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のすじいのそーさく日誌146・・疾風怒濤(シュトルムウントドランク)・・

2019/10/20 02:34 投稿

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大学時代の吹奏楽団の定期演奏会レコードが出てきた。
のすじい3回生の時と4回生の時の奴だ。

追憶に任せて聴き込んでみると・・ああ、下手だ(笑)
特に自分が幹部だった4回生の時の己の音(笑)

ああ、思えばあの年、母校は・・
遅れて来た学生運動の真っ最中で
校舎ロックアウトが此の定演の直前に来た。

校内の練習場確保と音楽系サークル会議の議長役
楽団外大学内のよろず折衝交渉が仕事だったのすじいは
練習場確保の為に同期の幹部に文句言われつつ
毎日講義サボって探しまわったんだった。

卒論の仕上げにいくつもの単位取得試験
ジプシーのように毎日移動して定演の練習合奏する
吹奏楽団の練習場所探し・・さらに取れなんだ単位のレポートに追試験。

就職活動なぞ端(はな)っから諦めてた。
まあ、文学部哲学科など最初から就職口無かったが(笑)

其れでも練習不足でどんどん音が酷くなって行き
相当、同期の連中の足、引っ張ったんだよなあ。

後輩に少し優しく接しすぎて逆に弄られたり(笑)

定期演奏会の最後、卒業生紹介でステージに並ぶとき
OBだった同系楽器のプロ奏者から・・小声で・・
「最低!」と浴びせられた一言は今も時折夢に見る。

其れでも最後に吹きたかったこの曲の譜面・・
伝手を総動員で入手し必死にスコアのコピー撮って
全部手書きでパート譜書き起こした曲を
アンコールに吹けたことは一番の喜びだったかも。

修道院の庭にて ケテルビー 吹奏楽バージョン
https://www.youtube.com/watch?v=0xZkrYsUL4s

思えば4回生の年、巣食っていた古い木造校舎が
消防法に引っ掛かるとかで強硬に取り壊されて・・
学園祭の秋を前に大半の文化系サークルがジプシーに。

音楽系サークル会議の議長なぞさせられてたのすじいは
楽器の置き場、練習場所確保に苦慮する音系サークルと
其れを橋頭堡に文化系サークル切り崩しを狙う学生課と
頭でっかち左翼の文連(文化系サークル連合)の幹部
都合3方向から責め立てられた気が・・・。

最後、殆どやけくそで実務者会談と称して3者をどうにか集め
現実に雨ざらしで楽器も譜面も舞台道具も置けぬだろう、と
文連旗下の音楽系サークル口説き落とし・・

最後は必死に懇願して学生課から妥協を引き出し
地下の駐車場にプレハブの仮部室作らせて
何とか其処にめぼしい音系サークル押し込んだものの

やれ、排気ガスが酷い、湿気がありすぎて譜面が湿る、と
同じ楽団の連中からは凄まじい文句を言われ続け

吹奏を筆頭に学校側に屈服した音系を許すな・・と
文連幹部が外から呼んで来た4トロらしき奴らに追われ
講堂の男子トイレ個室に籠城して息を殺してみたり・・
練習場の学内確保が出来ず、補佐の3回生と
23区外の幼稚園小学校まで練習場所借りに行きもした。

どうしようも無い絶望感と無常感の中、定演を迎えたんだっけ。
今にして思えば・・結構波乱万丈な一年だったんだな、と。

唯一の救いは脳足らずのちびデブがその年の春から
付かず離れずでのすじいの至近に居るようになり
学生の分際で夏から冬にかけての半分は同棲のように
安いアパートの六畳間でひっついて暮らしたことだが・・

あの時唯一慰めになった存在と笑顔だったな・・
何故か小田急好きでロマンスカー乗りたがって。
新宿から箱根湯本・・指定席買うのにバイト代吹っ飛んだけど。



大瀧詠一ならぬ太田裕美のさらばシベリア鉄道が流れてた・・
あの秋から冬にかけての日々を、ふいっと思い出している。

もう厭だ、もう駄目だと思いつつも存外懸命に動いてた
何処か浮世離れな餓鬼だった頃の自分の姿と共に・・




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