岡田斗司夫プレミアムブロマガ 2019/04/13
おはよう! 岡田斗司夫です。
今回は、2019/03/24配信「【コカ・コーラの歴史】日本人はいかにして、あの薬みたいな味のコカ・コーラを飲むようになったか」の内容をご紹介します。
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2019/03/24の内容一覧
- 前説
- 質問:ディズニーランド特集はいつ?
- 質問:核戦争特集いつ?
- 質問:子供におすすめのアニメは?
- コカ・コーラの黒歴史パート1:麻薬中毒者が作った黒い飲料、その名は「コカ・コーラ」
- コカ・コーラの黒歴史パート2:ピエール瀧も大好き! コカインの秘密
- コカ・コーラの黒歴史のパート3:黒人奴隷とコカ・コーラ
- ボトルの変遷
- 日本コカ・コーラCMの歴史 「「豊かな欧米的生活」の象徴だった62年~」
- 日本コカ・コーラCMの歴史 「「若者」にターゲットを絞った66年~」
- 日本コカ・コーラCMの歴史 「カラー放送の開始で表現力を高めていった68年~」
- 日本コカ・コーラCMの歴史 「若者から家庭に帰った71年~」
- 日本コカ・コーラCMの歴史 「試行錯誤の続いた73年~」
- 日本コカ・コーラCMの歴史 「コーラが日常化した87年」
- コカ・コーラ85年の悪夢! 毎日1トンの苦情の手紙
コカ・コーラの黒歴史パート2:ピエール瀧も大好き! コカインの秘密
コカの葉というのは、インカ帝国の宗教儀式にも使われて、「インカの奴隷たちは、コカの葉を噛んでいる限り、何十時間でも働いた」って言われてるんだよね。
さらには「コカの葉を噛んでいると、悩みがなくなり、頭がスカっとする」という。まあ、そうだよね。コカインなんだから(笑)。
このコカの葉というのは、ヨーロッパでもすごいウケたんですよ。
当時、「精神分析」というまったく新しい医学を発明した、オーストリアの医者として、ジークムント・フロイトという博士がいました。いわゆる、精神分析のフロイト博士だよね。
そのジークムント・フロイトも、コカインを万病薬として、ものすごく褒めていました。というか、褒めるどころか、自分に処方して、おまけに患者にも処方して、もう、コカイン中毒患者を山のように作っちゃったんだけど。
フロイトは、婚約者のマルタ・ベルナイスという女の子に、こんなとんでもないエロ手紙まで送ってます。
「まったく、コカインは素晴らしい! 男性の機能まで強くしてくれる! 次にお前に会った時、お前が真っ赤になるまでキスをして、それからコカインの機能でたくましくなった俺の男で、ひーひー言わしたるからな!」ってこれ、本当に、こういう手紙が残ってるんですよ。
いや、もう、フロイトさんって偉人だから、すべての手紙が残されていて、結構、恥ずかしいんだけどね(笑)。
この当時のコカインの処方記録の中には「コカの葉を噛みながら山登りをしたら、朝ごはんも昼ごはんも食べずに食事抜きでも、まったく疲れず夕方まで山登りが出来た。しかも、爽快感のみで、疲れがまったくない」というふうな報告があります。
みんな、副作用のこととかには全然気づかずに、「これはすごい万能薬、アルカロイドが見つかったな!」と言ってたんだよね。
このコカインに注目したのが、イタリアのコルシカ島のアンジェロ・マリアーニという人です。
マリアーニは「ビン・マリアーニ」という名前の、コカイン入りワインを発売しました。
この麻薬ワインは……ビン・マリアーニって、本当にコカインが入っているから、完全に麻薬ワインなんだけど、ビクトリア女王とかトーマス・エジソンもガンガン飲んでて、宣伝のための推薦文まで書いてるんだよ。
エジソンは「寝なくてもメッチャ働ける!」っていう推薦文を書いてて。彼もコカイン中毒者だったんだけど。
中でも最大の推薦文を書いたのは、当時のローマ法王のレオ13世。
レオ13世が死んだ後に発表された伝記の中には「レオ13世は、信じられないほど、ほんの少しの食事とワインしか飲まなかった」って書いてあるんだけど、そのワインというのは「コカイン入のワイン」だったんだよね(笑)。
伝記には、さらに「しかし、神を信じる強い心は、その瞳をギラギラと輝かせていた。あれっぽっちの食事とワインで、なぜ、あそこまで強い目の輝きを出せるのだろう?」なんて書いてあるんだけど。
この『コカ・コーラ帝国の興亡』という本を書いたマーク・ペンダグラストという人は、「それは信仰心じゃなくて、コカイン中毒だからだよ!」って、メッチャキツいツッコミを入れています。
ペンバートン博士は、この南米の魔法の葉っぱコカと、さらにアフリカ原産の「コーラの実」……これは、4%ものカフェインが含まれていて、現地の部族も興奮剤として使っていたんだよね。
「そのコカの葉とコーラの実を両方使う」というとんでもないことを思いつき、この2つの薬品を混ぜて、1年くらい掛けて、アメリカ製の初の麻薬ワイン「フレンチワイン・コカ」というのを完成させました。
このフレンチワイン・コカは、ものすごく売れたんだけど。ところが、その直後、アトランタ市議会は、全米に先んじて禁酒法を成立させます。
実はアメリカの禁酒法というのは、1920年代に一斉に全米で成立したわけではなくて、「まずアトランタが最初に行って、その後、アメリカ中のいろんな都市や州で次々と成立していって、最後に連邦アメリカとして、全アメリカで禁止になった」という流れがあるんだけど。
この禁酒法がきっかけになって、1920年代に、アメリカ中にイタリアン・マフィアが蔓延るというような異常事態になったんだけど。
アトランタでも、この禁酒法が始まる前に、一応、1年間か2年間の猶予期間があったんだって。その間にも、「酒が飲めなくなる!」ということで「禁酒ドリンク」というのが流行り始めました。
「とにかく、酒の代わりに飲むものが欲しい!」ということで、みんな禁酒ドリンクというのを開発したんです。
ペンバートン博士はフレンチワイン・コカというコカイン入りワインを作ってたんだけど。
酒屋で一杯やれなくなった男女も、今度は酒屋ではなく薬局のソーダ・ファウンテンで、何か代わりのものを求めるはずだ。「酒が飲めなくてイライラする。このイライラを収めるものをくれ!」と。
そこで、ペンバートン博士は、自分のフレンチワイン・コカからアルコール成分を抜いたものを、ソーダ・ファウンテンで売るということを思いつきました。
それがコカ・コーラです。
(続きはアーカイブサイトでご覧ください)
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