるんです。
 なので、日本の昔のお金持ちが日本庭園を造る時、あれって「日本庭園」と言いながら、中国の仙人が住んでる神様の土地というのを作っているんですね。だから、必ず、橋のミニチュアを置く時には、こういう反り返った太鼓橋を置くんです。
 そんな太鼓橋の巨大なものがあって、その向こうには絢爛豪華な建物が建ってるわけですね。

 11分15秒。千尋がこの太鼓橋を渡って、油屋の前に行こうとすると……本当は渡っちゃいけないんですよ。そこから先は神様の土地ですから。すると、白い服を着た少年ハクが現れて「戻れ! ここから先は行ってはいけない!」と言うんですね。
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【画像】ハク © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 これがそのハク少年なんですけど。「戻れ! 行ってはいけない!」と画面の正面に向かって、ちょっと近づきながら言うんですけど。この時、ハクの後ろの影が、急激に伸び始めます。
 すごい勢いで夕日が沈んでるから、後ろの橋の影がギューンとすごい勢いで伸びているんです。そんな中、ハクが焦って言葉を掛けるんですけど、話しているうちに、横顔がどんどん赤くなっていって、夕焼けが迫って来て、影が横向きに伸びているのがわかるんですよね。
 もうね、これは吸血鬼モノのホラー映画なんですよ。ここら辺は、メチャクチャ怖い表現ですよね。

 油屋が存在するこの神様の世界、仙人の世界では、この速度で時間が流れちゃうんですね。
 現実のおよそ10倍の速度です。なんで10倍なのかというのは、まあ、後で説明しますけど。
 実は、千尋にとって、この『千と千尋の神隠し』というのは、4日間の話なんですね。わずか3泊4日の話なんですけど、現実の世界では、その中で1ヶ月くらい経っているんです。1ヶ月以上かな?
 この「10倍の時間」というのも、来週解説する後半のテーマに関わる大事なポイントだから、忘れないようにしておいてください。

・・・

 とにかく、すごい勢いで時間が流れ始めると、さっきの誰もいない街に赤い光が次々と灯って、黒い影が地面からヌーッとはえてくるわけですね。
 千尋は、慌てて「お父さん、お母さん!」と言って、逃げ帰ろうとするんですけど、父親と母親は、いつの間にか、神様のお供えものを食べた罰でブタになっているわけですね。
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【画像】ブタになった両親 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 さらに、暗くなった街には黒い幽霊のようなものが現れます。
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【画像】黒い幽霊 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 この辺、上手いですよね。さっきまでの誰もいなかった街に、いつの間にか黒い影がぬーっと地面から生えてきて、不安そうに立っている千尋の周りで動き回る。
 千尋が、もう両親を置いて逃げようと、一番最初の階段を下りて行くと、その階段のところからも、黒い影がどんどん歩いてきてしまうわけですね。
 まあ、どんどんホラー映画になっていくわけです。

 しかし、さっき登って来た階段を下りたら、途中で水になっていることに気がつく。
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 いつの間にか、さっきくぐったトンネルは遥か向こうにあって、そこには街の灯りが見えていて、途中は川というか、もう海みたいになっていて、帰れなくなっているんですね。
 この辺、絶望的だけど美しい風景です。
 宮崎駿は、こういう状況を見せるだけじゃないんですね。千尋が「もう、こんなの嘘だ、嘘だ! 消えろ、消えろ! 消えてなくなれ!」と言うと、自分の身体が透明になっていくんですよ。
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 自分の身体が透明になっていくと同時に、絢爛豪華な渡し船が現れて、そこから化け物みたいなものが陸に上がってくるんですけど。それが見えるのが、自分の透けた手越しなんですね。
 つまり、千尋が「うわっ! 私の身体が透けていって、消えてしまってる!」と恐怖の中で自分の透けた手を見つめていると、その向こうに光る船が現れているのが見える、という2つの状況。「今、何が起こっているのか?」ということと「千尋の身体に起こった変化」というのを、同時に1フレームで見せる、メチャクチャ上手いカットですね。
 単なる説明っぽいカットにはせず、ちゃんとサスペンスとか次の展開が盛り込まれている。もう本当に、ここらへんのコンテは名人芸ですね。

