観音のブロマガ

七階で出会った「聖女」について(7)+エピローグ

2020/05/10 12:34 投稿

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シーン7


 それから数か月ほどがたち、今に至るが一度として彼女とは会っていない。今生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。千尋さんも姫子さんが退院してから姿を見せていない。他の担当患者の下には通っているのかもしれないが、実際にどこにいて何をしているのか私に知るすべもないし、知ろうともしなかった。

 「片岡さん、検温の時間ですよ!ってまた、こっそりコーヒー飲んでたでしょう。控えてくださいってあれだけ言ったのに!」

 そう言えばこの看護師さんともそろそろ1年の付き合いになるのか。ずいぶんと立派になったものだと感慨深く感じる。感じるがコーヒーくらい見逃してほしい。主治医の佐野先生には許可をもらっている。佐野先生もこの病院に縁がある人らしく、今年の春より前任の先生から引き継いで私を担当して下さっている。どうやら佐野先生はこの病院で研修医時代を過ごしたことがあるらしかった。なかなか情熱的だが、どこか抜けている憎めない先生である。

「佐野先生からちゃんと許可はもらっているよ。それなら問題ないだろ?」

「ええ、佐野先生が許可している範囲ならね。でもどう考えてもこれは飲みすぎでしょ!」

しまった。どうやら捨てそこなっていた空き缶を見つけられていたようだ。これは観念するよりほかない。

「わるかったよ、今度から気をつけるよ。」

「もう何回そのセリフを聞いた事か。」

看護師さんは額に手を当て、そうつぶやいた。

 そんなくだらないやり取りをしていると、病室のドアがノックされた。

「はーい!」

看護師さんがドアを開けると、そこには懐かしい人物が立っていた。

「片岡さん、お久しぶりです。」

「お久しぶりね、お変わりないようで。」

そこにいたのは千尋さんと由佳さんだった。

 看護師さんが退出した後、千尋さんは言った。

「片岡さん、少しやせられたんじゃないですか?」

「ああ、私も七階の人間だからね。いつ逝ってもおかしくないよ。とはいえ、先生の見立てでは、まだしばらくはこの世界にいることになるだろうけどね。」

「相変わらずね、片岡さんは。飄々としているわ。」

そういって由佳さんはほほ笑む。

「ってそうだ、私たちがここに来たのはお伝えすることがあったからなんですよ。ほら、千尋ちゃん」

と言って千尋さんを促す由佳さん。

「はい。片岡さん、私たちがここに来たのは姉についてお話ししようと思ったからなんです。」

「姫子さんのことで?」

「はい、おそらく見当はついておられるかとは思いますが、姉は亡くなりました。」

「そうだったのか。分かってはいたが、実際に聞くと寂しいものだ。最期はどうだった?安らかに逝けたのか?」

「はい、ちょうど年明けでした。家族と由佳さんと姉を囲みながら、新年の挨拶をして、それからしばらくでした。朝方、眠るように息を引き取りました。」

「そうだったのか。」

「最期まで穏やかだったわ。でもセツミって女の子のことは心残りだって言ってたわね。」

「セツミ?誰だ、それは。病院の方?」

「姉が生前、ずいぶん気にかけていた子がいました。彼女も難病を抱えていて、ずいぶん若いのに、ずっと病院に通い続けているんです。」

「なるほどね、神様ってのも案外残酷だね。姫子さんやそのセツミさん、みたいな若い子に試練をお与えになるのだから。私ぐらいに年になれば、まあ諦めもつくんだがね。」

「それは片岡さんだけじゃない?普通の人はいくつになったってそんな簡単に諦めがつくもんじゃないと思うけど」

そう言ったのは由香さんだった。

彼女の物言いは実にストレートである。

「そんなものかね、まあ、よくわからんが、そうかもしれないな。」

事実私は姫子さんに対し仮名をつかったような変人だし、生に執着するほど中身のある人生を送ってきたわけでもない。

そういう意味で私は「例外」に入る人間なのだろう。

「まあ、そんなわけで姫子は向こうにいっちゃった。あんな子だったし、今でもときどきどこかで車いじりしてんじゃないかって思うときがあるわ。」

