カズ のコメント

カズ
No.2 (2020/08/10 01:45)
詳しい考察ありがとうございます。

今回の誰ソ彼ノ淵のドラマ内容が良く分からず、考察を検索してこちらにたどり着きました。
ドラマで描かれていない部分の補完が出来て、少し溜飲が下がりました。
描かれていない部分が多すぎて、聞き終わった後に、なんじゃこりゃとなって、ドラマ内容の恐ろしさより不可解な部分が多すぎて、混乱していました。

考察を拝見して、私なりに推察した部分がありましたので、ご参考までに述べさせて頂きます。

メイド志保に関して、眼帯をつけている理由に、眼球を食べられたとの考察がありますが、伊織考察部分の「ロールプレイ」というところを前提で考えると、別の推察もあるかと思いました。

人間を「食料」「島を管理させる側近」「娘」と当てはめた時、千鶴さんは「食料」のみを口にしている形になっています。
仮に志保を食料認定していた場合、眼球だけ食べて、生かすことをするでしょうか?恐らく全身食べられていたかと思います。

私が考察した志保さんの眼帯の理由ですが、「人間としての理性を保つため」ではないでしょうか?
惨劇を目の当たりにしながら、生きていくための現状を受け入れる状態になった時、両目で見る狂気に耐えられず、片目を閉じたのではないかと思います。(もしくは自分でえぐった可能性もあります。)

感情を高ぶらせるシーンは恐らく人間性(正気)を残しているために出たものだと感じました。

クルリウタの歌詞を見ていて、「誰ソ彼ノ淵」の内容がリンクしていないなと思っていたのですが、この歌詞を志保の目線で見ると、納得できるところが多くありました。

クルリウタの歌詞ですが、

『白い 細い 首に手を かけて
「違う」 惑う 本音を消した』

ここは人間を食料として、処理しているところだと思います。
人間はそもそも共食いをする種族ではないので、「違う」と惑う本音が出る訳です。

『偽りながら 愛することが 人間の正しさならば
正常を纏わせて 隣で生きようか』

ここは千鶴さんのそばにいるところの描写だと思います。
「偽りながら、愛する」=愛していることが食べることではないので、偽りです。(正常な人間の感覚)
もしかしたら、千鶴さんにとって、食べることは愛することなのかもしれません。(考察にあるカニバリズム)
「正常を纏わせて、隣で生きる」ということは志保さんは正気を保ったまま、主人に仕えている状態です。

『守るべきは この世の道理
それとも真心か』

この世の道理…人を食べてはいけない
真心…千鶴さんが人を愛する心(殺して食べているのは危険)

『肌の裏で 蠢く痛みに 狂おう心』

人間性(正気)を保っていれば、この状況に蠢く痛みに心も狂う状態になります。

ハッキリと表現しない部分があると、受け手側で色々な表現になるので、ある意味悪くない描き方だったと思いました。
でも、出来ればハッピーエンドなお話が見たいです。
「Girl meets Wonder」で癒されたいと思います。

以上、ここまでの長文、失礼しました。

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