 この船が岸に着くと、中から神様が降りてきます。
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【画像】船から降りる神様 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 神様、特に日本の神様って見えないんですよ。姿がないんですね。
 以前にも説明したと思うんですけど、なんで秋田のナマハゲは、あんなお面やミノを着けているのかというと、本来、神様というのは目に見えない存在なので、その周りをミノやお面で覆うことで、神様ということにするものだからです。
 これは、ニューギニアとかあっちの方でも信じられているリーとかピーという精霊に近い。だから、『千と千尋の神隠し』の英語のタイトルは『Spirited Away』になってるんですね。この「Spirit」というのは、神様というよりは精霊に近いものなんですね。
 そんな、姿が見えなくて、お面しかない神様なんですけど。ところが、それが千尋がいる岸の上におりてくると、身体がどんどん実体化して、本来、見えてはいけないはずの神様の姿が見えるようになるんですね。
 この世界というのは、神様の世界と人間がいる現実世界の、ちょうど狭間にあるところなんです。

 こんなふうに、どんどん上陸してくるんですけど。まあ、この時の千尋は、これが神様だとはわからずに、お化けだと思っています。

 千尋は恐怖にうずくまって動けない。そこに、さっきの美少年ハクがやって来て、この世界のものを食べさせてくれるんですね。「この世界のものを何か食べないと消えてしまう」ということで、ようやっと透明になりかけていた身体が元に戻る。
 さらに、ハクはさっきの油屋の脇に千尋を連れて行って「ボイラー室にいる釜爺に会って、仕事をさせて欲しいと頼むんだ。仕事をしないものは湯屋を支配している湯婆婆という魔法使いに動物に変えられてしまう」と言われます。

・・・

 ここまでで16分です。この16分間、ものすごい密度で、描写は完全にホラーなんですね。
 ホラーなんですけども、子供がギリギリ見られるホラーとして作っている。
 でも、そんなホラーの中で欲しいシーン、例えば「やってはいけないことを両親がやってしまって、一生懸命、止めるんだけども聞いてくれない」とか「嫌な予感がするのに、そこに入ってしまう」とか。あとは「まるで吸血鬼モノのように、あり得ない速度で、さっきまで空高く輝いていた太陽が、あっという間に夕日になって沈んでいって、街が暗くなり、変なものが現れる」という、すごく面白いホラー映画の展開が、わずか16分で、ザーッと目白押しにやってくるんですよ。
 本当にね、これ、ホラー映画としては、世界最高の面白さだと思うんですけど。『千と千尋』って、あんまりホラーとして評価されてないんですね。

 『千と千尋』の14個ある謎のうち最初の謎、この不思議な世界はなんだったのか?
 実は、古代の神聖な場所の上に、バブル時代に驕り高ぶった人間がテーマパークを作ってしまった。さらに、そのテーマパークが破棄されたおかげで、いわゆるテーマパーク全部が幽霊屋敷になってしまったんですね。それが、この不思議な世界の正体なんですよ。
 つまり、これって『シャイニング』なんですね。『シャイニング』などのお化け屋敷モノを、巨大なフレームに置き換えたもの。
 だから、お化け屋敷モノだって、見ている人が気付かないんですね。そうじゃなくて不思議なファンタジーの世界だって思っているんですけど。導入部のあの面白さというのは、完全にホラー映画なんです。
 だけど、途中から、お化けたちの気持ちになったり、お化けたちと一緒に働くという、不思議な展開になっていくわけですね。

 そんな世界に入ってしまい、逃げられなくなった女の子の話です。
 両親はブタになってしまい、自分の身体もどんどん消えていく。「どうすればいい!?」と。
 こんな、ものすごいホラー映画が、実はここから先、ちょっと面白いファンタジー映画に変化していくんですね。
 実は、この「現実の世界からホラーの世界に入って行くんだけど、だんだんとファンタジーに変化していく」という展開には、元ネタがあります。その元ネタは、次のコーナーで話しましょう。

