のすじい@色鉛筆Pのブロマガ

のすじいのそーさく日誌125・・見るな、の昼下がり・・

2019/08/08 00:23 投稿

  • タグ:
  • さとうささら
  • 新潟
  • 湊稲荷神社
  • 怪異譚
  • 色鉛筆絵
  • とおりゃんせ
  • のすじい

真夏の昼間、午後の一番暑いころ
ふらっと彷徨い出て見知らぬ路地とかに
入り込まぬほうが良い・と、昔(むかし)言われた。

真夏の午後の人気無き路地は
稀に異界と繋がることがあるから・・

新潟市の港側、下流河口港近辺に広がった街は
遠い昔遊郭が点在しそれに纏わる伝説の稲荷神社や
色っぽい旧町名や今じゃ書けぬ地名が存在した
何とも奇妙な古風さ加減が残ってる街

まあ、越後の新潟湊(みなと)は昔でいう三業地
商家、娼家、芸妓茶屋なんてえものしか無かった場所

特に新潟島という現在の繁華な中央部は完全な信濃川の砂洲で
米が穫れぬゆえ年貢が無く土地の検地台帳もほぼ無いから
まあ江戸で言う非公認遊郭、吉原以外の其れ同様の
船乗り相手な歓楽街と其の船乗り仕切る大商人の大店が
繁華な賑わいを見せていた、結構な繁盛地だったらしい。


其れゆえ江戸末期まで此の地は江戸幕府の直轄地
金を産出する佐渡同様、新潟奉行が江戸から派遣され統治してた。

で、江戸中期から昭和初期まで此の河口港である町は
=水の新潟 八千八川(はっせんやかわ)=と唄われるほど
掘割と小橋の数が多く其の周囲は殆どが酒色がらみの店で
全国から文人墨客が参集し居続けで遊んだとも・・

湊稲荷神社はそんな新潟の下町(しもまち)と呼ばれる地区
かつて遊郭が密集していた信濃川河口の一番海寄りにある。

遊女が客の船乗りを港に足止めしようと願をかけるために
人力で回転させられるように作られた対の狛犬なんぞが社殿を護り

今でも地元民や近隣の繁華街、呑み屋街の女性たちや
観光で訪れる女性客には微妙に人気の神社なのだが・・

実はここ・・本来が稲荷神社だけあって当然のことながら
正一位稲荷大明神の使いの神獣たる狐の像も社殿前を護る。

問題は此の狐さんが・・其の・・微妙に被虐的なのである(笑)


ご尊顔は御覧の通り・・何とも長閑な笑みを称えてらっしゃるが・・
其の前足というか下半身に目を向けると微妙に此れが凄い(笑)

団鬼六せんせが爆笑するくらい力任せ厳重に麻縄で=緊縛=なのだ。
いや、此れすでに縛り通り越してギブス固定だろ、と思えるくらい

幾重にも巻かれた=縛りの縄=・・ああ、信者悉く縄師かい此処の社は。
と、突っ込みたくなること請け合いの光景がご覧になれよう。



で、此の神獣を緊縛してる麻縄もご推察通り願掛けの呪具。
社務所のとこにおいてある・・お賽銭箱に200円ばかり・・

ご寄進頂ければ誰でもお持ち戴け、狐の前足が縛れるというか
世にも珍しい神前SM祈願がさせて戴けるという寸法だ(笑)。

各々の願いを書いて麻縄(紐)を狐の足に巻き付け、
願いが叶ったら麻ひもをはさみで切るそのだそうである・・

だが、あれだけ厳重に何人分も捲いてあると、
自分のだけ切るのは難易度高そうなばかりか
願い叶える稲荷さんもどれが誰の願いやら判らなくなり
幾つか取っ違えも出てくるんじゃねえか、とも思ったり(笑)

因みに元々稲荷とは現世利益の権化のような神であり
本来あの石像は狐では無かったりもするのをご存じだろうか。

稲荷の原型は荼枳尼天(だきにてん)、印度の魔族だ。

ダーキ二ーと呼ばれる獅子と人との混血の半神であり
其の乗騎は元々野干(ジャッカル)で狐ではなかったが
一部の仏教で信奉され日本に伝来した折ジャッカルが居ないんで
狐が代役として抜擢されたというちょいと危うい神らしい。

まあ、遊郭のど真ん中・・言いようによっちゃ人の慾と情の交差点に鎮座し
日々春をひさぐお姉ちゃんたちの願を叶えるには似合いの神かも知れず。
此処の狛犬も稲荷狐も・・たぶん日本で一番切ない女の涙を見てきた・・

そういう風情がどことなくとぼけた顔の石像の笑みに浮かぶ気もするのだな。



此の神社を散策するといつも思うことがある。
いや、思い出す光景とでも言ったらよいのか。

其れはこの近辺の古い家屋が残された路地で
老舗のラーメン店訪れた後の真夏の午後に見た・・
いや、見たように思った景色と言うか光景。

真っ白い午後の夏日の中、遠くで聴こえる中波ラジオ
古臭いフレンチポップスがノイズ混じりで流れる中
ふと妙な気配がして、横の路地、大通りに垂直に交わる
ほんのひと一人分の道幅の・・こっちで小路と呼ぶ路地に
其の存在はふわりと立ってた気がしたんだ。



古風な吊りスカートで明らかに子供なのに
其の顔つきと表情、白痴的な笑いが
どう見ても成人の、色情めいた感情に憑かれた風情の
そう、眩しさの中で唇の赤だけが異様に目立った生き物が。

何故か思わず後ろに下がり掛けた自分に
其の=何か=は存外に幼く、可愛いが何処か湿った声で言った。

「おにいさん・・あそぶ?・・=おおきい=おにいさん」

次の瞬間後ずさった自分は横から来たバイクに引っ掛けられ
ものの見事に転倒して右の脛を骨折していた。

後に其の小路界隈が昭和の初期まで私娼窟のあった場所で
芸妓の庶子や父親の知れぬ子が何人もいた、と
其の近辺生まれで今も其処に居る飲み屋のマスターから聴かされた。

其の骨折のあとはまだ冬になると痛むが・・
あの謎の童女めいた何かが本当に居たのか・・
正直、今でも判断が付かぬのだな。

のすじいの幾分壊れた心の記憶の霧の中に埋もれて。

真夏の昼間、午後の一番暑いころ
ふらっと彷徨い出て見知らぬ路地とかに
入り込まぬほうが良い・・

夏の午後の人気無き路地は
稀に異界と繋がることがあるから・・

照りつける午後の陽光のなか
時にひとは其処に禁忌の具現を見る。

其れを=通り魔=と本来は称するのだと
遠い昔、拝み屋の婆さんに聴かされた。

盆生まれのあんたはそういう縁を拾ってくる

見てはなんねもんは・・見るんでねぇ。
知らんで済むこっちゃ、触らんでおけ。

最近、死期が眼前に見え始めてきたからか
あの時の憑き物筋らしき婆さんの言葉が頷ける。

此れは=祓い=だから、と、
目を細めて喰わせてくれた
塩餡の饅頭の味と妙に落ち着く香木、
護摩木の匂いの記憶とともに。




コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事