「由佳さん、今日片岡さんの部屋に来るとき、お姉ちゃんがいた部屋に入ろうとするんですよ」

千尋さんはクスリと笑った。

「うるさいわね!癖になってたんだから仕方ないじゃない」

と反論する由佳さん。きっと彼女たちはこうやってこれまでも過ごしてきたのだろう。もちろん姫子さんは7階の住人だったし、波風が立つ日だってあっただろう。しかし根っこの部分では変わらなかったはずだ。そしてそんな彼女たちとしばし過ごした「聖女」は神のもとへと帰っていったらしい。しかしあの聖女様のことだ、今頃神様と口喧嘩しているのかもしれない。そう思うと不思議と温かい気持ちになった。本当にしばらく感じることができなかった気持ちだ。

「ところで片岡さん・・・」

そう声をかけてきたのは、千尋さんだった。

「うん?なんだい?」

「お姉ちゃんは片岡さんのことも気にしていました」

「私のことを?」

「ええ、そうよ。「偽名を使ってまで自分を守ろうとする弱い人だから、いざという時は力になってあげて」ってね」

そう、ため息をつきながら言ったのは由佳さんだった。

「ははは、そう言われると何も言い返せないな」

私は笑うしかなかった。「弱い人」か。たしかにそうに違いない。飄々として見えるのも死から顔を背けて、考えることを放棄し、逃げているからだろう。たしかに私は弱い人間だった。さすが、聖女様はすべてお見通しだったわけだ。

なぜか彼女に笑われたような不思議な恥ずかしさを感じたのだった。


エピローグ


 とうとう私の順番が来たらしかった。ここ数日呼吸が満足にできず、常時酸素吸入している状態だった。心配してくれているのか、由佳さんと千尋さんは度々顔を出してくれていた。しかし今の私は会話をするのも困難だった。

「ごほっごほ!」

もうそんなに長くないだろう。暖冬のおかげで人生の最期に桜を、満開ではないが、見ることができたのは何よりの喜びだった。桜は好きだ。パッと咲いてパッ散る、私の理想とする生き方の見本を見せてくれるからだ。

 それから噂に聞いていたセツミさんにも会った。いや会ったというより彼女の方からやってきたのだ。7階の住人として。彼女はとても若かった。若すぎた。病状のせいで会話はできていないが、何故か不思議な壁を感じる彼女とは、仮に元気だったとしてもなかなか会話はできなかっただろう。願わくば彼女にも、私にとっての姫子さんのように聖女、いや女性でなくてもいい、ささやかな幸せをもたらしてくれる人間が現れんことを。

 私は最期の祈りを眼が覚めるような青空に向けて捧げた。


蒼天に桜がよく映える、そんな春の陽のこと・・・




(註)
・原作者様とは一切関係ありません。表現等に不適切な点があればすべて私の責任です
・実際の諸制度とそぐわない点があるかと思います。そこはフィクションだと割りきって読んでください
・登場人物や医療機関はすべてフィクションです

プロローグ:https://ch.nicovideo.jp/nicobatoukannon3/blomaga/ar1865130
シーン1:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1866049
シーン2:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1867533
シーン3:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1870124
シーン4:https://ch.nicovideo.jp/nicobatoukannon3/blomaga/ar1874969
シーン5:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1881076
シーン6:https://ch.nicovideo.jp/nicobatoukannon3/blomaga/ar1885646


一応これで完結です!
エピローグはちょっと消化不良な気がするのでいつか書き直したいと思っています。
最後に・・・
こんな稚拙な文章を最後まで読んでくださった方、あなたはすごい!
その根性があればなんでも成功すると思います、自信を持って生きていきましょう


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