「シータから湯婆婆まで」宮崎駿のヒロイン像とその成長

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【画像】スタジオから

 ということで、いやあコメントを読む暇もない。もう35分でしょ? まだ次のコーナーも無料枠だから、今日は大変なんだよ。
 ちょっと水飲むね。えらいこっちゃ、大変だ。
 まだ無料放送は続くよ、大丈夫。いや、大丈夫でもないんだけどね、本当は30分でやめたいんだけど。
 では、「不思議な世界の謎」をやったので、次は「湯婆婆の謎」です。

 この無料枠で絶対に語りたかったのが、この湯婆婆の話なんですよ。世間で湯婆婆が誤解されているのが、もう、僕には残念過ぎて。
 お客さんというのは、基本的に「セリフで判断する」んですよ。セリフで「この人は良い人、悪い人」って考える。だから、「湯婆婆はエゲツなくて、残酷で。それに対して、電車に乗って会いに行く湯婆婆のお姉さんの銭婆は優しい」というふうに考えちゃうんですね。
 そりゃ、セリフだけ見てたら、まるで「湯婆婆はエゲツなくて、銭婆は良い人」みたいに見えるんですよ。千尋も「ありがとう、おばあちゃん!」とか言って抱きついたりするもんだから、てっきり良い人だと思っちゃうんですけど。
 「とんでもない! 銭婆の方が100倍怖いよ!」っていう話は、まあ、来週します。

・・・

 湯婆婆の正体なんですけど、魔女です。つまり、もともとは人間なんですね。
 顔がデカイし、鳥に変身するけども、まあまあ、それは魔法でありまして、油屋という銭湯で、たくさんの部下たち、カエルとかナメクジとか、女の人とかを働かせてます。

 この湯婆婆の経営する油屋、「実はホワイト企業だ」というふうに言われています。
 Twitterでも「どんな人にも働く意欲があれば仕事を与え、新人に対しても優劣をつけず、手柄があればしっかり褒め、理不尽な客には上司として自ら撃退する。経営者として素晴らしい才能のある魔女」と言われています(笑)。

 「理不尽な客には上司として自ら撃退する」というのが、これですね。
(パネルを見せる)

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【画像】湯婆婆とドラゴンボール © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 コンテにも「ドラゴンボール」って書いてあるんですけど。湯婆婆が、カオナシにカメハメハを発射するシーンです。この辺が『千と千尋』の遊び心なんですけど。
 こういうギャグシーンって、湯婆婆の周りには、結構、多いんですよ。「湯婆婆は、こんなふうにカメハメハを放った後に、全然効かなくて、カオナシから泥をかけられて全身泥まみれになる」というギャグシーンなんですけど。
 でも、お客さんは、あんまり笑わないんですね。それは、もうね、ホラーとして作って「この人は怖い人」というふうに見えちゃってるから、面白くなりようがあんまりないんです。
 そこら辺を、高畑勲は「『カリオストロの城』の頃に比べて『千と千尋』にはいっぱい動きはあるんだけど、客は誰一人笑わなかった」と、すごい嫌味を言うんですけども。
 こんなふうに、結構、ギャグをやってるわけですね。「お客様とて許せぬ!」という名セリフを吐きながら。これ、なかなかいいセリフだと思うんですけども(笑)。

 その他にも「住み込み環境は完全整備。制服と着替えを支給して、食事あり。理由ある休みなら全然ありで、始業は札をひっくり返すだけ。タイムカードみたいに、始業何分前にやるべきというルールはない。就業中、一時抜けても怒られないし、従業員の機転による行動なら認める」という、まあ完全なホワイト企業として書かれています。

 面白いのは、分数の関係でカットされたんですけど、釜爺と千尋がエンガチョを切るシーンのセリフとして、本来は結構長いセリフがあったんですよ。
 これは、本編でカットされちゃった、コンテに残っているセリフです。
(パネルを見せる)

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【画像】釜爺のセリフ © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

釜爺:この判子は恐ろしい。魔女の奴隷の判子だ。
千尋:私、もう奴隷かと思ってた。みんな奴隷労働させられてると思ってた。
釜爺:ふん! 俺達はれっきとした労働者だ! 自分で決めて、ここで働いているんだよ! 風呂屋にいるのも出ていくのも自由さ! 本当の名前は魔女に秘密にしているからな!


