観音のブロマガ

七階で出会った「聖女」について(6)

2020/04/21 15:52 投稿

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シーン6


 桜の季節がやってきた。私が7階にやってきて、ちょうど1年が過ぎようとしていた。満開の桜が風に吹かれて散りだす頃になっても私はというと、まだこの世界にとどまっていた。病状は確実に進行しているが、進行速度はとても穏やかでまだまだ私は、こちらの世界に残らなければならないらしい。

 そして春の陽気に包まれ出した七階に「整除」の姿はなかった。

 あれはクリスマスの頃だった。キリスト教系の病院ということもあり、病院のスタッフはもちろん、教会関係者やボランティアスタッフもあわただしく動いていた時、珍しく自室でうとうとしていた私は、部屋をノックすする音で現実へと引き戻された。

 「黒田さん、今よろしいですか?」

千尋さんの声だった。

「ああ、かまわないよ」

私はそう答えた。ゆっくりとドアが開いたとき、私は珍しい光景を目にした。そこには声の主、千尋さんと姫子さんの親友である由佳さん、そして車椅子に腰かけた姫子さんの姿があった。

「珍しいね、みんな揃って私の所にやってくるなんて。どうかしたのかい?」

口を開いたのは由佳さんだった。

「どうしても姫子があなたと話したいって言ってね。わざわざこうやって連れてきたのよ。」

そうやって穏やかに親友の顔を見る由佳さんに対して、

「悪いわね、いつも面倒懸けて。」

と姫子さんも穏やかな顔でそう返した。

「いいのよ、いつものことなんだから。少ししたらまた迎えに来るわ。さて、千尋ちゃん、下で温かいものでも飲みに行きましょ!」

そういって千尋さんと一緒に部屋を出て行った。こうして部屋に渡しと姫子さんが残された。

「なんか急な展開で頭が追い付かないんだが。」

「すみません、急なことだったんで。最後に黒田さんにもお礼を言っておかないとと思って。ああ、それから「黒田さん」じゃなくて「片岡さん」でしたよね?」

ふいに告げられたのは私の本名だった。

「どうして私の名前を?」

「千尋から聞きました。妹はヘルパーですからね、当然入院患者の氏名はちゃんと把握してますよ。それでも片岡さんが私に「黒田」と名乗っていることを知ってたから、あせてたんですって。」

そうだった。当たり前と言えば当たり前だ。病院関係者の千尋さんが私の本名を知らないはずがないし、当然姫子さんが私を「黒田」と呼んでいるのを聞けば、その間違いを訂正することだってあっただろう。実に浅はかだった。

「片岡さんにお礼をってのもここに来た理由なんでけど、どうして本名を名乗ってくれなかったのかなって。」

「ああ、すまなかった。別に悪気があってのことじゃないんだ。偽名を使えば、私が死んだあと、「黒田」という人物は消え去る。もうじき死ぬ私が、これからも続くこの世界に痕跡を残すのがふさわしくないと思ったんだ。幸い私が交流する機会があるのはほとんどが病院関係者だけだったし、それ以外で話をしたのが姫子さん、君が初めてだったからだよ。病院関係者は当然、私の本名を知っているから、今更取り繕ったって仕方ないけど、君は違う。君が起点となって「片岡」という存在が世界に少しでも刻まれたらどうしようと思ってのことだった。結果的に、これだけ千尋さんや由佳さんと交流を持ってしまったのだから、もっと早くにこのことを告白すべきだったね。気を悪くしたのなら謝るよ。」

自分の変なこだわりのせいで、姫子さんを少しでも不快にさせたのなら謝らねばならないだろう。

「そういうことだったんですね。なんかわかったような、よくわからないような。まあ、でもいろんな考えの人がいますからね。なるほどね、だから片岡さんは人と距離をおいているように感じたのか」

何やら一人納得したようにうなづく姫子さん。そう言えば以前、それとなく人と距離をおいているように感じると言われたことがあったっけ。

「死ぬ前にまたひとつ、新しい事実を知れて良かった。」

そう言って、少し微笑んだ後、

「実は私、今日で七階から出ることになったんです。」と言った。

「それはどういうことだ?」

まさか病気が治ったのだろうか。いや、そんなわけはないだろう。そのことは同じ七階の人間である私が一番よく知っている。すると彼女は私の考えを汲んだかのように言った。

「もちろん病気が治ったわけではありませんよ。むしろ医師から、もう病院として出来る事は無いもないって言われてるくらいです。」

「ではいったいどういうことなんだ?」

「私、家に帰ることにしたんです。七階ではなく、自宅で最期を迎えたい。幸いというか、病状はこれ以上どうにもならないところまで来てますし、病院だろうが自宅だろうができることは同じだってことらしいので、それなら自宅に帰ろうって、そう思ったんです。千尋も由佳も後押ししてくれました。」

なるほど。当たり前と言えば当たり前だ、私と違い、彼女には帰るべき家がある、待っていてくれる人がいる、そしてそれを支えてくれる人もいる。ならばなにも七階で朽ち果てる必要はない。

「そうか、それはよかった。自宅への退院は周りの人の協力が必要不可欠だが、君には千尋さんや由佳さんがいる。最期の瞬間をどうか穏やかに過ごしてほしい。私も切に願っているよ。」

そんな折、教会の鐘の音が鳴った。

「あなたの上に主の豊かな恵みと祝福がありますように」

私はどうしてしまったのだろう。「聖女」と関わりすぎてしまったからだろうか、自分でも驚くべきことをしてしまった。やれやれ、これからは洗礼名のジュリアンを名乗った方がいいかもしれないな。姫子さんもたいそう驚いたようで、目を真ん丸にして、

「片岡さんからそんな言葉がでるなんて。明日は雪が降りますね。」などとのたまった。

「この時期だ、雪だってふるさ。私のせいにしないでくれよ。」

私も笑ってそう答えた。私自身、考えを変えたわけではない。自分の痕跡をできるだけ残さないようにしようという思いは今も変わらない。しかし今日は、今日だけはそれを忘れたかった。姫子さんの人生の最終章に、私という登場人物が記録されることを心より願った。その時、再び部屋の扉がノックされた。きっと千尋さんと由佳さんが迎えに来たのだろう。

「片岡さん、私、そろそろ行きますね。短い間だったけど、お世話になりました。片岡さんの距離感が本当にうれしかった。そしてどんな話もちゃんと聞いてくれた。それじゃあさようなら、片岡さん」

「ああ、さよなら。もうここに戻ってきたらだめだよ。」

そういって私たちは別れの言葉を交わしたのだった。

この体験はきっと残り少ない人生において、忘れる事は無いだろう。クリスマスの時期に、こんなことが起きるのだ、神様とやらも粋な事をしてくれるものだ。そんな風に思い、おそらく千尋さんと由佳さんが外で待つであろう、病室の扉を開けたのだった。


(註)
・原作者様とは一切関係ありません。表現等に不適切な点があればすべて私の責任です
・実際の諸制度とそぐわない点があるかと思います。そこはフィクションだと割りきって読んでください
・登場人物や医療機関はすべてフィクションです

プロローグ:https://ch.nicovideo.jp/nicobatoukannon3/blomaga/ar1865130
シーン1:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1866049
シーン2:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1867533
シーン3:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1870124
シーン4:https://ch.nicovideo.jp/nicobatoukannon3/blomaga/ar1874969
シーン5:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1881076


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