 つまり、自由契約なんですね、実は。このセリフ、カットされちゃったのが、残念なんですけど。
 実は、湯婆婆って「みんなを支配している」んではなくて「自由契約でみんなを囲っている」んですね。
 これが、湯婆婆の美徳。いわゆる「自分はこういうふうにあらねばならない」というプライドなんですけど。

・・・

 しかし、この湯婆婆にも欠点があるんですね。
 それは「他人を好きになり過ぎる」ことなんですよ。
 湯婆婆というのは、実に人情があり過ぎて、他人を好きになり過ぎるので「愛するものを手放せない」んですね。
 例えば、坊っていう、巨大な赤ちゃん。あれはわかりやすいんですよ。あれは溺愛しているってわかるんですけど。
 ハクにしても、千尋にしても、実はわりと気に入っているんですね。セリフではエゲツないことを言うんですけど、気に入っている。
 だから、千尋が最後の方で銭婆に会いに行ったことを知ると、すごい怒るんですね。「なにっ!? 千尋の両親、あのブタを食べさせろ! もう食べてしまえ!」と怒るです。
 基本的に、愛情が深すぎるから、一度気に入った人が自分の元を離れると、すごく許せなくなるんですね。

 と、同時に、ハクが怪我したら「もうそいつは役に立たない。捨てておしまい」と言う。
 これは「好きにはなるんだけど、それは役に立つからとか、自分にいいことをしたから気に入る」ということなんですね。
 つまり、「その人が役に立たなくなってしまったり、自分の元を去ってしまったら、極端に憎んだり、極端にいらないというふうになってしまう」んですよ。
 湯婆婆って、こんなふうに、すごく人間味が強すぎる人なんですよね。そんな、悪い顔なんですけど、憎めないという人なんです。

・・・

 油屋で働いているカエルとか女の人というのは、もともと何だったのか?
 これについては「元からカエルとかナメクジが、人間になった」という設定もあるし、「そうじゃなくて、全員人間で、湯婆婆のところで働けなくなったら、カエルとかナメクジになっちゃう」という設定もあって、矛盾してるんですよね。
 宮崎さんも、アニメーターに聞かれる度に違うことを言うので、実はこの設定って、公式には統一されてないんですよ。
 ただ、1つ言えるのは何かと言うと「湯婆婆は、カエルとかナメクジを使う」っていうことなんですね。
 カエルとかナメクジというのは、昔の日本では、分類学上、1つの呼び名でくくったんですよ。
 日本古来の博物学に本草学というのがあります。本草学では生き物を「人間」「獣」「鳥」「魚」って分けるんですけど、それ以外の全ての生き物を「虫」って言うんですね。
 だから、蛇も虫なんですよ。マムシっていう蛇がいるのはなぜかと言うと、昔は蛇も虫に分類されていたからですね。トカゲでも、蜘蛛でも、昆虫でも、人間、獣、鳥、魚以外の小さい動物というのは、全て虫というジャンルになっています。
 湯婆婆というのは「虫を愛でる人、虫を愛でる姫様」なんですね。つまり、ナウシカなんですよ、湯婆婆というのは。
 ナウシカでありながら、仲間たちを対等に扱い、契約を重んじるわけですね。つまり、湯婆婆というのは、エボシ様でもあるんです。
 『もののけ姫』のエボシ様が暴君化しちゃった存在なんですね。もともとはナウシカっぽかった人が、周りと戦ううちに、自分達でルールを決めて「それを守らなければいけない」と部下に強制し始める。
 これも、全員に公平にやっているうちは良かったんですよ。若い頃は良かったんだけど。でも、段々と年をとって、若い頃には自分の中で抑えていた情熱みたいなものが暴走しちゃって、暴君になってしまった。そういう暴君になってしまったエボシ御前というのが湯婆婆なんです。
 湯婆婆という人も、たぶん、もう少し若い頃は、もうちょっと判断もしっかりしていたし、人情家でもあったと思うんですけど。今は、自分が好きになっちゃった人とか、自分が好きになってしまった財宝というのに囚われて、以前の人間味というのが失われて、嫌われたり恐れられている。
 まあ、ドーラ婆さんの未来の姿であると同時に、これ、おそらく「宮崎駿から見た鈴木敏夫」なんですね。あるいは、宮崎駿自身かもわからないです。
 2人とも「気に入った人を徹底的に贔屓して、自分から離れて行った人にはすごく冷たくあしらう」ということで有名なんですけど。

 「『千と千尋』を読み解く14の謎、湯婆婆の謎」なんですけど。
 宮崎駿のヒロインというのは、幼い頃はシータみたいな、すごい良い子として書くんですね。
 それが、ナウシカみたいになってきて、自分の中の情熱を持つようになり、後にはエボシのように人の上に立つ立派なリーダーになるんですけど。
 その後は、ドーラという自分の欲が出て来る存在になって。最後は湯婆婆という、自分の中の欲望と他人に対する愛情が、もうわからなくなって暴走していく姿になる。
 これが、宮崎駿のヒロイン像なんですね。1つのサイクルなんですよ。
 僕らは、ついつい、映画を見ている時は、幼い段階で固定化されて「シータはいつまでもシータのまま」とか「クラリスはいつまでもクラリスのまま」とか思っているんですけど。
 宮崎駿は「自分の中でのキャラクターというのはいつもちゃんと成長している」と言ってるんですね。歳を取っている。だから、「『となりのトトロ』のサツキとメイも、もう僕の中では、30過ぎたオバサンになってて」という話をよく語っているんですけど。
 こういうふうに、ちゃんとキャラクターが進化して行くというのが面白いところだと思います。

 湯婆婆というのは、正義感が強く、面倒見が良くて、約束は守る。
 でも、その代わり、周りの人をつい好きになりすぎて信じられなくなり、1人になるのを怖がると、どんどん暴君化していく。
 これが、宮崎駿のヒロインの進化論だと思います。

参考文献

  • オトフリート=プロイスラー、中村浩三訳『クラバート』偕成社、1980年
  • 柏葉幸子『霧のむこうのふしぎな町(新装版)』講談社、2004年
  • 押井守『誰も語らなかったジブリを語ろう』東京ニュース通信社、2017年
  • 宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』(新潮文庫)新潮社、平成24年
  • 宮崎駿『スタジオジブリ絵コンテ全集13 千と千尋の神隠し』スタジオジブリ、2001年
  • 橋爪紳也『人生は博覧会 日本ランカイ屋列伝』晶文社、2001年
  • 江戸川乱歩、宮崎駿口絵『幽霊塔』岩波書店、2015年
  • オトフリート=プロイスラー、大塚勇三訳『小さい魔女』学研プラス、1965年
  • 『ジブリの立体建造物展図録』スタジオジブリ、2014年
  • スタジオジブリ責任編集『アニメーションを展示する 三鷹の森ジブリ美術館企画展示「千と千尋の神隠し」』徳間書店スタジオジブリ事業本部、2002年
  • 『宮崎駿「千と千尋の神隠し」の世界 ファンタジーの力』ユリイカ8月臨時増刊号、青土社、2001年
  • ニュータイプ編『千尋と不思議の町 千と千尋の神隠し徹底攻略ガイド』角川書店、2001年
  • 『『千と千尋の神隠し』を読む40の目』キネ旬ムック、キネマ旬報社、2001年
  • スタジオジブリ責任編集『The art of spirited away―千と千尋の神隠し』ジブリ・ジ・アート・シリーズ、スタジオジブリ、2001年
  • 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年
  • 『「千と千尋の神隠し」千尋の大冒険』別冊COMIC BOX vol.6、ふゅーじょんぷろだくと、2001年

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